文書問題で混乱の兵庫 知事選の舞台裏 何が?斎藤前知事が勝利

2024年11月20日 10時21分13秒 | 社会・文化・政治・経済

斎藤元彦・前知事が失職したことに伴う兵庫県知事選挙が17日、行われた。NHK


パワハラの疑いなどを告発する文書が出て県政が混乱し、議会から不信任を議決された斎藤。知事選に再び立候補したが、当初は「ことの経緯を踏まえれば再選は厳しいのではないか」という声もあった。
ところが斎藤は急速に支持を広げ、有力視されていた候補を破って勝利したのだ。
選挙戦で何が起きていたのか、その舞台裏を報告する。
(神戸局取材班)

斎藤か、斎藤以外か

知事選が告示された10月31日。

斎藤は午前9時半すぎ、神戸市内の広場で「第一声」をあげた。

文書問題を謝罪した上で、強調したのは県政を再び担うことへの強い決意だった。
「これまでの旧態依然とした県政に戻すわけにはいかない。『メディアの報道に負けるな』といった声ももらった。いろいろな政治家が『斎藤元彦に知事をさせるわけにはいかない』と言っているが、私は絶対それに負けるわけにはいかない。『斎藤か、斎藤以外か』。これまで進めてきた改革をまだまだ止めるわけにはいかない」
集まった聴衆はざっと見たところ300人ほど。斎藤のひと言ひと言にたくさんの拍手がおくられ、「斎藤さん、がんばれ」という声援もとんだ。

こうした雰囲気は、多くの県議会議員や県職員、そしてわれわれ取材班にとっても斎藤が失職した1か月前には予想できないものだった。

兵庫県庁でなにが

 
兵庫県庁でなにが
知事選に至るきっかけになったのは、兵庫県の元幹部が作成した文書だ。斎藤のパワハラの疑いなどを告発する内容で、ことし3月、報道機関などに送られた。

斎藤は「事実無根の内容が多々含まれている」などと批判。その後、元幹部は県の公益通報制度を使って内部通報を行った。

しかし県は元幹部を停職3か月の懲戒処分とした。

県議会は、事実関係を調査する必要があるとして、6月に地方自治法に基づく百条委員会を設置。元幹部は証人として出席を予定していたが、その前に遺体で見つかった。自殺の可能性があるとみられている。

百条委員会では斎藤や元副知事などへの証人尋問が行われた。斎藤はパワハラの疑いについて「必要な指導だと思っていたが、不快に思われた方がいるなら心からおわびしたい」と陳謝した。

また、告発文書で指摘された、出張先などでの贈答品の受け取りは認めた。

百条委員会は年明け以降に結果をまとめる見通しだ。

そして県議会では9月、86人すべての議員がただちに辞職するよう要求。斎藤が応じなかったため、全会一致で不信任を議決。斎藤には議会の解散も選択肢としてあったが、9月30日付けで失職し、出直し知事選に立候補する道を選んだのだった。

まばらだった聴衆が…

 
まばらだった聴衆が…
斎藤は、失職したその日からほぼ毎日、県内各地の駅前に立った。
スーツ姿で多くは語らず、駅へ向かう人にただひたすら深々と頭を下げ続けた。

最初のころは立ち止まる人がまばらだったが、斎藤の街頭活動をよく見に来る10人ほどがいた。のちにこのメンバーを中心に斎藤を支援するボランティアグループが結成された。

メンバーによると、SNSで斎藤の活動の様子や失職の経緯などを積極的に拡散したのだという。また別のグループでも斎藤の動画や写真を頻繁に投稿する動きがあったと話した。

失職から1週間ほどたったころには、神戸などの都市部では斎藤のまわりに多くの人が詰めかけるようになり、サインを求める人まで相次いだ。

熱を帯びる活動

そして10月31日に知事選が告示された。

斎藤は、前回・3年前の選挙では自民党と日本維新の会の推薦を受けて選挙戦を戦ったが、今回は政党からの推薦や支持はない。自民党は自主投票となった。

陣営の主要なメンバーは中学・高校時代の同級生だった。

組織の支援がないため、SNSでの発信にも力を入れ、斎藤の1日の選挙運動が終わったあとにはライブ配信を行った。
「みなさん、こんばんは。斎藤元彦です。本日もご視聴いただきありがとうございます」
街頭演説やライブ配信で、斎藤は、この3年間、県立大学の入学金・授業料を無償化したことや、プレミアム付き商品券などの物価高騰対策などを実施したと訴えた。また不妊治療の支援や学校トイレの改修など、有権者の生活に密接した実績をアピールした。

そして、こうした政策以外にも生い立ちや小学校時代のエピソードなども織り交ぜた。

陣営関係者によると、パワハラの疑いなど、斎藤の厳しいイメージを払拭できるよう、人柄を知ってもらう狙いもあったという。

告示以降、SNSでは「斎藤は既得権益層と戦った改革者で、むしろ被害者だ」と位置づける意見がさらに広がった。これに連動するかのように、斎藤の演説に集まる人も増えていった。

選挙戦の終盤、演説会場に集まっていた人たちに話を聞いてみた。
30代女性
「演説を聞いていると真面目な姿勢を感じる。以前の県政と違って身を切る改革を行い、若い人の支援をしてくれている」
50代男性
「YouTubeの配信などを見ていると、未来を見据えた改革や投資をしている印象がある」
70代男性
「文書問題では斎藤さんが悪いと思っていたが、息子から勧められてSNSを見たら、斎藤さんは悪くないと思った」

議員は

また、斎藤を水面下で支えていたのが、3年前の知事選で支援した一部の自民党県議だった。

前回の知事選で、斎藤は、現職の井戸敏三が支援した元副知事と激しい戦いを繰り広げた。長く続いた井戸県政のあと20年ぶりとなる新人どうしの選挙で、自民党県連の支持も斎藤と元副知事に分かれる「保守分裂」の構図となった。

こうした経緯もあってか、斎藤を支援する自民党県議は、斎藤への不信任には反対しないまでも、党内の議論とは距離を置いていた。

多くの自民党県議は、斎藤の再選を阻止したいと考えていたため、斎藤支援の議員を「造反」と呼ぶほどだった。

こうした議員は、地元地域の情勢分析を斎藤に伝えるとともに、みずからの支援者に斎藤への支持の呼びかけなどを行ったという。
選挙戦が進むと、斎藤を支援する地方議員が増えていった。

選挙戦が終盤に入った12日。県中部に位置する加東市の演説場所には、維新の会に所属する県議の姿があった。

維新の会も不信任の議決に賛成している。
この議員は「文書問題で斎藤はやめる必要がなかった。党から処分されるのを覚悟でやっている」と打ち明けたのだ。

県議や県職員の間では、当初「斎藤の支持は広がらないだろう」という見方が多かった。しかし選挙戦中盤になると「斎藤に勢いがある」とか「支持者が熱狂的だ」などといった声が広がった。

対立候補に広がる危機感

今回の知事選で有力候補と見なされていた1人が稲村和美だ。

県議を経て平成22年の尼崎市長選挙で当時、全国最年少の女性市長として当選し、おととしまで3期12年、市政を担った。

今回、「県政の混乱と停滞に終止符を打つ」として立候補した。告示日に県庁前で行った最初の演説に稲村は力を込めた。
「今、兵庫県がかつてない混乱と危機の中にある。このままにしておくわけにはいかず、混乱をしっかりと止めていく。でもマイナスをゼロにするだけではなく、今度こそしっかりとさらに前へ進んでいける、そんな兵庫県を皆さまとともにつくっていきたい」
稲村は、文書問題の県の対応を検証して、知事や議員も対象に含めるハラスメント防止条例を制定するほか、市や町が使いみちを決められる子育て支援のための交付金の創設などを訴えた。
その後近くで行われた稲村の出陣式には、自民党の国会議員や県議などが集まった。

今回の選挙で、稲村に対しては、立憲民主党県連の幹部が「応援できる候補は稲村だ」などとして、県議会の会派として支援を行った。

また自主投票となった自民党の県議団の中では、稲村を「政策が合わない」と見る向きもあったが、「斎藤の再選を阻止したい」という思惑もあり、10人あまりの県議が稲村を支援した。

さらには公明党も、自主投票を決めた一方で、水面下では地方議員が稲村の支持を呼びかけた。

稲村は政党色は出したくないとしていたが、自民党や立憲民主党の県議らが稲村の演説場所や活動内容を綿密に詰めたほか、企業や団体に働きかけを行うなど、組織的な支援を行った。
選挙期間中、稲村は県内をくまなく回り、街頭演説を行った。

地域の産業や自治体の財政状況などに応じて訴えの内容に変化をつけて支持拡大を図った。しかし、演説に集まる聴衆はほとんどが20人から30人ほどで、斎藤には及ばなかった。

選挙戦の中盤、稲村陣営の関係者は「感触としては非常にやばい。危機感しかない」と率直に語った。

稲村は、こう主張する。
「告発された当事者たちが事実の解明より、告発者さがしと処分を急ぐ対応をとり、非常に大きな問題だった。公益通報者保護の制度を県が学び、より信頼度の高い制度に抜本的に改善していくことが必要だ」
そして終盤に入った14日。県内29市のうちの22市長が稲村の支持を表明した。

文書問題への対応をめぐり、斎藤には知事の資格がなく、県政の立て直しには稲村が最適だと訴えた。選挙戦のさなかに現職市長が支持を表明するのは異例のことだ。

自民党県連の関係者は「86人の県議全員で不信任の議決をしたのだから、斎藤が当選すれば、県政の混乱が続く」と懸念した。

衆院選ではなく知事選に

日本維新の会の参議院議員だった清水貴之。

去年8月に衆議院兵庫8区に公明党の対立候補として立候補を表明していたが、それを取りやめて今回の知事選に臨んだ。清水は幅広い支援を得たいとして維新の会を離党。
告示日の演説では「県政の立て直し」を前面に押し出した。
「この混乱をなんとかするのが今回の選挙戦の一番大きな争点だ。今回の対立は党派の対立ではなく、党派を超えて、力を合わせて兵庫を前に進めていかなければいけない」
清水は、人口減少対策や観光振興策、教育費の実質的な無償化などの推進を訴えた。

