発熱等、新型コロナウイルス感染症が疑われる症状がある場合の受診先です。

2022年02月19日 19時49分13秒 | 医科・歯科・介護

発熱患者に対応可能な診療・検査医療機関の一覧

診療・検査医療機関一覧

診療・検査医療機関一覧詳細版(令和4年2月19日時点)(PDF:2,079KB)

診療・検査医療機関一覧詳細版(令和4年2月19日時点)(エクセル:145KB)

診療・検査医療機関一覧概要版(令和4年2月19日時点)(PDF:349KB)

診療・検査医療機関一覧概要版(令和4年2月19日時点)(エクセル:101KB)

  • 症状では鑑別し難い、季節性インフルエンザと新型コロナウイルス感染症の両方の診療又は検査が適切に行えるよう受け入れ体制を整備した診療・検査医療機関のうち、公表の了承を得られた医療機関を掲載しています。
  • 発熱等の症状がある場合は、詳細版に記載されている対応可能な曜日及び時間帯を確認の上、以下に記載の注意点をご確認の上受診願います。

熱が出てので慌てる

2022年02月19日 10時18分56秒 | 日記・断片

家人が1週間ほど前から、激しく咳をしており、風邪薬を飲み始めた。
「新型コロナウイルスに感染したのではないの?!。こちらには移さないでほしいな」と言うと、「嫌なこと言わないで」と家人が反発する。
家人のカラオケ仲間や食事仲間は幸いにも、誰もコロナの感染者は出ていないが、家人の幅広い交際であるら、これまでコロナウイルス感染しないのがむしろ奇跡とも思われるのだ。
ところが、当方は3日前に寒気がしてきので、体温を測ってみたらなんと38度を超えていた。
インフルエンザなのか?熱が出たことで慌てた。
当方は、ほどんで人とは接触していないので、まず家族感染を疑う。
友人の中田さんは、奥さんが呆れるほど、人との接触を避けている。
「基礎疾患があるので、コロナで死にたくないのね」と奥さんは苦笑していた。
これまで、風邪薬をほとんど飲まないまま風邪の症状を克服してきた当方であるが、新型コロナウイルスに感染し、重症化することを恐れた。
ともあれ、治療薬が待たれる。


米のとぎ汁漬

2022年02月18日 22時21分45秒 | 社会・文化・政治・経済

普通は捨ててしまう米のとぎ汁に少量の塩を加え、そこに野菜を漬け込むだけという簡単さが人気の秘密のよう。
 野菜についている乳酸菌が、米のとぎ汁を栄養源にして発酵を起こし、漬物になるとのこと。
 漬物は元来、保存食ですから、漬けておくことで野菜が傷まず、おいしく保つことができるというわけです。

2020/09/30

米のとぎ汁   
天日塩 とぎ汁200mlに小さじ1
好みの野菜

作り方
⒈乾いた白米に水を入れ、さっと洗ったら一番最初の水は捨てる。次に水を入れ、しっかりと研いで濃いとぎ汁を作る。3合のお米で、1リットル前後のとぎ汁が取れます。
2.とぎ汁200mlに対して天日塩小さじ1を入れてよく混ぜ、食べやすく切った野菜を入れた容器に注ぎ、野菜が完全に浸るようにラップや落とし蓋をする。
3.一日〜一週間ほど置く。常温で置いておくと発酵が早まる。食べてみて乳酸菌の微かな酸味を感じたら出来上がり。

植物性の乳酸菌は動物性の乳酸菌より強く、過酷な条件でも生き延びられるので、胃で死んでしまう動物性乳酸菌とは違い、生きたまま腸に届くと言われています。

漬け汁にはその他にもビタミン、ミネラル、植物繊維が含まれていて、お腹やお肌の調子を整え、免疫力も上げてくれるので、漬け汁も調味料として活用するといいそうです。

今回は人参、大根、ねぎの小口切り、生姜おろし、レタスを試してみました。

人参、大根は二日目には程よい塩気と酸味で、爽やかな浅漬けになっていました。そのままマヨネーズなどをつけて野菜スティックにもできそうなフレッシュさです。漬けなかった同じ人参や大根と食べ比べてみると、甘さが引き出されてる感じで甘みと旨味がアップしています。うーん、いいですねえ。

驚いたのは6日後の人参。まるで煮物かというほど柔らかく変化していました。全く別物!塩気も酸味もしっかり効いた漬物に変身しました。

ねぎの小口切りは、翌日も一週間後も、刻みたてのフレッシュさがキープ!されるんですが、色が退色しちゃって残念。辛みが減って甘味も旨味ものって美味しいんですけどねー。胡麻油をかけてそのまま食べられそうな美味しさでした。

そして生姜。これは私が最もダメにしてしまう野菜なんです。買ってくるとすぐに洗って親指大にカットして冷蔵庫にしまっておくのですが、一週間もすると傷んできてしまうんです。

このとぎ汁漬けは、大根おろしもそのまま漬けると聞いて、半信半疑で生姜をおろして漬けてみることにしました。結果は・・・

最高でした!

生姜はおろして置いておくと傷みやすく苦味が出てしまうのですが、これは一週間置いても大丈夫!辛さも香りも飛ばないし、むしろ甘さが出て、薬味の奥行きが増し増しに。

毎朝甘酒やお茶に入れて生姜おろしを飲んでいるので味の違いがはっきりわかります。

そしてレタス。葉物はこれに漬けておくとシャキシャキになるというネット情報があったので、レタスでやってみました。元々しなびていたし塩につけるので、シャキシャキになんてなるのかな?と疑っていたのですが、これは疑い通りしなしなになりました。

しなしなになっているだけじゃなく塩気もかなり強く感じて相当イマイチ。

それが一週間後に食べてみるとしっかり漬物になっていて、旨味が出て意外によかったです。

でも色は退色してシャキシャキ感もないので、シャキシャキを残して保存したいという野望は砕け散りました。

この他にも野菜はほぼ何でも漬けることができて、生で食べれないものは漬け汁ごと茹でて冷まして保存すればいいそうですよ。

米のとぎ汁漬けはやってみて本当に簡単なのを実感しました。これなら糠漬け劣等生の私でも確実にやれそうです。

糠漬けが苦手だというあなた、気軽に発酵食品を取り入れたいあなた!ぜひ試してみてくださいね!

 


文化の力とは、「知り合う力」、「人間を結ぶ力」だ

2022年02月18日 22時01分46秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

「文化交流を第一義として、民間次元で、人間と人間の真実の友好を促進し、永久的な、揺るぎない平和の基盤を築き上げていきたい。
特に、教育こそ新しい文化創造への一つの源泉である

「音楽は人類普遍の言語である」とは、アメリカの詩人ロング
フェローの言葉である。

個性豊かな独自の文化は人々の心を触発し、胸を打つ「普遍性」を有するが故に歴史上、国家と民族の壁を超えて広範に伝播していったと。
「個性豊かな独自の文化」は人間の本質に迫っているが故に、人々の心を触発するのだ。

①文化とは、人間の心の証で、人間としての生き方、道、軌道とし
て具現したものである。
②文化とは、人間生命の具体的開花で、英知、情熱、感動を具現したも
ので、価値創造の活動それ自体を指す。
③文化とは、調和性、主体性、創造性を骨格とした、強靭な人間生命の産物である。これらから推察するに、人間誰しもが有する「生命」の具体的開花、或いは産物であるが故に、普遍性を有するものと考えます。

文化の力とは、「知り合う力」、「人間を結ぶ力」だと思います。前述し
たように文化の有する普遍性がその背景にあるように思えますが、

文化は、調和性、主体性、創造性を骨格とした、強靭な人間性の産物であるといるだろう。
その開花こそが、武力、権力に抗しうる人間解放の道を開く唯一の方途である。


ロシア文学の特徴

2022年02月18日 16時52分14秒 | 新聞を読もう

ロシア文学とは、ロシアの作家によって書かれた、あるいはロシア語で書かれた文学、及びそれらの作品や作家を研究する学問のこと。一般的には、旧ソビエト連邦体制下の作家を含む。

いわゆるロシア文学が生まれたのは比較的遅く17世紀になってからであり、詩と戯曲から始まったが、間もなく非常に豊かな小説の伝統が生まれた。

続く19世紀にはアレクサンドル・プーシキン、フョードル・ドストエフスキー、ニコライ・ゴーゴリ、レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフといった偉大な小説家たちが現れ、世紀の終わりには劇作家アントン・チェーホフも登場した。

ロシア文学の<徹底性>

物事を一定段階なで極めて満足してしまうのではなく、とことんまで究め抜く、頑固なまでの<徹底性>。

文学者たちが、常に民衆の苦悩を鋭く直視し、真実の文学のあり方を問い続けてきた。

それは求道者的姿勢を貫いていることなのだ。

人間把握の深さは、国民性、民族性を形成する母体である民衆の土壌にしっかりと足をおろしている。

しょせん民衆をはなれて文学はないのだ。

 

20世紀に入ると、象徴主義と未来派の詩が、強力な理論活動と共に新しい文学の飛躍をもたらしたが、すぐにソ連の迫害に直面することになった。

それでも20世紀にはセルゲイ・エセーニンやウラジーミル・マヤコフスキーなどのような詩人や、マクシム・ゴーリキー、ボリス・パステルナーク、ミハイル・ショーロホフ、ミハイル・ブルガーコフなどの小説家が輩出した。ヴァシリー・グロスマン、ヴァルラーム・シャラーモフ、アレクサンドル・ソルジェニーツィンらのソ連の全体主義体制を告発する作家たちは特に強くスターリンによる抑圧を被った。

ソ連の崩壊と共産主義体制の消滅により、1990年代には新しいロシア文学が徐々に生まれつつある。

近代ロシア文学

アレクサンドル・プーシキン

フョードル・ドストエフスキー
19世紀初頭のロマン主義の出現と共に、 ヴァシーリー・ジュコーフスキー、アレクサンドル・プーシキン、ミハイル・レールモントフ、フョードル・チュッチェフらの才能ある世代が登場し、19世紀はロシア文学、とりわけ小説の最盛期となり、「ロシア文学黄金の時代と呼ばれた。

フョードル・ドストエフスキー、ニコライ・ゴーゴリ、イワン・ゴンチャロフ、ニコライ・レスコフ、ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン、レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフら無数の才能が出現し、全世界の文学に多大な影響を与えた。

この時代以降のロシア文学が西洋文学の影響を強く受けていることが、シュテファン・ツヴァイクの『三人の巨匠――フョードル・ドストエフスキー、オノレ・ド・バルザック、チャールズ・ディケンズ』[8] や、ミシェル・カドーの『東洋と西洋の間のロシア』などで示されている[9]。

寓話作家イヴァン・クルィロフ、詩人エフゲニー・バラトゥインスキー(フランス語版)、コンスタンティン・バチュシコフ(ロシア語版)、ニコライ・ネクラーソフ、アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ、フョードル・チュッチェフ、アファナーシー・フェート、風刺作家グループの変名であったコズマ・プリュートコフ(ロシア語版)などにより、他の文学領域も発展を見た。アントン・チェーホフは極めて重要な戯曲作品を生み出しただけでなく、非常に短い物語という枠組み自体を作り出し、最も傑出したロシア語作家の1人となった。

