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BL小説・風のゆくえには~遭逢13-2(慶視点)

2015年12月15日 07時27分39秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
「文化祭、4人で一緒に回らない?」
と、石川さんと枝村さんに誘われた。その瞬間、頭をよぎったのは、

(浩介と回りたかったな……)

ってことだった。おれの浩介欠乏症はそうとう重症だ。


 女子と一緒に回るなんて面倒くさくて嫌な上に、文化祭実行委員の仕事もあるし、クラスの出し物の宣伝もあるし、で、断りたかったんだけど、ヤスにしつこく後ろからつつかれたため、

「一日目の午後の少しの間だったら……」

と、約束した。ヤスは石川さん狙いなんだ。ただ、問題なのは、石川さんはおれ狙いということだ。それはヤスも知っているのに……


 でも、ヤスはケロリと、

「お前に振られた石川さんを優しく慰めるって作戦だよ! 協力してくれよ!」
「……前向きだなあ」

 感心してしまう。

「だってお前、石川さんタイプじゃないんだろ?」
「……まあな」
「なんだっけ? 背が10センチ以上低い女の子らしい子だっけ?」
「うん」

 そうだ。おれの理想は身長149センチ以下の女の子。

「そんな子いないぞ~?」
「だからいるって」

 おれの姉貴だけど。

「じゃあ、渋谷はまだそいつのことが好きってことで石川さんのこと振ってくれよ」
「だから別に好きじゃないっての」

 姉貴好きだったら倫理的にまずいだろ。

「じゃあ、お前、今、好きな子いないのか?」
「好きな子?」

 好きな子って……なんだ? あらためて考えるとよくわからない。理想の子とは違う話だよな……。
 
「好きな子の基準がわかんねえ」
「基準?」
「どう思ったら好きなんだ?」

 言うと、ヤスにマジマジと顔をみられた。

「渋谷って……まさか初恋もまだなのか?」
「………」

 高校一年で初恋もまだって……遅れてる? 遅れてるのか?!

「びっくりだな……その顔だから遊びまくってんのかと思った」
「…………」

 ムッとして睨むと、ヤスは「まあまあ」と手をあげた。

「どう思ったら好き、か、な? まあ、普通は、一緒にいると嬉しいとか、一緒にいたいとか、相手のことが知りたい、とか?」
「…………」

「だから、オレ、文化祭も石川さんと回りたいんだよー。一緒の思い出作りたい!」
「…………」

 一緒に回りたい女の子なんていない。

(でも、浩介とは一緒に回りたい……っておいっ)

 思ってしまって、ハッとする。いやいやいや、奴は男だし!!

「渋谷、顔赤いぞ?」
「いやいやいやいや、なんでもないっ」

 ヤスに突っ込まれて、慌てて否定する。

「好きな女、思い当たったとか?」
「当たってない当たってない!」

 ぶんぶん首を振ると、ヤスがまた顔をのぞきこんできた。

「なあ、ホントにいないのか?」
「だからいないって」
「いるってことにしてくれよー」

 そんな無茶苦茶な。
 わーわー騒ぎ立てるヤスを置いて、生徒会室に向かう。文化祭はもう明日に迫っている。実行委員は忙しいんだ。


 生徒会室での最終確認が終わって階下に降りたのは、最終下校時刻の6時を回る寸前だった。

「渋谷くーん、急がないとバス乗り遅れるよー」
「え、もうそんな時間?」

 一緒に委員をしている女子達に急かされ、昇降口を出たところで、

「…………あ」

 こちらをジッと見ていた人影が、おれを認めて大きく手を振ってきた。

「渋谷っ」
「…………っ」

 その声に、心臓がぎゅっとなる。浩介……。

 何日ぶりだ……?

「一緒に帰れる!?」
「…………」

 …………くらくらする。何だその、しばらく会えなかったことなんてなかったかのような自然さは。

 女子達がバスの時間を気にして、おれを振り返った。

「じゃ、渋谷君、私達いくね~」
「……あ、うん。明日よろしく」

 適当に返事をして、浩介の前にいく。そして見上げる………浩介の瞳。

「なんか久しぶりだよね~?」
「………そうだな」

 駐輪場に向かって並んで歩き出す。以前はテスト期間中や、毎週木曜日はこうして一緒に帰っていたのにな……。
 文化祭が終わったらまた木曜日、バスケの練習して一緒に帰れるようになるかな……。

 そんなおれの心中を読んだかのように、浩介があっけらかんと言った。

「あ、そうだ。来週から木曜日、体育館使えなくなっちゃうんだよ」
「は!?」

 なんだと!?

「バトン部が使うんだって。ほら、バトン部最近すごいじゃん?あっちこちで活躍してて」
「……………」

 バトン部の活躍なんてどうでもいい。もう、二人でバスケできないってことが問題で……。

(浩介は別に問題って思ってないのか?)

 もう、おれとバスケしなくてもいいって……?

