十月十三日(水)晴れ。
これが十月中旬の気温か。中々夏物がしまえずにいる。午前中も体調が回復せずに、朝食の後も横になっていた。テレビで国会中継を見た。石原伸晃が、民主党に質問しているのだが、尖閣問題では、正に噴飯物だった。好きではないが仙石の方が一枚も二枚も役者が上だった。
考えてみても、今日の尖閣問題の混迷の原点は自民党にあるのは明白で、それを棚に上げて、民主党の対応を糾弾するのは本末転倒と言うもの。北方領土、竹島、尖閣のどれをとっても毅然とした態度をとれずに、終始一貫、事なかれ主義で来たのは自民党ではなかったのか。ある意味では、民主党は自民党政治の穴(ケツ)拭きをさせられていると言っても過言ではない。
私は、今回の尖閣の問題、つまり自民党政権であったならば、中国漁船の船長の逮捕もなかったと思っている。波風を立てたくないという思いから、なりふり構わずに、中国に屈していたに違いあるまい。石原も自民党も、まず自らの反省の上に立って、民主党に質問したほうが良い。
それにしても「柳腰外交」とは笑わせてくれる。唐の時代の詩人、杜牧の詩に、「遣懐」というものがある。
懐(思い)を遣(やる)
落魄江湖載酒行 江湖に落魄して酒を載せて行く
楚腰繊細掌中軽 楚腰は繊細にして掌中に軽し
十年一覚揚州夢 十年一覚揚州の夢
贏得青楼薄倖名 かち得たり青楼薄倖の名
江南で遊び暮らした頃、常に酒樽を船に載せていた。傍らには古の美女に劣らぬ細身の美女が居た。そんな夢の中の揚州での十年が過ぎ去り気がつくと、遊郭での浮名だけが残ってしまった。
かつて、楚の国の美人は腰が細く、掌の中で舞いが舞えそうなほどだ。ということからスレンダーな美人を「柳腰」という。中国に女のように媚びへつらう小沢、菅、仙石のようではないか。まさに自らの姿勢を暴露したようなものだ。
午後から事務所へ行き郵便物などのチェック。三時より歯医者。自宅に戻り、お礼の手紙などを三通。
夜は、恒例の「蜷川会」を、同級生の高杉茂氏が経営する野毛の「弥平」にて開催。ままよっと飲んでしまった。終了後は、後輩と関内に転戦。十一時前に帰宅した。