なお、19世紀のロシアの上流階級ではフランス語を日常会話で使っていたため、当時書かれた小説の中にはフランス語がそのまま使われている作品もある(戦争と平和など)。

20世紀
象徴主義と未来派
20世紀初頭には、詩の領域において象徴主義、アクメイズム、ロシア未来派などの潮流が次々と出現し活発な活動が見られた。この「銀の時代」と呼ばれる時代に活動した詩人たちにはアンナ・アフマートヴァ、インノケンティー・アンネンスキー、アンドレイ・ベールイ アレクサンドル・ブローク ワレリー・ブリューソフ、マリーナ・ツヴェターエワ、セルゲイ・エセーニン、ニコライ・グミリョフ、ダニイル・ハルムス、ヴェリミール・フレーブニコフ、オシップ・マンデリシュターム、ウラジーミル・マヤコフスキー、ボリス・パステルナーク、フョードル・ソログープ、マクシミリアン・ヴォローシン(英語版)などがいる。

この時期にはまた批評と理論の活動も活発で、ロシア・フォルマリズムが発達した。

ソビエト時代
ロシア革命の後、数多くのロシア作家たちが特にベルリン、次いでパリなどへと亡命し、それらの亡命先では「ロシア思想(ロシア語版)」誌のようなロシア語による文芸雑誌が数多く発行された。1921年には、アンナ・アフマートヴァの夫ニコライ・グミリョフが親皇帝的な活動の咎で処刑された。

しかしながら、ネップ(新経済政策)の開始と共に、多少の自由が作家に認められるようになり、亡命作家の一部は帰国を選択した。ヴィクトル・シクロフスキー、アンドレイ・ベールイ、後にはマクシム・ゴーリキーなどである。


セラピオン兄弟(英語版)
権力による障害や経済的な不安定さはあるにせよ、どうにか文学生活は再開された。セラピオン兄弟(英語版)のようなグループやオベリウー(ロシア語版)のような運動は小説や詩の美学を刷新しようと試みた

。イルフとペトロフ(英語版)の風刺小説やユーリイ・オレーシャの『羨望』のような若干の社会批評も市民権を獲得した。ミハイル・ショーロホフは『静かなドン』を発表し、この作品によって1965年にノーベル文学賞を受賞することとなる。

1930年代にヨシフ・スターリンが最高権力者となると、ボリシェヴィキ権力によって作家に若干の自由が与えられていた時代は終わりを告げる。公式の美学が設定された――社会主義リアリズムである。

この文学的教条は単純なもので、作家の才能を体制の功績や成功を賞賛し、公式なプロパガンダを説くのに用いるというものであった。

体制は文学生活と主題の方向を、政治委員アンドレイ・ジダーノフに直属するソ連作家同盟を介して組織しようとした。それでも、「文学ガゼータ[訳語疑問点]」誌は若干の精神の自由を守り続けていた。

急速に、非協力的な作家たちは亡命・収監・強制労働などを余儀なくされていった。未来派の詩人ウラジーミル・マヤコフスキーとマリーナ・ツヴェターエワは自殺を選んだ。こうした抑圧は、第二次世界大戦による極めて厳しい物質的欠乏の状況とも相俟って、ロシア文壇の統一性の消滅にまで至った。

文芸批評や文芸理論も同じ運命を辿った。ロマーン・ヤーコブソンはアメリカ合衆国へ亡命し、ヴィクトル・シクロフスキーとミハイル・バフチンは沈黙した。作家の一部は、検閲を逃れるために児童文学(ダニイル・ハルムス)や歴史的伝記(ユーリイ・トゥイニャーノフ)のようなジャンルを隠れ蓑とした。

しかしながら、ミハイル・ブルガーコフ、ボリス・パステルナーク、アンドレイ・プラトーノフ、オシップ・マンデリシュターム、ユーリイ・オレーシャ、イサーク・バーベリ、ヴァシリー・グロスマンといった大半の作家たちは死後の出版に期待したり、サミズダート(手作りによる秘密出版)を通じて発表したりなどして時として内密に創作活動を続けていた。

ノーベル賞作家イヴァン・ブーニン、アレクサンドル・クプリーン、ウラジーミル・ナボコフら亡命作家たちは文学で生計を立てることに成功し、創造活動の自由も確保したが、その作品を母国の読者に伝える手段はサミズダートしかなかった。


アレクサンドル・ソルジェニーツィン
スターリン時代より後のソ連では、社会主義リアリズムが唯一の公認された文学様式であることに変わりはなかったが、サミズダートで発表する作家たちは多少自由になった。

特に、作家たちは創作により生計を立てられるようになり、抑圧や強制収容を以前ほどには恐れずに済むようになった。ノーベル賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンやヴァルラーム・シャラーモフらによる、グラグ(強制労働収容所)に関する作品もサミズダートを介して流通しはじめた。ヴェネディクト・エロフェーエフ(ロシア語版)はサミズダートを通じて出版活動を継続した。

ソ連の衰退期には、ノーベル賞受賞者ヨシフ・ブロツキーや小説家セルゲイ・ドヴラートフのような亡命ロシア人たちは西側で非常に高い評価を受けたが、その作品もソ連ではサミズダートを通じてしか知られることはなかった。

反体制作家たちの作品が正式に出版されるようになったのは1980年代後半になりペレストロイカ政策が始まって以降であった。

現代ロシア文学
20世紀末には、ロシア文学は難しい局面を迎える――数十年間に及ぶソ連の社会主義によって損なわれた土壌の再生の局面である。この時期に必要とされたことが2つあった。新しい才能の育成と発見および、ロシアにおける出版市場の創出である。

出版社は成長のための資金を、三流の小説を売ることで獲得した。ヴィクトル・ペレーヴィンやウラジーミル・ソローキンのように頭角を現す作家は僅かであった。出版社は、共産主義時代の重苦しい作品や、サミズダートにより知られていた作品などはほとんど出版しなかった。

ロシアの出版社にとっての金の卵は、他国同様、推理小説であった。ダリヤ・ドンツォヴァ(ロシア語版)の皮肉の込められた推理小説は大成功を収めた。ドンツォヴァの50に及ぶ推理小説は数百万部を売り上げ、ヨーロッパ諸語へも翻訳された。

21世紀初頭には、ロシア語出版の需要は、質と量の双方で大きく増大した。その結果、ロシアの出版界は「ロシアの悲劇四部作[10]」で知られるエドワード・ラジンスキー等の新しい文学的才能を発掘し、報酬を与えることで顧客に作品を供給しなければならないようになった。出版社と部数は増加を続けている。

タチヤーナ・トルスタヤ(ロシア語版)やリュドミラ・ウリツカヤといった一部のロシア作家たちは今では西ヨーロッパや北アメリカでも人気となっている。

ボリス・アクーニンの探偵小説『エラスト・ファンドーリン(ロシア語版)』シリーズはヨーロッパや北アメリカでも刊行されている。

ロシア最大の探偵小説作家アレクサンドラ・マリーニナも、その作品をヨーロッパで売ることに成功しており、特にドイツで大きな成功を収めている。

より伝統的な文学も、地方のインテリの日々の困難と喜びの物語を書くペルミの作家ニーナ・ゴルラノヴァ(ロシア語版)や、チュクチのアイデンティティの問題を語るチュクチ自治管区の作家ユーリー・ルィトヘウ(ロシア語版)といった遠隔地出身の作家たちの到来によって新しい飛躍を迎えている。

ドミトリー・グルホフスキーやセルゲイ・ルキヤネンコといった作家はサイエンス・フィクションで成功を収め、映画化やコンピュータゲーム化もされている。

 

近代ロシア文学

アレクサンドル・プーシキン

フョードル・ドストエフスキー
19世紀初頭のロマン主義の出現と共に、 ヴァシーリー・ジュコーフスキー、アレクサンドル・プーシキン、ミハイル・レールモントフ、フョードル・チュッチェフらの才能ある世代が登場し、19世紀はロシア文学、とりわけ小説の最盛期となり、「ロシア文学黄金の時代[7]」と呼ばれた。

フョードル・ドストエフスキー、ニコライ・ゴーゴリ、イワン・ゴンチャロフ、ニコライ・レスコフ、ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン、レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフら無数の才能が出現し、全世界の文学に多大な影響を与えた。

この時代以降のロシア文学が西洋文学の影響を強く受けていることが、シュテファン・ツヴァイクの『三人の巨匠――フョードル・ドストエフスキー、オノレ・ド・バルザック、チャールズ・ディケンズ』[8] や、ミシェル・カドーの『東洋と西洋の間のロシア』などで示されている[9]。

寓話作家イヴァン・クルィロフ、詩人エフゲニー・バラトゥインスキー(フランス語版)、コンスタンティン・バチュシコフ(ロシア語版)、ニコライ・ネクラーソフ、アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ、フョードル・チュッチェフ、アファナーシー・フェート、風刺作家グループの変名であったコズマ・プリュートコフ(ロシア語版)などにより、他の文学領域も発展を見た。

アントン・チェーホフは極めて重要な戯曲作品を生み出しただけでなく、非常に短い物語という枠組み自体を作り出し、最も傑出したロシア語作家の1人となった。

なお、19世紀のロシアの上流階級ではフランス語を日常会話で使っていたため、当時書かれた小説の中にはフランス語がそのまま使われている作品もある(戦争と平和など)。

20世紀
象徴主義と未来派
20世紀初頭には、詩の領域において象徴主義、アクメイズム、ロシア未来派などの潮流が次々と出現し活発な活動が見られた。この「銀の時代」と呼ばれる時代に活動した詩人たちにはアンナ・アフマートヴァ、インノケンティー・アンネンスキー、アンドレイ・ベールイ アレクサンドル・ブローク ワレリー・ブリューソフ、マリーナ・ツヴェターエワ、セルゲイ・エセーニン、ニコライ・グミリョフ、ダニイル・ハルムス、ヴェリミール・フレーブニコフ、オシップ・マンデリシュターム、ウラジーミル・マヤコフスキー、ボリス・パステルナーク、フョードル・ソログープ、マクシミリアン・ヴォローシン(英語版)などがいる。

この時期にはまた批評と理論の活動も活発で、ロシア・フォルマリズムが発達した。

ソビエト時代
ロシア革命の後、数多くのロシア作家たちが特にベルリン、次いでパリなどへと亡命し、それらの亡命先では「ロシア思想(ロシア語版)」誌のようなロシア語による文芸雑誌が数多く発行された。1921年には、アンナ・アフマートヴァの夫ニコライ・グミリョフが親皇帝的な活動の咎で処刑された。

しかしながら、ネップ(新経済政策)の開始と共に、多少の自由が作家に認められるようになり、亡命作家の一部は帰国を選択した。ヴィクトル・シクロフスキー、アンドレイ・ベールイ、後にはマクシム・ゴーリキーなどである。


セラピオン兄弟(英語版)
権力による障害や経済的な不安定さはあるにせよ、どうにか文学生活は再開された。セラピオン兄弟(英語版)のようなグループやオベリウー(ロシア語版)のような運動は小説や詩の美学を刷新しようと試みた。イルフとペトロフ(英語版)の風刺小説やユーリイ・オレーシャの『羨望』のような若干の社会批評も市民権を獲得した。

 

ミハイル・ショーロホフは『静かなドン』を発表し、この作品によって1965年にノーベル文学賞を受賞することとなる。

1930年代にヨシフ・スターリンが最高権力者となると、ボリシェヴィキ権力によって作家に若干の自由が与えられていた時代は終わりを告げる。公式の美学が設定された――社会主義リアリズムである。この文学的教条は単純なもので、作家の才能を体制の功績や成功を賞賛し、公式なプロパガンダを説くのに用いるというものであった。

