創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

風のゆくえには~たずさえて28-3(菜美子視点)

2016年09月20日 02時37分59秒 | 風のゆくえには~たずさえて

 結局、病院から一言も言葉を発せずマンションまで帰ってきた。「何か食べますか?」という問いにも、首を横に振っただけ。そんな我儘を許してもらえることも有り難い。

 そんな中、部屋に入るなり、山崎さんはポンと手を打った。

「そうだ。お風呂、入りますか?」

 ニコニコの山崎さん。でも、5秒後、

「あ、いや……っ」

 ハッとしたように、真っ赤になってブンブン手を振りはじめた。

「いえ、あの、決してそういう意味では……っ」
「大丈夫です。わかってます」

 嫌なことや落ち込むことがあると、熱いお風呂に入る、と、以前話したことを覚えていてくれたのだろう。

 肩の力がふっと抜ける。自分を見ていてくれる人がいるということが、なんて心強いことか。
 子供の頃は、それが母であり父であり、ヒロ兄だった。

 父親も祖父母もいない樹理亜にとっては、唯一母がそんな存在であるはずだった。


「山崎さん」
 聞いたら失礼かな、と思い、今まで聞けなかったこと。今、どうしても聞きたい。

「聞いてもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」

 きょとん、とした山崎さんをふりあおぐ。

「あの……」
 前々から思っていた。

「山崎さんは……もしかして、樹理ちゃんの気持ちが実感としてわかってたり、します?」

 山崎さんは目をみひらき、

「…………はい」

 数秒の間の後、静かにうなずいた。



***


 山崎さんが話してくれたことや、樹理亜の今後のことを考えていたら、いつもよりも更に長風呂になってしまった。もう茹でタコだ。

 お風呂から出てリビングに入っていくと、ソファに座って何かの書類を見ている山崎さんの姿が目に入った。どうやら仕事を持ち帰っていたようだ。何だかくすぐったいような不思議な光景。

 山崎さんは、肩にタオルをかけたままぽやっとしている私に気がつくと、

「髪、乾かしますか?」

 優しく微笑んでくれた。本当に、不思議。ふわふわした感じ。


 言われるまま、ドライヤーを渡す。すると、

「はい。座ってください」

と、私を座布団に座らせた山崎さん。自分はその後ろのソファに私を足で挟みこんで座り、そして、丁寧にタオルで髪を拭きはじめてくれた。

(なんか……手慣れてるな)
 歴代の彼女にこういうことしてたんだろうな……と思うと何だかモヤモヤしてくる。

「慣れてますね」
 思わず言うと、山崎さんは「そうですね」とうなずき、

「甥っ子が泊まりにくると、風呂入れたり髪乾かしたりさせられるので」
「……………」

 甥っ子。いや、それだけじゃないだろ。

「前の彼女にもしてたでしょ?」
「……………」

 我ながら意地悪な質問。
 山崎さん、たっぷり10秒くらい押し黙り………

「………。忘れました」

 ボソッと言って、ドライヤーの電源を入れた。ドライヤーのボーッという音が静かな部屋に響きはじめる。

(忘れました、だって)
 笑いそうになってしまう。してませんって嘘はつけないあたりが、真面目な山崎さんらしい。


 ドライヤーの温かい風の中、優しい手に撫でられていたら、先ほど山崎さんが話してくれた話が頭の中に甦ってきた。





-------


お読みくださりありがとうございました!

全然途中なのですが、とりあえずここまでで。
今回、どうしても構成の納得がいかず、切ったり張ったり移動させたりを繰り返し、結局間にあいませんでした。
でも更新しないのも悔しいので、とりあえずここまではいいか……というところまで載せさせていただきます。

毎回、内容と肝になるセリフは決まっているのですが、
それをどう書くか、どう構成したら間延びしないのか、不自然さがないのか……で、悩まされ……
スマホだと切ったり張ったり作業も難しいというかなんというか。
今日は数時間パソコンが使えるはずなので、作業の続きはこの後に持ちこむことにしました。

でも、とりあえず。今回は、山崎君の「忘れました」を書けて満足です。
元カノの話なんか、絶対しちゃダメ。「忘れました」で押し通すことをオススメします。


クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
もう本当に……こんな真面目な話にご理解くださる方がいらっしゃること、感謝の気持ちで一杯でございます。
今後ともよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて28-2(菜美子視点)

2016年09月18日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて


 薄く暗い病室の中……
 目黒樹理亜はベッドに寝そべり、点滴をしていないほうの手で、何もない宙を掴もうとしていた。その瞳は何も写さず、ぼんやりとしている………

「樹理ちゃん……」

 その手を握ったが………

 まるで、私の手などないかのように、何かを掴もうとする動作をやめない樹理亜……

「戸田ちゃんでもダメかあ……」

 ユウキががっかりしたように息をついた。ユウキも同じ状況らしい。

「あー、やっぱり奴か……奴じゃなきゃダメなのか………」

 ユウキがブツブツ言いはじめたところで、病室のドアが軽くノックされ……

「あれ? 戸田先生?」

 渋谷慶先生が入ってきた。白衣を着ているのでさらにイケメン度があがっている。

 軽く会釈して、ユウキと共に病室の端に下がる。入れ代わりに渋谷先生が樹理亜の枕元に行き……

「……目黒さん? 大丈夫?」

 先ほどの私と同じように、手を握った。すると、その手はピクリ、として………

「…………あ」

 焦点の合っていなかった瞳に色が灯ってくる……

「慶先生……」
「………………」

 わずかに笑った樹理亜………

 なんでなんだろう……

(悔しい………)

 私の方が、樹理亜との付き合いは長いのに……

「悔しいなあ」
「……っ」

 心の中を読まれたかのような発言に振り返ると、ユウキが口を尖らせていた。

「なんで慶先生なんだろうなあ……。やっぱ手が熱いからかな」
「え?」

 手が、熱い?

「慶先生って体温すごく高いんだって。手もいつも温かいって、浩介先生が言ってた」
「そう……なんだ」 
「あのオーラも体から発する熱量のせいかなあ、なんて思ってるんだけど。まあ、もちろんイケメンってことが一番の理由だろうけどさ」
「…………」

 そうであっても………
 樹理亜の壁を壊すことのできる渋谷先生が羨ましい……


「………えーと? なんだっけ? あたし、どうしたんだっけ?」
「樹理っ」

 ボソボソと言う樹理亜の声に、ユウキがすっ飛んでいく。

「樹理、大丈夫?」
「ユウキ……」
「覚えてない? 一緒に救急車乗ってきたんだよ?」
「救急車?」

 樹理亜はぼんやりしたままだ。

「ユウキ君、まだ……」

 無理させないで……と言いかけたところで、再びノックの音がして………

「ヒ………、院長?」

 おどろいたことに、ヒロ兄が顔を出して、チョイチョイと手招きをしている。こんな時間にくるなんて珍しい……

「なんですか?」

 促されるまま、人気のないエレベーターホールの前までくると、ヒロ兄が渋い顔をして、言った。

「お前、何でここにいるんだ?」

 え?
 質問の意図が分からず、眉を寄せると、

「西田さんが気にしてオレのとこに報告にきたぞ」
「え」
「お前、今日はこっちの勤務じゃねえだろ。契約外労働したって金払わねえぞ。さっさと帰れ」
「あ……」

 そういうことか。

「いえ、目黒樹理亜さんの友人から、こちらに運ばれたって携帯に連絡があって、それで……」
「なんで、一患者が担当医の個人連絡先を知ってる?」
「…………」

 グッと詰まる。ヒロ兄、院長の顔だ……

「前にも、患者に個人的に関わり過ぎるなと注意したよな? 忘れたか?」
「……………」

 ずっと前に言われた……けど……

「勤務時間を過ぎたら患者のことは忘れろ。そうでないと、神経が持たないぞ」
「………………でも」
「でも?」

 ピクリと頬が動いた。まずい。本気で怒る前兆だ。でも、これだけは言わせて。

「目黒さんは患者なだけでなく、個人的な友人、です。ので……」
「だったら面会時間は8時までだからな? それ以上残ることは許さない」
「…………はい」

 おとなしく頭を下げる。

 院長の言うことは分かる。でも、そうは言っても、どうしても踏み込まざるえない患者は出てきてしまう。目黒樹理亜はその最たる患者だ。彼女は人との繋がりを欲している…
……

「戸田先生」

 あらたまったように名字を呼ばれ、ドキッとする。院長が腕組みをとき、淡々と話しはじめた。

「オレには患者を守る責任もあるが、ここで働く職員を守る責任もあるんだよ」
「…………」

「今回の件は、二十歳の女性が手首を切って救急車で運ばれてきて、外村先生が処置をし、一晩入院という判断をした。明朝、心療内科の戸田先生には予約診療のはじまる前にみてもらうようにする。ただそれだけのことだ」
「…………」

「医者が何でもできると思うな。そんなのただの驕りだぞ? 患者の人生に入り込み過ぎるな」
「…………」

 でも……、でも、でも……

 唇を噛んで再び下を向いていると、

「菜美子」

 ヒロ兄の顔に戻ったヒロ兄に、耳元で小さく言われた。

「仕事とプライベートはキッチリ分けろ。お前にはお前の人生があるんだからな」
「…………」

「せっかく良い奴つかまえたんだから、自分の幸せ考えろよ」
「…………」

「明日、医者の顔して出直して来い」

 ヒロ兄は、ぽんっと私の肩を叩き、階段を上っていってしまった。

「………でも、ヒロ兄……」

 叩かれた肩をつかみ、うつむいてしまう。
 樹理亜は私に連絡くれたんだよ……それなのに……それなのに……



 それから、樹理亜の病室に戻り、面会時間終了まで四人でゆっくり話をした。

 そこで初めて知った。
 樹理亜が今一緒に暮らしている陶子さんと、その姪であるララという少女が、ララの母親を探すために、長期でうちを空けることになり、5日ほど前から樹理亜は一人で暮らしているそうなのだ。店も臨時休業しているためアルバイトもなく、誰にも会わない日々が続いていたそうだ。

「ミミも入院中だからさ……」

 その上、飼い猫のミミまで具合が悪く入院しているそうで……タイミングが悪い。

 昨日の夜、誰かと話したくて、渋谷先生に電話をしたけれど通じず、次に私に電話したけれどもやはり通じず……。でも、後から渋谷先生から電話があり、長電話をしたらすっきりして、もう大丈夫、と思って眠ったそうだ。

 でも、明け方、怖い夢を見て飛び起きてしまい、そのままずっと不安な気持ちがおさまらなくて……

「それでママちゃんに電話したの。だって、慶先生はもうお仕事の時間だったからさ」
「………………」

 そこで頼ってしまうのが、やはり母親になってしまうのか………

 でも、そこで電話先の母親から発せられたのは、罵詈雑言の数々だった………

「お前なんかいらないって………」

 そうしたら、いつものあの厚い壁に覆われて息ができなくなって、苦しくて苦しくて………。そこから抜け出すために手首を切ったの………

 淡々と話しながらも、言葉の隅々が震えている樹理亜。渋谷先生がその手を再び包み込むと、安心したように微笑んだ。

「……………」

 私には与えることのできない笑顔……

 樹理亜の異変にも気がついてあげられなかった。樹理亜の壁を溶かすこともできない……


「……ショックだなあ」

 8時になり、一緒に病室を出たユウキがボソッと言った。

「樹理が辛いとき、連絡したいリストにボク入ってないんだなあ……」

 ユウキは今日の午後、樹理亜の携帯が通じなくなったことに不安を感じ、マンションを訪れ、血まみれで倒れている樹理亜を発見したそうだ。

「樹理さあ、うわ言みたいに、慶先生慶先生って言っててさ……」

 好きだからしょうがないのかなあ……でも悔しいなあ……

 ユウキはブツブツ言いながら、「じゃあね」と走って行ってしまった。もうアルバイトの時間なのだそうだ。陶子さんのお店が休みのため、別の短期バイトをしているらしい。


『うわ言みたいに、慶先生慶先生って……』

「………………」

 ユウキの言葉を思いだし、ため息が出てしまう。

 私は二年前に出会って以来、ずっと樹理亜に寄り添ってきたつもりだ。
 でも……結局、リストカットの回数か激減したのは、渋谷先生と出会ってからだし、一年前、あの母親から樹理亜を引き離したのも、渋谷先生と桜井氏だ。おかげで樹理亜は樹理亜らしさを取り戻した。

『好きだからしょうがないのかなあ……』

 そうかもしれない。そうかもしれないけれど………

(じゃあ私って何なんだろう……)

 結局、樹理亜にとって私という存在はなんなのだろう……


 打ちのめされた気分で病院を出たところで、

「戸田さん」

 優しい、優しい声に立ち止まった。
 病院の看板の下…………山崎さんが佇んでいる。

「峰先生から迎えにくるように、と連絡をいただきました」

 ヒロ兄が………

「大変、でしたね」
「………………」

 こらえていた涙が出そうになり、上を向く。

 樹理亜の壁を溶かすのが渋谷先生であるように、私をただの一人の女の子にしてしまう特別な人は、山崎さんだ。
 


-------


お読みくださりありがとうございました!

