白雲去来

蜷川正大の日々是口実

一杯、一杯復一杯。

2010-10-18 10:37:47 | インポート

十月十七日(日)晴れ。

 九時に起きるのが精一杯だった。まだ寝ている梶浦、湯浅の両君を起こして、我が家の家族と共に中華街へ。途中、横浜に泊まった、山内、森下、山崎の諸氏をピックアップ。やはり、横浜に泊まった岐阜の細川先生、新潟の山田さんと合流。当初は「安記」で朝粥とも思ったが、何しろ総勢十三人、おまけに今日は日曜日である。すでにお店の前にはお客さんが並んでいる。これでは無理なので、十一時まで、中華街をぶらぶらしてから「菜香」の一階で飲茶をした。

 

 二時の飛行機で札幌に帰る梶浦君と新潟へ帰る山田氏を湯浅君に横浜駅まで送って頂き、山内、森下、石澤親子の諸氏は中華街を散策とやらで、ひとまず解散。「まだ飲み足りない」という、細川、山崎の両氏と共に、小港の「美奈登庵」へ。この店は、サリー夫妻のテリトリー。先着していたサリーパパやサリーと合流して、蕎麦焼酎の蕎麦湯割りで、両人對酌すれば山花開き 一杯一杯復一杯 我酔うて眠らんと欲すれば卿しばらく去れ 明朝意あれば琴を抱いて来たれ。と、一時間ほどで解散。細川、山崎の両氏を関内駅まで送ってから自宅に戻った。

Dscf2692 ※中華街にて。横浜に一泊した社友会の人たちと。

 

 夜は、我が家で、お疲れさん会を催した。参加は、松本佳展、石澤親子、藤田の諸君。我が家で、「とんこつ醤油味」のラーメン鍋を囲んだ。十時近くに解散。これで、先週の木曜日から続いた、怒涛の酒宴が終わった。明日からしばらく休肝日とする予定。

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本年度、野村先生の墓前祭を開催。

2010-10-18 09:24:55 | インポート

十月十六日(土)晴れ。野村先生墓前祭。

 六時に起床。我が家に泊まった梶浦、湯浅の両君と共に朝食。八時前に、ヒロシ、大ちゃんの二人が着。続いて、松本佳展、小枝のお二人と、ライト隊長、山内、森下の両氏も着。伊勢原に向ふ。途中道路は、少し渋滞もあったが、九時前に浄発願時着。いつも一番乗りは、正田暢鍵氏らの埼玉グループである。早速、駅の送迎グループや、お墓の段取り、受付の段取りなどをする人たちを選任して、それぞれ部署に着く。

 

 良い天気である。来客の一番乗りは、根本順善監督や脚本家の夏井辰徳さんたち。何の案内もしていないにも関わらず、百五十人もの人たちが来訪してくれる。有り難いことである。

 

 十一時に本堂で法要開始。終了後は、お墓に詣でる。正午過ぎに終了。直会会場の横浜中華街まで乗り合いをして頂いて直行。毎年、お世話になっているお店が、先約があるとのことで、今年は、初めてのお店にしたが、人数が読めずにバタバタしてしまった。五十名の予約をしておいたのだが、七十名以上の人が参加。嬉しい悲鳴である。四時に終了。

 

 その後、社友会の人たちと、恒例の「サリーズ・バー」へ。地方から来る社友の皆さんは、サリーの店に行くのが楽しみで、カウンターに座れず、立ち飲みとなっても構わず、再会を喜び、また野村先生を偲び、問答無用の酒を酌み交わしていた。

 

 皆疲れていたので、六時過ぎに解散。我が家に泊まる梶浦、湯浅の両君と内川徳彦氏、山田喜一氏、細川嘉彦氏らと共に、私の自宅の近くのスナックに転戦。一時間ほどで解散。充実した一日だった。

 

 追記。直会の始まる前に、大行社の内川徳彦氏より、地元で公私共にお世話になっている方の逝去の報あり、愕然とする。正に巨星落つ。内川氏と墓前祭にも出席して頂いた政友皇志会の綿谷政孝氏と共に、急遽、その方の事務所にご挨拶に行き、病院から戻ったご遺体と対面。心からお悔やみを申し上げる次第です。いずれ、関係者の方のご了承を得て、その方の思い出を一文にしたためてみたいと思っている。


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社友会の皆さんと前夜祭。

2010-10-18 08:50:44 | インポート

十月十五日(金)晴れ。

 今日から、続々と明日の野村先生の墓前祭に出席するために地方から弊社の社友が来訪する。年に一度、社友会の皆さんとお会いできることが楽しみである。

 

 テレビでは、連日、チリの落盤事故で地下七百メートルの坑道に閉じ込められた三十三人が救出されるニュースが流されている。私も歳のせいなのか、ライブを見ていて、つい涙腺が緩む。とにかく元気な姿で、救出を待ちわびた家族に再会する姿には、誰もが感動したに違いあるまい。まずはめでたし、めでたし。

 

 夕方の四時前に、札幌社友会の梶浦直樹君が横浜着。井土ヶ谷駅まで来て頂き合流。ご無沙汰を謝し、まず事務所に行き打ち合わせ。六時前に、栃木社友会の湯浅進君我が家着。可愛い女の子二人のパパとなった湯浅君とのお付き合いも十年を過ぎた。梶浦、湯浅の両君は社友では古参となった。

 

 町内の友人、オグリンこと、小椋さんのお世話で、自宅近くのスナック「はしもと」にて六時半から歓迎会を行った。六時に、山内愁雲、森下保昌の関西社友会の両氏が着。新潟社友会の山田喜一さんは、深夜バスで来訪するとのことで、今日の歓迎会には間に合わない。

 

 途中から、盟友で、横浜在住の古谷喜久男氏、昨日来訪した、札幌社友会の石澤博文君親子、彼の従弟の藤田君も合流しての一献会となった。この野村先生の墓前祭、あるいは群青忌を通しての、年に一度の懇親会をもうどれほど続けているのだろうか。もちろん、様々な事情で参加できない方や、音信が途絶えた方もいる。その方たちの「心参」を大切にしたいと思っている。

 

 ちなみに弊社の社友会は、いわゆる組織ではありません。懇親、連帯の、いわゆるサークルのようなものです。入会はいたって簡単。弊社の機関誌「燃えよ祖国」の定期購読のみです。「群青忌」の懇親が主ですが、野村先生の特別情報やグッズなどの配布も行っております。是非、ご参加下さい。

 

 明日が早いので、十時には解散した。梶浦、湯浅の両君は我が酔狂亭泊。


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