[あらすじ] 去年の十月から、毛筆書道を独習し始めたよ。
古典の臨書をしていると、
あれこれと書家の名前が出てきたり、ではその人がいついつの時代だとか、
時の皇帝も字がうまかったとか、皇帝の命令で作品集が編纂されたとか、
そんな話がぞろぞろと出てくる。
中高生の頃、漢文が好きだった。
三十代終わりになって鍼灸を学び、中国の古典医書を読む時にそれが役に立った。
中高生の頃、社会科が苦手だった。
好きじゃないので、まるで勉強しなかった。
特に歴史に興味が持てなかった。
人間がああして人間がどうして人間がこうなった、というアホな記録に
魅力を感じなかった。
小学生の頃から、男子どもが戦国だ三国志だと言っているのも、
関心が無かった。
受験のために、世界史を必死で暗記した。
おかげで成績は良かったが、興味の無いことには変わりないので、
後が続かないので、忘れてしまう。
古典を臨書すれば、内容もしっかり読みたいし、
おのずと作品の背景にも興味が湧く。
そのときに、中国史くらい頭に入っていれば、と思う。
思ったので、ちょっと勉強した。
あっちの本から王朝の名や首都がどこだやら皇帝が誰だとか、
引っ張ってきて年表にする。
別の本から文化史を抜書きする。
書道に関して調べる中から、書家の名前が出てくるたびに、
インターネットで生没年を調べて年表に書き込む。
代表作や自分が臨書した作品名も年表に書き込む。
という作業をしてきた。
あーらたいへん。
やれやれ。
中国史は長いよまったく。やってられっか。
と、思った頃になってから、この本にたどり着いた。
感想。
これ一冊読めばオッケーじゃん!
もちろん、木簡の発掘だの三国の文化の違いだの唐詩の興隆だの
道教と儒教と仏教の盛衰だの、それぞれの詳細については
それぞれに調べていかなければならない。
しかし、書道という軸をもって中国通史を眺めるには、最適の本であった。
タイトルには『事典』とあるが、項目で並んでいるのではなく、
時代を追った読み物になっているので、全体を理解しやすい。
歴史ということには興味を持てなかったが、
今は書という視点を得たので、
石器時代から清の時代まで、中国史を見ることができた。
著者の比田井南谷は、私が6月にその生地を佐久に訪れた、
比田井天来の子である。
前衛書の走りみたいなものを書いた人で、活動の拠点をアメリカに置いた。
日本伝統のお家芸である書道の中で、前衛作品を書くということは、
最初はやはり日本では受け入れられにくかったのだろう。
しかし、アメリカではやはり書への理解が浅い。
そこで南谷は書道史をアメリカ人に教えたりしていたようだ。
父天来の遺した膨大な資料と、自身の活動に伴った条件がうまく合わさって
このような本が生まれたというわけだろう。
古典の臨書をしていると、
あれこれと書家の名前が出てきたり、ではその人がいついつの時代だとか、
時の皇帝も字がうまかったとか、皇帝の命令で作品集が編纂されたとか、
そんな話がぞろぞろと出てくる。
中高生の頃、漢文が好きだった。
三十代終わりになって鍼灸を学び、中国の古典医書を読む時にそれが役に立った。
中高生の頃、社会科が苦手だった。
好きじゃないので、まるで勉強しなかった。
特に歴史に興味が持てなかった。
人間がああして人間がどうして人間がこうなった、というアホな記録に
魅力を感じなかった。
小学生の頃から、男子どもが戦国だ三国志だと言っているのも、
関心が無かった。
受験のために、世界史を必死で暗記した。
おかげで成績は良かったが、興味の無いことには変わりないので、
後が続かないので、忘れてしまう。
古典を臨書すれば、内容もしっかり読みたいし、
おのずと作品の背景にも興味が湧く。
そのときに、中国史くらい頭に入っていれば、と思う。
思ったので、ちょっと勉強した。
あっちの本から王朝の名や首都がどこだやら皇帝が誰だとか、
引っ張ってきて年表にする。
別の本から文化史を抜書きする。
書道に関して調べる中から、書家の名前が出てくるたびに、
インターネットで生没年を調べて年表に書き込む。
代表作や自分が臨書した作品名も年表に書き込む。
という作業をしてきた。
あーらたいへん。
やれやれ。
中国史は長いよまったく。やってられっか。
と、思った頃になってから、この本にたどり着いた。
感想。
これ一冊読めばオッケーじゃん!
もちろん、木簡の発掘だの三国の文化の違いだの唐詩の興隆だの
道教と儒教と仏教の盛衰だの、それぞれの詳細については
それぞれに調べていかなければならない。
しかし、書道という軸をもって中国通史を眺めるには、最適の本であった。
タイトルには『事典』とあるが、項目で並んでいるのではなく、
時代を追った読み物になっているので、全体を理解しやすい。
歴史ということには興味を持てなかったが、
今は書という視点を得たので、
石器時代から清の時代まで、中国史を見ることができた。
著者の比田井南谷は、私が6月にその生地を佐久に訪れた、
比田井天来の子である。
前衛書の走りみたいなものを書いた人で、活動の拠点をアメリカに置いた。
日本伝統のお家芸である書道の中で、前衛作品を書くということは、
最初はやはり日本では受け入れられにくかったのだろう。
しかし、アメリカではやはり書への理解が浅い。
そこで南谷は書道史をアメリカ人に教えたりしていたようだ。
父天来の遺した膨大な資料と、自身の活動に伴った条件がうまく合わさって
このような本が生まれたというわけだろう。
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