昨日、『幸せな誕生日・後編』の最後に写真を加えてみました。空以外イメージ通りに撮れました。お時間ある方、よろしければご覧くださいませ(*^-^)

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
おかげさまで、この『たずさえて』ももうすぐ最終回……
今後ともよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~たずさえて28-1(菜美子視点)

2016年09月16日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年5月23日(月)



 私は恋のはじまりにバカみたいに浮かれていて、周りが見えていなかった。
 もしかしたら、そうでなくても、今回のことは防ぐことはできなかったのかもしれない。
 でも、それでも、私はこんな私のことが、どうしても許せない。



 前日、日曜日……
 
 山崎さんが私の実家に挨拶にきてくれた。
 まだ5月下旬なのに30度近くまであがった夏日の中、山崎さんはキッチリとしたスーツ姿……。本当に、これぞまさしく「ザ・公務員」。
 娘の交際相手としてかなりの好印象だったようだったようで、母はこちらが恥ずかしくなるほどはしゃいでいた。はじめは仏頂面を作ろうとしていた父も、お土産の素敵な赤い箱に入った月餅を見た途端、笑顔になってしまった。父は甘いものが大好きなのだ。

 途中から、「家でダラダラしていて暇だった」というヒロ兄も加わって、男三人はヒロ兄が持参した日本酒を飲みはじめた。父と山崎さんの2人きりでは間が持たないと判断した母が、気をきかせて呼んだようだ。

「あまり飲みすぎないでよ?」
「わーってるわーってる」

 気軽に手を振るヒロ兄。……いつもだったら「うるせえなあ」とか言いながら、頭をポンポンとしてくれるのに、それはなかった。考えてみると、この一か月……山崎さんと付き合うことになったころから、ヒロ兄にスキンシップを取られることがなくなったように思う。

『もう、離すから……』

 夜のコンビニの駐車場の近くで、そういって抱きしめてくれたヒロ兄……。
 あれは、幼い頃からずっとそばにいてくれた兄という立場から、私を手放す、という意味だったのかな、と思う。

 正直に言うと、まだまだ、まだまだまだまだ、ヒロ兄の姿をみると心が疼く。それはそうだ。18年も想い続けてきたものが、一朝一夕で無くなるわけがない。

 でも、それを少しずつ上書きするように、山崎さんの存在は私の中で大きなものとなっている。
 正式にお付き合いをする、となった直後に、友人と海外旅行に行ったのも良かったのかもしれない。8日間、日本を離れ、日常を離れ、今までのことにリセットボタンを押されたような感覚になり……

『国大出身の公務員? なんか堅いね~。菜美子に合ってる~』
『今度紹介してよー?』

 友人達も手放しで喜んでくれた。今までヒロ兄のことを友達に話したことはなかったし、歴代の彼氏もヒロ兄に似てるという理由で付き合っていたので、後ろ暗くて自分から話すことはなかったため、恋の話を遠慮なくできるということも新鮮だった。

 山崎さんは私に自信をくれる。愛情をくれる。安心をくれる。包みこむように優しく守ってくれる……

 
 母も30過ぎた娘がようやく連れてきた彼氏が、真面目な好青年であることにホッとしているようだった。

「いい人見つけたわね、菜美子。やっぱり真面目な人が一番よ。お父さんもそうでしょ?」

 そう言われて、初めて気がついた。そういえば、父と山崎さん、なんとなく似てる。顔じゃなくて真面目な雰囲気が……

「やっぱり親子だから趣味が似てるのね、私達」

 母が嬉しそうに言ったのが印象的だった。

 結局、山崎さんは引きとめられて、夕飯まで食べていった。父も、帰り際に山崎さんに「まだ遊びにきなさい」と何度も言っていて……相当気に入ったらしい。


「今日はありがとうございました」

 帰ろうとしたのを半ば無理矢理誘って、マンションの部屋に上がってもらい、日本茶を出しながらお礼の言葉を言うと、「こちらの方こそありがとうございました」と、深々と頭を下げられた。

「素敵なご両親ですね。戸田さんが愛されて育ったっていうのがよく分かります」
「そうですか?」

 そんなに甘やかされてるように見えただろうか。

「オレは父がいないので……ご両親のような仲の良い夫婦って憧れます」
「………」

 山崎さんのご両親は山崎さんが小学生の時に離婚した、と聞いている……
 ふっと伏せた瞳が寂しそうで……話題を逸らすことにする。

「母が、山崎さんと父が似てる、といってました」
「え……」

 キョトン、とした山崎さん。

「私も言われて気が付いたんですけど、真面目なところとか……似てるかもしれません」
「そう……なんだ」
「はい」

 テーブルの向かい合わせの位置から、そそそっと山崎さんの隣に移動する。途端にビクッとなる山崎さんがかわいらしくてしょうがない。

「母が、親子だから趣味が似てるって言って」
「趣味?」
「男性の趣味、です」
「え」

 手にそっと触れると、山崎さんの頬がみるみる紅潮していく。ホント、かわいい。

 じっと下からその瞳を見上げて、ささやく。

「親子だから好きな人も似ちゃうみたい」
「え………」

 初めて、好きって言葉を言ってみた。
 予想通り、目をみはった山崎さん……

「今、戸田さん……」
「はい」
「好き……って?」
「はい」
「…………」
「…………」

 山崎さんが大きく瞬きをして……

 遠慮がちに、繋いでいない方の手が頬に伸びてきて……

 そして、見つめあい………

 唇が、おりてきた。

 そっと……そっと、優しく触れる唇………

(ああ………)

