「目的」を決めるのは人間の仕事
高部 陽平さん
ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター 高部 陽平
現時点のAIはそれほど賢くはない
AIを正しく活用するには、その特性と限界を知る必要がある。現在普及しているAIのベースは、実は20年以上前に開発されたものだ。では、当時の技術と最新AIは何が違うのだろうか。
最新AIの特徴は「自分で学習できる」と「自分で進化できる」の2つだ。専門用語で前者を「機械学習」、後者を「ディープラーニング(深層学習)」と呼び、機械学習の一部をディープラーニングが構成するという関係にある。
AIは豊富なデータを分析して有用なパターンを発見し、そこからさらに学習を重ね、あたかも知能を持つかのごとく「自分で進化」し、未知のパターンを発見する。「機械学習」と「ディープラーニング」によってデジタルが人間の知能に近づいたことが、昨今のAIブームを巻き起こしている。
一般に、AIができると思われていることは大きく3つだ。
(1)「人間のできることを拡張・支援する」
(2)「人間の作業を代替する」
(3)「人間には不可能なことをする」
このうちマスコミではとかく(2)ばかりが注目されがちだが、現時点のAIは人間がやっていることを即座に代替できるほど賢くはない。
「安全運転」に必要な多数のアルゴリズム
AIの実力を理解してもらうには、現在急ピッチで開発が進む「自動運転技術」を例にとるとわかりやすいだろう。無人で車を動かすには、最低7つの「アルゴリズム」が必要だ。アルゴリズムとは課題に対して必要な解を導くための具体的な手順、つまりロジックのことを指す。
まず、車外の状況を把握するだけでも、3つのアルゴリズムが必要になる。1つ目は、カメラを通じて得られた画像情報を解釈するアルゴリズム、2つ目は、「ミリ波」などを通じて得られた距離情報を解釈するアルゴリズム、3つ目は、外の情報を統合して状況を見極めるアルゴリズムだ。
次に、これらの情報を基に、運転動作に関するアルゴリズムが4つ必要になる。1.早く目的地に着くためのアルゴリズム、2.安全に走行するためのアルゴリズム、3.快適に運転するためのアルゴリズム、そして4.これらを総合的に判断し、動作を決めるアルゴリズムである。車の動作を考える場合、1.の早く目的地に着くロジックだけだと、車は確実に暴走する。しかし、2.の安全ロジックだけだと車は止まったままで動かない。基本的に動かなければ事故には遭わないからだ。そして3.の快適さロジックがないと、いわゆる安全運転には到達しない。そのうえで、3つのアルゴリズムの優先順位を決めるアルゴリズムが必要になる。
ここまでの過程で、既に7つのアルゴリズムが登場している。実際に決めた動作を車が行うには、ハンドルやアクセルなどの動作をつかさどるアルゴリズムも必要になる。
人間ならば無意識下で、しかも一瞬のうちに、「どんな場面においてどのロジックを優先すべきか」を判断しながら運転できる。しかしAIが同じように安全運転をするには、アルゴリズムを設定するだけでなく、それ相応の「学習」が必要だ。
具体的にどうするかと言えば、実際に公道を走り、遭遇するさまざまなケースをインプットする。そして蓄積した無数のデータと各種センサーから送られてくるリアルタイムの情報を統合し、分析しながら有用なパターンを見つけ出す。それを元に学習を重ねることで、もし未知の場面に遭遇しても、「どう動けば安全なのか」を瞬時に判断できるようになっていく。
単機能は強いが、複合的な判断は苦手なAI
一方、医学の分野ではAIの強みと弱みが明確にわかれる分野がある。診断と治療方針決定のサポートである。
一人の医師が経験できる症例の数は限られているが、AIを使えばケタ違いの情報を蓄積できる。しかもその記憶は正確だ。そのような正確なデータベースを元に、患者の症状をリアルタイムにインプットし機械学習させれば、AIは自分で判断しながら診断し、それに合った治療法を見つけることができる。そういう意味で、AIは人間よりもはるかに優秀だ。
ただし、人体は複雑であり、症状が出ていないところに本質的な問題が隠れている場合もある。AIはレントゲンの画像を見て、人間の医師よりも早くそこに映る影を正確に発見できるかもしれないが、それが身体のほかの部位とどう関係しているのかなどを複合的に判断して診察するのはまだ苦手だ。
現時点では、AIはあくまで単機能である。得意とするのは主に「分類」「識別」「予測」の3つであり、活用できる場面はおのずと限られる。
先に触れた医療の話をビジネスシーンに置き換えてみると、「AIを使って工場を効率化したい」という話とよく似ている。AI関係者を悩ませるのは、このような漠然とした問題をドーンと提示され、「AIを使って解決してください」と言われることだ。
現時点のAIが扱える範囲として、「工場」は広すぎる。工場内のあるラインの生産性を上げたいという依頼なら、いくらでもやりようがあるだろう。カメラをつけてラインの動きをモニターしながら、AIが自分で判断してロボットを動かす仕組みを作ることも可能だ。しかし工場全体を俯瞰して、どこに問題があり、それをどう改善すればいいのかを総合的に判断するのは、まだ、人間のほうが得意だ。
鳴り物入りでAIを導入したものの思ったほど成果は出なかったという場合、それは現時点でのAIの能力を正確に理解していないか、過信していた可能性が高い。
人間に例えると、AIはまだ言葉を覚えたての子どものようなもの。可能性は無限だが、大きくやろうとすると失敗する。単機能でもできる、小さな問題にまで落とし込んでから導入することが肝要だ。必要なのは「なんのためにAIを使うのか」という目的を明確に決めること。これはあくまで人間の仕事だ。
例えば、コンビニエンスストアに来店する客の購買履歴を分析したい場合。その気になれば、Aさんという客が何月何日の何時何分何秒に来店し、何を買ったかまで詳細なデータを収集し、それを分析にかけることは可能だ。しかし、顧客にとっての付加価値を上げるという観点で考えた場合、はたしてそこまで細かな情報を分析にかける必要はあるのだろうか?
この場合、もしかすると、朝、昼、夕方、夜くらいの大ざっぱなくくりで分類したほうが、ビジネスにとって意味のある結果が得られるかもしれない。