藤井六段 杉本七段との師弟対決に勝利

2018年03月08日 21時01分58秒 | 社会・文化・政治・経済
藤井六段、初の公式戦師弟対決制す!千日手指し直し局で杉本七段に“恩返し”
3/8(木) スポニチ18:21配信

杉本七段との師弟対決に勝ち、感想戦で笑みがこぼれる藤井六段
 中学生棋士の藤井聡太六段(15)が8日、大阪市内の関西将棋会館で指された第68期王将戦(スポーツニッポン新聞社、毎日新聞社主催)の1次予選2回戦で、師匠の杉本昌隆七段(49)と公式戦初の師弟対決に臨み、111手で勝利を収めた。

【写真】藤井六段と師匠の杉本七段

 午前10時に杉本の先手で始まった対局は、昼食休憩をはさんだ午後1時18分、59手目で千日手に。30分の休憩を挟み、1時48分から先手後手を入れ換えての指し直しとなった。

 指し直し局では、四間飛車に構えた杉本に対し、居飛車の藤井は王を穴熊に囲う。杉本の端攻めをかわした藤井は、相手の攻め駒を巧に封じながらカウンターで徐々にリードを広げ、反撃を狙う杉本を封じ込めた。

 一昨年のデビュー戦から公式戦29連勝の新記録を樹立した藤井は、今年も1月途中から連勝街道を快走中。2月の順位戦では、最終戦を待たずにC級1組の昇級を決めて五段に昇段。一般棋戦の朝日杯オープン戦では佐藤天彦名人(30)、羽生善治竜王(47)らを次々に破り、15歳6カ月の史上最年少で棋戦初優勝。約半月で六段に昇段した。さらにこの日の勝利で、公式戦の連勝を14に伸ばした。

 藤井は小学1年時に東海研修会で杉本と出会い、小学4年の奨励会入会時に弟子入りした。14歳2カ月の史上最年少でのプロ入りまで導いてくれた師匠に、鮮やかな「恩返し」を果たした。









藤井六段と杉本七段の師弟対決 「千日手」が成立

2018年03月08日 16時19分47秒 | 社会・文化・政治・経済
CSテレビの囲碁将棋チャンネルで午後4時から藤井六段と杉本七段の師弟対決が生放送されている。
大阪市福島区の関西将棋会館で8日に指された藤井聡太六段(15)と師匠の杉本昌隆七段(49)による王将戦一次予選は、先手・杉本七段の59手目で午後1時18分、「千日手」が成立した。
スポーツ報知

 互いの銀の六筋への押し引きが4回続き、指し直しに。残りの持ち時間が杉本七段が1時間58分、藤井六段が1時間54分。先後が入れ替わり、持ち時間そのままに、30分後の午後1時48分に指し直し局が再開された。

 初の師弟対決とあって、この日は藤井六段のデビューからの連勝中を思わせる23社約50人の報道陣が関西将棋会館に詰めかけた。



人間もまた誰もが奇跡

2018年03月08日 14時50分08秒 | 社会・文化・政治・経済
勇気が、慈悲に代わる

価値を創造し、才能を伸ばす。

生は奇蹟でありる。
すべての花は
その形 その色
その香りとともに 
すべての花奇蹟である

ブラジルの詩人・マヌエル・バデイラ

人間もまた誰もが、奇跡としかいいようのない使命の花を咲かせることができる。
個性輝く平和の花園を広げながら、人生も、社会も、時代も変えていける力がある。
では、この可能性の扉を開く鍵はいったい何か。
それは、勇気だ。
どこまでも相手の可能性を信じ抜く勇気である。

「強い決意を持つこと」
この強気決意、燃え上がる勇気こそが、価値創造の源。
勇気が、慈悲に代わる。
勇気がある限り、智慧も湧き出ずる。

「嵐は弱き者のみ恐れるさせる。強き者は、嵐に勇猛に立ち向かい、雷にも目を背けない」ブラジルの作家・マシャード・デ・アシス

性犯罪事件 判決を非公開にする方向

2018年03月08日 14時05分44秒 | 社会・文化・政治・経済
「性犯罪事件の判決文はネットに掲載しない」とする最高裁の基準。
「刑事裁決は、場合によって死刑によって人の命まで奪いうる公権力の行使だ。本来は第三者が事後的にチェックできるよう、プライバシーに配慮した上で判決が公開されていないとおかしい」
「ツイートは性的関心から判決を読む人を誘導しかねず、緊急避難として判決文を削除されたのはやむを得ないかもしれない。だが、東京高裁が被告に無期懲役を科した理由を見られなくなる。判決の公開を問題視する風潮が広がれば、裁判所としてできるだけ判決を非公開にする方向に」判断が傾くと推測される。そのことが妥当なのか。国民の側も問われる」
塚原英治・青山学院大学法科大学院教授

ツイートの問題と判決文の「誤掲載」の問題は、切り話して考えたほうがよいと思う。
「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」
「そんな男、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」
東京高裁民事部の裁判官が自身のツイッターにそう書きこんだ。
「被害者の母親です。なぜ私たちに断りもなく判決文をこのような形であげているのですか?非常に不愉快です」遺族が返信したところ、間もなくツイートは削除された。
判決文をネットから削除し、貴族側に謝罪した。
心身ともにつらい状況だった。
被害者の尊厳に対する配慮がなく、軽視しているように感じた。
なぜ公判以外でもこのような思いをしなければいけないのか。
すぐに謝罪してもらえれば、処分の要望書を出すこともなかった。母の立場で毎日新聞の取材に心境を語った。
遺族によると田口裁判官の件よりも判決文の「誤掲載」に関することが中心だったといい、「担当者の認識が不十分だった」との説明があった。
毎日新聞
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東京高裁HP:別の性犯罪事件の判決文も誤掲載 謝罪検討 - 毎日新聞