 私は愛されてる……
 触れたところから伝わって来る、溢れる想い……嘘のない愛情……

 一度唇が離れ、再び見つめあう。いつもとは違う情熱的な色を纏った光……

 頬を囲まれ、上を向かされ、そして………

 と、思ったら。

「あ」
 山崎さんが慌てたように、両手を上げ、身を引いた。

「え?」
 今度はこちらがキョトンとなる番だ。

「何……」
「日本酒」

 バタバタと手を振る山崎さん。

「すみません、日本酒が残ってて……」
「え」

 そういえば、父とヒロ兄と3人で結構な量を飲んでたな……

「せっかくの初めてのキスが日本酒の味なんて、悔やんでも悔やみきれません」
「初めての……キス?」

 人指しで山崎さんの唇に触れ、首をかしげる。

「今したのは? キスじゃないんですか?」
「あ、いや……そのっ」

 先ほどよりも、もっと更に真っ赤になった山崎さんが、本当に本当にどうしようもなくかわいすぎる。

「あの、なんというか、その……」
「大人のキス?」

 言うと、コクコクとうなずいた山崎さん。

「そう、です」
「じゃあ……」

 つつつ……と指で唇を辿り、にっこりと言う。

「子供のキスでいいので、もう一度してください」
「え!?」
「して、ください」

 目をつむって、少し上を向き、待っていると、そっと再び頬を囲まれた。そして……

(……………)

 思わず、微笑んでしまう。おでこに軽いキス。そして……

「…………っ」

 ぎゅうっと抱き締められ、息が止まりそうになる。なんて幸福感………

「山崎さ………」
「あまり煽らないでください」

 耳元で優しい声がする。

「大切にしたいんです。勢いとか、そういうことじゃなくて……」
「………………」

 一度、体を繋げたことはあるのにね。
 でも、だからこそ、一番はじめから、ゆっくりと、大切に……

「……真面目だなあ」
 笑いながら言うと、山崎さんも「すみません……」と言いつつ、笑いだした。耳元に響く声。温かい胸……

 背中に手を回し、こちらからもぎゅうっと抱きしめる。

「でも、山崎さんのそんなところも、好きです」
「…………っ」

 息を飲んだのが分かった。ホント、素直。そんなところもかわいくて好き。

「だから、煽らないでって……」
「ごめんなさい」

 困ったように言う山崎さんがかわいくてかわいくて、ますます強く抱きついた。

 こんな幸せな恋愛、初めてだ。



 山崎さんが終電ギリギリに帰っていってから、すぐにお風呂に入った。帰宅報告の電話を取れないと嫌だからだ。

「………あれ」

 上がってきてから、バッグに入れっぱなしだった携帯を取りだして、着信履歴に気が付いた。

 目黒樹理亜からだ。

 実家からマンションに帰ってくる間の電車の中で鳴っていたらしい。山崎さんと一緒だったので、携帯を確認するという作業を一度もしなかったため、まったく気が付かなかった。2時間半前の着信だ。

「?」

 もう12時を過ぎているけれども、かけてみる。アルバイト中だろうか? かかってはいるけれども、出る気配がない……

『電話気がつかなくてごめんね。何かあった?』

 ラインをしてみたけれど、なかなか既読がつかず……一時間近く経ってからようやく、

『ごめーんなんでもなーい』

 という文章と『おやすみ』のウサギのスタンプがきたので、こちらも眠っているパンダのスタンプを送り返した。

(……何だったんだろう?)

 気にはなったものの、その直後に山崎さんから電話がきたので、樹理亜のことは頭の隅に追いやられてしまった。



 そして、月曜日……

「先生、何だかお肌ツヤツヤですねー。やっぱり良い恋してる人は違うなー」

 看護師の柚希ちゃんにからかわれるくらい、私は浮かれていたらしい。仕事中は冷静でいるつもりだけれども、休み時間に少しだけ山崎さんとラインでやり取りをしたりして、顔のニヤニヤがとまらなくて……

(……幸せだな)

 結婚したら、こんな日が毎日続くのかな……

 そんな浮かれたことを考えながら、あっという間に一日が過ぎ……、帰宅の途についた18時過ぎのことだった。


「……樹理ちゃん?」

 また、樹理亜からの着信だ。ちょうど駅に着いて電車を待っていたところだったので、今回はタイミングよく電話に出られた。

『戸田ちゃん?』
「……? ユウキ君?」

 樹理亜の携帯なのに、電話の向こうは樹理亜の友人のユウキ君で……

「………」

 途端に背筋にひやっと冷たいものが走る……
 樹理亜に何か……

「ユウキ君、どうし……」
『戸田ちゃん、今から病院こられる? 慶先生の病院』
「……え」

 血の気が引いていくのが分かった。病院……病院って……

 嫌な予感の通り……ユウキがそのセリフを言った。


『樹理が、手首切った』

「………っ」

 ぐっと心臓が痛くなり胸を掴む。
 ああ……樹理……

 リストカット常習者だった樹理亜……せっかくずっと治まっていたのに……


『命に別状はないんだけど、精神的にちょっと……悲しいけどボクは役立たずで』
「…………」
『慶先生も仕事終わり次第すぐ来てくれるみたい』
「…………」
『だから戸田ちゃんも』

 ユウキの切実な声に何とか「すぐ行く」と答えて電話を切った。


 樹理、ごめん。ごめんね、樹理……

 どうして、昨日、気がついてあげられなかった?
 どうして、今日、気にしてあげられなかった?

 樹理亜は私に連絡、くれていたのに……


「主治医失格だ……」


 浮かれていた自分を全力で殴りたい。


 病院に移動する最中、山崎さんからラインが入った。
 でも、見なかった。見れるわけがない……。



-------


お読みくださりありがとうございました!

恋愛に浮かれていた戸田ちゃん……
仕事と恋愛の両立っていうのも難しい問題で(>_<)

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
こんな普通のお話に……本当に感謝感謝でございます。
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風のゆくえには~たずさえて27(山崎視点)

2016年09月14日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年5月15日(日)


 先々週……、正確には20日前の4月26日火曜日。

『オレをあなたの恋人にしてください』

 そう言ったオレに、戸田さんは『はい』と小さく肯いてくれた。
 だから、この日から恋人ということになるんだろうけれど……


 その3日後から5月6日まで、戸田さんは以前からの予定通り、高校時代の友人3人と『バルト三国とフィンランド8日間の旅』に行ってしまったため、このゴールデンウィーク期間はまったく会えず……。

 旅行から帰ってきてすぐに電話をくれたのだけれども、声がすごく疲れていたし、旅行の片付けもあるだろうから、とその週末に会うということはしなかった。その後一週間も、仕事が立て込んでいるようだったので結局会わず……

 ようやく会えることになった今日。……でも、来月に迫った須賀君たちの結婚式の二次会の打ち合わせのため、溝部と明日香さんも一緒だ。

(オレたち本当に恋人……なのかな)

 甚だ疑問が残る……
 あの日も結局、マンションまで送っただけですぐに帰宅した。翌日仕事だから、ということもあったけれど、意識しすぎて会話が続かず、お互い気まずくなったから、というのが正直な理由だったりする。

(会うのも20日ぶり……しかも二人きりじゃない)

 打ち合わせで集まる前に、二人きりで会えませんか? と打診はしたのだけれども、

『ごめんなさい。明日香と先に約束していて』

と、断られてしまった……。

(やっぱりあの日、気まずくなったから会いたくないんじゃないだろうか……)

 とか、色々考えすぎてしまうのは、いつもの悪いくせだ。
 今日の打ち合わせのあと、またマンションまで送っていけばいい。そこでゆっくり……は無理だろうけど、少しは話ができたらいい。今後のこととか……

(今後のこと……)

 う………

 先週、弟と話したことを思い出して、胃がキリキリと痛くなってきてしまった……


***


「兄ちゃん、例のホワイトデーの彼女とはどうなったの?」

 先週、一家で遊びにきた弟達。
 母と弟のお嫁さんである亜衣ちゃんと甥の翼が夕方の散歩に出かけたため、兄弟二人きりでビールを飲んでいたら、弟の誠人が直球で聞いてきた。
 以前、ホワイトデーのプレゼントについて亜衣ちゃんに相談した関係で、2人は戸田さんの存在を知っているのだ。

「あー……おかげさまで一応、付き合うことになった」
「おおおっ」

 やったね、と缶をカンパーイとぶつけてきた誠人。

「お医者さんなんだよね?」
「ああ、うん」
「そしたらやっぱり共働きだ?」
「いや、まだ付き合いはじめたばかりで、そんな話は………」

 ゴニョゴニョ、と誤魔化すと、誠人はイヤイヤイヤと手を振り、

「彼女、オレの2コ上って言ったよね? 今年34でしよ? ちゃんと考えてあげなよ」
「…………」
「だいたい、兄ちゃんだって、もうすぐ42じゃん。今すぐ子供作ったって、子供成人したとき62だよ? 大学ストレートで入ったって……、あ」

 手で制すると、誠人がハッとしたよう口を閉じた。こいつは昔から口が達者で余計なこともペラペラ喋るので、こうやって制して黙らせる、というのはいつものことなのだ。

「まだ何もそんな話はしてないし、するタイミングでもないと思ってる」
「ふーん……」

 酒のツマミに、と母が出していった筑前煮をつつきながら、誠人は不満そうに口をとがらせた。

「でも、結婚するしないは早めに確認した方がいいと思うよ? お互いいい歳なんだから」
「…………」

「もし、彼女がしたいと思ってるのに、兄ちゃんにその気がないなら、さっさと別れてあげたほうが彼女のためだし」
「…………」
 
 別れるのは嫌だ。せっかく掴んだこの手を離したくない。

 でも………

(結婚…………)

 するとなったら、精神的なことはさておき、現実問題として色々難しい問題をはらんでくる。

 最大の難点は、結婚後に住む場所だ。
 実はこのゴールデンウィーク中、東京・神奈川の路線図とにらめっこしていた。

 戸田さんが今住んでいるマンションは、新宿にほど近い駅にあり、勤務先のクリニックや峰先生の病院にもかなり近いし、実家の最寄り駅までも30分程度しかかからない。
 オレは職務上、できれば横浜市内から出たくないという希望がある。そこを考慮して一番ベストと思われる駅を選んでも、戸田さんの通勤時間は今までよりも30分は長くなり、実家へもプラス20分になる上、乗換も増える。戸田さんは一人っ子だし、ご両親も娘をもっと近くに住まわせたいだろうから、今よりもさらに遠くなることをどう思われるか……

(こんなに不便になるのに、結婚する利点ってあるんだろうか)

 利点がある、と思ってもらえるんだろうか……
 

 それに……

 オレが出ていったあと、母はここで一人で暮らしていけるんだろうか。
 団地のローンは払い終わっているので、あとは月々の管理費と修繕積立金、それに固定資産税……そういう金銭的なことはもちろん、団地の草刈りや、自治会の盆踊りの手伝いなど、腰痛持ちの母にできるのかどうか……


「兄ちゃん」
 あらたまったように呼ばれ、顔を上げると、弟の真剣な目があった。

「でも、もしさ、兄ちゃんがお母さんのこと気にして結婚に踏み切れないっていうんなら、お母さんのことは心配しないでいいからね」
「え」

 オレの心を読んだかのような、弟の発言にドキリとする。

「なにを……」
「オレ、これでも悪かったなって思うことあるんだよ? 兄ちゃん、学生の時からバイトして家に金入れてくれてたり、就職してからもずっと家から出ていかないでくれてたりしてさ」
「……………」
「オレは今までずっと自由にさせてもらってたから……」
「そんな………」

 誠人はこちらを見つめたまま、静かに続けた。

「それにさ、お母さんのためにも、結婚できるならした方がいいと思うよ」
「え?」
「兄ちゃんが結婚しないのは自分のせいだってお母さんが気にしてるって、亜衣ちゃんが言ってた」

 …………なんだって?

「兄ちゃんが前の彼女と別れた原因ってお母さんなの?」
「………っ」

 なんで……っ
 驚きの目を向けたことを、誠人は肯定と取ったようで、「そっか……」とつぶやいた。

「お母さんがそう言ってたって、亜衣ちゃんが」
「…………」

「こんな感じでさ、うちの奥さんは、本当の娘みたいに上手くやってるし……」
「…………」

「だから、兄ちゃんも長男だからお母さんの面倒みないと、とかそういうの、考えなくていいからね。……まあ、金銭面では頼ることあると思うけど、共働きだったら大丈夫でしょ?」
「…………」

 全然、話が頭に入ってこない。

 お母さん、原因が自分だって気がついてたって……?
 だからこないだも、彼女のところに行けだの変なことを言ってたのか……?


「ただいまー」

 にぎやかな声と共に、母と亜衣ちゃんと翼が帰ってきた。誠人も加わって、楽しそうな4人の姿に、一人取り残されたような気持ちになってくる。


『お母さん、安心して。僕が、ずっと、そばにいるから……』

 10才のオレの言葉……

 母にとって、オレという存在は何なのだろう……
 母にとって、オレが結婚して家を出ていくことが、幸せ……?

(でも)

 だから結婚する、というのはおかしな話だ。戸田さんにも失礼だ。
 好きだから、一緒にいたいから、結婚したい、と思うべきであって、決して他の要因が理由であってはならない。
 でも、だから……

『考えすぎで行動できないとこ、変わってない!』

 ふいに元カノである麻実の声が脳内に響き、苦笑してしまう。

『足踏みばっかしてたら、あっという間におじいさんになっちゃうよー?』

 本当だ。このままじゃ、あっという間に爺さんだ。

 難しいことは考えず、自分の心に正直でいよう……と、思いつつも、考えてしまい胃がキリキリ痛くなってくる……


**


 20日ぶりに見る戸田さんは、キラキラしていてまぶしいくらいだった。海外旅行で羽を伸ばせたおかげだろうか。こんな人がオレの彼女だなんて、やっぱりいまだに信じられない……

 打ち合わせ終了後、今日こそはマンションまで送ってそれで……と頭の中でグルグル誘いの言葉を考えていたところ、

「旅行のお土産があるんです。少し上がっていかれませんか?」

と、戸田さんの方から誘ってくれた。嬉しいやら情けないやら、非常に複雑な気持ちになりながら、お邪魔させてもらったのだけれども……


(ああ、心地いい……)

 パソコンに落とされた写真を見せてもらいながら、旅行の話を聞いたり、お土産のクッキーを食べたりしていたら、何だか夢心地になってきてしまった。
 戸田さんの声はふわふわと本当に気持ちがいい。聞いているだけで幸せに包まれていく。

「……山崎さん?」
「え」

 パソコンに写された白く美しいヘルシンキ大聖堂の写真を眺めながらぼんやりしていたら、横に並んで座っていた戸田さんに、目の前で手を振られてしまった。

「どうかなさいました?」
「あ……いや……」

「退屈でした?」
「まさか!」

 ぶんぶん首を振る。

「戸田さんの声がとても心地よくて、なんだかとても幸せな気持ちになってしまって……」
「…………」

 ふふ、と小さく笑った戸田さん。ものすごく可愛い……、と!

(………わっ)

 こつん、と肩に頭をのせられ、血が逆流していくような感覚に襲われる。
 戸田さんの、甘い匂い……柔らかい感触……

 わわわわわ……と内心アタフタとしていたところで、戸田さんが小さくつぶやいた。

「………良かった」
「え?」

 良かった?
 聞き返すと、戸田さんは頭を離し、ニッコリとほほ笑みかけてくれた。

「本当はちょっと不安だったんです」
「………え」

 不安?

「旅行から帰ってからもずっと会えなくて……、っていうか、会いにきてくれなくて」
「え」

 会いにきてくれなくて?

「旅行で疲れてるだろうから、とか、仕事が忙しいだろうから、とか、気を遣ってくださってることは分かってたんですけど……」
「…………」

「それでも、会いにきてくれないのは、それほど私に興味がないってことなのかなって思ったりして」
「そんな、まさかっ」

 再び勢いよく首を横に振る。

「ご迷惑になると思って我慢してただけです。本当はすごく会いたかったし、会えない間もあなたのことばかり考えて……っ、あ、いや、その」

 わ、ばか、気持ち悪いこと口走ってしまった!! まるでストーカーだっ。
 あわてて、なんとか誤魔化そうと、言葉を繋げる。

「あ、あの、考えていたというのは、今後のこととか……」
「今後のこと?」

 大きく瞬きをした戸田さん。抜群にかわいい……


『結婚するしないは早めに確認した方がいいと思うよ? お互いいい歳なんだから』

 弟の言葉が頭をよぎる。
 でも、そんなことは、まだ、言える話では……


「今後のことって……」

 黙ってしまったオレに向かって、戸田さんはあっさりと言い放った。

「もしかして、結婚、とかそういう話ですか?」
「!!」

 うっと、思わず胸のあたりを押さえてしまう。いや、そうなんだけど………そうなんですけど………

 なんとか勇気を振り絞って、聞いてみる。

「あの……戸田さんは、その件に関しては、どのようにお考えで……」
「そうですね……今まで、現実問題として考えたことなかったんですけど……」

 そりゃそうだ。戸田さんはずっと妻子ある人に叶わない恋をしていたんだ。結婚なんて考えたことないだろう。

 戸田さんは、うーん、と唸ると……ボソッと衝撃発言をした。

「ただ、昨日、両親からお見合いを勧められてしまいまして」
「……………は?」

 お、お見合い?!

「父の会社の取引先の方らしいんですけど、電話だったので詳しくは……」
「だ、だめですっ」

 思わず、戸田さんの手を掴んでぎゅうっと握る。

「お見合いなんて、そんなの断ってくださいっ」
「え……」
「そんなの嫌です。絶対嫌ですっ」

 さっきの比でなく、頭に血が上ってくる。
 そんなのオレが言える話じゃないのかもしれないけど、でも……っ

「絶対に断って……っ」
「あ、はい。断りました」
「絶対……え?」

 戸田さんの言葉に、はい?と聞き返す。……断った?

「はい。もちろん断りましたよ?」

 戸田さんのニッコリ。ドッと体の力が抜ける。

「あ……そうですか……良かった」
「ただ……」

 握っていた手を恋人繋ぎに繋ぎ直してくれながら、戸田さんがいう。

「お付き合いしている人がいるって言って断ったら、両親が会わせろってうるさくて」
「……え」

 お付き合いしている人って……オレのこと? オレのことか……?
 思わず頬が緩んでしまったオレに、戸田さんが少し心配そうに言葉を続けた。

「そういうわけで、両親に会っていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、それはもちろん……」

 肯くと、戸田さんはホッと息をついた。

「それじゃ、お願いいたします。両親も、公務員の方だったら結婚相手として安心だって申してまして……」
「…………」

 結婚相手? 結婚相手って言った? 今……

「いつがご都合よろしいですか? 来週とか……」
「あ、はい。はいはい、確認します」

 手帳をめくりながら、先ほどの言葉を反芻する。

(結婚相手……結婚相手?)

 うわ……

 どうしよう……

 オレ、結婚相手なのか?




--------



お読みくださりありがとうございました!

