朝鮮戦争が起きたので、朝鮮半島へ出撃した米軍に代わって、米軍基地を守らせるために必要だった。
日本に戦争放棄せたのになぜ?
1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争において、アメリカ軍は日本駐留部隊を朝鮮半島に出動させることとなった。
警察予備隊:コワルウキー大佐が生みの親
その時点で日本駐留陸軍部隊は第8軍の4個師団(第1騎兵・第7歩兵・第24歩兵・第25歩兵)であり、九州駐留の第24歩兵師団は直ちに移動を開始している。
その後、7月上旬には第8軍全部隊が朝鮮半島に移動することとなり、日本における防衛兵力・治安維持兵力が存在しないこととなった。
7月8日、マッカーサー元帥は吉田茂首相に対し、「日本警察力の増強に関する書簡」を提示した。
この書簡においては、「事変・暴動等に備える治安警察隊」として、75,000名の「National Police Reserve」の創設が要望されていた。
1952年7月23日
戦争になったら米軍の指揮のもとで戦うという密約を米軍側(マーク・クラーク陸軍大将)と吉田茂首相と結ぶ。
保安隊(ほあんたい、英語表記:National Safety Forces)は、保安庁に警備隊と共に置かれた、日本における国内保安のための武装部隊である。
1952年(昭和27年)10月15日に警察予備隊を改編して発足した。
現在の陸上自衛隊の前身に当たる。
「日本はアメリカ政府ではなく軍部にずっと植民地支配されている。
いったいどんな関係になっているの?」ライス米国務長官が問う。
米国務長官も本当はまったく理解できていない。
「米国軍部と日本政府(官僚)」の関係。