六月十九日(日)曇り。
日曜日だというのに、上の子供は部活で下の子供は「百人一首」の会に出かけて行った。小さいころと違って、中々家族揃って出かけることが少なくなった。それでも今日は、「父の日」ということもあって子供たちが、ハンカチと汗ふきタオルをプレゼントしてくれた。
二時まで、ばたばたと用事を済ませて新横浜へ。今日から一週間、毎年、隠岐康氏のお世話で通っている「断食」に出かける。震災の影響で「踊り子号」の本数が少なく、伊豆に行くのに新幹線と伊東線を乗り継いで五時過ぎに現地着。早速、問診を受ける。
風呂に入って、部屋に戻れば、後は何もすることがない。この際に仕事をしようと思ってパソコンを持ち込んだが、部屋の机にテレビが置いてありパソコンを置くスペースがない。従って電気スタンドの置いてある台を机代わりにしているが、どうもしっくりしない。
夜、熊本は天草の怪人ではない、勤皇第一等の人、大野康孝氏より電話が入った。何でも私が沖縄に到着した日に帰ったそうだ。それは残念だった。肝臓やら糖尿病などの病を抱えて大変と聞いているが、早く元気になってほしいものだ。沖縄では、インシュリンを打ちながら泡盛をたらふく飲んだと言っていた。
やっぱり沖縄で一緒でなくて良かったかもしれない。
あーあ腹減った。