安定の『流される男・山崎』。やっぱり流されていきます(^_^;)
今回、ぐだぐだと鬱陶しくてすみません……。いやでも、結婚って大変ですよね。色々乗り越えないといけないことがあって……

そしてそして。
前回・前々回の『幸せな誕生日』以降、たくさんのクリック、本当にありがとうございました!!
ランキングに参加させていただきはじめたのは、昨年の6月末くらいだったと思うのですが、それから約1年3ヶ月……今回、過去最高のクリック数をいただきまして。確認したときには、うわーーー!と叫んでしまいました。浩介誕生日特需!?本当に本当に感謝感謝でございます。
今後ともよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。

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(BL小説)風のゆくえには~幸せな誕生日(後編)

2016年09月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

【浩介視点】


 誕生日の朝、目覚めると慶はもうスーツ姿になっていて……

「寝てていいぞ? 仕事終わったら連絡する」

 まだベッドの中にいるおれに「行ってきます」と優しいキスをくれてから、いってしまった。
 ああ、おれの恋人はなんてカッコいいんだろう……


『好きだよ……』

 昨晩囁かれた言葉が脳内でリピートされて、「くうううううっ」とベッドをバンバン叩いてしまう。

 最近……だいぶそういう具体的な言葉を言ってくれるようになった慶。でも、昨晩ほど愛を囁いてくれたのは初めてかもしれない。おれの背中に爪の跡を残すほどしがみつきながら、潤んだ瞳を向けてくれながら、『好き……』とうわごとのように何度も言ってくれて……


(あー……幸せ……)

 はううううっと変なため息が漏れてしまう。

(誕生日特需かな……。あ、そういえば)

 今日の午後にプレゼントをくれると言っていた。

 なんだろう? 何くれるんだろう……

 夢うつつのうちに午前中はあっという間に過ぎ去り……


 午後になって慶から仕事が終わったとの連絡が入り、電車で待ち合わせをした。慶が乗ってくる電車に、おれが最寄り駅から乗りこむ、という学生時代以来の懐かしい待ち合わせ方法。約束の一番後ろの車両に乗っている慶を見つけた時には、妙にテンションが上がってしまった。慶は病院で着替えたらしく、スーツではなくラフなポロシャツ姿に変わっている。

「どこ行くの?」
「終点まで」

 何か当てがあるらしい。
 普段の外出はおれがルートを決めることが多いので、本当に新鮮……


 こうして到着した元町中華街駅。ついてすぐに中華街に直行。あいかわらず人で賑わっている。
 なるほど。中華街で遅めの昼食?と思いきや、「とりあえず豚まん」と、高校生の時に何度か買い食いをしたことのある店で豚まんを購入。懐かしい。当時と同じく、路地に立ったまま、あふれ出るアツアツの肉汁に四苦八苦しながらおいしく食べ終わったところで、

「戻る」
「え? あ、うん」

 いつもの慶なら、中華街食べ歩き~~というところなのに、来た道を戻りはじめた。

(どこにいくんだろう??)

 疑問でいっぱいになりながら慶の横を並んで歩く。日差しはまだまだ強く暑いけれども、日陰に入ってしまえば風が涼しい。秋が近づいているんだな、と実感できる。
 そんな中を慶と一緒に歩けることが何より嬉しい……


 その後の慶の行動も、いつもとまったく違っていた。
 まるでデートのように、アイスクリームを食べながら、山下公園を散策。海に浮かぶ氷川丸船内の見学までして(歴史好きのおれにとって、氷川丸内部はこの上なく興味深いものだった。さすが慶。おれの食いつきそうなものをよく知ってる)、氷川丸のオープンデッキで海風に吹かれながら、みなとみらい方向の景色を眺めて「あの観覧車よく乗ったよな~」「前に泊まったのあのホテル?」なんて、思い出話をしたりして……

(デートみたい……)

 いや、デートか。デートなんだ……

 ようやくデートだ、ということを実感しはじめたところで、パンケーキ屋に移動した。慶の勤める病院の看護師さんおすすめの店らしい。
 いつもは行列らしいのだけれども、タイミングが良くてわりとすぐに入ることができた。他のお客さんが食べている山盛りクリームのパンケーキを横目で見ながら、奥のソファー席に座る。

(慶、こういうの好きそうだな……)

という予想通り、慶は軽いご飯系のものの他に、一番オーソドックスっぽい苺のパンケーキを頼んでいた。色々な種類のシロップがあって、なんだか楽しそう……。

 二人で取り分けながらの食事(そういうこともまたデートっぽい……)が終わり、食べ終わった食器と入れ替わりにパンケーキが運ばれてきた。

「わ、すごい」
 予想以上のクリームの量に感嘆の声を上げたのと同時に、

「あの……」
 なんとなく、食事の途中からソワソワしていた慶が、店員さんに声をかけた。

(なんだ?)
 今日何度目かのハテナ?の先で、慶がポケットから携帯を取りだすと、

「あ、おとりしますよ?」

 かわいらしい店員さんがニッコリと言った。

(おとりします?)

 ん? なんだ? 何をとるんだ? ケーキの切り分け? なんだ?

 ハテナハテナハテナ……と思っていたら、

「お願いします」

 慶がすっと立ち上がって、店員さんに携帯を渡し、おれの隣に座ってきた。膝がぴったりくっついてる……

「写真、撮ってくれるって」 
「え………」

 写真? え? しゃ、写真!?
 あの写真嫌いな慶が、写真!?

「はい、じゃ、よろしいですか?」
「あ……」

 携帯を向けられ、ようやく状況を把握したところで、

「!」
 テーブルの下でそっと手を掴まれた。いつもの、温かい手……

(慶………)

 ウソみたい……

 愛おしい気持ちでいっぱいになりながら、ぎゅっと握り返す。

「お願いします」

 愛しくて愛しくて……心全部、体全部、愛しさでいっぱいになりながら、携帯カメラのレンズを見上げた。



 写真を撮り終わるとすぐに、元の向かいの席に座り直し、携帯の操作をしはじめた慶。おれに今の写真のデータを送ってくれるという。

「……っ」
 送られてきたメールを開いて……息が止まりそうになってしまった。

『誕生日おめでとう』

 その題名のあとには……

『ずっと一緒にいような』

 そう、書かれていて……


「………すごい」

 幸せそうに寄り添って微笑んでいる男二人とパンケーキの写真。ちょっと照れたような慶と嬉しくて仕方ないって表情のおれ……

「幸せそう……」

 思わずつぶやくと、「そりゃそうだ」と慶がうなずいた。

「実際、幸せだからな」

 笑う慶……。
 そしてピッと人差し指を立てた。

「これ、誕生日プレゼントだから」
「え」

 ビックリして目を見開くと、慶はムッと口を尖らせた。

「なんだよ? 不満か?」
「まさか」

 昨晩と同じ問いかけに、あわてて首をふる。そうか。これだったんだ……嬉しい。嬉し過ぎる。

「すっごい嬉しい。大満足」
「そうか」

 得意そうに笑った慶。でも、「あ」と思いついたようにつぶやくと、

「でも、くれぐれも、誰にも見せんなよ」

 取り分けたパンケーキにシロップをかけながらブツブツ言う。

「溝部達にも目黒さんにも絶対ダメだからなっ」
「えー、なんでー?」
「当たり前だろっ恥ずかしい!」

 せっかく自慢しようと思ったのに……

「じゃあ、携帯の待ち受けにしてもいい?」
「あほかっ」

 やっぱりダメか……

 うーん……とうなっていたけれど、ふと、いいことを思いついた。

「じゃあさ、もう一回、山下公園戻っていい?」
「いいけど………なんだ?」
「もう一つだけ、誕生日プレゼント、ちょうだい?」
「あ? なんだよ」
「あのね……」

 はじめはいや~な顔をした慶だったけれども、おれの提案を聞くうちに、「まあ、それならいいか」とうなずいてくれた。やった~~!!



