[あらまし] 母87歳パーキンソン病ヤール4要介護5認知症状少々、
一週間前に特別養護老人ホームに入居した。
台所を母が自由に使うと危険だし、
母の生活がスムーズであるために使っていた物が多かった。
全くのところ、台所から私は撤退し、母の生活の場所としていた。
冷蔵庫に食材を見付けると、母が加熱調理してしまう。
見たらしたくなる。
包丁も火も危ない。
本人も危ないが、犬や家が危険にさらされる。
何年か前に、小さめの冷蔵庫をもらって、私が使っていた。
母はその小さめの冷蔵庫には近付かなかった。
大きい冷蔵庫が自由に使える時からの習慣だったおかげだろうか。
この小さめの冷蔵庫のおかげで、私も食べ物を保管したり、冷たい物を飲んだりできた。
私は自室にカセットコンロを置いて、簡単な加熱で済む料理を時々した。
あとは、週に2回のデイサービスで母のいない時間に急いで調理して、保管した。
しかし、毎日毎食に調理した物を食べられるわけではなかった。
※
台所が使える。
台所が自分のものとして使える。
物をどこに置くか。
どんな道具を使うか。
何は要らないか。
調味料は何をどこに置くか。
必要な物を使いやすい場所に置くことができる。
※
のは、まだだな。
まず、あちこち掃除しなければ。
こぼした物で上の面も縦の面も下の面も表の面も裏の面も汚れている。
コンロ周辺、調理台、シンク、
戸棚の扉、引き出しは特にたいへん、
野菜室は取り外して、取り外したあとのレールも、
掃除、掃除、掃除。
※
シンクに向かって洗いものをしていて、
何か不便だ、と思った。
屈む姿勢になって、
気持ちが下降気味の時だと腰が痛む。
そうだ。
すのこを置いているのだった。
母が、台所が高くて使いにくい、と言うので、
コンロとシンクの前にすのこを置いている。
これで4㎝あまり高くなる。
「つまづいて転倒の危険が有るのではないか」という意見も有った。
どっちゃでもええわい。
すのこの隙間から食べ物のかすが下に落ちて、
しかもすのこの陰になって見つかりにくく取りにくく
カビ腐る。
だから、すのこの上にクッションフロアを貼った。
これなら、ゴミは落ちないし、こぼれたものも掃除しやすい。
しかし、クッションフロアの上に汁っぽい物をこぼすと、滑る。
人も滑る、犬も滑る。危険。
結局のところ汚れも蓄積する。
そこで、クッションフロアの上にさらにタイルカーペットを貼っていた。
4.5㎝くらいにはなっていただろうか。
これを今朝、やっと片付けた。
掃除もしやすくなる。
すっきりする。
※
母の食器を置く、プラスチックの水切りを洗った。
水切りの下はステンレス板に点々と穴のあいた水切りになっている。
どちらも汚れている。
食器をきれいに洗って置けば、こんなには汚れないと思うのだが。
母の食器の洗い方はいい加減である。
洗う動作をすることが洗うことになっている。
つまり、スポンジに洗剤を付けて、食器を何周か撫でて、
水をかけて、置く。
違う。
汚れを落として、洗剤を流すことが、洗うということだ。
これは齢のせいではない。
若い頃からなので、どうにもならん。
※
そのうち、食器棚の中の食器も全て一旦洗わねばならないと思っている。
母が「洗って」片付けていた物だから、あてにならんのだ。
きれいに洗って、貰ってもらえる物は誰かに差し上げよう。
私の生活には必要の無い食器が多い。
※
誰かのツイートが流れて来る。
「それは’老害’ではなく、’害’と呼ぶ。
なぜなら、そういう人は年を取ってそうなったんじゃなく、
若い頃からそういうことをしていたから。」
そういう部分は大きい。
若い頃は抑えたり周囲に合わせたりルールを守ったりする
体力と気力が有ったのが、老いて衰えて抑えられなくなった、
ということは有る。
それが害なのか老害なのか、難しいところではある、とも思う。
何事につけ、一つのみちすじでものごとを解釈して表現すると、
オモシロい言葉ができる。
諺などもその類と言えると思う。
そして、何事につけ、一面からの見方だけで全体がつかめるほど
単純ではない。
複雑だから、成立して存続していることはとても多い。
いづれにしろ、若いうちに習慣づけておくのが良いことには
間違い無さそうだ。
どんなに廃れるとしても、それが分かっていても。
