スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

王位戦&渇きの仮説

2009-06-22 20:39:27 | 将棋
 第50期王位戦挑戦者決定戦。紅白リーグを勝ち上がったのは木村一基八段と橋本崇載七段で,対戦成績は木村八段の3戦全勝。振駒で先手が橋本七段。木村八段の一手損角換り1-Ⅱ。中盤の戦いが始まってすぐ,印象的な進展がありました。
           
 第1図から後手は飛車取りに△6四角。先手は▲4六角と防ぎます。後手は角取りに△5五銀。先手は▲同角と取って△同角に▲4六銀。△6四角と逃げますが▲5五銀打の追い討ち。△同角▲同銀で第2図。
           
 第1図から第2図まで,10手進んで変わったのは,先手の銀の位置が3五から5五になったことと,後手の5四の銀が駒台に乗ったこと。先手はほぼ0手で銀をふたつ移動させたこと,つまりほぼ2手得したことを主張し,後手は好きなところに銀を打てるようになったことを主張しているといえます。
 将棋の本質はこういう互いの主張のぶつかり合いにあります。プロの将棋の場合,それは実際の指し手よりも水面下での読み合いに表れるケースが多いように思えますが,この10手の進行は,主張のぶつかり合いが僕などにも分かりやすく指し手に表現されているように思いました。
 将棋はこの後,先手の駒が一時的に引く形に。どうも見た目以上にそれがマイナスだったようで,後手の快勝に終っています。
 棋聖戦に続き王位戦も木村八段が挑戦者に。夏には木村二冠が誕生という可能性も出てきたわけです。王位戦は2日制の七番勝負。第一局は来月13日と14日です。

 僕がマスクを着用したことによる別の弊害であると考えた口の中の渇きの場合,その仮説の立て方は次のようなものでした。
 すでに示したように,寝起きのおりなどには僕は口の中の渇きに悩まされていました。したがって,この渇き自体は僕にとって初体験であったわけではありません。ただそれが,日中の起きている間にも生じたということが初めての経験であったわけです。
 次に,このことには何らかの原因があります。僕はそのことを理解しました。よって原因を探すわけですが,起きている間の口の中の渇きというのは,僕は初めての経験でしたから,この結果の原因となっているものもまた,僕にとって初めての経験であるような何かであるということになるでしょう。なぜならば,原因の方が始めて経験するものでなく,かつて経験したことがあったものであれば,その結果,つまりこの場合は口の中の渇きということになりますが,それもかつて経験したことがあるのでなければ不条理であるということになるからです。この考え方は第一部公理三に則っているといえます。
 僕にとって日常の生活の中におけるマスクの着用というのは,昨冬が初めての経験でした。よってそれは口の中の渇きの原因として,上述の条件を満たすものであったわけです。しかも,それだけではありません。これはおそらく僕だけに限ったことではないと思うのですが,スピノザが第二部定理二九備考で述べているところの自然に共通の秩序に従った知覚においては,マスクの観念と口の観念は容易に結びつくのです。つまり,口の中の渇きの原因の観念として,容易に結びついてしまう観念が,このときの僕にはあったのです。だから僕はこの仮説に即座に飛びついてしまったのだと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする