スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

スター&実証主義と合理主義

2016-07-04 19:01:41 | NOAH
 『1964年のジャイアント馬場』には,僕には同意できない解釈がいくつか含まれています。これから示すのものは人によってはどうでもいいと思われるでしょうし,柳澤の論旨にもいっかな影響を与えないのですが,僕はこだわっておきたい点です。
                                 
 馬場はプロ野球界からプロレス界へと身を投じました。柳澤の解釈では,これは馬場はスターにはなれないと悟ったから,高額の収入を得られる世界を選択したという主旨になっています。後に馬場はアメリカに修行に出て莫大なファイトマネーを得ることになりますから,その点では柳澤が解した馬場の意図は達成されたことになります。
 柳澤がこのような解釈をするのは理由があります。それはプロ野球選手が純粋アスリートであるのに対して,プロレスラーは純粋アスリートではないからです。僕はその点に関しては柳澤の主張に同意します。ですが柳澤のような解釈をすると,スターたり得るのは純粋アスリートだけであって,そうでない者はスターではあり得ないということになります。僕はこの点には同意できません。単純にいえば,王貞治がスターであるというのと同じ意味において,高倉健はスターであると僕はみなします。これと同じ意味において馬場もスターであると僕は解するからです。
 馬場は故郷でかなりの期待を背負ってプロ野球界に入りました。しかしプロ野球の世界ではその期待に沿うことができませんでした。つまりプロ野球界でスターになることはできませんでした。ですがそれだけの期待を背負って上京した馬場は,そのまま新潟に帰るわけにはいきませんでした。そこで自分がスターになり得る世界を東京で探しました。それがプロレス界であったというように僕は解します。
 僕は馬場が純粋アスリートとして一流だったとはいいません。ですがスターであったことは間違いないと解するのです。

 実証主義者であったロバート・ボイルRobert Boyleに対峙させていうなら,スピノザは合理主義者でした。スピノザはデカルトも合理主義者であると解していました。実際にこの意味においてはデカルトも合理主義者であったでしょう。そしてこの意味におけるデカルトの合理主義哲学が存在しなかったら,あるいはスピノザがそれを知ることがなかったら,スピノザの哲学は現にあるようにはなかっただろうと僕は考えています。
 すでに示したように,デカルトもスピノザも,アトムすなわちそれ以上は分割することができない物体は存在し得ないということを肯定していました。また真空,すなわち延長の属性に属するものが排除された空間が存在し得ないということも肯定していました。この点では両者とボイルの間に何の差異もないというのが僕の見解です。ただ,デカルトとスピノザは,それがボイルが主張しているような仮説ではなく,公理的性格を有するような真理であると解していたのです。いや,正確にいうなら,アトムの不在に関しては公理的性格を有する真理とは考えていなかったかもしれません。ですが真空の不在に関してはそうした真理であると考えていました。そしてボイルは,もしも真空が不在であれば,そこから演繹的にアトムが存在し得ないことも帰結するということは肯定していたので,そのボイルの立場からみるなら,アトムの不在はデカルトやスピノザにとっては公理的性格を有するような真理と把握されているというようにみえたと思われます。
 だからボイルとスピノザが哲学的方法論について議論する際に,ボイルはデカルトの立場ではなかったけれども,スピノザはデカルトの立場にあったという工藤の解釈は正しいものと僕は考えます。そしてこの方法論の差異というのは,実証主義的なボイルと合理主義的なデカルトおよびスピノザの間にあるといえるでしょう。そしてなぜ実証主義的な立場を,科学者としてのボイルの立場とみなし,ここに科学と哲学の間の差異を認めるのではなく,双方を哲学的方法論に帰して,その方法論の差異と僕がみなすのかということは,デカルトおよびスピノザ的合理主義の立場の見解から明らかにできます。
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