 心が下へ下へ沈み込んでいく。そこへ、

「あれ? 桜井、もう行ったのかと思ってた」
「あ、篠原」

 自転車にまたがった一年生。こいつは……あれだ。浩介とコンビの「しのさくら」の「しの」だ。

(普通だな……)

 思わずジロジロと観察してしまう。普通の高校生だ。浩介より少し背は低めで、地味でもなく派手でもなく……

「いつものとこ行く? たぶんみんなもう行ったよ?」
「あ……ごめん。今日はちょっと……」

 浩介が申し訳なさそうに頭を下げると、篠原は「そっか」と肯き、

「じゃあ、また明日」
 あっさりと行ってしまった。おれの方には見向きもしなかった。連れだと思われなかったのかもしれない。


 いつものとこ。いつものとこって……

「………いつものとこって、何?」

 気が付いたら口に出していた。

「駄菓子屋さんだよ。渋谷も行きたい?」
「………別に」

 駄菓子屋……いつものとこ。ああ、おれの知らないことばかりだ。

「はい。乗って」

 おれの内心のもやもやなんて知らず、浩介がにっこりという。

「……うん」

 後ろに座り、規則的な自転車を漕ぐ音に身をゆだねる。

 体育館が使えなくなった木曜日。
 いつものとこ。駄菓子屋。
 しのさくら。

 グルグルと思いが渦巻く。
 こらえきれなくて浩介の広い背中にコツンと額をあてる。伝ってくる体温……

 なあ、浩介……
 お前にとっておれってなんだ?
 おれにとってお前って……なんなんだ?




------------------

お読みくださりありがとうございました!
またまた次回も慶視点で……

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BL小説・風のゆくえには~遭逢13-1(慶視点)

2015年12月14日 07時27分29秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 浩介が言った。

『おれ……渋谷の前でだけはちゃんと泣けるみたいなんだ』

 おれだけに見せてくれる浩介の涙は、切ないほど綺麗で……それは苦しくなるほどで。

『やっぱり渋谷じゃなくちゃダメ』

 他のやつにギューッとされても気持ちよくないのに、おれの腕の中は『気持ちいい』のだそうだ。
 そんなことを言われて、どうしようもなく恥ずかしくなって怒ってしまったけれども……
 浩介の深い深い光を帯びた瞳を見つめていたら………

(抱きしめたい)

 今すぐ、抱きしめたい。

 衝動を抑えられず、腕を伸ばして、浩介の頭をぎゅっと抱きよせてしまった。

(………って、おいおい)

 すぐに我に返り、一瞬で手を離す。

(何やってんだおれ)

 まるで、女の子を相手にするようなことをしてしまった。

 おれの理想の女の子は、おれより10センチ以上背が低い、女の子らしい女の子なんだぞ。
 浩介は、おれよりも15センチも背が高いし、どうやったって男でしかないのに……ないのに……


***


 それからしばらく、浩介とあまり会えなくなった。
 浩介が大会メンバーに選ばれたため、練習時間が増えたことと、文化祭一か月前になり、おれの文化祭実行委員での仕事が激増したことが原因だ。

 でも、ちょうどいいのかもしれない、と思った。
 出会ってから今まで、あまりにも一緒にいすぎたんだ、おれ達。
 だから、慰めるためでもなんでもないのにあんな風に「抱きしめたい」なんて思ってしまったのに違いない。

 偶然校内で会えた時は、やっぱり嬉しくなるし、浩介もすごく嬉しそうな顔をする。
 でも、それだけにとどめた。手を振って、たいして話さないまま別れた。

 会えないのは寂しかったけれど、おれと浩介が付き合っているっていう変な噂を流されたばかりだし、ちょっと距離を取った方がいいのかもしれない。浩介もそう思っているのかもしれない。


 そうこうしているうちに、中間テストがはじまった。
 テスト一週間前からは、部活も文化祭の準備も禁止。でも、文化祭の準備は先生にばれないようにやっていた。

 一学期の定期テストの前は、浩介とおれはうちで毎日一緒に勉強したのに、今回は一度もしなかった。

 浩介の両親はとても教育熱心で、夏休み明けの実力テストの順位が少し下がってしまった浩介は、「今度の中間で変な点とったらバスケ部をやめさせる」といわれているそうで、おれに構っている場合ではないのだ。
 おれもおれで、他のクラスの文化祭実行委員の奴らとテスト前もこっそり集まっていたので、一緒にできる時間がなかった、とも言えるけど……


**

 中間テストも無事に終わり、ようやく表立って文化祭の準備ができるようになった。
 一週間後が文化祭本番となる。


「バスケ部は、校庭でゲーム……」

 面白そう……と、企画書を読みながら一人ごちる。
 5球シュートをして、成功した数に応じて商品がでるらしい。

(おれ、確実に5球入るから、いい商品もらえるな……)

 そんなことを思いながら、放課後、実行委員の仕事で体育教官室に向かっていたところ、体育館下の用具入れの前で作業をしているバスケ部員たちの姿が目に入った。

「………あ」

 心臓が跳ね上がる。跳ね上がってから「おいおいまてまて」と自分にツッコミをいれる。

 何をトキメイてるんだ。

 ふううと大きく深呼吸してから、歩みを進める。

(浩介と……しばらく会ってない)

 教官室へ続く階段をのぼりながら、用具入れの前の様子をこっそり見る。浩介……いるかな。

 どうやらバスケ部は今日は練習はせずに、文化祭の準備をするようだ。
 ベニヤ板で看板を作っている人、商品の袋詰めをしている人、各々与えられた仕事をしている。

「あ、いた」

 思わず小さく声が出てしまう。浩介は看板につける花を作る作業をしていた。
 記憶と同じ、優しい眼差しに胸のあたりが温かくなってくる。でも……

「………」

 一緒にいる部員達と談笑しながら作業している浩介……
 その優しい眼差しは今、チームメイトに向けられている。

(うまくやってんだな……)

 寂しい………

(いやいや、何言ってんだ!)