 翌日、日曜日。
 雨が降ったり止んだりの微妙な天気だけれども、ずいぶん涼しくて過ごしやすい。

「あれ? 桜井、携帯の待ち受けとうとう変えたんだ? ずっと初期設定のままだったよな」
「そうそう変えたんだ♪ 昨日撮ったの」

 おれの誕生日祝い、という名目で、溝部・山崎・斉藤の3人がうちに遊びに来てくれている。高校2年の時の仲良しグループ再集結だ。

「これ、山下公園の……」
「そう。氷川丸」

 少し遠めからの氷川丸。船首から船尾まで全身が写っている。

「うわ、懐かしい。オレ、大学の時、彼女と行った~」
「オレもオレも~~」

 溝部と斉藤が、あの時は若かったなあ~~とか盛り上がっている横で、山崎が「あ……」と携帯を見ながら呟いて、おれを見上げた。

(あ、バレたか)

 小さく口元に人差し指を立てると、山崎はうなずきながらおれに携帯を戻してくれた。

「なるほどね」
「いいでしょ?」

 いい写真だな、と笑ってくれた山崎。やっぱりイイ奴だ。

 そう。この写真、氷川丸を撮ったものなんだけど……、実はその手前の、公園の海に面した白い柵の前に、海を見ている慶が写っているのだ。数人写り込んでいるうちの1人だし、まず氷川丸に目がいくので、ぱっと見ではよほど目ざとい人でないと、気がつかないと思う。だから、この写真ならば待ち受けにしてもいい、と慶からもOKが出たのだ。

(ああ……かっこいいなあ……)

 画面の中の小さな慶の横顔を指で撫でる。愛しくてしょうがない……

(嬉しい。誕生日プレゼント……)

 写真嫌いの慶が写ってくれた二枚の写真。最高のプレゼントだ。


「じゃ、焼きはじめるぞー」

 慶がお玉を手に高らかに宣言した。
 今日はお好み焼きパーティー、だそうだ。

「あ、油引くよ」
「おおっと、主役は座っとけー」
「そうだよ。桜井はそこで飲んでなよ」

 ホットプレートの前、溝部達がわらわらと作業をはじめてくれる。

「いやー家飲みいいなあ」
 久しぶりにうちにきた斉藤が、しみじみと言っている。

「有り難いよ。オレ今、小遣い減らされてるからさ」
「斉藤、小遣い制か。大変だな」
「上が受験生だからな。金かかってしょうがないんだよ。塾代だけで月に5万かかってるし」
「ご、5万!? マジかっ」

 斉藤には、中3の息子と、中1の娘がいる。この中で唯一の妻帯者だ。

「夏期講習は20万だったしな」
「うげー……なんでそんなに……」

「いやあ、白高受けたいって言っててさあ」
「え、うちの高校?」

 オレ達の母校。白浜高校。

「斉藤の住んでるとこって白高学区じゃないよな?」
「今は学区制廃止されて、どこでも受けられるんだよ」

 斉藤が苦笑気味に続ける。

「でもさ、白高受けるにはもうちょい頑張らないとキツくて、個別授業も併用しはじめたから余計に金かかってんの」
「そっかあ………」

 受験生の家庭は大変だ……

「でも、受かったらオレ達の後輩だな!」
「なんか嬉しいね」
「だな!」

 溝部の声にみんながうんうんうなずいて……ふわっと懐かしい空気に包まれた。5人でトランプやってた休み時間……一緒に食べたお弁当……おれの隣には必ず慶がいて……

「…………」

 慶を見ると、慶がふっと目元を和らげてくれた。ああ、あの頃と変わらない………

「どうした?」
「うん……」

 そばに来てくれた慶にだけ聞こえるように、ため息まじりに小さくつぶやく。

「幸せだなあと思って」
「…………そうか」

 慶はふっと笑みを浮かべると、うなずいてくれた。

「そうだな」
「うん」

 なんて幸せな誕生日だろう……


「そこ!イチャイチャすんな!」
「だからしてねーよ」

 溝部のツッコミに慶が即座に答えながらテーブルに戻っていく。

(…………幸せ、だ)

 愛しい恋人と、懐かしい仲間と、お好み焼きと、ビールとワインと焼酎と。

 この上ない幸せな誕生日だ。




↑横浜山下公園に浮かぶ氷川丸です。

浩介の待受画面は、もう少し青空です。
(これは9月17日撮影の写真。先週の誕生日当日はもっと晴れてたの)

で、浩介の待受には、手前の公園の柵のところに、愛しの慶君が海を見ながら佇んでいる姿がコソッと写っています(*^-^)

 

------------


お読みくださりありがとうございました!
日曜日の話は、あとがきにサラッと書くだけのつもりだったのですが、前後編に分けた影響で当日過ぎたので、せっかくだから文章にしてみました(*^-^)

私の中で、溝部、山崎、斉藤、の三人は「良い子悪い子普通の子」(←今の若い子は知らんか)ならぬ、
「派手で目立つ子、地味で目立たない子、普通の子」、なのでした。

普通の子斉藤、今や中学生の父です。浩介と同じバスケ部でした。わりと常に彼女がいる子だったので、学生時代のナンパ話や合コン話には一切登場せず。さっさと年上の彼女と結婚したので、現在のお話にもあまり登場せず。物語的には影薄い子かもしれません(^_^;)

そして、地味で目立たない子、山崎。彼が主役のお話「たずさえて」、明後日から再開予定です。最終回まであと少しです(*^-^)

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!
泣けます……本当にありがとうございます
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!

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