2018年2月6日 - 東京都江戸川区で2015年、高校3年の岩瀬加奈さん(当時17歳)が殺害された事件の控訴審の判決文を東京高裁が裁判所のホームページ(HP)にアップしていた問題を巡り、高裁が別の性犯罪事件の判決文も誤ってHPに掲載していたことが明らかになった。
性犯罪に関する判決文は内部のルールでHPに載せないことにしており、高裁は既に非 公開の措置を取った。

女性殺害事件判決文、誤って公開 裁判官ツイートで判明:朝日新聞デジタル

2017年12月27日 - 2015年に東京都内の女性が殺害された事件をめぐり、凄惨(せいさん)な事件や性 犯罪などは非公開とすると定めた内部の基準に反して、東京高裁が事件の判決文を裁判所のウェブサイトに公開していたことが分かっ…

「1億総表現者=評論家」状況

2018年03月08日 13時20分23秒 | 社会・文化・政治・経済
メディア批判の役割

毎日新聞

批判活動は本来、将来への希望が見えるものでなくてはなるまい。
新聞批判の特性の一つは、言論報道活動であるジャーナリズムの観点からのものであることだ。
民主主義の維持装置として権力に偏在しがちな情報をきちんと市民に提供し、最善の社会選択を可能とする言論公共空間を形成する責務への評価が問われなくてはならない。
しかし日本では、学問領域としてのジャーナリズム研究が不足しているとともに、公権力にも市民にも、ジャーナリズムの社会的役割についての理解がまだ十分でない。
それがジャーナリズム批判の弱さにつながっていないか。
さらにネット社会が新たな課題をもたらしている。
「1億総表現者=評論家」状況に加え、居心地のよい空間に身を置いて自らと主張を異にする者を頭ごなしに全否定する事態が深刻化している。
本来、こうした溝を埋める役割を担うべきメディア自らが、溝を広げることに加担している現実がある。
だからこそ、議論を抽象的なものでなく、冷静かつ具体的な方向に導き、報道を軌道修正する道筋を批評が大切だ。
山田健太さん 専修大学教授・言論

「西郷を止めた男」樋口真吉

2018年03月08日 11時41分27秒 | 社会・文化・政治・経済
幕末の知られざる偉人に、現四万十市出身の樋口真吉がいる。
土佐西部の勤王党のリーダーで、坂本龍馬の脱藩前、樋口が日記に書き残した「板竜飛騰」の四文字は、その後の龍馬の活躍を見抜いていたといわれる。
樋口は「龍馬が最後に頼った男として興味深い。
暗殺1か月前の龍馬の手紙には、「今いる近江屋が危ないことは分かっている。樋口真吉に安全な隠れ家を探すよう伝えてほしい」と。
この頼みは届かず、龍馬は暗殺された。
「歴史にif(もしも)はない」が、もし届いていたら・・・樋口真吉は信四郎の郡奉行所在勤中に官舎で誕生。母は高知の坂本氏の娘である。 身長は6尺近く(約180cm)、痩身の偉丈夫であった。 藩のお家流ともいうべき「無外流」 を父と共に修めたが、流派の行き方に不満を持ち、父と連名で質問状を高知城下の高弟に送った。高知から届いた返事は「無外流 刀術・槍術とも破門、以後父子とも当流とは無縁」という内容であった。 父子協議して、当時名流の名が西日本全域に響いていた筑後(現福岡県)柳川の「大石道場」に留学することを決める。費用は父の農作業、母の機織 ...

今いる近江屋が危ないので、樋口真吉に頼んで安全な隠れ家を探してくれ。」 (原本は坂本龍馬記念館が所蔵) しかし、翌日から望月清平は、本藩〔高知〕へ出張のため忙しく、その願いは真吉には伝わらなかった。 「龍馬が最後に信頼した樋口真吉」 このとき、 真吉に龍馬の必死の叫びが伝わっていれば歴史は変わっていたかもしれない。
中村が生んだ「偉人 樋口真吉」の日記「遣倦録」、愛用の「砂斬り刀」や「土佐幡多郡砲台図編」 などは、 四万十市立郷土資料館に展示されています。ぜひご覧ください。 場所:四万十 ...
樋口真吉は、幕末維新時の幡多郡中村の偉人、勤王の志士です。 名を武といい、通称は真吉。字は子文。彬斎、愚庵、南溟などの号を用いました。 父の信四郎は長岡郡大津村の出身で、後年幡多郡中村詰めとなったことにより、真吉は中村で生まれました。 弟を樋口甚内といい、親子三人ともに剣術の達人でした。真吉は特に出藍の誉れと讃えられています。 文化12(西暦1816)年幡多郡中村に生まれ、性格は特に意思が強く抜きん出ており、文武の才を兼ね備え、身長は約173cm(5尺7寸)と当時としては大柄でした。




藤井六段が師匠の杉本七段に挑む

2018年03月08日 10時21分07秒 | 社会・文化・政治・経済

CSテレビの囲碁将棋チャンネルで生放送

師弟対局
藤井六段が師匠の杉本七段に挑む

「100%の力を出さないとならないだろう」杉本七段
対局に杉本七段は亡き師匠の扇子を持参し使用している。

将棋ファンとして、とても興味ある一戦。
日本テレビ、テレビ朝日、TBSテレビでも番組で途中経過を放映。

何度も中座する杉本七段。
弟子である藤井少年を直接指導せず、年上の先輩棋士と対局させる指導法であった杉本七段。
杉本門下は自由にやっているそうだ。
「それが良かったのですね」
序盤から時間を使う展開に。
時間の使い方は予想どおりのようだ。








淡々と駒組みが続いている。
午前11時50分現在。