 自身を叱責する。

(浩介が笑っていられるのならそれでいいじゃないか)


 渦巻く思いを飲み込んで、浩介から目をそらした、その時。

「おーい、しのさくら!」
「はい!」
「はーい!」

 先輩の声に、浩介がビシッと返事をした。もう一人、隣にいた奴も同じく返事をする。

(しのさくら……? しの……)

 頭をさっと巡らせ、思い当たる。一緒に返事したやつ「篠原」って名前だった。前に浩介とハイタッチしてたやつ……

「教官室いって、ガムテープと厚紙、もっともらってきて」
「はいっ」

 二人がこちらに走ってこようとしてるので、慌てて階段をのぼり切り、教官室の横の角に身を隠す。

 ……って、なんでおれが隠れなくちゃいけないんだよ……

 そう思った直後に、浩介と篠原が駆け上がってきた。教官室のドアを勢いよくノックしている。

「篠原入りますっ」
「桜井入りますっ」

 バタンっと中に入ったふたり……

「しのさくら……」
 篠原と桜井だから「しのさくら」だったんだ。……ってなんで漫才のコンビみたいに名前付いてんだよ……。

 胸の奥が渦巻いて、口から心臓が吐きだされてきそうだ。
 座り込んでいたところで、再び教官室のドアがあき、二人が出てきた。何やら話しながら、また勢いよく階段を駆け下りていく。

「浩介……」

 なんでこんなに心臓が痛いんだ。





------------------

お読みくださりありがとうございました!
次回も慶視点で……

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BL小説・風のゆくえには~遭逢12(浩介視点)

2015年12月13日 07時23分55秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
 渋谷の腕の中はやっぱりすごく居心地がよくて。
 つい時間も忘れて、ぎゅーぎゅーぎゅーぎゅーくっついていたものだから、決起会に遅刻しそうになってしまった。

 近くの公民館で、女子バスケ部と合同で行われた決起会。
 顧問や部長の挨拶が終わったあと、女子バスケ部が用意してくれたジュースやお菓子をみんなでいただいた。

 各々散らばった輪の中。渋谷と同じ中学のバスケ部だった上岡武史や、渋谷と試合をしたことがある田辺先輩たちの間で、渋谷の話題が持ち上がっていた。
 渋谷は中学時代、緑中の切り込み隊長、とあだ名されていたらしい。真っ先に敵陣に切りこんでいく小さい選手。

「小さいのがチョコマカしてて、ずっげー鬱陶しかったよな」

 田辺先輩と志村先輩が笑っている。上岡はうんうん肯き、

「しかも、あの顔だから、女子がキャーキャー言ってて、それも鬱陶しかったんですよ!」
「羨ましかった、の間違いじゃないの? 上岡君」

 女子バスケ部の荻野さんが上岡の脇腹をつつき「やめろっ」と怒られている。

「渋谷、お前にバスケ教えてるってことは、もう膝大丈夫なんだろ? なんでバスケ部入らないんだ?」
「え……あ」

 志村先輩に聞かれ、返答に困ってしまう。すると荻野さんがあっけらかんと、

「それ、上岡君のせいですよ~。渋谷君、上岡君がいるからバスケ部入りたくないっていってました。二人、中学時代すっごく仲悪かったので」
「えっマジかよっ。かみおかーーーっ」

 田辺先輩と志村先輩が笑いながら上岡を小突き回し、上岡が「やめてくださいっ」と逃げていく。

 残されたおれと荻野さん……。女子と二人きりなんて間が持たない。おれもトイレとか言ってこの場から逃げ出そうかと考えていたところ、

「渋谷君って、別にバスケが特別好きだったわけじゃないと思うんだよね」
「え」

 荻野さんが、オレンジジュースをつぎたしながら、ボソリと言った。

「何て言うか……渋谷君ってなんでもできちゃう人だったんだよ。勉強も、スポーツも、なんでも。しかもあの顔で、その上、明るいし社交的だから友達もたくさんいたし」

 なんとなく想像ができる、中学時代の渋谷……。

「だからこそ、一番がないっていうのかなあ……」
「………」
「モテてたけど彼女もいなかったし、男子達ともグループで仲が良いだけで、親友、とかいない感じだったし」

 親友……

「だからちょっと珍しいよ。渋谷君と一対一で友達してる桜井君って」
「そう……なんだ」
「うん。……あ、最後のケーキ出てきた! ほら、桜井君も早く行かないと好きなのなくなっちゃうよ!」

 出されてきたケーキに目を輝かせて、荻野さんは行ってしまった。
 ぽつんと残されたおれ……荻野さんの話を思いだしてみる。

(一対一で友達してるおれは珍しいって……)

 でも、渋谷は同じクラスの安倍と仲が良い。一緒にバイトもしてたし、放課後も一緒に出掛けたりしてるようだ。

(あ、でも、一対一ではないのか)

 安倍は固定だけど、安倍と誰かしらが一緒にいる印象がある。バイトも安倍ともう一人一緒だった。

(親友……)

 もしかしたら……おれ、親友、になれたり……する?

