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ピラミッドの建設の謎

2018年08月15日 21時53分20秒 | 社会・文化・政治・経済
古代エジプトにおけるピラミッドは一般的には奴隷の強制労働で築いた王墓とされてきたが、1990年代に入ってからギザの大ピラミッド付近でピラミッド建造に関わったとされる人々の住居跡や墓が見つかり、ピラミッド建設に関わった道具や手術跡など高度な外科治療が施された人骨が発見された。
更には、女性や子供達の骨も数多く発見され、家族で暮らしていたことが推測された。
このような事実から、定住しピラミッド建設に携わっていたのは虐げられていた奴隷ではなく、専属の労働者がいたことが明らかになった。
また、ピラミッド建設に必要な高い建築技術は専門の技術者でなければ持っていないこと、建設に関する労働者のチーム編成や作業記録が文字で残っていることから、専門的な知識を持った技術者がいたことも推測される。
また、住居跡があることから技術者は年間を通してピラミッド建設現場に居住していたことが分かっている。
ピラミッドが「なんのために」「どのような建築方法で」作られたかについては定説が無い。
クフ王の大ピラミッドについて、1978年に大林組が「現代の技術を用いるなら、どのように建設するか」を研究する企画を実行した。
それによれば総工費1250億円、工期5年、最盛期の従業者人数3500人という数字が弾き出された。
「権力者の強制で奴隷が、いやいや築いた物ならば、とうてい時の重みに耐え切れない。ピラミッドは、不滅の栄光を残  そうという民衆の挑戦であり、凱歌であり、生と死を超えて脈動する<宇宙の法則>への讃歌であったのではないだろうか」
クフ王の大ピラミッドは、人々の自発の意思による<民衆の金字塔>。

輪子の競輪日記

2018年08月15日 21時06分25秒 | 未来予測研究会の掲示板
ファン投票で選ばれたオールスター競輪(G1)は2年連続、いわき平競輪場で開催されている。
東日本大震災地支援の名目での開催。
輪子は何度か競輪仲間から「いわきへ行かない?」と誘われていた。
「1度くらい、いわきも、いいかな」と思ったが、仕事(看護師)との兼ね合いで実現しない。
いわきまで日帰りもできも行けるが、競輪仲間は「輪子さん、一泊して、温泉へどう」と勧める。
JR常磐線湯本駅すぐ前から山側に、温泉通り沿いに温泉街が広がる。
共同浴場は3軒存在する。
その中の「さはこの湯」は日帰り入浴施設に近い感じである。
温泉街の西側には巨大温泉リゾート施設「スパリゾートハワイアンズ」が存在する。
「行こうよ」
「そうね」
昨年と同じで競輪仲間の里子の期待に応えていない。
9レース
「私、千葉育ちだし、山中秀将選手のファンなの2番の軸で絶対でしょ」と里子が同意を求める。
「そうね、私も2番から買うわ」と輪子は断言した。
本命は2-7-5ライン
めずらしく、輪子は2-7-5の3連単車券を2000円も買ってしまった。
16倍の配当であった。
2番の中山選手を絶対してしまう。
ところが、結果は7-5-2
山中秀将千葉(95期)はまさかの3着に沈む。
7-5-2は2万7960円(84番人気)の配当。
先行すると、各上選手でも失速する。
ままあること。
2-7-5ラインのボックス車券を買った人もいただろう。
競輪に絶対などありえないことを輪子は改めて痛感した。

2番 中山選手(千葉)競争得点 115.00 
勝率 30.00%
2連対率 45.00%
3連対率 55.00%

7番 岡村潤選手(静岡)競争得点 109.20
勝率 3.30%
2連対率 13.30%
3連対率 26.60%

5番 萩原孝之選手(静岡)競走得点 107.50
勝率 9.00%
2連対率 13.60%
3連対率 31.80%
競輪ファンの大半は競走得点や勝率 3.30%などを基準に予想をしている。
でも、展開までは読めない。
それは未知の領域。
逃げたら、どのような各上選手でも失速する。
それに対応するとしたら、ボックス車券の選択となる。
でも、輪子はボックス車券ではなく、1着を軸にした流し車券を好んでいる。










