毎年九月に、小学校6年生の時の図工の先生が属している書道展を見に行く。
行き始めたのは10年以上前だったか。
その頃、私は毛筆への憧れは有るものの、
苦手意識から敬遠して、僻みにすら片足突っ込んでいた。
そこを奮起して、5年前に書き始めた。
やってみたら楽しかった。
私は、楷書が新しい書体で、行書や草書がその前で、
更に隷書や篆書や甲骨文字に遡れることを初めて知った。
小学校中学校の書道の授業で楷書を書くことしか
やったことが無かったのだ。
音楽でも鍼灸でも科学でも語学でも
遡って追究することが好きなので、
草書をやりかけては隷書に戻り、篆書や甲骨文字に戻って学んだ。
そうしてみると、書体の発展は継続的なもので、
過渡期の形というものも見えてきた。
ある書体を学ぶためには、その前の書体を学ぶと理解が深まると知った。
※
ことに隷書が好きになった。
今まで、隷書を街のあちこちで見ていたことに気付いた。
「ちょっと妙な楷書」くらいにしか思っていなかったのだ。
気付いてみれば、神社や中華屋や会社の看板や、個人宅の表札や定礎などなど
隷書は至る所に見つかった。
はじめは石碑の隷書を臨書した。
字に書いて記録する、ということは高貴なことに限られていた時代の、
堂々とした書体だ。
しかし、石碑に刻んだ文字の拓本では、筆使いの生々しさが分からない。
書家が石碑を臨書したものを手本にしたりしたが、ものたりない。
何かが違う。
玄宗皇帝の『石台孝経』を臨書するに至って、限界がきた。
おもしろそうだと思って取り組んでみた。しかし、
それは、「玄宗フォント」とでも言うべきものだった。
何をどう書いても、同じ調子。
どこを切っても、同じ払い。
面白みがまるで無い。
’皇帝’が’孝経’の’石碑’を書いて’民’に見せるためには
適した形なのかもしれないが、
書いて面白くもなんともないのだ。
こんなことだから女(楊貴妃)にドハマりして
政治をおろそかにして国ごと崩壊しちゃうんだわ、とさえ思えた。
※
そうこうするうちに、古く秦や漢の時代に、
役人などが木や竹の札に書いた隷書が発掘されていることを知った。
なんとな。
肉筆の隷書をやっと見たのだ。
下級官吏が書いたらしい木簡の走り書きや習い書きは
生き生きとして魅力的だ。
紙の無い時代のこと、中にはきちんと綴り合わせて、
本として用いられていた物も有り、そういうものは達筆である。
※
そんなふうに学んでから、例年のように書道展に行った。
見るものが違って見えてきて、楽しくてたまらない。
聞けば、私の図工の先生の書道の先生のまた師匠は、
「西川先生」だと言う。
ええっ、西川寧先生ですか?
なんてな知識も、私にできていた。
「そうそう。’西川ネイ’って読むとすごく怒るんだって。」
※
翌年、「急就篇」の’觚’(木の棒)を模造して臨書したものを持参して、
先生と師匠に見ていただいた。
https://blog.goo.ne.jp/su-san43/e/b821124f2d762ef76c8c9c88e6987dad
それを憶えていてくださり、その後、
臨書だけではなく、自分の作品として書くことのポイントについて
話してくださった。
※
西川のもとで隷書の臨書をしていた時、西川に
「誰がこんな隷書を教えたんだ?」と言われたそうだ。
西川に言われて臨書ばかりしていたのに、怒られちゃったのだ。
西川はそれを教えたのは自分だと悟り、こりゃいかんと気付き、
女性なんだから女性らしい隷書を書け、と言った。
臨書に及第して、自分なりの隷書に進んだわけだ。
※
私はその後、一年くらい夢中にほぼ毎日書いたが、
ある時サボったら復活できなくなってしまった。
たしか、梅雨だったか秋雨だったか、とにかくひどく雨続きの日々で、
書いても墨がにじんで思い通りにならなかったのだ。
孫過庭も『書譜』の中で、
「いろんな気候の日が有って思い通りにならないよね。
そんな日は無理に書かなくてもいいんじゃん?」
と書いているじゃないか。(どうだか)
再開したい再開したいと思いながら、あらよっと3年くらい経ってしまった。
※
「かきぞめ」という機会に再開しようか。
と考え、何を書くかあれこれ考えていた。
年末くらいに気付いて考え始めたので、当然、一月二日には間に合わない。
やりかけの、褚遂良の楷書の臨書をやるか、とも思ったが、
楷書は肩がこる。
再開する端緒にするのは、もっとのびのびと書ける楽しいやつがいい。
やっぱ隷書のほうが楽だ。
※
楷書は、筆を置いて、筆を引いて、筆を止める。
「トン、ツー、トン」とよく言う。
どうも、あの感じが、緊張して息が詰まる。
そこへ行くと、隷書は、筆を入れて、筆が波を作って、筆を抜く。
「ウニュ、モニャ~~~、スゥー」なんである。
これがたまらん。
やっぱ簡牘の肉筆の隷書を手本に書きたい。
つづく
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