ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

インド的価値観

2008-11-29 12:02:10 | 時事(海外)
今度はインド、ムンバイでテロである。

これまでの死者数は日本人1人を含む146人にもなったそうで、
あらためて被害の大きさが見て取れる。インドで仕事中に突然、
テロに巻き込まれたこの方が本当に気の毒でならない。

元々、インドではカシミールの領有を巡って隣国パキスタンとの
間で、これまでも度々テロが起こってはいたが、今回のように
露骨に外国人の利用も多い高級ホテルに、武装して押し寄せてくる
なんてことは、ほとんどなかったような気がする。

今後の海外渡航には、従来の一般犯罪以外での治安面での注意も
必要になってくるだろう。それにしてもこのような事でタイ、インド
両国には、近く渡航を予定していた多くの人々が延期やキャンセルを
するのではないかと思われる。特に来年2月くらいには多くの学生が
卒業旅行などで訪れる国なので、やや残念な気がしてならない。

特に若い人たちには、好き嫌いは別にして、ぜひ1度はインド世界に
足を踏み入れていただきたいと思っている。洋の東西どちらにも組せず、
その独特の宗教的価値観から、過去も現在も未来も包括した国などと
言われる。神秘、輪廻、生と死などの言葉で語られたりもするが、
私自身が最初に感じたのは、「とにかく街は汚く、物乞いが多く、
大人が子供のようで逆に子供が大人びていて、疲れる国だなー」
くらいなものであった。

そんなインドも近年、急速な経済発展を遂げているらしい。
それにより、中産階級も増え、急激な近代化が進んでいるそうである。
しかし、人々の意識や価値観はそうそう変わらないのがインドなのだ
そうだ。

それを象徴するような記事を以前、読んだことがある。

数年前にインドの航空会社、エアーインデイアが墜落して乗員乗客
203人全員が死亡する大事故が起こった。そしてひと月後、同社の
機内誌に責任者の追悼文が掲載された。

「どうしてこの世は移り変わり、どうしてある人は突然この世を去らねば
ならなかったのか。なぜ、ある人は、あの運命の飛行機に乗ったのか。
なぜ、ある飛行機は海に落ち、愛する妻や子供を死に追いやってしまったのか。
悲しみはわかります。私たちも家族同様に悲しい。でもなぜなのかを問うても、
我々にはわからない。すべて神様だけがご存じなのです。
全ては神の慈悲深い所存なのでありましょう。言うではありませんか、
神に愛されたものは、早死にすると…」

普通、事故を起こした航空会社が、言うべき言葉ではない。
航空会社とは、国際基準でものを考え、発言しなければならないのは
当然のことだろう。

そしてこう、結んでいる。
「我々は今、人生の宿にいますが、いずれは去るのです。その人を
1度愛し、そして事故で失ったことは、人生で全く出会わなかった
よりは良かったではありませんか。ご冥福を…」

近代的な教育を受けた人なら、インド人でさえ責任逃れだと感じる
かもしれない。しかし、これを書いている人は紛れもなく近代的な
教育を受けているインド人なのである。

しかし、この文章が大手航空界社の追悼文だということは、少なくとも
インドの人々にこうした発言が受け止められる感性がある、ということで
もある。

もちろん日本では、到底理解できない。しかしこれがインドと
日本の距離間なのかもしれないとも思う。どんなに話し合っても
わかりあえないことを、それを理解するために宗教とか神だとか、
輪廻などという言葉を頭の中で当てはめて無理やり納得させるのだ。

インドだけではなく、異国の文化や価値観を理解すると言うことは
案外、こういう作業の繰り返しなのかもしれない。

インドは結して好きな国ではないが、かといって別段嫌いでもない。
しかし、訪れる価値のある国であるのは間違いない、と個人的には
思っている。

今後しばらく観光客の少なくなるだろうインド…。

今がお薦めかも…。



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