『熊野紀行』などと銘打ったが、われわれの辿った道は、既に書いたようにほんの一部に過ぎない。熊野の中の熊野古道、その一部の中辺路コースの、そのまた一部を大半バスに乗りながら辿ったに過ぎない。それが分かっただけでこの旅は意味があった。
中辺路の、いわゆる古道へのとり付き口は、田辺市街より大分山中に入った「滝尻王子」である。500mごとの番号道標もこの滝尻王子を起点としている。空港からのバスは先ず滝尻王子に到着、そのそばにある熊野古道館でオリエンテーションがあった。
先ず見せられたのがこの紀伊半島南部の地図で、これに「六つの熊野古道」が映し出されている。初日の現地ガイド小松裕見子氏は、「左手をひろげ、親指を折りこんだ姿」として、見事に6古道を説明した。つまり、「人差し指が京都からの紀伊路、折りこんだ親指が中辺路、中指が高野山からの小辺路、薬指が吉野からの大峰奥駈道、小指が伊勢路・・・すべて那智本宮大社に向かっている。手のひらの最下部が大辺路で、これで6路」というわけだ。この説明は古道の全貌をつかむには分かりやすかった。
全ての道は本宮大社へつづく・・・、われわれは、その中の中辺路を辿って本宮へ・・・、といっても、滝尻王子から本宮大社までは約38キロ、標高差数百mに及び、標準所要時間は18時間30分となっており1泊2日の行程だ。当然のことながらバスで運んでもらいながら要所要所を歩くわけだ。
初日は、本宮大社までの中間点「継桜王子」の「野中の清水」までが行程だ。それでも全て歩けば17キロ、10時間近くを要する。わが一行はまずバスで高原熊野神社を訪ね“樹齢千年以上といわれる楠の大木”などを拝み、そばの「高原霧の里」で昼食。
雨が幸いして(と言うのはガイドの説明だが)、さすがに「霧の里」の霧あがる風景は美しかった(次ページ写真)。聞けば、イーデス・ハンソンさんはここに住んでいるそうな。
美味しい“紀州寿司詰め合わせ弁当”で腹ごしらえをして、いよいよ山歩きの起点に向かう。