体制は文学生活と主題の方向を、政治委員アンドレイ・ジダーノフに直属するソ連作家同盟を介して組織しようとした。それでも、「文学ガゼータ[訳語疑問点]」誌は若干の精神の自由を守り続けていた。

急速に、非協力的な作家たちは亡命・収監・強制労働などを余儀なくされていった。未来派の詩人ウラジーミル・マヤコフスキーとマリーナ・ツヴェターエワは自殺を選んだ。こうした抑圧は、第二次世界大戦による極めて厳しい物質的欠乏の状況とも相俟って、ロシア文壇の統一性の消滅にまで至った。

文芸批評や文芸理論も同じ運命を辿った。ロマーン・ヤーコブソンはアメリカ合衆国へ亡命し、ヴィクトル・シクロフスキーとミハイル・バフチンは沈黙した。作家の一部は、検閲を逃れるために児童文学(ダニイル・ハルムス)や歴史的伝記(ユーリイ・トゥイニャーノフ)のようなジャンルを隠れ蓑とした。

しかしながら、ミハイル・ブルガーコフ、ボリス・パステルナーク、アンドレイ・プラトーノフ、オシップ・マンデリシュターム、ユーリイ・オレーシャ、イサーク・バーベリ、ヴァシリー・グロスマンといった大半の作家たちは死後の出版に期待したり、サミズダート(手作りによる秘密出版)を通じて発表したりなどして時として内密に創作活動を続けていた。

ノーベル賞作家イヴァン・ブーニン、アレクサンドル・クプリーン、ウラジーミル・ナボコフら亡命作家たちは文学で生計を立てることに成功し、創造活動の自由も確保したが、その作品を母国の読者に伝える手段はサミズダートしかなかった。


アレクサンドル・ソルジェニーツィン
スターリン時代より後のソ連では、社会主義リアリズムが唯一の公認された文学様式であることに変わりはなかったが、サミズダートで発表する作家たちは多少自由になった。特に、作家たちは創作により生計を立てられるようになり、抑圧や強制収容を以前ほどには恐れずに済むようになった。ノーベル賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンやヴァルラーム・シャラーモフらによる、グラグ(強制労働収容所)に関する作品もサミズダートを介して流通しはじめた。ヴェネディクト・エロフェーエフ(ロシア語版)はサミズダートを通じて出版活動を継続した。

ソ連の衰退期には、ノーベル賞受賞者ヨシフ・ブロツキーや小説家セルゲイ・ドヴラートフのような亡命ロシア人たちは西側で非常に高い評価を受けたが、その作品もソ連ではサミズダートを通じてしか知られることはなかった。

反体制作家たちの作品が正式に出版されるようになったのは1980年代後半になりペレストロイカ政策が始まって以降であった。

現代ロシア文学
20世紀末には、ロシア文学は難しい局面を迎える――数十年間に及ぶソ連の社会主義によって損なわれた土壌の再生の局面である。この時期に必要とされたことが2つあった。新しい才能の育成と発見および、ロシアにおける出版市場の創出である。出版社は成長のための資金を、三流の小説を売ることで獲得した。ヴィクトル・ペレーヴィンやウラジーミル・ソローキンのように頭角を現す作家は僅かであった。出版社は、共産主義時代の重苦しい作品や、サミズダートにより知られていた作品などはほとんど出版しなかった。

ロシアの出版社にとっての金の卵は、他国同様、推理小説であった。ダリヤ・ドンツォヴァ(ロシア語版)の皮肉の込められた推理小説は大成功を収めた。ドンツォヴァの50に及ぶ推理小説は数百万部を売り上げ、ヨーロッパ諸語へも翻訳された。

21世紀初頭には、ロシア語出版の需要は、質と量の双方で大きく増大した。その結果、ロシアの出版界は「ロシアの悲劇四部作[10]」で知られるエドワード・ラジンスキー等の新しい文学的才能を発掘し、報酬を与えることで顧客に作品を供給しなければならないようになった。出版社と部数は増加を続けている。

タチヤーナ・トルスタヤ(ロシア語版)やリュドミラ・ウリツカヤといった一部のロシア作家たちは今では西ヨーロッパや北アメリカでも人気となっている。ボリス・アクーニンの探偵小説『エラスト・ファンドーリン(ロシア語版)』シリーズはヨーロッパや北アメリカでも刊行されている。ロシア最大の探偵小説作家アレクサンドラ・マリーニナも、その作品をヨーロッパで売ることに成功しており、特にドイツで大きな成功を収めている。

より伝統的な文学も、地方のインテリの日々の困難と喜びの物語を書くペルミの作家ニーナ・ゴルラノヴァ(ロシア語版)や、チュクチのアイデンティティの問題を語るチュクチ自治管区の作家ユーリー・ルィトヘウ(ロシア語版)といった遠隔地出身の作家たちの到来によって新しい飛躍を迎えている。

ドミトリー・グルホフスキーやセルゲイ・ルキヤネンコといった作家はサイエンス・フィクションで成功を収め、映画化やコンピュータゲーム化もされている。

 


愚かな真似をしたものだ。

2022年02月18日 16時23分40秒 | 日記・断片

利根川土手から近道をしたら、小さな公園の先は行き止まりだった。
そこで引き返すべきだった。
だが、意を決して先へ進む。
下の駐車までの高さは5メートルほどで、足が竦む。
もしも、そこから足を滑らせから下はコンクーリトなので、一巻の終わりだろうと恐怖心が湧いてきた。
草の斜面側に左足を乗せ、右足を踏ん張るよういにして前へ進む。
もはや引き返せないので幅10センチ余りの細い縁・足場を頼りに慎重に前に進む他ない。
何とかして利根川大橋の駐車場への道へ辿り着いた。
愚かな真似をしたものだ。
そして利根川大橋を300㍍ほど歩き、そこで富士山の写真を写す。
利根川土手からの富士山の映像ばかりではなく、新町の丘からの富士山の写真などは、早朝(午前5時)の散歩に拘る鈴木さんに見てもらうための映像。

利根川堤防からの富士山の映像

利根川大橋からの富士山の映像

新町の住宅地からの富士山の映像

新町の坂道からの富士山の遠望


人は<近道>では大きく成長できない

2022年02月18日 14時46分45秒 | 新聞を読もう

▼人生のオリンピックに敗者はいない。
いるとすれば、それは<挑戦>しなかった人だけである。
▼人は<近道>では大きく成長できない。
剣難の道に挑み続ける鍛錬の中で飛躍をとげる。
▼何事も<必ずやる>と腹を決める。
▼行き詰まった時こそ、原点へ帰ることだ・
▼環境は変えることができる。
何もせずに諦める弱い心を打ち破ることだ。
▼あくまでの現状を打開するのは誰かではなく、自分自身の強い一念なのだ。

▼逆境は成長のための道場であり、幸福を創造するための舞台である。

▼苦難はむしろ飛躍のチャンス。

取手・新町の丘から望む富士山(1月18日午前11時17分ころ)

 

 


コロナ第6波で「自宅療養中の死亡」地方に拡大…100人中3人しか入院できない衝撃

2022年02月18日 14時45分01秒 | 新聞を読もう

2/17(木) 9:06配信 日刊ゲンダイDIGITAL

独自調査では5県で初確認

入院率は3.2%、陽性者100人に3人しか入院できない。入院させない政府方針の危うさを示す数字だ(後藤茂之厚労相)/(C)日刊ゲンダイ

「入院すべき方が入院できない状況が起きているのではないか」との質問(14日の衆院予算委員会)に後藤厚労相は「数字として、今すぐ起きているわけではない」と答弁した。数字上、病床は逼迫していないという立場だ。しかし、入院のハードルはかつてなく高く、自宅療養中の死亡が地方にも広がりつつある。

オミクロン株「重症化スピード」は最速!第5波の3倍、発症から「3日以内」で悪化の調査結果を紐解く

 ◇  ◇  ◇

 14日の厚労省の発表によると、9日時点のコロナ療養者は83万9580人。このうち入院しているのは、たったの2万6734人で入院率は3.2%だ。陽性者100人に3人しか入院できない。

 第5波のピークだった8月25日時点の入院率は11.5%(2万4126人/20万9703人)。第6波の入院率の低さが際立っている。

 ワーストは兵庫の1.9%。以下、京都(2.3%)、大阪(2.3%)、東京(2.4%)、神奈川(2.5%)、福岡(2.7%)と都市部の入院率が低い。

 高い順では島根(14.8%)、岩手(12.7%)、鳥取(9.6%)、和歌山(9.4%)。患者に手厚い地方でも1割程度の入院率にとどまっている。第6波では、ケタ違いの感染者が発生しているが、軽症も多く、入院するケースが少なくなっているのだろう。

 入院が必要な患者は病院に入れているのだろうか。気になるのが自宅療養中の死亡例が地方で確認されていることだ。

 日刊ゲンダイは自治体の発表や報道をもとに第6波の自宅療養中の死亡例を調べた。すると、5県で県内初の自宅療養中の死が確認されていた。宮崎(4日)、青森(5日)、滋賀(7日)、鹿児島(12日)、茨城(14日)の5県だ(日付は発表日)。

軽症の高齢者をどう守るのかという難問
新型コロナの症状が改善し、自宅療養する女性(左)を病院から送り届けた介護タクシー「かご屋」の木原代表(都内)/(C)共同通信社

 第4波や第5波の時は、大阪や東京の病床がパンク。重症者も入院できず自宅療養者の死が相次いだ。第6波では病床は空いているが、軽症のため入院不要と判断された高齢者が自宅で亡くなるケースがほとんどだ。

 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が言う。

「軽症の高齢者をどう扱うのかは難しい問題です。どんどん入院させればいいわけではない。同居家族がいる場合、自宅で療養する方が快方に向かうことも少なくありません。ただし、自宅療養とする場合、急変時にすぐに医療にアクセスできる体制を充実させることが必要です。1人暮らしの場合は自宅療養は危険です。東京都が軽症~中等症1の高齢者を受け入れる臨時施設やリハビリを含め治療ができる拠点を整備するようです。評価できる試みだと思います」

 15日発表された死者数は過去最多の236人。とうとう200人を超えてしまった。オミクロン株の怖さは、たとえ軽症でも高齢者の場合、死につながるケースがあることだ。軽症者の死をどう防ぐのか──。やれることはいくらでもあるはずだ。

 茨城の70代男性は8日に発熱し、10日に陽性が判明。基礎疾患があったが軽症だったため、医師がすぐの入院は必要ないと判断した。保健所が症状などを聞き取る予定だった12日早朝、家族が異変に気づいた。救急隊が来た時は死亡していたという。茨城県の病床使用率は37.6%(14日時点)だ。県に聞いた。

「県内の病床は逼迫しておらず、必要な患者には入院いただけています。70代の男性は、医師が入院不要と判断し、自宅療養となりました。今回のケースを踏まえ、今後は軽症でも容体が急変することを考慮し対応したい」(感染症対策課)

次ページは:軽症の高齢者をどう守るのかという難問


取手競輪場 読売新聞社杯全日本選抜競輪 

2022年02月17日 14時17分57秒 | 新聞を読もう

2月20日より4日間の日程で行われる

今年初のG1戦線が取手競輪場を舞台に幕が開ける。第37回読売新聞社杯・全日本選抜競輪が2月20日より4日間の日程で行われる。早くも年末のグランプリの切符を賭けた熱戦が繰り広げられそうだ。

