スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

第三部定理一八&眼鏡

2019-09-13 19:03:02 | 哲学
 疑いdubitatioの原因causaの除去後と除去前で,喜びlaetitiaないしは悲しみtristitiaの感じ方が変化することはないと僕が考える根拠は,第三部定理一八にあります。
                                   
 「人間は過去あるいは未来の物の表象像によって,現在の物の表象像によるのと同様の喜びおよび悲しみの感情に刺激される」。
 この定理Propositioがいっているのは,僕たちはあるもののことを想起したり想像したりする場合に,現に知覚したときに感じるのと同じ感情affectus,この定理の場合でいえば喜びおよび悲しみに刺激されるafficiということです。したがって,ある人間がAを知覚することによって喜びを感じるのであるなら,その人間はAを想起したときにも喜びを感じるし,またAを想像するときにも喜びを感じるのです。
 このことはそもそも第二部定理一七から明らかなのです。なぜなら,もし僕たちがある外部の物体corpusに刺激されるなら,僕たちはその外部の物体が現実的に存在すると感じます。これが表象の種類でいうところの知覚です。この場合にはその外部の物体が現実的に存在しているがゆえに僕たちの身体corpusを刺激しているといえるからです。ですが,もしその物体が現実的に存在していなくても,その物体の本性naturaを含む仕方で僕たちの身体が刺激を受けるなら,僕たちは同じようにその物体が現実的に存在すると知覚するのです。想像とか想起memoriaというのは,それが現実的に存在しているわけではないということを前提としていますから,こちらの場合に該当します。よって僕たちがある事物を現実的に存在すると表象するimaginariのは,その事物が実際に現実的に存在しているのかしていないのかということとは無関係です。ある事物の本性を含む仕方で僕たちの身体が刺激されれば,僕たちはその事物は現実的に存在すると観想するcontemplariからです。
 ですから,ある表象imaginatioによって何らかの感情に刺激されるなら,表象されているものが現に存在しているかしていないかは無関係に,僕たちはその感情を感じることになります。

 帰途に薬局に寄りました。心配していたトレシーバですが,1本だけ在庫がありました。薬剤師によれば,先日もランタスからトレシーバに変更になった患者がいたとのことでした。処方は3本でしたから,足りたわけではありませんが,この日から打つ分には問題ありません。ヒューマログと注射針は在庫がありましたので,残りのトレシーバ2本については配達を依頼して帰りました。帰宅したのは午後5時20分でした。
 ところが帰宅してすぐ,薬局から電話がありました。渡したトレシーバに関しては,使用期限が切れている可能性があるので,使わないでほしいという内容でした。なのでこの日はまだ残っていたランタスの方を使いました。
 午後8時半に,薬剤師がトレシーバ3本を届けてくれました。ですから僕が実際にトレシーバの使用を開始したのは翌26日の夕食前からです。
 2月26日,火曜日。22日に不足していた妹の薬が午前10時20分に配達されました。
 3月1日,金曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。
 3月4日,月曜日。妹を通所施設へ送りました。
 3月5日,火曜日。17日に左の鼻あて部分のネジが外れてしまった眼鏡を眼鏡屋に持って行きました。これまでは家からわりと近くにある個人経営の眼鏡店を利用していたのですが,今回はショッピングモール内にある大手の眼鏡チェーン店を利用しました。持って行けばすぐに直してくれるのは同じでした。ただ全体が劣化しているとのことでしたので,左側部分の鼻あてそのものとネジ自体も新しいものと交換しました。予備の眼鏡を使ったのはこの日までということになります。
 3月9日,土曜日。この日は妹は土曜レクリエーションでした。よってこの週は迎えに行かず,妹はグループホームで週末を過ごしました。
 3月10日,日曜日。5日に直してもらったばかりの眼鏡だったのですが,また壊れてしまいました。今度は鼻あての左側の眼鏡のフレーム本体との接続部分が折れてしまったのです。この場合はもう直しようがなく,新しいフレームを購入するほかありません。しかし時間の都合がつきませんでしたので,またしばらくは予備の眼鏡を使用することになりました。
コメント
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