創作欄 徹の青春 8

2018年08月15日 10時46分40秒 | 創作欄
2012年3 月14日 (水曜日)

「おぎょん」と呼ばれている沼田の祇園祭は、徹と加奈子に大きな黒い影を落とした。
お囃子が聞こえてくると胸が深く痛んだ。
あの日の夜、「2人が熱くなっている。お兄ちゃん私、消えてやろうか?」
徹と加奈子に何か気配を察したのだろうか、君江が悪戯っぽく笑みを浮かべて突然言う。
「この金魚、死んでは困るから、私、先に家へ帰る」と金魚すくいで捕った金魚2匹が入ったにニール袋を2人の目の前に掲げた。
「気をつけて帰りな」
徹の心配は口先だけで、内心ほくそ笑んでいた。
君江は浴衣姿の裾を肌蹴るようにして、駆け出していく。
「1人で帰って、大丈夫かしら?」
加奈子は人影に隠れて行く君江の行方を危惧していた。
「大丈夫さ、人が一杯居るじゃないか」
徹は大胆になって加奈子の腰に手を回していた。
祭は徹の血をたぎらせていた。
浴衣姿の加奈子は16歳であったが、思いのほか豊かな腰をしていた。
「私、嫌な予感がするの。私たちも帰りましょう」
加奈子は徹の手を押しのけるようにした。
御輿の還御を待って繰り広げられる最後の夜の各町の「まんどう」の優雅に奏でるお沼田祇園囃子の競演が見ものであった。
徹が住む材木町の山車、加奈子が住む上之町の山車、原新町の山車、下之町の山車、西倉内町の山車、東倉内町の山車、清水町山車、馬喰町の山車、鍛冶町の山車などが集合してきた。
午後10時から須賀神社境内で行われるみこしと祭囃子の競演では、人の波と熱気につつまれ、祭は最高潮に達する。
「まんどうの祭り囃子の競演を少し見てから帰ろうか?」
徹は懇願するように、加奈子の手を握り締めた。
「それなら、少しだけね」
加奈子は念を入れるように徹の手を握り返した。
「徹さんの手熱い。熱でもあるようね」
加奈子は徹の顔に目を注いだ。
徹は加奈子のきらきら輝くような瞳を見つめて、「この子と結婚することになるのだろうな」と想ってた。
それは予感のようなものであった。
徹の従姉の香苗は中学校を卒業し、15歳で川場村の親戚の農家に嫁いだ。
相手の勝雄は20歳で、父が戦死していたので、沼田農業高校を卒業して農家を継いでいた。
徹は母の実家が川場村にあるので、子どものころから勝雄を知っていた。
勝雄の家系は、美男美女を輩出しており近隣でも知られていた。
顔立ちに気品もあった。
蔵が4つもある村では一番の資産家であったが、農地解放で多くの田畑、山林などを失っていた。
徹の父、加奈子の父も戦死していたので、勝雄の存在は気になっていた。
従姉の香苗は16歳で男の子を産んだ。
加奈子の年で母親になったのだ。
香苗のことを思うと加奈子と徹が結婚しても不思議ではない。
だが、運命の悪戯で徹と加奈子に別れがやってきた。
あの夜、先に帰ったはずの君江は帰宅していなかった。
徹の母は川場村の実家へ帰っていた。
義父は農協の旅行で新潟県の湯沢温泉に行っていた。
両親が家に居なかったので、徹の気持ちは解放された気分になっていたので、加奈子を自宅に誘ったのである。
だが家の電灯は1つも灯っていなかった。
「私、胸騒ぎがする。警察に届けましょう」
加奈子は悪い想念を払うようにポニーテールの頭を振って、両手で豊かな胸を押さえた。
「イヤ、君江は友だちに出会っているんじゃないか?」
徹は最悪な事態など少しも考えずに楽観していた。
「徹さん!心配じゃないの! 私、交番へ行く」
加奈子は下駄音を高鳴らせて駆け出して行った。
「加奈子の取り越し苦労だ」
徹は縁側にしゃがみ込み、苦笑を浮かべながら月空を仰いでいた。

