この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

ウエストエンドの悪魔

2016-07-05 21:56:31 | ショートショート
「神父…、ショーンハウザー神父、目を覚ましたかい?
 一つお願いがあるんだ。今から猿ぐつわを外す。だが、お願いだから余計なことはしゃべらないで欲しいんだ。
 甲高い声で命乞いでもされたその日には、それだけでアンタの喉元をナイフで掻っ切ってやりたくなるからな。
 俺が誰だか知りたいか?おぃ、聞いてることには答えてくれよ。そうか、知りたいか。
 俺の名前は、いや、通り名といった方が正しいか、『ジャック・ザ・オーヴァーキル』。俺が名乗ったわけじゃないが、聞いたことぐらいはあるだろう。世紀の大殺戮者、オーヴァーキル様だよ。
 まぁ心配すんな。アンタのことは殺しやしないよ。もっともアンタが約束を守ってくれれば、の話だがな。
 アンタには話を聞いてもらいたいんだ。ちょっと変わった告解だと思ってくれればいい。
 時々、誰かに無性に聞いてもらいたくなるんだ。俺の今までやってきた殺しや盗み、その他犯罪について、話したくなっちまうんだよ。俺の悪い癖だな。だがどうにも止められないんだ。
 先に言っておく。さっき言った通りアンタのことは殺すつもりはない。ちゃんと解放してやる。目隠しも取ってやる。アンタの身体を椅子に縛りつけてあるロープも解いてやる。
 だが、覚えといてくれ。今夜自分の身に起こったことを誰かに話そうものなら、そのときはアンタの命はない。忘れないでくれよな。
 じゃあ始めようか。
 俺が初めて人を殺したのは、俺がまだ14歳のガキの頃だった…」

                     *

 男は私の耳元で自分が犯してきた凶行を嬉々としながら語った。
 ろくに抵抗も出来ない老人の全身の骨を砕いて殺したり、年端もいかない少女を嬲ったりと、男の話は本当に耳を塞ぎたくなるほど残酷で、私は終始身体の震えが止まらなかった。
 気が抜けないのは不意に男が、なぁ、今の殺しは俺のせいじゃないよな、と同意を求めてくることだった。そのたびに私は、あぁ、君のせいじゃない、と震えながら答えた。
 そんな時間がどれぐらい続いたのか、男が、今の殺しが三日前のことだ、と話を締めた。
 ようやくこの地獄から解放されるのか、そう思った私の耳元で男が言った。
「今からロープをほどいてやる。目隠しも取ってやる。だが、すぐに目を開けるんじゃねぇぞ。
 いいか、千数えるんだ。ゆっくりとな。千数え終わったその時は目を開けていい。椅子から立ち上がってもいい。お前のしたいようにすればいい。
 だが、千数え終わる前に目を開けたら、その時はどうなるかわかっているな?お前の喉元にナイフを突き立ててやる。それが嫌ならきっちりと千数えるんだ。
 誰もいないなんて思わない方がいいぞ。俺は誰よりも気配を消すのが上手いんだからな…」

                     *

 995、996、997、998、999、1000…。
 私は出来るだけゆっくり千まで数を数えた。目を開けるのが怖かった。目を開けたら目の前にまだ奴がいて、本当に助かるとでも思ったのか?と言いながらナイフを突き立ててくるのではないか、そう恐怖したのだ。
 だが目を開けても教会の中には私の他に誰もいなかった。ただ静寂だけが闇を支配していた。
 私を縛っていたロープと目隠し用の布きれがなければ、私自身恐ろしい夢を見ていただけだ、そう思ったに違いない。
 しばらくの間椅子に座ったまま、私は身体の震えが収まるのを待った。どうにか震えが収まると、私は立ち上がり、教会の奥にある霊安室へと向かった。
 男は警察には知らせるなと何度も念を押した。だが私はそんなことをするつもりは毛頭なかった。
 霊安室のドアを開け、壁一面に掛けられている天使のタペストリーの右端をめくり、地下室へと続く階段が開くスイッチを押した。 
 地下室へと続く階段を下りながら、身体が再び震えだした。今日は本来地下室を訪れる日ではない。だが抑え切れなかったのだ。男の話を聞いているうちに私の天使たちに会いたい衝動に駆られてしまったのだ。
 階段を下り切り、地下室の扉に手をかけたとき、後ろから声がした。
「霊安室の地下にこんなものがあるとはね。わからなかったよ」
 男がゆっくりと階段を下りてくる。
「本当に帰ったと思ったのか?」
 男が私の隣りに立ち、その時になって私は初めて男の顔を目にした。
 そんな、、、そんなことが…。
「どうか、お助け下さい…」
 私の懇願に男は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「あぁ、アンタの魂と名誉は救ってやるよ。神の名にかけてな」

                     *

 ロンドン・プラネットニュース一面より。
「19日深夜ウエストエンド地区のワールドワーズ教会にて火災が発生。教会の地下室から大人一名と子ども12名の死体を発見。大人はショーンハウザー神父と思われるが、子どもたちは遺体の損傷が激しく身元は不明。
 現場に残されたいくつかの証拠から犯行は『ジャック・ザ・オーヴァーキル』と名乗る犯罪者によるものと推測される。
 スコットランドヤードでは現在市民からの情報の提供を募っている…」  

                         
                              end
コメント (4)
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