スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

シャートフのキリスト教&希望の有用性

2024-06-17 19:04:25 | 歌・小説
 『悪霊』の第二部7節で,シャートフは自身の神観を語っています。それは独特のものといえます。
                                        
 シャートフによれば,国民のすべての運動の目的は自身の神の探求でしかあり得ないしそれを唯一真実のものとして信仰することにほかなりません。したがって,国民というのは神の肉体のごときものであり,ほかの神を妥協せずに排除する限りにおいて国民であることができるのです。いい換えれば,自身の神によってほかのすべての神を征服し,追放することができる限りにおいて国民なのです。
 このシャートフの演説に耳を傾けていたスタヴローギンは,シャートフは神を民族の属性まで引き下ろしたと言います。これに対してシャートフは,スタヴローギンがいっていることは逆で,シャートフがしていることは国民を神に引き上げることであると反論します。
 さらにシャートフは,真理はひとつであるから,諸国民の間で真実の神をもつことができるのはひとつの国民だけであって,それがロシア国民なのであると主張します。
 『ドストエフスキー 黒い言葉』では,シャートフのこうした主張について,民族との一体性の中にその最大の意義を認めているという点に大きな特徴があると指摘されているのですが,これはその通りであるといえるでしょう。つまりシャートフのキリスト教というのは,聖書でいわれているような唯一の神を信仰するということとは,大きな隔たりがあるのです。いい換えればそれはシャートフに独自のキリスト教であるといえるでしょう。
 ただし,シャートフがいっていることが全面的に誤っているというようにも僕には思えません。たとえばシャートフの説に従えば,神が共通のものとなれば国民は死ぬし,他の神を排除しようとしている間は国民は国民でいられるということになるでしょう。そのことの中には,一定の真理も含まれているように僕には思えるのです。

 スピノザは第四部定理五四備考においても,希望spesと不安metusが表裏一体の感情affectusであるということを重視し,どちらの感情も害悪より利益を齎すといっているのですが,備考の全体の文脈を通していえば,希望を否定的に,不安を肯定的に評価しているといえます。つまり,個人だけを抽出していうなら,不安を感じるより希望を感じる方がよいのであって,僕もその種のアドバイスをしますが,人間が協働して生活するものであるという点まで踏まえれば,不安の方が希望より有用である場合もあるのです。ですから何でもかんでも希望をもてばいいというものではないのであって,社会的紐帯のためには,諸個人がある程度の不安を感じていた方が好都合であるときもあるということは,僕も否定するnegareものではありません。
 ただし,このことが一般的に成立するのかといえば,そういうわけではありません。いい換えれば,不安は社会的紐帯のために常に有用な感情であって,希望はそれを阻害する感情であるというわけでもないのです。これは,賞賛lausを求めるような欲望cupiditasは,基本的に第三部定理五五備考でいわれているような,相互に不快を齎す欲望ではあるものの,この欲望によって結果effectusとしてよいことも生じ得るというのと同じように,希望が結果としてよいことを齎すという場合もあるのです。
 たとえば,現代の日本において,異人種や異民族に対して過度な不安をもつということは,世界における日本全体の力potentiaを低下させるような効果しか齎さないのであって,はっきりとマイナスの感情です。そうであるならば異人種や異民族との共生生活に希望を見出す方がまだましなのであって,その方が最終的には日本という国家Imperiumに対してよい結果を生じるでしょう。つまりこの場合には,希望の方が社会的紐帯にとってプラスに働くのであり,不安はかえってマイナスに作用してしまいます。ですからこの場合にも,一般論が個々のすべてのケースに妥当するというのではないのであって,希望にせよ不安にせよ,個々の感情を個々のケースに応じて評価するという必要があります。何といっても第三部定理五六でいわれているように,感情というのはすべてが個別の感情だからです。

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