犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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南杏子『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』

2018年07月20日 | よみものみもの
青森へ向かう車の中で、ラジオを聴いていた。
川口の料金所の数メートル手前で時報が鳴った。
ラジオ深夜便、4時からのゲストは南杏子さんだった。

夫の転勤に伴ってイギリスに渡り、出産。
子育てする中で、言語の問題で医師とうまくコミュニケーションが取れない。
そこで独自に医学を勉強した。
帰国後、医学部に学士入学できることを知り、33歳で入学。
大学病院などの勤務を経て、終末期医療に携わるようになる。

また、学生の頃、祖父の介護を手伝っていた。
当時はまだ介護保険制度は無く、年寄りの世話は家で家族がするもの、という認識だった。
その後、高齢者というものは日本社会全体の問題であり、
高齢者の介護は社会でするものだ、というふうに変化してきた。
南は、プロでもない家族や、ましてや若い自分がする介護は上手でもないし、
祖父にとって決して楽だったり快適だったりしなかったのかもしれない、と振り返る。

そういった経験を充分に活かして書かれた小説だと思う。
主人公の医師は、新宿の大学病院から、三鷹にある訪問診療クリニックに移り、
さまざまな患者の在宅医療、在宅介護の現場を経験する。

登場する患者たちの言葉は、誰しもが感じたことのある思いであったり、
言いたいけど目の前の医師に向かって言えたことが無い言葉だったりするだろう。
略しつつ、会話部分を引用してみる。


「こんにちは、知守さん。おかわりありませんか」
「そんなあいまいな質問で、何を答えろっていうの?」


また、それに対して、医師の側の思いというものも、率直に表現されている。


「大学では新しい抗癌剤の治験もすすめられたけど、断ったわ。実験動物になるなんて、まっぴら」
「新薬を試すチャンスをあきらめたんですか?」
「無責任なこと言わないで!本当に効くかどうかわからないのに、
副作用の苦しみに耐えなきゃならないのは私なんだから。」


重厚なテーマに対して、息抜きとなる場面も有り、キャラクターづくりも絶妙で、
巧みな小説だと思った。

クリニックの近くにオリジナル料理を出す店が在る。
小説の中に何か食べ物が登場すると、ひどく美味しそうに感じる。
どんな粗食でも、うまそうに思えるから、筆の力というのは不思議なものだ、と思っていたが、
ここで描かれる珍妙な料理には、ちっとも食欲をそそられなかった。
これもまた筆の力であり、作者の思う壺だろう。

帯には、【NHKラジオ深夜便に著者出演! 感動の声、続々! 緊急文庫化】
なんて書いてある。
高齢者、終末期医療、介護といった、日本社会(その社会の構成員の一人である私)の抱える問題
に関わるテーマで書ける作家なので、今後も楽しみだ。

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