 そう考えると胸がぎゅっと苦しくなる。
 さっきの渋谷の感触を思いだす。抱きしめあった心地の良い感触。思わず顔がほころんでしまう。

 おれ……渋谷の『特別』に……なれるかな……


***


 なんとなくふわふわした気持ちのままで、翌日登校したのだが……
 休み時間を挟むにつれ、どんどん、どんどん、嫌な感覚が強まってきて、昼休みに確信した。

 この感覚……知ってる。

 みんなが、おれの噂をしてる。ちらちらと視線を送ってくるのに、そちらを見ると目をそらされる……。
 小学校の時も中学校の時も、こういうことが日常茶飯事だった。

(おれ……何した?)

 思い返してみても、分からない。小学校の時のきっかけは、成績が良くて先生に贔屓されてる、とかそんなことだった。それを母が大袈裟に騒ぎ立てたから余計に被害が広がっていって……。

 でも、今は、そんな思い当たることなんて何もない。 

(なんで……)

 指先が冷えてくる。なんで。なんで。上手くやってたと思ったのに。
 どうしてまた……

 どうしておれはこうなってしまうのだろう……

(………渋谷)

 渋谷に会いたい。会いたいけど……。
 渋谷の耳にも、おれの何か悪いことが伝わっていたら……

 渋谷に嫌われたら……

 ブラウン管の中に放りこまれ、深い深い闇の中に沈み込みそうになっていった……その時。


「宇野ってのはどいつだっ」
「!」

 パリンッとブラウン管が割れた。光が差し込んでくる……

「し……渋谷」

 渋谷が……ものすごい怒りのオーラを充満させながら教室の中にズカズカと入りこんできた。

「しーぶーやー、冷静に冷静にっ」
「渋谷君、こわいよっ」

 後ろから慌てたように安倍と荻野さんがついてきている。
 な、なんだ……?

 教卓の近くに集まっていた男子軍団の一人が、ニヤニヤと手をあげた。

「オレが宇野だけど、何?」
「お前かっ。変な噂流してんのはっ」

 ……噂?

「噂じゃねーよ。真実だろ。オレ見たし。お前と桜井が昨日、抱き合ってたとこ」
「!」

 それ……っ

 自分でも顔が青ざめたのが分かった。そのことだったのか……っ。

 渋谷はピクピクと頬を引きつらせている。

「それがどうして、付き合ってるって話になんだよ?」
「どうしてって……」

 宇野はそこにいた仲間連中と「なあ?」と肯きあってる。

 ああ、おれのせいだ。おれのせいだったんだ。
 おれが軽率に校内であんなことしたから……っ。

 今にも爆発寸前の渋谷の横に慌ててかけよる。

「なあ、じゃねえ……っ」
「渋谷……っ」

 おれの呼びかけに、

「……あ」

 振り向き、おれを見た途端、渋谷の肩の力がふっと抜けた。

「……なんだ。お前いたのか」

 そして、ちょっと冷静さを取り戻したように、眉間にシワをよせて言った。

「なんか、変な噂立てられてるぞ。おれら」
「あ、うん、あの……ごめ……、え?」

 ごめん、と謝る前に、いきなり後ろに回られ、両腕をそれぞれ掴まれた。

「な、何?」
「『おれ、今度の試合、メンバーに選ばれたよ!』」
「え?」

 渋谷がいきなり甲高い声でセリフをいうと、おれの両腕を勝手に振り上げて『わーい』とする。腹話術の人形にでもなったみたい。なんなんだ?

「『やったー嬉しいよー!』……ほら、安倍、こうなったら、お前どうする?」
「えええ?!」

 いきなり振られた安倍、「えーと、えーと」と迷ったあげく、

「『おお!やったなー』」
「え」

 で、ガシッとおれを抱きしめてきた。な、な、なに、このお芝居はっ。

 どうしようとおろおろしていると、渋谷がおれと安倍をべりべりっと剥がし、宇野を睨みつけた。

「……って、誰でもこうなるだろっ」
「なんだそれーっ」

 宇野たちはゲラゲラ笑っている。

「なんねえよっ」
「いや、オレ、なるかも~」
「やってみるか?!」
「『やったー!』」
「『おお!やったな!』」

 みんなでガシッガシッと抱き合いながら笑いだす宇野たち。

 渋谷はそれをあきれ顔で見ながらブツブツと、

「女子と抱き合ってたんならともかく、なんで野郎同士で抱き合ってこんな噂流されなくちゃなんねーんだよっ」
「あーそりゃ、渋谷が女みてえな顔してるからだろ」
「んだと、こらっ。誰が女みてえだっ」

