敢國神社(一之宮)へ、トンボ帰り初詣…

2021-01-05 00:30:05 | 神社仏閣など
1/4の朝刊で知りました、
 中日新聞(2021/01/04付)
「獅子神楽奉納」されていたそうです。

(やはりこの日(1/3)も、「駅伝」見届けてからの午後出発だった。)

「奉納」はすでに終わっていたわけです。
何も知らずに行くワタシもなんだかなぁ
今年もこうやって、あらぁそんなことがあったのね、、、と。
来年への「糧」にしよう!(「鬼」に笑われるが…)

以上のことは、朝刊を見て感じたこと、
実際は、「敢國」さんの参拝を終え、「南宮山」入り口を入りかけてました…
そこへ、「呼び出し電話」がかかってきて、来客だから戻れ!と。
「えっ? 来たとこなのに帰れ?」ってか。

んなわけでトンボ帰りし、残念ながら新春低山登山はお預けと相成りました(笑)。
どこまでも、間の抜けた話です。

 
とてもいいお天気で、清々しい…

  お参りさせていただき、
敢國さんの宮司さんもやはりとてもお忙しそうです…


新しい紙垂(覚えたての言葉は使いたくなる(笑))が輝いて見えるのはワタシだけか…


ここで、ずっと昔に思いを馳せて、、、
実は、ワタシの子ども時代の記憶に「初詣」という経験がないのですよ…
父母は大人になって、亀山という土地から上野に来た。
ということは、上野の生活習慣など知る由もない…
要するに「伊賀弁」を知らない人=伊賀の文化とはなんぞや?を知らない人たちです。
お餅は、「丸餅」でなく「のし餅」文化圏なんです、
ワタシは結婚するまで丸い餅は「鏡餅」だけだと思っていたもんです。
「餅」は「四角い」と…

それはさておき、たまたまワタシと1週間違いの従妹が亀山にいて、
冬・春・夏休みはずっと亀山長期合宿生活を送っていたのです。
似た年頃の子ども同士、遊ばせておけば切磋琢磨で逞しくなるだろう~~と、
(一人っ子を持つ)親の“思惑”みたいなもんですね(笑)。
当時、関西線は「汽車」、後になって名阪国道ができ、バスで行ったこともある。
「亀山駅」から台地を登る道を延々と歩いた記憶はしっかり残っています(笑)。

お正月は、ハハの実家!が定番。
親せきは多く、いつも10数人で食卓を囲んでいた記憶があります。
「昔のフツーの正月風景」です。

なので「伊賀の初詣」の経験がない!
極論みたいですが、事実です。(親さえ知らない「初詣」)
「親」という立場になっても、経験がないことはできないし、教えられない。
そんな中途半端な半世紀余りを過ごして、今

「『初詣』は、どこへ行けばいいのや?」
「行きたいところに行けばいいのか?」と自問自答しているわけです(笑)。

追記
知人のFBより「敢國神社獅子神楽奉納
コメント
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