白雲去来

蜷川正大の日々是口実

今日の尖閣問題の混迷の原点は自民党にある。

2010-10-14 09:53:22 | インポート

十月十三日(水)晴れ。

 これが十月中旬の気温か。中々夏物がしまえずにいる。午前中も体調が回復せずに、朝食の後も横になっていた。テレビで国会中継を見た。石原伸晃が、民主党に質問しているのだが、尖閣問題では、正に噴飯物だった。好きではないが仙石の方が一枚も二枚も役者が上だった。

 

 考えてみても、今日の尖閣問題の混迷の原点は自民党にあるのは明白で、それを棚に上げて、民主党の対応を糾弾するのは本末転倒と言うもの。北方領土、竹島、尖閣のどれをとっても毅然とした態度をとれずに、終始一貫、事なかれ主義で来たのは自民党ではなかったのか。ある意味では、民主党は自民党政治の穴(ケツ)拭きをさせられていると言っても過言ではない。

 

 私は、今回の尖閣の問題、つまり自民党政権であったならば、中国漁船の船長の逮捕もなかったと思っている。波風を立てたくないという思いから、なりふり構わずに、中国に屈していたに違いあるまい。石原も自民党も、まず自らの反省の上に立って、民主党に質問したほうが良い。

 

 それにしても「柳腰外交」とは笑わせてくれる。唐の時代の詩人、杜牧の詩に、「遣懐」というものがある。

     懐(思い)を遣(やる)

  落魄江湖載酒行   江湖に落魄して酒を載せて行く
  楚腰繊細掌中軽   楚腰は繊細にして掌中に軽し
  十年一覚揚州夢   十年一覚揚州の夢
  贏得青楼薄倖名   かち得たり青楼薄倖の名

 江南で遊び暮らした頃、常に酒樽を船に載せていた。傍らには古の美女に劣らぬ細身の美女が居た。そんな夢の中の揚州での十年が過ぎ去り気がつくと、遊郭での浮名だけが残ってしまった。

 かつて、楚の国の美人は腰が細く、掌の中で舞いが舞えそうなほどだ。ということからスレンダーな美人を「柳腰」という。中国に女のように媚びへつらう小沢、菅、仙石のようではないか。まさに自らの姿勢を暴露したようなものだ。

 

 午後から事務所へ行き郵便物などのチェック。三時より歯医者。自宅に戻り、お礼の手紙などを三通。

 

 夜は、恒例の「蜷川会」を、同級生の高杉茂氏が経営する野毛の「弥平」にて開催。ままよっと飲んでしまった。終了後は、後輩と関内に転戦。十一時前に帰宅した。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中尾氏の決意に脱帽。

2010-10-14 08:58:50 | インポート

十月十二日(火)曇り。

 現在、熊本県の本渡と言うところにある諏訪神社の宮司をされている大野康孝氏はその昔、沖縄の護国神社に奉職していた。若い頃から「豪傑・怪人」の異名を持つ大野氏や沖縄正義党の松田昌男氏などを中心にして、犬塚博英、笠原正敏の両氏が世話人となり、「民族派青年有志・沖縄戦跡慰霊巡拝団」を組織し、その一員として、私は初めて沖縄の地を踏んだ。昭和五十八年の事である。

 

 全国の同志とつながりのある大野氏が沖縄にいることで、沖縄と本土の民族派の交流が活発になり、私も、巡拝団で訪沖以来、幾度も沖縄に行った。沖縄や北海道に親しい同志、運動を活発に展開する同志がいることによって、その地での運動が、より活発となる。

Img151 ※戦跡慰霊巡拝団の頃。

  この度、正気塾の中尾征秀郎さんが、今回の尖閣諸島の領海における中国の横暴に対して、尖閣への拠点でもある石垣島に移住することを決意したそうだ。中尾さんの運動家としての資質や影響力を考えると、石垣行きが実現し、拠点を設けることができたならば、これは大きな運動のうねりとなるに違いあるまい。私達も、中尾さんに連帯して「尖閣諸島は我が国の固有の領土」、という運動を展開して行きたいと思っている。

 

 起床後、体調が悪く出かけずに一日家にいた。寒気と頭痛がして、体がだるい。風か飲みすぎか分からないが、こんな時は、横になっているに限る。久し振りに休肝日とした。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする