スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

マリーンカップ&眼鏡

2009-06-10 19:09:43 | 地方競馬
 昨年までは4月上旬に施行されていた第13回マリーンカップですが,今年からはこの時期に移設されました。
 シスターエレキングの逃げは予想された通り。ストーリーテリングがこれをマークし,パフィオペディラム,トーセントップラン,メイショウバトラーの3頭が続きました。前半の800メートルは50秒8とスローペース。このため中団のヤマトマリオンや後方のユキチャンには苦しい展開。
 3コーナー過ぎからメイショウバトラーが上がっていき,ストーリーテリングは対応しましたがシスターエレキングは一杯となって後退。直線は2頭で叩き合いましたが,半ばではメイショウバトラーが抜け出して優勝。ストーリーテリングが2着で,内目を追い上げてきたヤマトマリオンが3着。
 優勝したメイショウバトラー昨年のこのレース以来1年2ヶ月ぶりの勝利で重賞10勝目。この路線は相対的なレベルが下降している印象で,もう9歳となったこの馬でもまだ間に合ったというところ。暖かくなってきたのもよかったでしょうし,距離もほかの馬より向いたと思います。ただ,さすがにこれ以上の上積みを見込むのは酷ではないでしょうか。父はメイショウホムラ
 今年の鞍上は福永祐一騎手でこのレース初制覇。管理する高橋成忠調教師は連覇で2勝目となりました。

 何の脈絡もなく唐突に近眼の話をしましたので,あるいは驚かれた方もいらっしゃったかもしれず,申し訳ありません。要するに僕は眼鏡を手放せない日常生活を送っているということを伝えたかったのです。なぜなら,初期症状の沈静化とともにマスクを着用する生活をし始めたとき,このことが思ってもみなかった弊害を生み出したからです。
 まだ僕が小学生の頃,現在の橘家圓蔵さん,当時の月の家圓鏡さんが,眼鏡クリンビューという,眼鏡の曇りを防止する商品のCMに出演していました。「眼鏡すっきり曇りなし,料理すっかり食うものなし」というフレーズを,ある年代以上の方なら覚えているかもしれません。現在ではこの商品は見かけませんが,眼鏡の曇りというのは眼鏡をかけている人にとっては小さくはない問題。冬場に満員電車に乗り込んだときなど,一気に眼鏡が白く曇っていくということを,眼鏡着用者ならきっとだれしも経験しているのではないかと思います。不快といってはいい過ぎかもしれませんが,快いものではありません。
 実はマスクをしますと,鼻息の流れ方の影響があるのだと思いますが,思いのほか眼鏡が曇ったのです。鏡を見て何とか眼鏡が曇りそうもないいい位置,マスクのいい位置と眼鏡のいい位置の両方を探すのですが,なかなかうまくいきません。このために,必要に迫られて眼鏡を拭く回数というのがそれまでよりずっと増えてしまいました。
 もっとも,マスク着用の弊害といっても,これは本当は大したことではありません。僕もまったく悩まなかったとはいいませんが,この程度のことは少しも深刻なものではありませんでした。しかしもうひとつの弊害がありまして,こちらはもっと大変なことだったのです。
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棋聖戦&近眼

2009-06-09 20:18:26 | 将棋
 第80期棋聖戦五番勝負第一局。ここまでの対戦成績は羽生善治棋聖が17勝,木村一基八段が5勝,1千日手でした。
 振駒で木村八段の先手。羽生棋聖が急戦矢倉から穴熊に囲い第1図。
           
 これは先手が矢倉に入城したところ。ここで後手は△9四歩。将棋の場合,序盤や中盤の何気ない一手が結果的に大きかったということがよくありますが,この将棋の場合,この端歩突きがそういう一手になりました。この後,先手は1筋を突き越し,後手が手損して待ったのに対して仕掛け,一旦は自重してから銀を繰り出したのが第2図。
           
 5六の銀が4五に出たところですが結果的にみるとこの手はやや危険だったようです。後手は第1図からの端歩を生かして△9五歩と攻めかかりました。ここから9筋を巡る攻防。先手もかなり強気に思える受け方をして第3図に。
           
 ここから△8八歩▲9三歩成△同桂▲9四歩△8九歩成▲9六玉。手駒がほしい後手は△4四銀と引き,▲5六銀に△5五銀。こういう手が成立するのが第2図の▲4五銀がやや危険だったということの具体的な意味です。この手に対し▲9三歩成としました。
           
 ここまでさすがは木村八段と思わせる素晴らしい受けが続いていましたが,第4図の▲9三歩成は疑問手だったと思います。というのはここで△9五角に対し,▲8二とでなければこの手の顔が立ちませんが実戦は▲同角だったからです。以下,△9三香に▲7三角打は懸命の修正手順と思いますが,第5図の△9二香が厳しく,どうあがいても先手は角を2枚とも取られる変化になってしまいました。
           
 第5図では大勢決していると思いますが木村八段は不屈の闘志でぼろぼろになるまで指し続けました。これが第二局以降に生きてほしいところです。
 羽生棋聖が先勝。第二局は19日です。
 また,この将棋の棋譜中継には,用語解説のようなメモが入っていました。これは素晴らしい試みであったと思います。

 これはまだ話していませんでしたが,現在の僕は極度の近眼で,左右両目とも裸眼では0.1も見えません。ほかに乱視も少し入っているようです。そのため,眼鏡というのは通常の日常生活を不便なく送る上で,必要不可欠な道具になっています。
 僕が視力の低下を自覚したのは,小学校4年生のとき。教室で最後列の席に座っていて,黒板に書かれた文字が読めなくなりました。実はそれまで,視力検査のときには1.2はおろか2.0まで見えていたこともありましたので,これは急激な視力の低下でした。次の学校の視力検査で要検診とされ,眼科で再度の検査をし,眼科紹介の眼鏡屋ですぐに眼鏡を作りました。小学校4年生といいますと10歳になりますから,眼鏡との付き合いはもうかれこれ30年弱になります。
 僕は小学生の頃は伝記を読むのが好きで,それこそ片っ端からかなり読みました。たぶん読書量は並みの小学生よりは多かったろうと思います。それから電車が好きで,それが講じて時刻表の小さな文字を眺めていることも非常に多かったです。僕の視力が低下したことの原因として自分自身で思い当たるということはこれくらい。ただ,僕は父も極度の近眼でやはり視力0.1はありませんので,遺伝的要素も高かったかもしれません。
 ところで,これは視力のいい人には分からないことだと思いますが,近眼にはたったひとつだけ,すごくよいことがあります。それが,夜景が非常に綺麗に見えるということ。眼鏡を掛けて見ても夜景は美しいですが,眼鏡を外した近視,僕の場合は乱視の影響もあるかもしれませんが,裸眼で夜景を見ますと,眼鏡を掛けているときとはまた別の美しさがあるのです。近視は日常生活を送る上ではとても不便ではありますが,この美しさだけは目のいい人にもおすそ分けしたいなあと思うのです。
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安田記念&鼻血

2009-06-07 19:29:46 | 中央競馬
 香港から2頭の遠征馬を交えての争いとなった今年の第59回安田記念
 好発はローレルゲレイロとアルマダでしたが押して押してコンゴウリキシオーの逃げ。前半の800メートルは45秒3で,馬場状態も加味すれば超ハイペースといっていいでしょう。ただし注文をつけて最後尾に控えたファリダットを除いては,わりに馬群が固まってのレースになりました。
 直線は馬場の内目に各馬が密集するような大混戦に。その中からいち早く抜け出したのがディープスカイで,セーフティーリードかと思いました。ところが,先にディープスカイに前に入られたために行き場を失っていたウオッカが,わずかな隙間から馬群を縫うように追い出されると驚異的な末脚で一気に迫り,あっさりと交わして優勝。ディープスカイが2着で,最後尾から伸びたファリダットが3着。
 優勝したウオッカは前走のヴィクトリアマイルに続いての勝利で大レース6勝目。安田記念は昨年に続いて連覇となります。今日は抜け出すのに苦労して,その分脚が溜まったので爆発的な末脚が生み出されたとも考えられますが,もっとうまく捌けていれば,あるいはもっと離して楽勝していたとも考えられます。いずれにしろ,現時点では能力がほかの馬より一枚上であったと思われます。父はタニノギムレット,母系はフロリースカップシラオキローズトウショウの分枝。
 鞍上は武豊騎手。少なくとも好騎乗であったとはいい難く,今日のところは馬に助けられました。ヴィクトリアマイルに続く大レース制覇で,安田記念は3勝目。管理する角居勝彦調教師もヴィクトリアマイルに続く大レース制覇で,安田記念は連覇で2勝目です。

 2月にドバイで行われたバランシーンに出走したブラックエンブレムは,競走中に鼻血を出してしまいました。はっきりとした原因は分かりませんが,この馬は体質的に鼻血を出しやすい馬だったのです。そしてこういうことは馬ばかりでなく,人間にもあって,確かに体質的に鼻血を出しやすい人間というのがいるようです。たとえば僕の祖母は鼻血を出しやすいタイプ。現在は血液をさらさらにする薬を飲んでいますから,この薬の影響もあるのかもしれません。なお,これをスピノザの哲学に依拠して考えるならば,鼻血を出しやすい人間であろうと出しにくい人間であろうと,そのことによって実在性の大小が相違するわけではありませんから,第二部定義六により,これは諸個人の完全性の相違を決定する材料とはなりません。
 仕事中に,自分でもそれと気付かないうちに鼻血を出し,そのまま仕事を続けてしまうという事件を起こしてしまった僕ですが,僕は鼻血を出しやすい人間か出しにくい人間かといえば,出しにくい方に該当すると思います。中学生のとき,友人を後ろから呼び止めたら,振り向きざまにその友人の肘がものの見事に僕の鼻柱に命中し,このときはかなり大量の鼻血が出ましたが,これはあくまでも外傷性のもの。たぶん外傷性の鼻血を出したことがない人間はそう多くないでしょう。ただ,僕の中で自分自身の鼻血に関わる印象的な記憶はこの中学生のときのことと,仕事中の鼻血のふたつだけ。つまり僕は外傷性ではないような鼻血というのはこの事件のときに流したただ1回です。もっとも,もしも僕が頻繁に鼻血を出していたら,この事件のときも,鼻水ではなく鼻血を疑うことによって,もっと早く気付いたのかもしれません。いずれにしろ今から考えても,なぜこのときだけ急に鼻血が出たのかは不思議に思います。
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『漱石,もう一つの宇宙』&事件

2009-06-04 18:52:05 | 哲学
 昨夏に何度かルールの公理系について言及しました。そしてその中で僕は,哲学においてスピノザの哲学を好むような人間は,ルールの公理系が単純な競技を好む傾向があるのではないかといいました。逆にいえばこれは,ルールの公理系がシンプルな競技を好むような人は,スピノザの哲学の世界に入ってきやすいし,また引き込まれやすいだろうということも意味します。
 僕はこのことについて,あてずっぽうのような仮説といいましたけれども,だからといって何の根拠もなくそのような仮説を立てたというわけではありません。今日はその仮説の根拠となった,あるいはこの仮説を強化するような一冊の本をご紹介します。それが表題にある『漱石,もう一つの宇宙』というもの。著者は塚本嘉壽さん。1994年に新曜社から出版されたものです。
           
 なぜこの本が僕の仮説を強化し得るのか,またそもそもなぜ僕はこの本を読むことになったのかということについては後日に詳しく説明します。今日はこの本がどんな内容かを説明することにしましょう。
 この本のサブタイトルは「病跡学的アプローチ」となっています。病跡は主に心理的なもの。この本の最大の特徴は,それを夏目漱石の有名な小説の数々から明らかにしようとするのではなく,むしろ漱石による評論や山水画,漢詩から明らかにしている点にあります。
 病跡学そのものに僕は詳しくありませんから,この本に対する正当な評価は困難です。ただ,次のふたつのことは僕には確実にいえます。第一に,これがきわめて意欲的な取組みであるということです。そして第二に,漱石についての分析というより,自分自身に関連させて読んでみたとき,そこにはとても納得というか合点がいくような内容が含まれていたということです。

 鼻水などというものは場所を選んで出てくれるわけではありません。どんなに忙しく仕事をしていたって,出てきてしまうときには出てきてしまうわけです。僕などはやはりそういうことも頻繁にあります。マスクを着用して,食品の釜入れ作業をしていたときに起きたちょっとした事件というのはこのことでした。
 といっても,マスクをしているのですから,鼻水が出ていたとしても,当座はだれかにそれを見られてしまうという心配はありません。そこで僕は,一段落してから鼻を拭くことにして,そのまま仕事を続けていきました。このことから分かるように,実際にこの仕事は,一時的には鼻をかんだり拭いたりもできなくなってしまうほどに忙しいものだったのです。別に弁明する必要はないのですが,これは僕の仕事の手際が悪かったからそうなってしまったというわけではありません。
 釜は当然ながらとても熱いです。火傷を防止するために軍手着用は釜入れ作業のときには必須。このコンベア式の釜の場合は,釜の中にある程度の湿気を保つために,食品の釜入れの最初と最後に専用の鍋のようなものの中に水を入れて流すのですが,それを終えて僕はようやくマスクの上を軍手で拭いました。拭った軍手を見てびっくり。それが真赤に染まっていたからです。僕は自分では鼻水を垂らしながら働いていたつもりだったのですが,実際には鼻血を流していたのです。今から思えば,もしもこのとき,僕の働く姿を誰かが見ていたら,さぞかしびっくりしたろうと思います。マスクが血染めになっていれば,鼻血ではなく吐血を疑わせかねないからです。
 この事件が起きたのはちょうど昼前でした。直属の上司に鼻血が出た旨を報告し,いつもより少し早めの昼休みとなりました。
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東京ダービー&鼻水

2009-06-03 21:01:29 | 地方競馬
 今週は地方競馬のダービーウィーク,今日は大井で東京ダービーでした。
 逃げ宣言をしていた陣営もありましたが,スピードの違いからネフェルメモリーの逃げ。追っていったのはナイキアデュークとサザンクロスラリーで,4番手以降が少し離れる形。前半の1000メートルは61秒6。これはハイペースです。
 僕の予想よりかなり後ろに構えたナイキハイグレードは,向正面半ばから進出開始。これにモエレエターナルがついていって,直線は3頭で叩き合い。ナイキハイグレードがネフェルメモリーを競り落としたのですが,道中はナイキハイグレードよりさらに後ろにいたサイレントスタメンが大外を強襲。内の各馬を鮮やかに差し切って優勝。中団から伸びたブルーヒーローが2着で,ナイキハイグレードは3着。
 レースのポイントはナイキハイグレードが進出を開始した位置で,結果的にいえば少し早かったために,展開面の恩恵を受けた2頭に負けてしまったという感じです。
 優勝したサイレントスタメンは4月のクラウンカップから連勝で南関東重賞2勝目。持ち味は持続力ある末脚で,前走や今日のようにそれが生きる展開となれば,今後も活躍できるでしょう。逆にいえば凡走もあるタイプかと思います。父はレギュラーメンバー。母系祖先はフラストレート(1-b)。
 鞍上は川崎の金子正彦騎手で、クラウンカップに続く南関東重賞制覇。管理する川崎の足立勝久調教師ともども,東京ダービー初制覇となりました。