 安倍のセリフに渋谷がプリプリ怒りだす。

「だから宇野! 抱き合ってたのは事実だから否定しねーよ。それに変な背びれ尾びれつけんなっていってんだよっ」
「あー…、わりいわりい。ちょっと面白かったから」

 宇野がへらへらと謝ると、渋谷はムッとしたまま、

「面白くねえっ。お前今度こんなことしたら……」
「しないしない。こえー渋谷。こえー」
「んだとっ」

 言いながらも、渋谷の怒りはだいぶおさまってきたようで、その後、

「そういえば、お前、体育祭の時に応援団やってた?」

とか宇野に言い出し、なんだか話が盛り上がって、予令が鳴る頃には、渋谷はすっかり宇野達とも打ち解けていた。

(……すごいな……)
 こうやって友達を増やしていくんだ……。

 渋谷って、本当にすごい。
 嫌なことは嫌ってちゃんと言って。おどおどしたりしないで、いつでも正面を向いていて。おれには到底真似できない。渋谷はやっぱり光だ。


**

 その日の帰り、少しだけ渋谷の家にいき、部屋に入れてもらった。ちゃんと謝りたかったからだ。

 でも、渋谷は、なんで?と首をかしげて、

「なんでお前が謝るんだ? お前悪くないじゃん」
「でも、おれがあんな人目のつく校内で、抱きついたりしたから……」
「あー、それ言ったらおれの方だろ。あの場所に座らせたのおれだし」
「でも、おれが変なお願いしたから……」
「別に変じゃないだろ」

 渋谷、笑ってる。良かった……

「今度からは人目のつかないところでお願いするね」
「なんだそりゃ」

 ぷっと吹き出された。

「だって……きっとまたお願いするよ?」
「別にいいけど……」

 ちょっと照れたようにうつむく渋谷。
 今、渋谷に手、伸ばしたい。伸ばしたいけど……何でもないのにダメだよね……

 その代わり、今日気が付いたことを報告する。

「あのね……おれ、気がついたの」
「何を?」

「やっぱり渋谷じゃなくちゃダメだって」
「………え」

 顔をあげた渋谷を見つめる。渋谷の綺麗な瞳……

「おれ、今日、安倍にぎゅーってされたでしょ?」
「ああ……うん」

 あの感触を思いだして首をかしげる。

「全然、気持ちよくなかったんだよね」
「…………」

「渋谷の腕の中はあんなに気持ちいいのに」
「何を………」

 みるみるうちに真っ赤になっていく渋谷。

 あれ、おれ変なこと言ってるかな………

「ごめん。おれ変なこと言ってる?」
「……お前はいつでも変だっ」

 なんか怒られた。
 でも、一瞬だけ、腕を伸ばして、頭をぎゅっと抱きしめてくれた。

 やっぱり、渋谷の腕の中は心地がいい。



------------------

お読みくださりありがとうございました!
無自覚イチャイチャ♪ いやでも慶はそろそろ気がつきはじめたかも~。

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BL小説・風のゆくえには~遭逢11(慶視点)

2015年12月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
 夏休み、浩介とはかなり頻繁に会っていた。

 『海の家』でのアルバイトは全部朝一のシフトだったので、部活やバイトの日は夕方から、二人とも休みの日は朝から、一緒に勉強したりバスケの練習をしたり遊びに行ったり…………
 
 おかげで、夏休み明けの実力テストは、入学時の順位よりも300番以上上がって、89番になった。親も担任もビックリしてたけど、一番ビックリしたのはおれだ。でも、浩介は「渋谷は頭良いから、これからもっと上がるよ」とケロリと言っていた。

 一方の浩介は、3番下がって11番。
 以前は自分の成績をかたくなに教えてくれなかった浩介だけど、最近ちょっと距離を縮めてきてくれたというか……

「部活やめろって言われたらどうしよう……」

 ポロッとそんな心配事も口に出してくれるようにもなった。
 浩介の両親はとても教育熱心らしく、10番以内に入っていないなんて言語道断、らしい。

 浩介は理数系が苦手(苦手といっても、おれより出来るけど)のため、それが足を引っ張っているだけで、教科別の順位をみれば文系科目はすべてトップ3入りしている。そこを説得内容に使って、なんとか退部だけは免れたらしいが。

「でも、次の中間で変な点取ったらホントにやめさせられちゃう」
「……バスケの練習、やめるか?」
「やだやだやだっ」

 とんでもない。と浩介は首をふる。

「おれ、渋谷とバスケできなくなったら、勉強も手につかなくなる」
「……なんだそりゃ」

 また変なこといってる。浩介はぐっと拳を作ると宣言した。

「勉強も頑張る。バスケも頑張る。全部頑張る!」
「………」

 浩介のこの一生懸命さが羨ましい。
 おれは本当に何もない。


**


 また冬服に戻った10月……

 バスケ部では秋の大会に向けて、再びメンバー決めの紅白試合が行われた。
 浩介は夏の特訓が功を奏して、試合内で充分に存在感をアピールできた。前回の大会でベンチ入りしていた部員2人が大会直後に退部したため(浩介が前に言っていた「部活サボってばかりだけど上手い」という奴らだ)、今回は更にメンバー入りできる可能性が広がった。

 試合後すぐにメンバー発表をして、その後、決起会を行うらしいので、その前に結果だけでも聞けないもんかと、体育館につながる階段の下でウロウロしながら、浩介達がでてくるのを待っていたら、