一週間前に特別養護老人ホームに入居した。
台所を母が自由に使うと危険だし、
母の生活がスムーズであるために使っていた物が多かった。
全くのところ、台所から私は撤退し、母の生活の場所としていた。
冷蔵庫に食材を見付けると、母が加熱調理してしまう。
見たらしたくなる。
包丁も火も危ない。
本人も危ないが、犬や家が危険にさらされる。
何年か前に、小さめの冷蔵庫をもらって、私が使っていた。
母はその小さめの冷蔵庫には近付かなかった。
大きい冷蔵庫が自由に使える時からの習慣だったおかげだろうか。
この小さめの冷蔵庫のおかげで、私も食べ物を保管したり、冷たい物を飲んだりできた。
私は自室にカセットコンロを置いて、簡単な加熱で済む料理を時々した。
あとは、週に2回のデイサービスで母のいない時間に急いで調理して、保管した。
しかし、毎日毎食に調理した物を食べられるわけではなかった。
※
台所が使える。
台所が自分のものとして使える。
物をどこに置くか。
どんな道具を使うか。
何は要らないか。
調味料は何をどこに置くか。
必要な物を使いやすい場所に置くことができる。
※
のは、まだだな。
まず、あちこち掃除しなければ。
こぼした物で上の面も縦の面も下の面も表の面も裏の面も汚れている。
コンロ周辺、調理台、シンク、
戸棚の扉、引き出しは特にたいへん、
野菜室は取り外して、取り外したあとのレールも、
掃除、掃除、掃除。
※
シンクに向かって洗いものをしていて、
何か不便だ、と思った。
屈む姿勢になって、
気持ちが下降気味の時だと腰が痛む。
そうだ。
すのこを置いているのだった。
母が、台所が高くて使いにくい、と言うので、
コンロとシンクの前にすのこを置いている。
これで4㎝あまり高くなる。
「つまづいて転倒の危険が有るのではないか」という意見も有った。
どっちゃでもええわい。
すのこの隙間から食べ物のかすが下に落ちて、
しかもすのこの陰になって見つかりにくく取りにくく
カビ腐る。
だから、すのこの上にクッションフロアを貼った。
これなら、ゴミは落ちないし、こぼれたものも掃除しやすい。
しかし、クッションフロアの上に汁っぽい物をこぼすと、滑る。
人も滑る、犬も滑る。危険。
結局のところ汚れも蓄積する。
そこで、クッションフロアの上にさらにタイルカーペットを貼っていた。
4.5㎝くらいにはなっていただろうか。
これを今朝、やっと片付けた。
掃除もしやすくなる。
すっきりする。
※
母の食器を置く、プラスチックの水切りを洗った。
水切りの下はステンレス板に点々と穴のあいた水切りになっている。
どちらも汚れている。
食器をきれいに洗って置けば、こんなには汚れないと思うのだが。
母の食器の洗い方はいい加減である。
洗う動作をすることが洗うことになっている。
つまり、スポンジに洗剤を付けて、食器を何周か撫でて、
水をかけて、置く。
違う。
汚れを落として、洗剤を流すことが、洗うということだ。
これは齢のせいではない。
若い頃からなので、どうにもならん。
※
そのうち、食器棚の中の食器も全て一旦洗わねばならないと思っている。
母が「洗って」片付けていた物だから、あてにならんのだ。
きれいに洗って、貰ってもらえる物は誰かに差し上げよう。
私の生活には必要の無い食器が多い。
※
誰かのツイートが流れて来る。
「それは’老害’ではなく、’害’と呼ぶ。
なぜなら、そういう人は年を取ってそうなったんじゃなく、
若い頃からそういうことをしていたから。」
そういう部分は大きい。
若い頃は抑えたり周囲に合わせたりルールを守ったりする
体力と気力が有ったのが、老いて衰えて抑えられなくなった、
ということは有る。
それが害なのか老害なのか、難しいところではある、とも思う。
何事につけ、一つのみちすじでものごとを解釈して表現すると、
オモシロい言葉ができる。
諺などもその類と言えると思う。
そして、何事につけ、一面からの見方だけで全体がつかめるほど
単純ではない。
複雑だから、成立して存続していることはとても多い。
いづれにしろ、若いうちに習慣づけておくのが良いことには
間違い無さそうだ。
どんなに廃れるとしても、それが分かっていても。
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