 日常生活の中でマスクを着用するという習慣こそなかったものの,僕は小学生の頃から花粉症でした。もっとも,僕が小学生の頃にはまだ花粉症などという名称はなく,僕も単にアレルギー性鼻炎と診断されていただけでした。ただ,ある伯父の家は近くに杉の林がありまして,春先にそこに遊びに行くと普段以上に鼻水やくしゃみ,涙などのひどい症状が出ましたから,確かにこのアレルギーは杉の花粉に対するものだったのだろうと思います。花粉症ということばがメジャーになったのは,僕が高校生の頃か,あるいは大学生になってからだったかもしれません。ある意味,流行の最先端をいっていたともいえるでしょうか。
 これとは別に,僕はこれははっきりとした原因は分からないのですが,鼻の中の骨が湾曲していまして,右の鼻の通り道が左の鼻のそれより狭くなっています。こうしたことから,僕にとっては鼻詰まりというのはほぼ日常的な症状で,これも子どもの頃からずっとそう。鼻の骨の湾曲が発見されたのも小学校の頃でした。
 これらふたつの両方が原因となっているといっていいと思いますが,僕は鼻水とかくしゃみというのも,一般的な人より明らかに多く出ます。ただし,このうちくしゃみというのは,場合によってはむしろ爽快感を伴うことがありますから,一概に辛いということはできません。たとえばこよりのようなもので鼻をくすぐってくしゃみを出すことは,僕には一種のストレス解消になり得たりもするのです。一方,鼻詰まりはこれとは逆でただ苦しいだけ。とくに眠っているときにどうしても口を開けがちになりますので,これは健康上もよろしくないようです。
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宇都宮記念&マスク

2009-06-02 19:06:56 | 競輪
 ここのところ絶好調だった伏見選手が腰の負傷のため欠場となってしまった宇都宮記念。今日が決勝(動画)でした。
 佐藤に藤田,神山拓弥ー武田ー神山雄一郎ー坂本ー黒崎の栃木茨城,石毛ー伊勢崎の千葉。地元勢が分かれなかったので不均衡な並びとなりました。
 Sは佐藤が取りそのまま前受け。3番手に石毛で5番手以降に地元勢。神山拓弥の上昇は残り2周のバック手前から。そのまま一気に踏み上げ,ラインで出切ると打鐘過ぎには早くも先行。6番手に佐藤,8番手に石毛で一列棒状。さらに最終バック手前で武田が番手捲り。後ろが動かず,直線で武田を交わして抜け出した神山雄一郎の優勝。直線入口の手前からようやく踏み込んだ佐藤が2着。3着は武田。
 優勝した栃木の神山雄一郎選手は昨年1月の和歌山記念以来,ほぼ1年半ぶりとなる記念競輪95勝目。できれば100勝まで達成してほしいと思いますが,残された時間がまだまだあるというわけではなく,少し難しいのかもしれません。今日は神山選手を優勝させるために周囲が頑張ったので,展開的には最高になりました。個人的にいうなら,こういうレースはあまり好きではありません。

 日常生活ではマスクをしていませんでしたが,僕は一時期だけですが職場ではマスクをしていた,厳密にいうならマスクをすることもあったという経験はあります。それは大学卒業後に最初に働いていた食品工場でのことでした。もっとも,食品工場なのだからマスクは必須なのかといえばそうでもなく,着けている人もいれば着けていない人もいました。ただ,この工場はその食品の原材料のひとつに小麦粉がありまして,それも大量に使いますから,食品に対してどうこうというより,自分自身のためにマスクを着用するかどうか迫られるというところ。僕はいつもしていたわけではないですが,気が向けば着用していました。マスク自体は会社で用意してありましたので,その日になってから着けるか着けないかを決めることができたのです。
 あるとき,僕はマスクをしたまま食品を釜に入れていました。釜といってもこれはたぶん多くの人がそうは想像できないであろうベルトコンベア式のもので,こちら側から入れられた食品が,焼き上がって向こう側から出てくるというシステム。僕は入口の方で入れていたわけです。このとき,食品は鉄板の上に載せてあるのですが,この釜の場合,鉄板と鉄板の間は横方向にも縦方向にも隙間ができると焼きむらができるのでよろしくない。鉄板はラックに載せてあって,釜の大きさからしても鉄板は2枚を横に並べられるだけでしたから,ラック1台だけであればこれは何ということもない仕事ですが,ときにはラック何台にもわたって連続で釜入れしなければなりません。その場合はラックの出し入れなども関係してきますので,こう簡単に記すことができるほどに楽な仕事ではありません。このときに,ちょっとした事件が起こったということがありました。
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