「おお、渋谷」
「……げ」

 顧問の上野先生が階段を一番に下りてきて、おれをみるなりニヤニヤ声をかけてきた。

「桜井待ちか?」
「………はい」

 ケケケと笑う上野。

「お前は桜井のかーちゃんか。おーい、桜井! 保護者が待ってるぞー」
「……保護者って」

 すれ違いざま、上野はおれの肩をポンポンとたたくと、

「そんなに心配ならお前もバスケ部入れ。緑中の切り込み隊長ならいつでも大歓迎だ」
「だから、それはもういいですよっ」

 『りょくちゅーのきりこみたいちょう』……懐かしいあだ名。でも、もう、それはいい。
 ふっと中学時代の記憶に入り込みそうになったところを、

「わ! 渋谷! 待っててくれたんだ!」
「……おう」

 バタバタバタっと浩介が下りてきた。
 その顔を見れば一目瞭然。

「入ったんだな?」
「うん!」

 浩介、目がキラキラしてる。

「やったな」
「うん。渋谷のおかげだよ!」
「いや、そんなことは……」

 嬉しいはずなのに、ふっと、不安な気持ちにとらわれる。

(もう、おれと練習する必要ないんじゃないか……?)

 せっかくメンバー入りしたんだ。単純に喜べばいい。喜べばいいのに……


「桜井、良かったな」
 ふいに、浩介の頭が小突かれた。部長の田辺英雄さんだ。
 田辺先輩はおれにも目をやり、

「渋谷が直々に教えてくれてるんなら、そりゃ桜井も伸びるよな」
「え」

 なんでおれの名前を?
 きょとんとすると、田辺先輩はちょっと笑った。

「オレ、中学の時、渋谷と試合で当たったことあるんだけど……覚えてないか」
「えーと……スミマセン」

 おれは小さいせいか目立つらしく、おれは覚えてないけれど相手に覚えられている、ということはよくある。申し訳ない……

「もうバスケやらないのか?」
「はい……スミマセン」

 もう、バスケはいいんだ。これ以上、自分の小さいコンプレックスを重症化させたくない。

「じゃあ、桜井、余計に頑張んないとな。渋谷の遺伝子を継ぐのはお前だっ」
「頑張りますっ」

 にこりと笑う浩介。浩介、笑ってる……


 浩介の横をバスケ部員が次々と通り過ぎていく。通り過ぎながら、

「桜井ーよかったなー」
「がんばろうなー」

 浩介の背中をたたいていく。浩介の頭を小突いていく。

「桜井っ。オレの分も頑張れよっ」
「篠原」

 パンとハイタッチ。

 桜井、桜井、と皆が浩介に一言ずつ声をかけていく……。

(………浩介)

 浩介にはおれの知らない世界がある。そこではおれは必要とされていない……。
 なんだこの孤独感……。


「桜井、決起会、お前も行くだろ?」
 聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには上岡武史の姿が……。

「あ、うん。いくいく」
 武史とも親しげに話す浩介。いつの間に仲良くなってんだよお前ら……

「渋谷」
「………」

 武史がこちらに目をむけた。

「良かったな。桜井、選ばれて」
「………」

 なんだよ。それ。お前に関係ねえだろ。
 なんていうのも大人げないので黙っていると、武史は軽く肩をすくめた。

「じゃあ、先いってんぞ」
「うん」

 軽く手を振った武史が最後で、ようやくバスケ部員がいなくなった。


 なんだ、この空虚感……
 おれは……おれは……

「渋谷」
「………」

 浩介の声。優しい浩介の声。

(おれは、もう、お前に必要のない人間なんじゃないか……?)

 聞きたいけど、聞けない。そんなこと……

「渋谷?」
「ああ」

 振り返れず、うつむいていると、

「あの、頼みがあるんだけど」
「頼み?」

 なんだ?と振り返りかえったところを、

「!」

 ふわりっと包み込むように優しく抱きしめられ、ぎょっとする。

「な、なに……っ」

 びっくりして叫ぶと、浩介が耳元で小さくささやいてきた。

「ありがとう。渋谷」
「え……」

 見上げると浩介の瞳は涙でいっぱいになっている。

「もう少しこのままでいてくれる?」
「え……?」

 おれの鼻の頭に浩介の涙が一粒こぼれた。

「おれ……渋谷の前でだけはちゃんと泣けるみたいなんだ」
「え……」
「今、泣きたいんだけど……いい?」

 浩介の涙にぎゅうっと胸が締めつけられる。
 おれは返事の代わりに、浩介を階段に座らせると、並んで座り、頭を引き寄せた。浩介の柔らかい髪に頬をよせ、腕のあたりをゆっくりゆっくりさすってやる。

 浩介はおれの肩口に顔を埋めて、静かに涙を流し続けた。3ヶ月前の悔し涙とは違って、今日は嬉し涙だ。


「良かったな」
「うん……」

 小さくうなずく浩介……。

『渋谷の前でだけはちゃんと泣ける』

 そう、言ってくれた。

 お前にはあんなにたくさん仲間がいるけど……、でも、おれのことも必要としてくれてるって思ってもいいんだよな……?