誤算も

清水に対して日本維新の会は推薦や支持を出さなかったが、県組織の兵庫維新の会が支援した。

出陣式には党所属の国会議員らも駆けつけた。
さらに告示後には、自民党の神戸市議と会談。会派として支援を受けることを確認したという。

自民党市議の1人は維新の会との関係について「清水と維新の距離感は懸念するところだ。だが、今いる候補の中では最善の選択肢を支持者に示せる」と説明した。

しかし誤算もあった。兵庫維新の会の幹部によると、所属議員の動きにエンジンがかからなかったという。要因の1つは自民党との連携だったと説明した。
兵庫維新の会幹部
「日本維新の会が推薦をしなかったことと、神戸市議会の自民党会派が支援を決めたことに若手の地方議員が戸惑い、動きが止まってしまっている。『我々が応援に行っても良いのか』と二の足を踏んでしまっているようだ」
さらに選挙戦中盤の情勢で、斎藤が追い上げているなどとする見方が広がると、維新の内部から「清水ではなく、事実上、斎藤を支援しているのではないか」と指摘を受ける地方議員が複数人出てきたというのだ。

そのうちの1人とされた議員に取材すると「党から言われたことはもうやった。ちゃんとポスターも貼ったし。でも、今後の清水への応援は要検討だ。いろいろあって、やる気がしぼんできた」と明かした。

そして「斎藤氏への投票を支援者に呼びかけるのか」と聞くと「トップシークレットだ」とかわした。

選挙戦終盤、清水は訴えを続けた。
「力を合わせて今の混乱している兵庫県政をなんとか立て直していきたい。新しい兵庫県をつくっていかないと、ずっと対立が続いてしまう。知事が1か月不在で、こういった状況では県民の声は十分届いていない。こういったものも解消していく」

県政を託されたのは斎藤

 
県政を託されたのは斎藤
全国の注目を浴びた今回の知事選。

対立陣営の支持者同士とみられる衝突が起きる場面が見られたほか、自分の当選を目的としないと言い切る候補者も立候補するなど、異例の事態となった。

そして、開票の結果、
▽斎藤元彦、無所属・前。当選。111万3911票。
▽稲村和美、無所属・新。97万6637票。
▽清水貴之、無所属・新。25万8388票。
▽大澤芳清、無所属・新。7万3862票。
▽立花孝志、無所属・新。1万9180票。
▽福本繁幸、無所属・新。1万2721票。
▽木島洋嗣、無所属・新。9114票。

前知事の斎藤が、前兵庫県尼崎市長の稲村らを抑え、2回目の当選を果たした。

投票率は55.65%。前回・3年前の選挙に比べて14.55ポイント高くなった。
斎藤は、開票が行われた夜、こう述べた。
「皆さんの力が結集して選挙戦を勝ち抜くことができ、大きな支援に感謝を申し上げる。もともとSNSは、あまり好きではなかったが、応援してくれる方がSNSを通じて広がるという、プラスの面をすごく感じた」
「改めて今回の文書問題で、県民の皆さんに県政に対する不安を与えたことについて大変申し訳なく思う。選挙戦では、『もっと改革をして県政を前に進めてほしい』という期待を多くいただいた。指摘や批判も真摯に受け止め、県職員や県議会、そして市や町の首長の皆さんとも信頼関係をもう一度構築して県政を前に進めていきたい」

斎藤の勝因と今後の県政運営は?

斎藤自身も話しているとおり、SNSが再選の原動力になったとみられる。
NHKの出口調査で、投票する際に何を最も参考にしたか聞いたが、「SNSや動画サイト」が30%と、テレビや新聞よりも多くなり、このうちの70%以上が斎藤に投票したと答えている。

また、投票で重視したこととして「政策、公約」や「改革姿勢」といった回答が「県政運営の安定」よりも上位に来ていて、いずれも半数以上が斎藤に投票したとしている。

対立候補が訴えた「県政の立て直し」が有権者に強く響かなかったとも言えそうだ。

斎藤の今後の県政運営については、選挙で勝利したとはいえ、県政の混乱がただちにおさまるかどうか、現時点では見通せない。

告発文書をめぐって、事実関係の調査を進めている県議会の百条委員会は18日、さっそく議員が今後の対応を協議する方針だ。

委員を務めるある県議は「百条委員会で追及の手をゆるめるつもりはない」と話している。

また選挙戦の終盤には、県内の29市のうち22の市長が「県政のこれ以上の混乱は決して許されない」などとして、稲村の支持を表明した。

民意は斎藤を選んだが、県政の安定に向けては当面、予断を許さない状況が続くことになりそうだ。
(文中敬称略)
(17日・18日のニュースなどで放送)

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