2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 9
検事調書によると、藤沢勝海は昭和11年、東京・大田区蒲田に生まれた。
父は中国の満州へ軍属として行っていたが、行方不明となった。
多分、戦死したのであろうが、確かなことは分かっていない。
昭和20年、戦争が本土空襲に及んだことから日本政府は「縁故者への疎開」を奨励したが、学校毎の集団疎開(学校疎開)も多く行われた。
勝海たちは山梨県の甲府へ学校疎開した。
1945年(昭和20年)3月10日に行われた大空襲で、母との兄、弟、妹3人のを失った。
終戦後、国民学校の先生の配慮で、勝海は母の妹一家に育てられ孤児にならずにすんだ。
だが、群馬県の北部月夜野の学校ではイジメにあった。
孤独な勝海は1人で何時も川で遊んでいた。
北には遠く谷川連峰が見えており、魅せられるように仰ぎ見ていた。
近くには大峰山、三峯山が迫るように見えており、何時か登りたいと思っていた。
そして月夜野は清流である利根川と赤谷川の合流に囲まれた山紫水明の地であった。
きれいな澄んだ水と緑が濃い森林に勝海は心を和ませられていた。
学校疎開で住んだ山梨県の甲府とは違った趣が月夜野にはあった。
作家・石原慎太郎の短編小説『太陽の季節』が芥川賞を受賞し話題となり、この小説をもとに、1956年に映画化され人気を博した。
さらに石原慎太郎原作の『処刑の部屋』(1956年)、『狂った果実』(1956年)が公開され、「太陽族映画」と称していた。
勝海はそれらの映画を観て強い衝撃を受けた。
事実、この時代の背景として「太陽族映画」を観て影響を受けたとして、青少年が強姦や暴行、不純異性行為など様々な事件を起こし社会問題化した。
中学を卒業した勝海は、大工となっていた。
そして、仕事が休みの日は、太陽族のような派手な服装をして沼田の繁華街をうろうろしていた。
「女なんかな、顔を二発、三発は叩いてから、やるもんだ。女はな、初めは抵抗するさ。でもな、女だって気持いいこと知っているから、すぐに抵抗しなくなる。中にはな、ヨガってしがみついて、俺の体を離さない女もいるぜ」
勝海は遊び仲間に自慢気に強姦を吹聴していた。
勝海は強姦されたことを警察に訴える女性が1人もいなかったので、すでに8人の女性たちを強姦してきた。
何時も単独で犯行を重ねてきていた。
おぎょんの日、15歳の君江は勝海たちの不良仲間3人に強姦されたのだ。
君江は男たちに犯されながら、母が熱心にしていた宗教の題目を涙声で唱えていた。
その声は初めは男たちには聞こえていなかった。
だが、男の1人が気づいたのである。
「こいつ、何か唱えていやがる、成仏させれやるか」
男の1人が君江を犯しながら首を絞めたのである。
「ああ、殺されるんだな」
やせ細り非力な君江は抵抗を諦め、覚悟を決め題目を唱えた。
だが、男は突然、激しい腹痛に苦しみだしたのである。
急性虫垂炎であった。
「殺すことないよ!」と17歳の少年が背後で男を制した。
君江の首を絞めた男は19歳であった。

2012年3 月15日 (木曜日)
創作欄 徹の青春 10
「友だちの妹が、おぎょんから先に帰ったのに、家に居ないんです。
探してください」
加奈子は肩で息をしながら、交番の前に立つ40代と思われる警官に訴えた。
「友だちの妹、いくつだ?」
「15歳です。中学3年生です。何かがあったのかもしれません」
「15歳だな。遊び盛りだ。まだ、おぎょんは終わっていない。どこかで祭を見物しているんだろう」
「とても心配でなりません。探してください」
警官は威圧するように鋭い目を加奈子に注いだ。
「まだ、事件が起こったわけではないんだろう。探せだとふざけるな!」
警官は左手で帽子のつばを押さえ、右手で警棒を握りながら、胸を突き出し仁王立ちのようになると、左手で加奈子を追い払うような仕草をした。
「こうなったら、徹さんと二人で君江さんを探すほかない」
加奈子は踵を返して、駆け出して行く。
胸騒ぎが高まるなかで、涙が込み上げてきた。
だが、信じがかいことに、徹はそ知らぬ顔をして居間で萩原朔太郎の詩集を読んでいた。
「徹さんは、心配ではないの。きっと、君江さんに何かがあったのよ。探しに行きましょう」
やれやれという表情を浮かべると徹は、さも面倒くさそうに詩集を閉じた。
「この人を何故、恋したのだろう?」
加奈子は、無神経な徹の態度に呆れ返った。
そして、いっぺんに恋心が覚めてゆくのを感じはめていた。
17歳の徹はまったく新聞を読んでいない。
いわゆる新聞の3面記事を読んだ記憶がなかったのだ。
読むのは詩や短歌、俳句、小説であり、世間の動きにはまったく疎かった。
ある意味で純粋でもあるが、厳密に言えば無知蒙昧である。
徹は強姦という犯罪があることすら知らなかった。
彼が読んでいた文字のなかに、強姦という文字は一度も出てこなかったのである。

2012年3 月16日 (金曜日)
創作欄 徹の青春 11
藤沢勝海は昭和11年生まれであるので、君江を強姦した時は24歳だった。
検事調書によると、最初に強姦をしたのは16歳の時であったが、14歳の被害者は警察に届けていない。
性癖としては、幼児に興味をもっており、小学校の6年生の時には5歳の女の子を赤谷川に連れて行き性器に小石を詰める悪戯をしている。
また、幼児の男の子の性器を扱いてみたりしていた。
学校でイジメにあっていたため、同年代の子どもたちとはほとんど遊んでいない。
何故か義母は勝海を実の子ども以上に溺愛していてた。
義母は勝海が学校でイジメにあっていることを知ってから不憫に思い、度々担任教師に訴えていたが、「その事実が把握できない」と取り合ってもらえなかった。
中学1年生の時に、義母と義父が性行為をしているを目撃してから、自慰を繰り返すようになる。
中学を卒業すると、月夜野の家を出て建築業を営んでいた沼田の義父の家へ住み込み大工見習いとなった。
そして翌年、14歳の中学生学の女の子を麦畑へ連れ込み最初の強姦をしたのである。
勝海は君江を強姦した翌月も17歳の女子高生を強姦している。
「お前の顔は確り、覚えておくからな。警察に届けたら殺すぞ。分かったな!」
強姦に及んだ後の勝海の常套文句であった。
だが、その女子高生が警察に被害を届けたことから勝海は連続強姦犯として逮捕されのだ。
勝海を溺愛していた義母は、マスコミの取材攻勢に堪えられなくなり、勝海が逮捕された2週間後に農薬を飲んで自殺してしまった。
徹はそれまで新聞をまったく読まなかったが、早朝に新聞が届くと食い入るように読んでいた。
徹は犯罪者である藤沢勝海を殺してやりたいくらい激しく憎んだが、一方ではどのような人間であるのかと興味をもった。
検事調書によると君江は勝海に3回犯され、19歳の男に2回、17歳の少年にも2回犯されていた。
強姦された場所は自宅に近い寺の墓地の中だった。
君江を探しあぐねていた徹と加奈子は午前4時ころ、寺の墓地に倒れていた君江の泣き声に気づいたのである。
それまで沼田公園や学校の校庭、近隣の林、桑畑や麦畑などを探し回っていた。
「私、死にたい」
うつ伏せになって、君江は慟哭していた。
「誰にやられたんだ!」」
状況が初めて飲み込めて、徹は怒り狂った。
それは自分に対する怒りでもあった。
「俺は、甘かったんだ!」
徹は怒りを爆発させて拳骨で墓石を叩いた。
さらに、墓石を蹴りつけた。
「ダメ、墓石に当たって、どうするの」
加奈子が制止したが、徹の怒りは収まらない。
加奈子は裸同然の君江を抱き起こして、浴衣を整えていた。
「私たちが悪かったのね。可哀想なことをさせてしまった」
加奈子は君江を抱きしめて泣き出した。
その嗚咽は徹の耳に深く記憶をとどめた。
君江も加奈子の胸に顔を埋めて泣き続けていた。