 そんなことを考えながら、思わず肩に回した手に力をこめると、

「渋谷」

 浩介はちょっと笑って、おれの腰に手を回してぎゅっと抱きついてきた。

「渋谷の腕の中、すっごく居心地いい」
「………なんだそりゃ」

 笑ってしまう。
 そうだな。おれもお前のぬくもり、すごく心地いい。

 二人でクスクス笑いながら、おれ達はしばらくの間、ぎゅうっと抱きしめ合っていた。まるで小さい子供のように。




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お読みくださりありがとうございました!
まだ自覚ナシ。「心地いい」止まり。でも心地いいからずっとベタベタしていたい2人です。

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BL小説・風のゆくえには~遭逢10(浩介視点)

2015年12月11日 07時18分15秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 あの日、おれは渋谷の腕の中で気がすむまで泣いた。

 おれは両親から「泣くな」と言われて育った。泣くと物置に入れられるので、子供のころから何があっても泣かないようにしていた。だから、学校でみんなに無視されようとも、掃除用具入れに閉じ込められようとも、待ち伏せされて殴られようとも、一切泣かなかった。涙なんて出し方を忘れていた。

 渋谷の腕は温かくて優しくて……。渋谷は、恥ずかしげもなくしゃくりあげるおれの頭をゆっくりゆっくりなでてくれた。ずっとずっとこうしていたいと思うくらい、渋谷の腕の中は心地よかった。


**

 夏休みは部活三昧だった。
 試合に出られない組の一年生たちとは一緒に行動することが多かったので、少し親しくなれた気がする。
 特に、おれと同じで高校からバスケをはじめた篠原照臣とは一緒に組んで練習することも多いせいか、先輩方からも「しのさくら」とペアで呼ばれるくらい一緒にいた。それを篠原がどう思っているのかは分からない。でも、

「一緒に頑張ろー」

と、ニコニコ言ってくれてるから、嫌ではないのかな……と思いたい。



 一方渋谷は、クラスの友達と一緒に、夏休みの間だけ『海の家』でアルバイトをしていた。

「水着の女の子見放題って話だったのに、見てるのは鉄板の上の焼きそばだけだ。裏切られた」

と、ブツブツ怒っていて面白い。遊びに来いとしつこく誘われたので、一度だけ様子を見に行ったら、本当に、ひたすら焼きそばを焼いていて笑ってしまった。

 こんなにカッコいいんだから、店の外に出た方が集客に繋がると思うのに、なんで焼きそば……という疑問には、渋谷の友達の安倍が答えてくれた。

「店長もそう思って最初は呼びこみやらせたんだけど、変に人が集まってくるし、渋谷が戻ってくるまで居座られるしで、商売あがったりになるから、店の奥に引っ込めたんだよ」
「そ、そうなんだ……」

 かっこよすぎるというのも大変なんだな……。

「おれの焼きそば、うまいだろ?!」

 とびきりの笑顔で言う渋谷はやっぱりものすごくかっこよくて。
 店にいた女の子達が厨房にいる渋谷を見てきゃあきゃあ言っているのに、渋谷がおれにだけ声をかけてくれるという優越感にくらくらしてくる。
 こんなにかっこいい人が、優しい人が、本当におれなんかの友達でいいの?という気持ちはまだ抜けきれない。


 夏休み後半には、合宿があった。みんなで学校に泊まりこむのだ。
 おれはたぶん、なんとかうまく部活に溶け込んでいる……はずだ。
 ときどき不安が押し寄せて、ブラウン管の中にいるような感覚になってしまう時があるけれど、そんな時は、渋谷のことを思いだすと、すーっと元に戻れた。それで何とか合宿も乗り切った。

 合宿の最終日、再び紅白戦が行われた。夏休みの練習の総仕上げ、ということらしい。
 夏休み中、部活の時間だけでなく、休みの日や夕方にも渋谷に付き合ってもらって練習してきた甲斐もあり、顧問の先生にも先輩にも褒められるくらいには成長できた。何もかも、渋谷のおかげだ。外からも中からも渋谷がおれを支えてくれている。


「桜井」
「………なに?」

 合宿の帰り道、上岡武史に呼び止められ、内心ドキドキしながら振り返った。
 中学時代、渋谷と同じバスケ部だったらしい上岡。夏休み前の紅白戦のあとで「練習しても無駄。渋谷の迷惑になるだけだ」と言われたが……。今度は何を言われるかと緊張して待っていたら、

「お前……ちょっとうまくなったよな」
「え」

 びっくりした。そんなこと言ってくれるなんて。

「まだ、渋谷に教えてもらってんだろ?」
「あ……うん」

 肯くと、上岡は大きくため息をついた。

「なあ……あいつ、この夏、何やってんだ?」
「何って……この夏休みはアルバイトしてたり……」
「は? バイト? なんの?」
「海の家で焼きそば焼いたり……」
「なんだよ、それ……」