今年初のG1戦 勢いづく関東勢が強い絆を示す

平原 康多
郡司 浩平
古性 優作

関東地区の取手競輪場で行われるG1だけに、関東勢は他地区にタイトルは譲れないところ。V筆頭には、2017年取手競輪で行われた、同開催・全日本選抜競輪覇者の平原康を推す。昨年末の静岡GPでは惜しくも準Vだった平原だが、宿口陽や吉田拓などがS班となり平原を取り巻く環境は一段と良くなってきている。自力も打てる、番手のレースもこなせる平原に絶好の流れとなりそうだ。

南関地区からは大会連覇を狙う郡司浩が優勝戦線に名乗りを上げそうだ。郡司は昨年の取手70周年記念で優勝していて当初との相性は言うまでもなく抜群。深谷知や松井宏との連係を生かしてV戦線に躍り出よう。

昨年末に悲願のグランプリを制覇した古性優も見逃せない存在だ。脇本雄が今節は不在とあって、やや心許ない印象があるが、勝ちに対する並々ならぬ執着心と類い希なレースセンスを生かして上位進出を目論む。さらに野原雅や寺崎浩などの機動型との連係が叶えば2回目のG1優勝もグッと近くなる。


電子ウイルス エモテットに注意を

2022年02月17日 13時44分30秒 | 事件・事故

「Emotet(エモテット)」と呼ばれるウイルスへの感染を狙うメールについて

最終更新日:2022年2月9日
独立行政法人情報処理推進機構
セキュリティセンター

(2019年12月2日)
「Emotet」(エモテット)と呼ばれるウイルスへの感染を狙う攻撃メールが、国内の組織へ広く着信しています。特に、攻撃メールの受信者が過去にメールのやり取りをしたことのある、実在の相手の氏名、メールアドレス、メールの内容等の一部が、攻撃メールに流用され、「正規のメールへの返信を装う」内容となっている場合や、業務上開封してしまいそうな巧妙な文面となっている場合があり、注意が必要です。今後も同様の手口による攻撃メールが出回り続ける可能性があるため、事例と手口を解説するとともに、対策や関連情報を紹介します。

(2022年2月9日)
最近、Emotetの攻撃に関して、情報セキュリティ安心相談窓口に対する被害の相談が増えてきており、日本国内の組織におけるEmotetへの感染が再び増えていると考えられ、警戒が必要な状況です。詳しくは「Emotetの攻撃活動の急増」を参照してください。
※「URLリンクを悪用した攻撃メールの例」を追記しました。(2019年12月11日)
※「新型コロナウイルスを題材とした攻撃メールの例」を追記しました。(2020年1月30日)
※「攻撃再開の観測状況」を追記しました。(2020年7月28日)
※「相談急増/パスワード付きZIPファイルを使った攻撃の例」を追記しました。(2020年9月2日)
※「年末時期に合わせた攻撃の再開」を追記しました。(2020年12月22日)
※「Emotetのテイクダウン(停止措置)について」を追記しました。(2021年5月27日)
※「Emotetの攻撃活動再開について」を追記しました。(2021年11月16日)
※「攻撃活動再開後の状況/被害相談の例」を追記しました。(2021年12月9日)
※「Emotetの攻撃活動の急増」を追記しました。(2022年2月9日)

概要

 Emotetは、情報の窃取に加え、更に他のウイルスへの感染のために悪用されるウイルスであり、悪意のある者によって、不正なメール(攻撃メール)に添付される等して、感染の拡大が試みられています。

 Emotetへの感染を狙う攻撃メールの中には、正規のメールへの返信を装う手口が使われている場合があります。これは、攻撃対象者(攻撃メールの受信者)が過去にメールのやり取りをしたことのある、実在の相手の氏名、メールアドレス、メールの内容等の一部が流用された、あたかもその相手からの返信メールであるかのように見える攻撃メールです(*1)。このようなメールは、Emotetに感染してしまった組織から窃取された、正規のメール文面やメールアドレス等の情報が使われていると考えられます。すなわち、Emotetへの感染被害による情報窃取が、他者に対する新たな攻撃メールの材料とされてしまう悪循環が発生しているおそれがあります。

 なお、正規のメールへの返信を装う手口の事例はこの他にもあり、例えば2018年11月、Emotetとは異なるウイルスへの感染を狙う日本語の攻撃メールでも悪用されたことを確認しています(*2)。今後もこの手口は常套手段となりうることから、注意が必要です。

 本ページでは、攻撃メールや添付されている不正なファイルの例、対策、関連情報について説明します。

Emotetのテイクダウン(停止措置)について(2021年5月27日 追記)

 2021年1月27日、EUROPOL(欧州刑事警察機構)が、欧米8カ国の法執行機関・司法当局の協力により、Emotetの攻撃基盤(ウイルスメールをばらまいたり、感染したマシンを操作するための機器等)をテイクダウンした(停止させた)と発表(*6)しました。その後、IPAでもEmotetに関する情報の提供や観測が徐々に少なくなり、Emotetによる攻撃や被害が停止あるいは大幅に減少したことを確認しています。

 また、JPCERT/CCのレポート(*7)によると、Emotetは、感染端末の時刻が2021年4月25日 12:00になると停止する機能が加えられた、無害化ファイルへと自動的に更新されており、2021年4月26日以降、日本におけるEmotetの感染はほぼ観測されなくなったとのことです。

 Emotetに関する脅威は後退しましたが、Emotet以外のウイルス感染を狙った類似の攻撃は、現在も続いていることを確認しています。今後もウイルス感染を狙った攻撃メールには注意が必要です。

Emotetの攻撃活動再開について(2021年11月16日 追記)

 2021年11月14日頃から、Emotetの攻撃活動再開の兆候が確認されたという情報があります(*8)。また、Emotetへの感染を狙う攻撃メール(Emotetの攻撃メール)が着信しているという情報も複数観測している状況です。

 IPAでは、攻撃メールに添付されていたと思われるWord文書ファイルとExcelファイルを入手し、確認しています。これらは悪意のあるマクロ(プログラム)が仕込まれたもので、今年1月までの攻撃と同様の手口です。引き続き、特にメールを経由して入手したOffice文書ファイルについて、信用できると判断できる場合でなければ、「編集を有効にする」「コンテンツの有効化」というボタンはクリックしないよう注意してください。

 今後、攻撃メールの大規模なばらまきに発展する可能性もあります。2019年から2020年にかけ、多くの企業・組織が被害に遭いました。念のため、警戒をお願いします。

攻撃メールとその手口

 現在確認されているEmotetの攻撃メールで、特に注意を要すると思われる、「正規のメールへの返信を装う手口」の例を示します(図1)。この例は、攻撃メールの受信者(仮にA氏と呼びます)が取引先に送信したメールが丸ごと引用され、返信されてきたかのように見える内容で、ウイルスが添付され、A氏へ送り付けられてきたと思われる状況の攻撃メールです。

 メールの差出人(From)は、A氏がメールをやり取りした相手になりすましています。件名や、メール末尾の引用のような部分では、A氏が実際に送信したと思われるメールが流用されており、全体的に、返信メールのように見せかけています。この例では、メールの本文として「中です。取り急ぎご連絡いたします。」という、やや不完全な文章が攻撃者によって付け加えられています。

 添付されているWord文書ファイルは、利用者のパソコンへEmotetを感染させるための機能を持った不正なファイルです。メールが送られてきたタイミングや内容に多少の違和感があったとしても、自分が実際に送信したメールへの返信に見えた場合、相手から何が送られてきたのかと、添付ファイルを開いて確認しようと考えてしまう可能性があります。

図1

図1 Emotetへの感染を狙う攻撃メールの例


 この攻撃メールの不正な添付ファイルを開くと、MicrosoftやOfficeのロゴ等と、数行のメッセージが書かれた文書が表示されます(図2)。現在IPAが確認している範囲では、一連のEmotetの攻撃メールへ添付されているWord文書ファイルは、見た目(デザイン等)には数種類のバリエーションがあるものの、次の点が共通しています。
<menu>
  • Office等のロゴと共に、英語で「文書ファイルを閲覧するには操作が必要である」という主旨の文と、「Enable Editing」(日本語版Officeでは「編集を有効にする」)と「Enable Content」(日本語版Officeでは「コンテンツの有効化」)のボタンをクリックするよう指示が書かれている。
  • 文書ファイル内に悪意のあるマクロ(プログラム)が埋め込まれている。マクロには、外部ウェブサイトに設置されたEmotetをダウンロードし、パソコンに感染させる命令が書かれている。ダウンロード先のウェブサイト(URL)は一定ではなく、日々変化する。
  • </menu>
    図2


     Microsoft Office内の「マクロの設定」という項目を変更している場合を除き、この手口の不正ファイルでは、基本的にはファイルを開いただけではウイルスに感染することはありません。安全のため、文書ファイル内に埋め込まれているマクロの動作が止められているためです。しかし、利用者がマクロの実行等を許可する操作を行った場合は、悪意のあるマクロが動作し、ウイルスに感染させられてしまいます。

     具体的には、「コンテンツの有効化」ボタンをクリックすると、マクロの動作を許すことになります。また、添付ファイルを開いた状況により、その前に「編集を有効にする」というボタンが表示される場合がありますが、その際は両方をクリックするとマクロの動作を許すことになります。すなわち、このファイルに表示されている、「文書ファイルを閲覧するには操作が必要」というメッセージは、利用者を騙し、最終的に「コンテンツの有効化」ボタンをクリックさせるための罠です。

     Emotetに限らず、同様の騙し方を試みる悪意のあるOffice文書ファイル(WordやExcel等)は、長期に渡り継続的に出回っており、日本語で操作の指示が書かれている場合もあります(*3)。画面に表示された内容に惑わされず、入手したファイルが信用できるものと判断できる場合でなければ、「編集を有効にする」「コンテンツの有効化」というボタンはクリックしないよう注意してください(図3)。

    図3


     今後、攻撃の手口は変化する可能性がありますが、Emotetに限らず、メールと添付ファイルを使った攻撃に対し、基本的に実施すべき対策は共通しています。下記「対策」を参照してください。

     企業・組織等へのEmotetの攻撃メールの着信状況として、IPAは次に挙げるような報告を受けています。システム管理部門等においては、攻撃メールの内容が様々であることに加え、攻撃が一様ではなく、ムラや偏りがある可能性に留意してください。
    <menu>
  • メールや添付ファイルをシステムで検疫(ブロック)できる場合と、検疫できずに利用者の手元まで配送されてしまう場合がある(セキュリティソフトがウイルスを検知できるようになるまでタイムラグが生じる)。
  • ある組織においては、25日間で合計100通あまりの着信があったが、全てセキュリティ製品によって配送を止めることができた。メールが着信しない日や、1通のみ着信した日もあれば、40通以上着信した日もあった。
  • ある組織においては、組織内の同一人物に対し、攻撃メールが短期間で繰り返し送り付けられた。具体的には、11月27日から29日の3日間にかけて、本文や添付ファイル名が変化しながら、7回(7通)着信した。かつ、これらのメールはシステムによる検疫をすり抜け、当該職員まで配送された。
  • </menu>

    URLリンクを悪用した攻撃メールの例(2019年12月11日 追記)

     2019年12月10日頃から、不正なWord文書ファイルが添付されている攻撃メールとは異なり、「日本語のメール本文中に不正なURLリンクが記載された、Emotetの攻撃メール」が着信しているとの報告を受けています。

     現時点で確認しているのは「賞与支払届」という件名のメールです(図4)。メールの本文は複数のパターンが存在し、今後、件名・本文ともに更に巧妙化していく可能性があります。本文中にURLリンクが書かれており、このリンクをクリックすると、外部ウェブサイトに設置された、不正なファイルがダウンロードされます。

