十二月十二日(水)雨。
当然ながら十二月も半ばになると寒さが身に沁みる。加えて今日は雨である。浪人暮らしの身としては、なぜか冬の雨の日は侘しさが増す。今朝は、昨日の「鶏鍋」の残りのスープに、最近凝っている「鍋〆ラーメン」を入れて食す。もう一品は、網代産のアジの干物。午後は、忙しく、更に歯医者に行ったので、昼食を取る暇がなかった。
夕方、根岸、藤巻、原の諸氏と待ち合わせて、先日亡くなられた長谷川(国府)正男先生の通夜式が磯子のお寺で行われ出席。在京の民族派の方々が多数出席。
読む本が無くなると、パソコンの脇に原稿を書くための資料として置いてある『日本史歳時記三六六日』を読みながら、「こんなことがあったのか」という小さな発見を楽しんでいる。この本は、野村先生の書斎にあったものを形見分けとして頂いたものである。今日の出来事として、様々なことが書かれているが、興味深かったのは、昭和三十六年に旧軍人らが計画した政府要人の暗殺計画事件の、いわゆる「三無事件」が発覚。さらに昭和十六年の今日の日の閣議において、真珠湾の奇襲に始まった戦争について、「大東亜新秩序建設を目的とする戦争」だとして、中国地域での戦争を含め「大東亜戦争」と呼称すると決定した。現在では、終戦後のアメリカ占領軍の意志により「太平洋戦争」という呼び名が一般的になっているが、正しくは「大東亜戦争」である。
帰宅後は、湯豆腐で一杯。私は、湯豆腐には、余計な物を一切入れない。上等な昆布を敷いて絹ごしの豆腐を入れるだけである。それをネギを沢山刻んで、かつお節に、醤油を入れてお湯で少し薄めた中に豆腐を入れて食べる。おっと「やげん堀」の七味を忘れた。北海道の「やまわさび」を載せて食べるのも美味しい。大き目の豆腐を一丁食べても飽きない。寒い日はこれに限る。お供は当然「黒霧島」のお湯割りである。「ひとりで食べる湯豆腐うごく 」とは山頭火の句である。
当然ながら十二月も半ばになると寒さが身に沁みる。加えて今日は雨である。浪人暮らしの身としては、なぜか冬の雨の日は侘しさが増す。今朝は、昨日の「鶏鍋」の残りのスープに、最近凝っている「鍋〆ラーメン」を入れて食す。もう一品は、網代産のアジの干物。午後は、忙しく、更に歯医者に行ったので、昼食を取る暇がなかった。
夕方、根岸、藤巻、原の諸氏と待ち合わせて、先日亡くなられた長谷川(国府)正男先生の通夜式が磯子のお寺で行われ出席。在京の民族派の方々が多数出席。
読む本が無くなると、パソコンの脇に原稿を書くための資料として置いてある『日本史歳時記三六六日』を読みながら、「こんなことがあったのか」という小さな発見を楽しんでいる。この本は、野村先生の書斎にあったものを形見分けとして頂いたものである。今日の出来事として、様々なことが書かれているが、興味深かったのは、昭和三十六年に旧軍人らが計画した政府要人の暗殺計画事件の、いわゆる「三無事件」が発覚。さらに昭和十六年の今日の日の閣議において、真珠湾の奇襲に始まった戦争について、「大東亜新秩序建設を目的とする戦争」だとして、中国地域での戦争を含め「大東亜戦争」と呼称すると決定した。現在では、終戦後のアメリカ占領軍の意志により「太平洋戦争」という呼び名が一般的になっているが、正しくは「大東亜戦争」である。
帰宅後は、湯豆腐で一杯。私は、湯豆腐には、余計な物を一切入れない。上等な昆布を敷いて絹ごしの豆腐を入れるだけである。それをネギを沢山刻んで、かつお節に、醤油を入れてお湯で少し薄めた中に豆腐を入れて食べる。おっと「やげん堀」の七味を忘れた。北海道の「やまわさび」を載せて食べるのも美味しい。大き目の豆腐を一丁食べても飽きない。寒い日はこれに限る。お供は当然「黒霧島」のお湯割りである。「ひとりで食べる湯豆腐うごく 」とは山頭火の句である。