 頭を抱え込んだ上岡……。

「中学の時、渋谷は本当にすごいプレーヤーだったんだよ。お前は知らないだろうけど……」
「あ……うん。えと、一回だけみたことある……」

 おれが十中での試合を見たことを話すと、上岡は大きく目を見開いた。

「そうか……あの最後の渋谷のパス、見たか?」
「う、うん」

 相手の選手を見据えたまま、目線を動かさないで右下にいた味方にパスをだした渋谷……かっこよかった。

「あの時のパス受けたの、オレ」
「え!」

 あの時の大柄な選手、上岡だったのか! あの時は坊主頭だったし、もっと太ってたから、今とイメージ違いすぎて気が付かなかった。

「すごい。あれ、よく渋谷がパスしてくるってわかったよね? それを受けて、冷静にシュート成功させたところもホントすごかった!」
「……まあな」

 照れたように上岡が頬をかく。

「オレ、渋谷とは仲悪くて、喧嘩ばっかしてたんだけど……あの時、ようやく渋谷のこと認められたっていうか……」
「……そうなんだ」
「でも、あの試合の後の練習で、渋谷、膝やっちまって、そのまま引退しちゃって……」

 上岡はまたため息をついた。

「なあ……、渋谷、本当にもうバスケやらないつもりなのかな?」

 それは………

「オレ、もう一回渋谷とバスケやりたいんだけどな」
「………」
「だから、お前がちょっと羨ましい」

 上岡がそんなこと思ってたなんて……

 
 帰り道、自転車を漕ぎながら上岡が言っていたことを反芻する。
 もし、渋谷に上岡が一緒にバスケやりたいって言ってるって伝えたら……

「……絶対にやらないだろうな」

 思わず声に出してしまう。
 渋谷は上岡を毛嫌いしている。上岡に言われたところでなびくとは到底思えない。

『お前がちょっと羨ましい』

 そうか……羨ましい。そうだよな。おれはバスケに関しては渋谷を独占している。
 もし、渋谷がバスケ部に入ったら……と想像してみる。一緒のコートでプレイできるのは楽しそうだけど……でも、渋谷が他の人とバスケするのは、すごく嫌……、ああ、そんな考えはダメだ。

(友達を独占しようとしてはいけない)

 本に書いてあった言葉を心の中で繰り返す。
 渋谷にはたくさん友達がいる。独占するなんておこがましい。おれは友達の一人でしかなくて、それで……

「おーー!きたきたーーー!」
「……え」

 川べりの一本道。少し先で渋谷が大きく手を振っている。
 なんで。今日は会う約束してないのに……

 近づいていくと、渋谷が笑顔で立っていた。

「合宿、おつかれー」
「あ、うん。ありがと」

 合宿のせいで5日間も会えなかったから、ちょっと久しぶりな気がする。嬉しい。

「ちょっとうち寄っていかね?」
「え」
「あ、疲れてるか。まっすぐ帰りたいか?」
「ううん!全然!全然!」

 即座に否定する。

「いくいくいく!」
「おー。あのな、花火もらったんだよ。花火。ちょいまだ明るいけど花火やろうぜ」

 花火……

「そのために、ここで待っててくれたの……?」
「あ? ああ、まあな」
「………」

 いつ通るか分からないおれのこと、ずっと待ち伏せしてくれてたんだ……。

 渋谷……そんなことされたら、おれ勘違いしちゃうよ。おれが渋谷の『特別』だって、勘違いしちゃうよ……

「で、どうだったよ、合宿は」
「あ、うん。最後、紅白戦やった」
「へえ、どうだった?」
「うーん……一応、上野と田辺先輩には褒められた」
「おおっすごいじゃん」

 嬉しそうに手をたたいてくれる渋谷。
 おれは……おれは渋谷の、何?


 夕暮れの中での花火は、それはそれで綺麗だった。

 珍しく、渋谷のお母さんが早く帰ってきていて、夕飯の準備そっちのけで、自分も花火をやる、と乱入してきた。明るくて気さくで人懐っこい。顔も渋谷と似てるけど、性格も渋谷と似ているようだ。いや、渋谷がお母さんに似てるのか……

「ちょっと、慶、またロウソク消えちゃったって!」
「うるさいなあ。自分でつければいいじゃん」
「今手が離せないの! 慶、つけてよ」

 慶、慶、慶……とお母さんが渋谷を呼ぶ声が耳に残る。

 渋谷慶……そうだよな。渋谷って、慶って名前だった。綺麗な名前。渋谷にピッタリだ。今も花火の光に照らされて、渋谷はきらきらしている。

「慶……」

 口に出してみると、なぜか、ぎゅっと心臓のあたりが苦しくなった。

 慶……慶。

 いつの日か、名前で呼んだりできる日がくるのかな……
 でも考えてみたら、渋谷を名前で呼んでる人って学校には一人もいない……

 慶……

 おれだけの、特別な呼び方になったりしたら嬉しいのにな。




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お読みくださりありがとうございました!
まだ携帯電話のない時代なので、会うためには、きちんと約束するか、家に電話するか、こうやって待ち伏せするか、しかなかったんです。
慶君、待ってました。走りこみとかしながらね。暇になると体鍛える人なのでね。

クリックしてくださった方々ありがとうございます!!
こんな話ですけどいいですか?!と昨日はなんだかずっとドキドキしてました。
本当にありがとうございます!!今後ともよろしければどうぞどうぞお願いいたします。
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