     IPAで確認できた範囲においては、ダウンロードされる不正ファイルは、これまでの攻撃メールに添付されていたものと同様、悪意のあるマクロ(プログラム)が埋め込まれている、Emotetへの感染を狙うWord文書ファイルです。この種の不正ファイルへの注意点等は、前述した通りです。

     攻撃の手口は変化しても、多くの場合、基本的な対策を徹底することで被害を避けることができます。Emotetに限りませんが、攻撃メールに騙され、メールの添付ファイルやURLリンクを開き、ウイルスに感染させられてしまう可能性は誰にでもありえます。そして、ウイルスにより、メールの受信者のみならず、所属する企業・組織にとっても重大な被害をもたらす可能性があります。システムやセキュリティソフトでの対策が回避されてしまう(手元に攻撃メールが届いてしまい、検知もされない)場合もあるため、一人ひとりが注意するよう心掛けてください。また、不審なメールを受信した場合、システム管理部門へ連絡する等、情報を共有し、組織的に対応してください。

    図4

    新型コロナウイルスを題材とした攻撃メールの例(2020年1月30日 追記)

     Emotetの攻撃メールについて、件名や本文等が変化しながら断続的にばら撒かれていることを確認しています。2020年1月29日、「新型コロナウイルス」に関する情報を装う攻撃メールの情報提供がありました(図5)。メールの内容は一見して不審と判断できるほどの不自然な点は少なく(*5)、注意が必要です。なお、添付されていたファイルは、上記「攻撃メールとその手口」で説明しているものと同等の、悪意のあるマクロが仕込まれたWord文書ファイルでした。

    図5

    図5 新型コロナウイルスを題材とした攻撃メールの例(2020年1月)

     上記「URLリンクを悪用した攻撃メールの例」で示した通り、2019年12月の時点では「賞与支払届」という攻撃メールを確認しています。この攻撃者は、日本国内の利用者の興味・関心を惹く内容とタイミングを十分に計った上で、攻撃を繰り返していると考えられます。今後も同様の攻撃が続く可能性が高く、受信したメールに興味を惹かれて添付ファイルやURLリンクを開く前に、このメールは攻撃ではないか、一度立ち止まって考えることを心がけてください。

    攻撃再開の観測状況(2020年7月28日 追記)

     2020年2月上旬以降、Emotetの攻撃メールが観測されない状態が続いていましたが、7月中旬から、攻撃活動が再開しています。攻撃の手口はこれまでと大きくは変わらないため、受信したメールに添付されたWord文書ファイル等が信頼できるものと判断できない限り、「コンテンツの有効化」ボタンをクリックしないよう、引き続き注意してください(図6)。

    図6


     公開情報上では、次のようなメール件名・添付ファイル名が観測されています(これが全てではなく、また、今後もバリエーションが増える可能性があります)。また、不正なWord文書ファイルが直接メールに添付されている手口のほか、ファイル形式が異なったり、URLリンクから不正なWord文書ファイルをダウンロードさせる手口も観測されています。
    • 請求書の件です。
    • ご入金額の通知・ご請求書発行のお願い
    • 会議への招待
    • ドキュメント
     なお、IPAでは、7月20日頃、ある国内企業のメールアカウントが攻撃者に悪用され(乗っ取られ)、外部へEmotetの攻撃メールがばら撒かれてしまったという事案も確認しています。2020年2月以前にEmotetへ感染していた場合、その時に窃取されたIDとパスワードが今後も悪用される可能性があります。被害の拡大を防ぐため、システム管理部門等においては、改めて職員へ不審なメールへの注意を呼びかけるとともに、メールアカウントが不正に使用された場合は、速やかに停止できるよう留意してください。

    相談急増/パスワード付きZIPファイルを使った攻撃の例(2020年9月2日 追記)

     Emotetの攻撃メールが継続して確認されているとともに、IPAへの相談が急増しています。情報セキュリティ安心相談窓口では、2020年7月~8月の2ヶ月でEmotetに関連した相談は34件あり、更に、2020年9月1日から9月2日の午前中だけで、Emotetへ感染してしまったという相談や、メールアカウントが攻撃者に悪用され(乗っ取られ)、外部へEmotetの攻撃メールがばら撒かれてしまったという相談が23件と急増しています。多数の国内企業・組織で被害が発生している可能性があり、改めて注意を呼びかけます。

     2020年9月1日に確認された攻撃メールでは、「協力会社各位」という書き出しで始まっており、業務に関係があるものかと添付ファイルを開いてしまいかねない本文となっていました(図7)。メールに添付されていたWord文書ファイルは、これまで同様、悪意のあるマクロが仕掛けられているものでした。Word文書ファイル等が信頼できるものと判断できない限り、「コンテンツの有効化」ボタンをクリックしないよう、引き続き注意してください。このほか、「消防検査」「ご入金額の通知・ご請求書発行のお願い」「次の会議の議題」「変化」といった件名・添付ファイル名が確認されています。

    図7


     更に、2020年9月2日、「パスワード付きのZIPファイルを添付したEmotetの攻撃メール」(図8)を確認しました。この手口では、添付ファイルが暗号化されていることから、メール配送経路上でのセキュリティ製品の検知・検疫をすり抜け、受信者の手元に攻撃メールが届いてしまう確率が高く、より注意が必要です。ZIPファイルの中には、これまで同様、悪意のあるマクロが仕掛けられたWord文書ファイルが含まれています(図9)。このWord文書ファイルの「コンテンツの有効化」ボタンをクリックすると、ウイルスに感染させられてしまいます(図10)。

    図8


     被害の拡大を防ぐため、システム管理部門等においては、Emotetの攻撃メールへ警戒するとともに、改めて職員へ不審なメールへの注意喚起、メールアカウントが不正に使用された場合の速やかな停止などの対応を実施してください。

    年末時期に合わせた攻撃の再開(2020年12月22日 追記)

     Emotetの攻撃メールについて、2020年10月末から観測されない時期が続いていましたが、2020年12月21日から、年末の時期に合わせたような件名・添付ファイル名での攻撃を確認しました。具体的には「クリスマス」や「賞与支給」といったキーワードが使われているとの情報があります。

    また、英語の文面では、コロナウイルス感染症を題材としたメールも出回っているという情報があります。Emotetに限らず、ばらまき型メールでは、注意を惹く件名などによって、添付ファイルやURLリンクを受信者に開かせようとしています。現時点で確認している限り、ウイルスに感染させる手口(Word文書ファイルのマクロ機能の悪用)は本ウェブページに掲載した過去の攻撃と同等です。攻撃は今後も継続すると考えられ、引き続き警戒をお願いします。

    攻撃活動再開後の状況/被害相談の例 (2021年12月9日 追記)

     2021年11月からEmotetの攻撃活動が再開し、ウイルスに感染させる手口に変化がありつつ、12月現在も攻撃が継続しています。また、少数ながら企業等からIPAへ被害の相談が寄せられています。今後、再び被害が拡大していく可能性があり、改めて注意を徹底していただくようお願いします。
     ここでは、実際の相談の例と、新たな攻撃手口である "Excelファイルの悪用" と "PDF閲覧ソフトの偽装" について紹介します。

    【被害相談の例】

    • 取引先からのように見えるメールが相談者に着信した。数ヶ月前に実際にその相手とやりとりしたメールが引用され、Excelファイルが添付されていた。
    • 変だとは思ったものの、わざわざ電話して確認するのはためらわれた。過去にExcelファイルを受け取ったことはあり、急ぎの用件かと考え、まず内容を確認しようとファイルを開いてしまった。特に意識せず「コンテンツの有効化」ボタンもクリックしたと思う。
    • 翌日、別の取引先や知人から、相談者を詐称した不審メールが送られていると連絡を受け、ウイルス感染被害に気付いた。

    (IPA補足)
     この相談は12月に入ってから寄せられたものです。
     攻撃者が、「ウイルスによってメールを盗み、そのメールの関係者にウイルスメールを送信。攻撃が成功したら、そこからまたメールを盗み、そのメールの関係者を攻撃する」という手口を繰り返して、攻撃対象を拡大している様子が窺えます。これは2019年頃に国内企業・組織へ多数の被害をもたらした手口です。

    繰り返しとなりますが、Emotetの攻撃では、過去にやり取りされたメールが攻撃者に盗まれ、その内容やメールアドレスが転用されて、ウイルスメールとして送られてくることがあります。重要な顧客や取引先、あるいは知人からのメールに見えても、すぐに添付ファイルやURLリンクは開かず、本物のメールであるか落ち着いて確認してください。また、必要に応じ、確実な手段で送信元へ問い合わせてください。
     安易に添付ファイルを開くなどしてウイルスに感染すると、メールが盗まれたり、それを悪用して取引先へ攻撃が行われたりといった事態になりかねません。Emotetから別のウイルスへ感染させられると、ランサムウェアなどによる大きな被害となる可能性もあります。

    【Excelファイルを悪用する手口】

     Excel形式のファイルが攻撃に使われるようになりました。Word文書ファイルと同じく、悪意のあるマクロが仕込まれており、利用者に「コンテンツの有効化」ボタンをクリックさせることで、ウイルスに感染させる仕組みです。対策もWord文書ファイルと同じです。当該ボタンをクリックしないよう注意してください。

    【PDF閲覧ソフトを偽装する手口】

     2021年11月以降、Office文書ファイルのマクロ機能を悪用するものとは異なる手口が確認されています。メール本文中のURLリンクをクリックすると、閲覧可能なPDF文書ファイルが存在するかのような画面(攻撃者の用意した偽のウェブサイト)へ誘導されます。そこでPDF文書ファイルの閲覧ソフトを装ったウイルスファイルをダウンロードさせ、利用者の手で実行させるという手口です。
     偽のウェブサイトの見た目や、ダウンロードさせられるファイルの種類など、細かい手口は変化していく可能性があります。基本的な対策として、安全であると判断できない場合、ダウンロードされたファイルを開いたり実行する操作をしないことが重要です。
    Emotetの攻撃活動の急増 (2022年2月9日 追記)
     2021年11月から再開したEmotetの攻撃活動が、2022年2月に入り急増しています。情報セキュリティ安心相談窓口には2月1日から8日までの間に45件のEmotetに関する相談があり、これは相談や被害の最悪期であった2020年9月~11月に匹敵するペースです。国内企業・組織からも、感染被害が次々と公表されています。

     Emotetの攻撃メールの手口については、Excelファイルのマクロ機能の悪用、パスワード付きZIPファイルの悪用が目立つものの、大きな変化はありません。本ウェブページの内容を改めて参照し、注意してください。

     参考までに、図15は2021年11月から2022年2月までにIPAで確認した、Emotetの攻撃メールの一例です。これら以外にも様々なパターンのメールは存在し、いずれも添付ファイルの開封やURLリンクのクリックを誘導する内容となっています。

    繰り返しになりますが、Emotetは感染した端末のメール情報を盗み、メール本文やメールアドレスを転用した攻撃メールがばらまかれます。感染被害が連鎖的に次の企業・組織へ拡がっていくため、社会全体で感染被害をこれ以上拡げないようにする必要があります。見知った相手からのメールに見えても、すぐに添付ファイルやURLリンクは開かず、システム部門への相談、または確実な手段での送信元への確認といった対応をしてください。

    攻撃メールの文面の例

     Emotetの攻撃メールについて、状況の一端を示す補足情報として、この攻撃者が使用してきている日本語の文面の例を紹介します(*4)