2012年3 月17日 (土曜日)
創作欄 徹の青春 12
徹が17歳の時に、浅沼稲次郎暗殺事件(1960年10月12日)が起きた。
東京都千代田区にある日比谷公会堂で、演説中の日本社会党委員長・浅沼稲次郎が、17歳の右翼少年・山口二矢に暗殺されたテロ事件である。
徹は妹の君江を強姦した男たちに制裁を加えるために群馬県沼田の街中を探し回っていた。
家の古い桐箪笥の中に、江戸時代から伝わる脇差や小柄が収められていた。
脇差は、刃長 一尺八寸二分五厘(55・3㎝)である。
小柄は刃長11・5cmだった。
それを剣道の竹刀袋に納めて徹は沼田の街中を歩き回っていた。
徹は君江の強姦事件を契機に高校を中退してしまった。
父親は怒り、「家を出ていけ!」と怒り、徹を何度も殴りつけた。
徹はその痛みを3人の男たちへの報復の導火線とした。
「徹さん、怖い目をしている。嫌い!」
徹は常軌を逸して、血走った異様な形相をしていた。
加奈子は徹からやがて離れていく。
そのような時期に、浅沼稲次郎暗殺事件が起きた。
しかも、右翼少年・山口二矢は奇しくも徹と同じ17歳であった。
社会の世情に疎く、考え方が甘かった自分への憤りも日々つのってきた。
「兄貴として、15歳の君江の身を守ってやれなかった。俺が悪かった。おれはダメな人間なんだ。一生この十字架を俺は背負っていく」
徹は悔やんでも悔やみきれないかった。
君江は、「私が強姦されたことを警察に訴えたら、私は死ぬからね」と泣いて訴えた。
加奈子は風呂を沸かして、3人の男たちによって蹂躙され君江の体を丁寧に洗ってやった。、
実の姉のよに優しい気持ちを込めて洗ってやった。
「私たちが、悪かったの。許してとは言えないけれど。死ぬことだけは思いとどまってね。君江さんが死んだら、私も後を追って死ぬ。本当よ。いいわね」
加奈子は3人の男の精液で汚された君江の膣を念入りに洗浄してやった。
「妊娠するかもしれない」
加奈子は産婦人科へ連れて行こうとしたが、君江はそれを頑なに拒絶した。
あの日(8月5日)外出していた父にも母にも君江が強姦されたことは知らせることが出来なかった。
君江を溺愛していた父親は当然、愛娘が強姦の被害を受けたことを警察に届けるだろう。
その結果、君江は自ら命を絶つかもしれない。
徹は頭が混乱して、頭を掻きむしった。

