十二月十日(月)曇り。早雪忌。
十三年前の今日、五十六歳で自裁された元重遠社代表三浦重周氏のご命日。三浦氏は日本学生同盟委員長を経て三島由紀夫研究会事務局長として憂国忌の開催を支えるなど、思想的指導者としても活躍されてきた。憂国忌後の墓前報告祭を終えて後、郷里の新潟へ旅立ち吹雪の新潟東港岸壁で自刃された。山平重樹さんが上梓した『決死勤皇・生涯志士ー三浦重周』(並木書房)に詳しい。是非ご一読を。
その三浦さんの追悼祭・早雪忌が市ヶ谷のホテルにて行われ出席。在りし日の三浦さんの遺影に花を捧げ、日本学生同盟のOBの諸先輩にご挨拶。民族革新会議の山口申先生や田中、中川の両氏と同席。ご指名によりご挨拶をさせて頂いた。八時に終了。直帰した。
十三年前の今日、五十六歳で自裁された元重遠社代表三浦重周氏のご命日。三浦氏は日本学生同盟委員長を経て三島由紀夫研究会事務局長として憂国忌の開催を支えるなど、思想的指導者としても活躍されてきた。憂国忌後の墓前報告祭を終えて後、郷里の新潟へ旅立ち吹雪の新潟東港岸壁で自刃された。山平重樹さんが上梓した『決死勤皇・生涯志士ー三浦重周』(並木書房)に詳しい。是非ご一読を。
その三浦さんの追悼祭・早雪忌が市ヶ谷のホテルにて行われ出席。在りし日の三浦さんの遺影に花を捧げ、日本学生同盟のOBの諸先輩にご挨拶。民族革新会議の山口申先生や田中、中川の両氏と同席。ご指名によりご挨拶をさせて頂いた。八時に終了。直帰した。