2012年3 月18日 (日曜日)
創作欄 徹の青春 13
稲穂が豊かに実る田圃の先にはテーブル状の珍しい山容の三峰山が見えていた。
右には戸神山の尖った山容が望まれた。
市街地の田圃では秋の深まりの中で稲刈りが始まっていた。
沼田城址のシンボルである「御殿桜」は樹高約17㍍の巨木であり、紅葉していた。
春には200余の桜が市民の目を楽しませていた。
4月の上旬に御殿桜は満開となり、ソメイヨシノは4月中旬満開となる。
どれも大きな桜である。
徹は加奈子と夜桜見物に来たことを思い出していた。
そして徹から離れていった加奈子への未練が断ちがたく、紅葉した桜を見あげて涙ぐんだ。
徹は高校を中退してまで、妹の君江を強姦した男たちを探し回っていた。
「何処かで出会うはずだ」
沼田公園の突端の約70㍍もの崖から真下に清流の薄根川が青い水を湛えて流れていた。
小学生の頃、徹は従兄弟たちと夏にはその川で泳いだり、魚釣りをして遊んでいた。
薄根川の木橋を渡ると町田町の観音堂への道に至る。
その観音堂の裏で藤沢勝海は、17歳の女子高生を強姦した。
だが勝海の悪運が尽きる日が来た。
君江を強姦した3人の1人の17歳の少年が、「自慢げに強姦は面白い」と遊び仲間に吹聴したのである。
「やってみるか?」と少年が誘うと2人が興味を示して応じた。
彼らはたまたま通りかかった小学生6年生の女の子に声をかけた。
大柄な子どもであり、胸も膨らんでいたので、中学生に見えたのである。
3人は強引に女の子の体を押さえつけて、桑畑にを引きずり込んだのであるが、女の子は恐怖心から金切り声を発して助けを求めた。
16歳の少年の1人が慌て女の子の口を封じたが、偶然、道を自転車で通りりかかった2人の警察官の耳に届いていた。
2人は逃げたが、君江を強姦した17歳の少年が逃げ遅れて取り捕らえられ、強姦未遂で現行犯逮捕された。
そして少年の自供で藤沢勝海も逮捕された。
徹が男たちに報復を加える前であった。
徹は毎日、男たちを探し回っていたが、その日は徹が通っていた高校の国語の教師の佐田稲次郎に路で出会った。
「徹から少し話を聞きたい。いいな」
佐田は徹を喫茶店へ誘った。
徹はコーヒーが飲めないのミルクにした。
佐田はコーヒーを美味しそうに飲んだ。
「徹はコーヒーが苦手か?」
徹が黙って肯くと佐田は微笑みを浮かべた。
徹は喫茶店へ入ったのは初めてであったので店内を見回した。
レジの傍にはジュークボックスが置かれていた。
レジ係りとウエイトレスを兼ねている若い女性は、赤く髪を染め厚い化粧をしていた。
壁にはルノアール画・イレーヌ・カーンダンベルス嬢の肖像の複製画が飾られていた。
徹はポニーテールの加奈子の横顔をそれの絵に重ね見た。
「徹にどのような事情があったかは聞かないが、学校を途中で辞めるのは惜しいな。徹には徹でなければ、果たせない使命があるはずだ」
「使命?」
徹は胸の中で、報復が使命なのかと思ってみた。
「自分を大切にすることだ。惜しい。もったいない。できれば、徹には大学へ行ってもらいたいんだ」
佐田は高校の教師のなかで、徹にとって一番好感が持てる教師であった。
大学を出て2年目の新米教師であるが、生徒への接し方に熱いものが感じられたのである。
「人に会う約束があるんで、今日は時間がない。今度、会った時はじっくり語りあいたい。徹には良いものがある。立ち直るんだ。いいね」
佐田が握手を求めてきた。
柔らかい温かい手の感触が徹の手に伝わってきた。


ほおずきの屋台

2018年08月15日 09時30分31秒 | 日記・断片
お盆休みで、娘さんや息子さんたちが実家に戻ってきている。
路上駐車が多い。
また、私道に車が止まっている。
横浜ナンバーや東京のナンバー、千葉ナンバーなど。
前の家では赤ちゃんが泣いている。
娘さんが戻ってきたようだ。
夫を亡くし方、妻を亡くした方、独居者が多い八重洲地区。
幼児たちが庭で遊んでいる。
花火に興じている。
あるいは、ビニールのプールで水遊び。

今朝の散歩で鈴木さんと西田さんに会う。
絵手紙をスマホで見せてもらう。
「待つていたけど、来ないのでこんな句にした」

○ ギラギラのヒマワリに聞く熱中症対策

次は、ほおずきだよ」
「ほおずき、創りました」
「どんなの?」
「○ 手をつなぎ ほおずきの市 初の恋」
「ロマンチストだね」と鈴木さんは笑う。

浅草寺境内を彩るほおずきの屋台は、浅草の夏の風物詩である。
多くの観光客で賑わう風情たっぷりの市。

現在は境内にほおずきを売る店が約100も並び、風鈴の涼しげな音色、ほおずきの鮮やかな朱色、そして色とりどりの浴衣姿でそぞろ歩きを楽しむ人々で、浅草寺は下町の市らしい華やぎを見せます。



○ 手をつなぎ ほおずきの市 初の恋



<記憶>より<記録>

2018年08月15日 09時10分08秒 | 社会・文化・政治・経済
「生涯にわたって時間を活用しながら、教育を活用しながら、教育を続けてこそ、民衆の知的・倫理的レベルを向上させる、もっとも確実な方法である」
「成人後の教育においては<学問>と<経験>、つまり<理論>と<実践>とがたがいに補足しあい、刺激しあっていく。ゆえに、青少期の教育よりも、いっそう実り多いものとなる」  歴史家・トインビー

「学ぶ」ということは、表面的な姿では測れない<深さ>と<広がり>をもっている。

<記憶>より<記録>
<記憶>が風化しても<記録>は残る。