     図1で攻撃メールの例を示しましたが、件名や文面が受信者と全く関係のないケースや、引用部分の存在しないケース等も存在します。更に、「攻撃者が付け加えた文章」の部分については、文章が存在しないケースがある一方、バリエーションも多数存在します(図16)。多くは1行から3行程度で、やや不自然な文面となっています。


    更に、11月28日頃から、IPAへ情報提供されたEmotetの攻撃メールにおいて、「正規のメールへの返信を装う」手口とは異なり、業務上開封してしまいそうな本文とともに、「請求書」といった日本語の添付ファイル名が使われた事例を確認しています(図17)。今後、メールの文面等は、よりパターンが増える等、巧妙化が進む可能性があり、注意が必要です。

    対策
     Emotetへの感染を防ぐというためだけにとどまらず、一般的なウイルス対策として、次のような対応をすることを勧めます。
    <menu>
  • 身に覚えのないメールの添付ファイルは開かない。メール本文中のURLリンクはクリックしない。
  • 自分が送信したメールへの返信に見えるメールであっても、不自然な点があれば添付ファイルは開かない。
  • OSやアプリケーション、セキュリティソフトを常に最新の状態にする。
  • 信頼できないメールに添付されたWord文書やExcelファイルを開いた時に、マクロやセキュリティに関する警告が表示された場合、「マクロを有効にする」「コンテンツの有効化」というボタンはクリックしない。
  • メールや文書ファイルの閲覧中、身に覚えのない警告ウインドウが表示された際、その警告の意味が分からない場合は、操作を中断する。
  • 身に覚えのないメールや添付ファイルを開いてしまった場合は、すぐにシステム管理部門等へ連絡する。
  • </menu>
     また、WordやExcelのマクロ機能に関する設定の変更、Emotetに感染した場合の影響等については、下記 JPCERT/CC から公開されている注意喚起及びFAQを併せて参照してください。

     

    【S級戦展望】22年最初のタイトル争いは激戦必至

    2022年02月17日 13時39分41秒 | 未来予測研究会の掲示板

    今年のS級S班9人は、北日本2人、関東勢が最多の3人で、おなじみの中国コンビ、そして南関、近畿が1人ずつになっている。

    昨年は6個あるG1をすべて違う選手が制したように、地区的にみても突出しているところはない。シリーズの流れを引き寄せることが鍵になってきそうだ。
     前述したようにどの地区からでも狙えるが、5年前の取手での全日本選抜を制した平原康多を擁する地元地区の関東勢が中心とみる。グランプリで吉田拓矢、宿口陽一、平原の布陣でレースの主導権を握った。番手の宿口が発進してまくりを打ったものの、その上を古性優作にのみ込まれ平原の2着がラインとして最先着だった。

    「関東から優勝者を」の吉田の願いがかなわなかったが、ラインとしての力を見せられたことは、吉田、宿口の新S班にとっては大きな糧になろう。

    地元でのG1奪取に向けて照準を合わせている吉田は、新年の立川記念を優勝。浅井康太、新田祐大、清水裕友らを破っての優勝は自信になったことだろう。順調な滑り出しをみせた吉田だが、続く大宮記念では落車のアクシデント。

    左ヒザの怪我の影響が心配だが、地元の大一番には間に合うと信じたい。立川記念の二次予選で落車に見舞われた平原は、途中欠場を余儀なくされたが、大宮記念で優勝し平原らしい動きでファンの期待に応えた。

    そのほかにも地元の吉澤純平や眞杉匠、長島大介、森田優弥、佐々木悠葵ら機動タイプが豊富にいて、シリーズを有利に進められそうな点もプラスの材料だろう。
     松浦悠士、清水裕友の確固たる2本の柱がある中四国地区が脅威になる。

    昨年、松浦は7度のG3制覇にダービー、サマーナイトフェスティバルでビッグ2V。後半にやや失速した感もあるが、12月には地元の広島記念を4連勝の完全Vで重責を果たした。

    柔軟な身のこなしと、そこから生み出されるスピードは松浦ならでは。勝負どころを逃さない競走センスがある清水との前後はケースバイケースだが、2人の息がかみ合えば別線は手出しできない。

    さらに町田太我、取鳥雄吾や四国勢も実力者がいて松浦、清水にとっては心強い。
     北日本勢は、佐藤慎太郎、守澤太志とS班2人は追い込み。それだけに軸を担うのは、新田祐大だろう。

    昨年は延期された東京五輪の影響でS班から陥落になったが、力はS班と互角で引けを取ることはない。新山響平や昨年ヤンググランプリを制した小原佑太もいてラインの厚みが増すと怖い。

    近況の新田を見るかぎり、爆発的な力を持て余すことも少なくなってきた。パワーだけに頼らない進化を見せる新田が、今年最初のG1制覇でS班返り咲きをすぐに確定させても驚かない。
     単騎でグランプリを制した古性優作だが、やはり近畿地区はラインでの競輪。

    それを誰よりもわかっている古性が中心となり、流れを呼び込みたい。野原雅也、寺崎浩平に稲川翔ら、各々がそれぞれの持てる力以上のものを出すことができれば、脇本雄太のいない穴も埋めることができる。
     全日本選抜連覇がかかる郡司浩平は、今年も深谷知広との連係が注目される。これまでは深谷が郡司の前を務めてきたが、逆の並びで新しい南関ラインの形が生まれる可能性も十分にある。タイトルホルダーの2人は、当然ながらそれぞれ個の力でも他地区に対抗できるが、やはり松井宏佑、渡邉雄太、和田健太郎らの加勢は1つのポイントになるだろう。
     立川記念でも抜群のパフォーマンスを見せた浅井康太は、18年の競輪祭からタイトルが遠ざかっているが久々のG1制覇があってもまったく不思議ではない。北津留翼、英明、庸平の山田兄弟、園田匠、井上昌己、中川誠一郎ら個性派がそろった九州勢も軽視はできない。

    G1デビューは早かったが、G1の決勝進出は昨年11月の競輪祭が初めてだった。高いレベルでの試行錯誤を続けて、ようやく1つの答えを出した。隙のない立ち回りから仕掛けのポイントのつかんで、G1連続優出を狙う。

     持ち前のダッシュにさらに磨きをかけた昨年は、同地区の追い込み選手も手を焼く強烈なカマシで別線を置き去りにした。まだ組み立て面に進化の余地はあるが、スムーズに流れに乗れるとS班撃破も十分だろう。

    並外れた身体能力で自転車競輪はなかったが、早々にS級にステージを上げた。2度目のG1となった昨年の競輪祭では準決にコマを進め、惜しくも4着。9番手からのまくりで見せ場をつくった。一撃の魅力はたっぷり。

    S級S班

    氏名 府県 期別 競走得点 
    佐藤慎太郎 福島 78期 116.54 0 0 0 7 4 5 6 10 5
    平原康多 埼玉 87期 118.67 2 0 3 7 0 7 3 1 4
    宿口陽一 埼玉 91期 114.67 3 0 2 2 2 3 3 2 10
    守沢太志 秋田 96期 112.30 0 0 1 2 1 3 1 0 6
    松浦悠士 広島 98期 116.46 7 2 6 6 2 10 6 2 8
    郡司浩平 神奈川 99期 118.55 8 2 8 3 1 10 4 3 5
    古性優作 大阪 100期 116.64 1 0 9 0 2 6 5 2 9
    清水裕友 山口 105期 114.44 7 0 7 1 0 5 3 4 6
    吉田拓矢 茨城 107期 117.79 4 3 6 3 0 8 4 2 5

    S級1班

    氏名 府県 期別 競走得点 BS 逃 ま 追 マ 1着 2着 3着 着外
    内藤宣彦 秋田 67期 107.04 0 0 0 4 2 3 3 5 13
    村上義弘 京都 73期 108.26 0 0 0 2 4 2 4 0 13
    香川雄介 香川 76期 110.56 0 0 0 4 4 1 7 2 8
    小倉竜二 徳島 77期 111.73 0 0 0 9 3 5 7 4 10
    諸橋愛 新潟 79期 113.09 0 0 0 6 3 2 7 3 11
    中村浩士 千葉 79期 107.79 0 0 0 5 2 3 4 2 10
    三宅達也 岡山 79期 106.07 1 0 1 6 2 3 6 4 16
    斎藤登志信 宮城 80期 106.80 0 0 0 0 2 0 2 2 6
    桑原大志 山口 80期 110.35 0 0 0 2 6 2 6 2 13
    野田源一 福岡 81期 109.30 1 0 8 2 1 2 9 4 15
    荒井崇博 佐賀 82期 113.70 2 1 4 9 0 12 2 1 5
    佐々木雄一 福島 83期 108.81 0 0 1 8 1 9 1 1 10
    竹内智彦 宮城 84期 107.74 0 0 0 3 4 3 4 7 17
    渡部哲男 愛媛 84期 109.68 0 0 0 4 9 2 11 4 14
    大槻寛徳 宮城 85期 105.64 1 0 1 3 0 0 4 1 6
    東口善朋 和歌山 85期 111.14 0 0 0 11 1 7 5 4 12
    高原仁志 徳島 85期 108.87 0 0 0 5 6 3 8 2 10
    菅原晃 大分 85期 102.39 0 0 0 3 4 0 7 2 9
    中川誠一郎 熊本 85期 110.22 4 1 6 2 0 6 3 0 9
    稲垣裕之 京都 86期 109.24 0 0 1 7 1 5 4 3 17
    坂本健太郎 福岡 86期 109.43 1 0 3 8 3 8 6 2 14
    井上昌己 長崎 86期 112.67 0 0 1 11 2 10 4 4 6
    和田健太郎 千葉 87期 112.41 0 0 1 9 4 8 6 7 11
    松岡健介 兵庫 87期 107.29 4 0 4 3 0 4 3 8 16
    岩津裕介 岡山 87期 107.44 0 0 0 2 2 2 2 4 10
    園田匠 福岡 87期 112.57 0 0 0 13 3 9 7 5 9
    大森慶一 北海道 88期 106.61 0 0 0 3 7 3 7 7 11
    佐藤友和 岩手 88期 104.88 0 0 1 2 1 2 2 1 11
    成田和也 福島 88期 111.00 1 0 0 9 2 2 9 6 7
    山崎芳仁 福島 88期 109.42 3 0 4 5 2 3 8 5 8
    渡辺一成 福島 88期 109.50 3 0 3 1 1 3 2 2 13
    南修二 大阪 88期 110.53 0 0 1 4 1 2 4 2 9
    柏野智典 岡山 88期 112.65 0 0 0 5 5 5 5 6 10
    渡部幸訓 福島 89期 111.50 0 0 0 8 1 5 4 4 5
    内藤秀久 神奈川 89期 110.42 0 0 0 8 2 6 4 3 13
    松坂洋平 神奈川 89期 108.62 2 0 2 6 1 3 6 6 11
    橋本強 愛媛 89期 109.19 0 0 0 5 4 3 6 4 13
    山田英明 佐賀 89期 111.13 7 1 4 4 0 5 4 6 8
    新田祐大 福島 90期 116.71 14 6 11 0 0 14 3 4 3
    芦沢大輔 茨城 90期 108.50 0 0 1 5 4 4 6 0 4
    浅井康太 三重 90期 114.92 0 0 6 10 1 11 6 1 7
    稲川翔 大阪 90期 111.73 1 0 0 5 2 3 4 0 8
    村田雅一 兵庫 90期 109.29 0 0 0 5 4 4 5 3 12
    池田憲昭 香川 90期 107.05 0 0 0 3 5 3 5 2 12
    阿竹智史 徳島 90期 109.19 4 2 0 4 1 5 2 4 10
    山中貴雄 高知 90期 106.07 0 0 0 9 5 9 5 2 12
    小川勇介 福岡 90期 109.28 0 0 0 5 4 4 5 7 13
    北津留翼 福岡 90期 113.41 2 1 10 2 0 11 2 1 8
    永沢剛 青森 91期 109.36 0 0 0 8 3 7 4 2 9
    菅田壱道 宮城 91期 110.18 1 1 2 11 0 9 5 5 9
    神山拓弥 栃木 91期 109.07 0 0 0 8 6 7 7 4 12
    柴崎淳 三重 91期 104.15 4 3 3 4 1 5 6 2 13
    和田圭 宮城 92期 112.81 0 0 0 4 2 2 4 4 6
    木暮安由 群馬 92期 110.11 1 0 3 7 2 6 6 2 14
    河村雅章 東京 92期 104.23 1 0 2 3 1 1 5 1 6
    鈴木裕 千葉 92期 110.82 2 0 3 6 2 9 2 6 11
    三谷将太 奈良 92期 106.28 0 0 1 5 2 2 6 6 15
    山田久徳 京都 93期 110.89 6 1 3 5 2 5 6 9 8
    根田空史 千葉 94期 109.06 16 10 3 0 0 6 7 6 12
    山田庸平 佐賀 94期 112.88 1 0 8 4 1 10 3 4 9
    小原太樹 神奈川 95期 109.00 1 0 3 4 1 5 3 3 12
    坂口晃輔 三重 95期 108.20 0 0 0 8 1 4 5 1 15
    長島大介 栃木 96期 110.96 11 5 6 2 0 12 1 3 9
    松谷秀幸 神奈川 96期 110.55 0 0 1 6 2 6 3 2 9
    深谷知広 静岡 96期 112.08 10 4 5 0 0 7 2 4 11
    福島武士 香川 96期 105.47 0 0 0 2 2 0 4 1 10
    柿沢大貴 長野 97期 105.73 0 0 1 7 3 6 5 2 9
    中本匠栄 熊本 97期 108.73 0 0 1 4 3 4 4 2 12
    武藤龍生 埼玉 98期 112.68 0 0 1 5 3 4 5 7 6
    原田研太朗 徳島 98期 113.55 10 4 22 3 0 26 3 0 4
    小松崎大地 福島 99期 110.43 10 3 6 4 1 8 6 5 11
    和田真久留 神奈川 99期 111.64 5 1 1 5 2 5 4 2 11
    阿部力也 宮城 100期 108.32 0 0 0 5 1 3 3 3 13
    吉沢純平 茨城 101期 110.25 1 1 5 3 3 7 5 4 4
    三谷竜生 奈良 101期 108.18 6 3 4 1 1 5 4 1 12
    杉森輝大 茨城 103期 107.75 0 0 0 4 4 3 5 2 14
    谷口遼平 三重 103期 108.33 12 5 3 1 1 6 4 2 9
    野原雅也 福井 103期 110.67 9 1 7 0 0 7 1 2 11
    渡辺雄太 静岡 105期 112.05 3 2 3 2 0 4 3 3 9
    新山響平 青森 107期 112.58 9 5 5 0 0 5 5 2 7
    取鳥雄吾 岡山 107期 110.38 17 10 6 0 0 9 7 3 10
    小川真太郎 徳島 107期 109.48 7 0 7 9 0 13 3 3 14
    末木浩二 山梨 109期 103.20 6 3 3 5 0 7 4 2 12
    太田竜馬 徳島 109期 108.39 7 2 2 3 0 5 2 2 9
    門田凌 愛媛 111期 107.27 2 1 2 4 0 4 3 1 7
    山崎賢人 長崎 111期 106.83 5 0 2 0 0 1 1 3 1
    眞杉匠 栃木 113期 110.27 16 11 6 1 0 11 7 3 9
    黒沢征治 埼玉 113期 106.20 7 3 4 2 1 5 5 1 14
    森田優弥 埼玉 113期 111.55 18 5 7 0 0 10 2 1 9
    松井宏佑 神奈川 113期 107.57 8 2 1 0 0 1 2 4 7
    山田諒 岐阜 113期 105.62 4 2 7 0 0 8 1 2 10
    嘉永泰斗 熊本 113期 105.58 8 4 8 1 0 7 6 3 10
    小原佑太 青森 115期 112.55 5 1 3 1 0 5 0 4 2
    坂井洋 栃木 115期 109.61 13 3 10 1 1 10 5 5 11
    佐々木悠葵 群馬 115期 109.81 5 2 6 2 0 9 1 1 10
    伊藤颯馬 沖縄 115期 106.85 10 4 5 2 0 8 3 4 5
    寺崎浩平 福井 117期 107.94 12 5 1 0 0 3 3 1 9
    町田太我 広島 117期 108.74 19 7 4 0 0 7 4 0 12

     

     

    今年のS級S班9人は、北日本2人、関東勢が最多の3人で、おなじみの中国コンビ、そして南関、近畿が1人ずつになっている。昨年は6個あるG1をすべて違う選手が制したように、地区的にみても突出しているところはない。シリーズの流れを引き寄せることが鍵になってきそうだ。
     前述したようにどの地区からでも狙えるが、5年前の取手での全日本選抜を制した平原康多を擁する地元地区の関東勢が中心とみる。グランプリで吉田拓矢、宿口陽一、平原の布陣でレースの主導権を握った。番手の宿口が発進してまくりを打ったものの、その上を古性優作にのみ込まれ平原の2着がラインとして最先着だった。

    「関東から優勝者を」の吉田の願いがかなわなかったが、ラインとしての力を見せられたことは、吉田、宿口の新S班にとっては大きな糧になろう。地元でのG1奪取に向けて照準を合わせている吉田は、新年の立川記念を優勝。浅井康太、新田祐大、清水裕友らを破っての優勝は自信になったことだろう。順調な滑り出しをみせた吉田だが、続く大宮記念では落車のアクシデント。

    左ヒザの怪我の影響が心配だが、地元の大一番には間に合うと信じたい。立川記念の二次予選で落車に見舞われた平原は、途中欠場を余儀なくされたが、大宮記念で優勝し平原らしい動きでファンの期待に応えた。そのほかにも地元の吉澤純平や眞杉匠、長島大介、森田優弥、佐々木悠葵ら機動タイプが豊富にいて、シリーズを有利に進められそうな点もプラスの材料だろう。
     松浦悠士、清水裕友の確固たる2本の柱がある中四国地区が脅威になる。昨年、松浦は7度のG3制覇にダービー、サマーナイトフェスティバルでビッグ2V。後半にやや失速した感もあるが、12月には地元の広島記念を4連勝の完全V

    で重責を果たした。柔軟な身のこなしと、そこから生み出されるスピードは松浦ならでは。勝負どころを逃さない競走センスがある清水との前後はケースバイケースだが、2人の息がかみ合えば別線は手出しできない。さらに町田太我、取鳥雄吾や四国勢も実力者がいて松浦、清水にとっては心強い。
     北日本勢は、佐藤慎太郎、守澤太志とS班2人は追い込み。それだけに軸を担うのは、新田祐大だろう。

    昨年は延期された東京五輪の影響でS班から陥落になったが、力はS班と互角で引けを取ることはない。新山響平や昨年ヤンググランプリを制した小原佑太もいてラインの厚みが増すと怖い。

    近況の新田を見るかぎり、爆発的な力を持て余すことも少なくなってきた。パワーだけに頼らない進化を見せる新田が、今年最初のG1制覇でS班返り咲きをすぐに確定させても驚かない。
     単騎でグランプリを制した古性優作だが、やはり近畿地区はラインでの競輪。それを誰よりもわかっている古性が中心となり、流れを呼び込みたい。野原雅也、寺崎浩平に稲川翔ら、各々がそれぞれの持てる力以上のものを出すことができれば、脇本雄太のいない穴も埋めることができる。
     全日本選抜連覇がかかる郡司浩平は、今年も深谷知広との連係が注目される。これまでは深谷が郡司の前を務めてきたが、逆の並びで新しい南関ラインの形が生まれる可能性も十分にある。タイトルホルダーの2人は、当然ながらそれぞれ個の力でも他地区に対抗できるが、やはり松井宏佑、渡邉雄太、和田健太郎らの加勢は1つのポイントになるだろう。
     立川記念でも抜群のパフォーマンスを見せた浅井康太は、18年の競輪祭からタイトルが遠ざかっているが久々のG1制覇があってもまったく不思議ではない。北津留翼、英明、庸平の山田兄弟、園田匠、井上昌己、中川誠一郎ら個性派がそろった九州勢も軽視はできない。

    吉田拓矢

     

     

     

     

     G1デビューは早かったが、G1の決勝進出は昨年11月の競輪祭が初めてだった。高いレベルでの試行錯誤を続けて、ようやく1つの答えを出した。隙のない立ち回りから仕掛けのポイントのつかんで、G1連続優出を狙う。

     

     

     

     持ち前のダッシュにさらに磨きをかけた昨年は、同地区の追い込み選手も手を焼く強烈なカマシで別線を置き去りにした。まだ組み立て面に進化の余地はあるが、スムーズに流れに乗れるとS班撃破も十分だろう。

     

     

     

    並外れた身体能力で自転車競輪はなかったが、早々にS級にステージを上げた。2度目のG1となった昨年の競輪祭では準決にコマを進め、惜しくも4着。9番手からのまくりで見せ場をつくった。一撃の魅力はたっぷり。

    S級S班


    氏名 府県 期別 競走得点 BS 逃 ま 追 マ 1着 2着 3着 着外
    佐藤慎太郎 福島 78期 116.54 0 0 0 7 4 5 6 10 5
    平原康多 埼玉 87期 118.67 2 0 3 7 0 7 3 1 4
    宿口陽一 埼玉 91期 114.67 3 0 2 2 2 3 3 2 10
    守沢太志 秋田 96期 112.30 0 0 1 2 1 3 1 0 6
    松浦悠士 広島 98期 116.46 7 2 6 6 2 10 6 2 8
    郡司浩平 神奈川 99期 118.55 8 2 8 3 1 10 4 3 5
    古性優作 大阪 100期 116.64 1 0 9 0 2 6 5 2 9
    清水裕友 山口 105期 114.44 7 0 7 1 0 5 3 4 6
    吉田拓矢 茨城 107期 117.79 4 3 6 3 0 8 4 2 5

    S級1班

    氏名 府県 期別 競走得点 BS 逃 ま 追 マ 1着 2着 3着 着外
    内藤宣彦 秋田 67期 107.04 0 0 0 4 2 3 3 5 13
    村上義弘 京都 73期 108.26 0 0 0 2 4 2 4 0 13
    香川雄介 香川 76期 110.56 0 0 0 4 4 1 7 2 8
    小倉竜二 徳島 77期 111.73 0 0 0 9 3 5 7 4 10
    諸橋愛 新潟 79期 113.09 0 0 0 6 3 2 7 3 11
    中村浩士 千葉 79期 107.79 0 0 0 5 2 3 4 2 10
    三宅達也 岡山 79期 106.07 1 0 1 6 2 3 6 4 16
    斎藤登志信 宮城 80期 106.80 0 0 0 0 2 0 2 2 6
    桑原大志 山口 80期 110.35 0 0 0 2 6 2 6 2 13
    野田源一 福岡 81期 109.30 1 0 8 2 1 2 9 4 15
    荒井崇博 佐賀 82期 113.70 2 1 4 9 0 12 2 1 5
    佐々木雄一 福島 83期 108.81 0 0 1 8 1 9 1 1 10
    竹内智彦 宮城 84期 107.74 0 0 0 3 4 3 4 7 17
    渡部哲男 愛媛 84期 109.68 0 0 0 4 9 2 11 4 14
    大槻寛徳 宮城 85期 105.64 1 0 1 3 0 0 4 1 6
    東口善朋 和歌山 85期 111.14 0 0 0 11 1 7 5 4 12
    高原仁志 徳島 85期 108.87 0 0 0 5 6 3 8 2 10
    菅原晃 大分 85期 102.39 0 0 0 3 4 0 7 2 9
    中川誠一郎 熊本 85期 110.22 4 1 6 2 0 6 3 0 9
    稲垣裕之 京都 86期 109.24 0 0 1 7 1 5 4 3 17
    坂本健太郎 福岡 86期 109.43 1 0 3 8 3 8 6 2 14
    井上昌己 長崎 86期 112.67 0 0 1 11 2 10 4 4 6
    和田健太郎 千葉 87期 112.41 0 0 1 9 4 8 6 7 11
    松岡健介 兵庫 87期 107.29 4 0 4 3 0 4 3 8 16
    岩津裕介 岡山 87期 107.44 0 0 0 2 2 2 2 4 10
    園田匠 福岡 87期 112.57 0 0 0 13 3 9 7 5 9
    大森慶一 北海道 88期 106.61 0 0 0 3 7 3 7 7 11
    佐藤友和 岩手 88期 104.88 0 0 1 2 1 2 2 1 11
    成田和也 福島 88期 111.00 1 0 0 9 2 2 9 6 7
    山崎芳仁 福島 88期 109.42 3 0 4 5 2 3 8 5 8
    渡辺一成 福島 88期 109.50 3 0 3 1 1 3 2 2 13
    南修二 大阪 88期 110.53 0 0 1 4 1 2 4 2 9
    柏野智典 岡山 88期 112.65 0 0 0 5 5 5 5 6 10
    渡部幸訓 福島 89期 111.50 0 0 0 8 1 5 4 4 5
    内藤秀久 神奈川 89期 110.42 0 0 0 8 2 6 4 3 13
    松坂洋平 神奈川 89期 108.62 2 0 2 6 1 3 6 6 11
    橋本強 愛媛 89期 109.19 0 0 0 5 4 3 6 4 13
    山田英明 佐賀 89期 111.13 7 1 4 4 0 5 4 6 8
    新田祐大 福島 90期 116.71 14 6 11 0 0 14 3 4 3
    芦沢大輔 茨城 90期 108.50 0 0 1 5 4 4 6 0 4
    浅井康太 三重 90期 114.92 0 0 6 10 1 11 6 1 7
    稲川翔 大阪 90期 111.73 1 0 0 5 2 3 4 0 8
    村田雅一 兵庫 90期 109.29 0 0 0 5 4 4 5 3 12
    池田憲昭 香川 90期 107.05 0 0 0 3 5 3 5 2 12
    阿竹智史 徳島 90期 109.19 4 2 0 4 1 5 2 4 10
    山中貴雄 高知 90期 106.07 0 0 0 9 5 9 5 2 12
    小川勇介 福岡 90期 109.28 0 0 0 5 4 4 5 7 13
    北津留翼 福岡 90期 113.41 2 1 10 2 0 11 2 1 8
    永沢剛 青森 91期 109.36 0 0 0 8 3 7 4 2 9
    菅田壱道 宮城 91期 110.18 1 1 2 11 0 9 5 5 9
    神山拓弥 栃木 91期 109.07 0 0 0 8 6 7 7 4 12
    柴崎淳 三重 91期 104.15 4 3 3 4 1 5 6 2 13
    和田圭 宮城 92期 112.81 0 0 0 4 2 2 4 4 6
    木暮安由 群馬 92期 110.11 1 0 3 7 2 6 6 2 14
    河村雅章 東京 92期 104.23 1 0 2 3 1 1 5 1 6
    鈴木裕 千葉 92期 110.82 2 0 3 6 2 9 2 6 11
    三谷将太 奈良 92期 106.28 0 0 1 5 2 2 6 6 15
    山田久徳 京都 93期 110.89 6 1 3 5 2 5 6 9 8
    根田空史 千葉 94期 109.06 16 10 3 0 0 6 7 6 12
    山田庸平 佐賀 94期 112.88 1 0 8 4 1 10 3 4 9
    小原太樹 神奈川 95期 109.00 1 0 3 4 1 5 3 3 12
    坂口晃輔 三重 95期 108.20 0 0 0 8 1 4 5 1 15
    長島大介 栃木 96期 110.96 11 5 6 2 0 12 1 3 9
    松谷秀幸 神奈川 96期 110.55 0 0 1 6 2 6 3 2 9
    深谷知広 静岡 96期 112.08 10 4 5 0 0 7 2 4 11
    福島武士 香川 96期 105.47 0 0 0 2 2 0 4 1 10
    柿沢大貴 長野 97期 105.73 0 0 1 7 3 6 5 2 9
    中本匠栄 熊本 97期 108.73 0 0 1 4 3 4 4 2 12
    武藤龍生 埼玉 98期 112.68 0 0 1 5 3 4 5 7 6
    原田研太朗 徳島 98期 113.55 10 4 22 3 0 26 3 0 4
    小松崎大地 福島 99期 110.43 10 3 6 4 1 8 6 5 11
    和田真久留 神奈川 99期 111.64 5 1 1 5 2 5 4 2 11
    阿部力也 宮城 100期 108.32 0 0 0 5 1 3 3 3 13
    吉沢純平 茨城 101期 110.25 1 1 5 3 3 7 5 4 4
    三谷竜生 奈良 101期 108.18 6 3 4 1 1 5 4 1 12
    杉森輝大 茨城 103期 107.75 0 0 0 4 4 3 5 2 14
    谷口遼平 三重 103期 108.33 12 5 3 1 1 6 4 2 9
    野原雅也 福井 103期 110.67 9 1 7 0 0 7 1 2 11
    渡辺雄太 静岡 105期 112.05 3 2 3 2 0 4 3 3 9
    新山響平 青森 107期 112.58 9 5 5 0 0 5 5 2 7
    取鳥雄吾 岡山 107期 110.38 17 10 6 0 0 9 7 3 10
    小川真太郎 徳島 107期 109.48 7 0 7 9 0 13 3 3 14
    末木浩二 山梨 109期 103.20 6 3 3 5 0 7 4 2 12
    太田竜馬 徳島 109期 108.39 7 2 2 3 0 5 2 2 9
    門田凌 愛媛 111期 107.27 2 1 2 4 0 4 3 1 7
    山崎賢人 長崎 111期 106.83 5 0 2 0 0 1 1 3 1
    眞杉匠 栃木 113期 110.27 16 11 6 1 0 11 7 3 9
    黒沢征治 埼玉 113期 106.20 7 3 4 2 1 5 5 1 14
    森田優弥 埼玉 113期 111.55 18 5 7 0 0 10 2 1 9
    松井宏佑 神奈川 113期 107.57 8 2 1 0 0 1 2 4 7
    山田諒 岐阜 113期 105.62 4 2 7 0 0 8 1 2 10
    嘉永泰斗 熊本 113期 105.58 8 4 8 1 0 7 6 3 10
    小原佑太 青森 115期 112.55 5 1 3 1 0 5 0 4 2
    坂井洋 栃木 115期 109.61 13 3 10 1 1 10 5 5 11
    佐々木悠葵 群馬 115期 109.81 5 2 6 2 0 9 1 1 10
    伊藤颯馬 沖縄 115期 106.85 10 4 5 2 0 8 3 4 5
    寺崎浩平 福井 117期 107.94 12 5 1 0 0 3 3 1 9
    町田太我 広島 117期 108.74 19 7 4 0 0 7 4 0 12

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    映画 ベンジャミン・バトン 数奇な人生

    2022年02月17日 12時15分34秒 | 社会・文化・政治・経済

    老人の姿で2月17日1時45分~4時45分、CSテレビのムービープラスでで観た。

    歳を取りながら若返る男。その生涯を壮大に映し出す!

    一生に一度の出逢い― 生涯、心に残る感動作の誕生。
    それは、80歳で生まれ、年を取るごとに若返っていく数奇な運命の下に生まれた、ベンジャミン・バトンの物語。
    一瞬、一瞬を、大切に生きていますか―?
    全ての出逢いを、胸に刻んでいますか―?
    これは、そうせずには生きていけない、特別な人生を送った男の物語。彼の名は、ベンジャミン・バトン。80歳で生まれ、若返っていった男。

    20世紀から21世紀にかけて、変わりゆく世界を旅した男。どれだけ心を通わせても、どれほど深く愛しても、出逢った人々と、同じ歳月を共に生きることができない、その運命。
    ―それでも、人生は素晴らしい―
    主演はブラッド・ピットとケイト・ブランシェット。

    「グレート・ギャッツビー」のF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を『セブン』『ファイト・クラブ』のデビッド・フィンチャー監督が映画化。
    あなたも、ベンジャミンの瞳で世界を見れば、人生を愛さずにはいられない。

    フィッツジェラルドの短編小説を原作にした、異色のヒューマン・ドラマ。ファンタスティックな物語に加え、VFXを駆使したブラッド・ピットの若返り描写にも目を奪われる。

    VFX(ブイエフエックス)とは、視覚効果を意味する英語ビジュアル・エフェクツvisual effectsの略で、映画テレビドラマなどの映像作品において、現実には見ることのできない画面効果を実現するための技術のことを指す。

    画像1

    1816年、ニューオリンズ。老人の姿で産まれて、慄いた父親に捨てられた新生児。黒人女性に拾われてベンジャミン・バトンと名付けられた彼は、歳を重ねるごとに外見が若返っていくように。

    船乗りとなり、戦争にも出征し、運命の女性デイジーと結ばれるが。

    80代の老人として生まれ、成長するにつれ若返り、最後は赤ん坊として死んだ1人の男の数奇な人生を悠々と綴った愛の物語「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」。

    08年度のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞を含む最多13部門のノミネートを受けた本作について、タイトルロールを演じたブラッド・ピット、ベンジャミンの生涯を最後まで見届ける最愛の人デイジーに扮したケイト・ブランシェット、そして監督のデビッド・フィンチャーに話を聞いた。(取材・文:森山京子)

    ブラッド・ピット インタビュー
    「あとどのくらいの時間が残されているのかを意識するようになった」

    ブラッド・ピットは自身初のアカデミー賞主演男優賞のノミネートとなった
    ブラッド・ピットは自身初のアカデミー賞主演男優賞のノミネートとなった

    ──アカデミー賞ノミネートおめでとうございます。

    「ありがとう。このノミネーションはみんなの努力の結果だから、みんなで喜んでいるんだ。この映画は演技、音楽、撮影、編集、脚色、そして演出、あらゆるレベルで成果を上げて、素晴らしく価値ある作品になったと思う。だから出来るだけ多くの人に、何度も何度も見て欲しいね」

    アンジー、ブラッド・ピット、フィンチャー監督 (1月29日のジャパンプレミアにて)
    アンジー、ブラッド・ピット、フィンチャー監督 (1月29日のジャパンプレミアにて)

    ──デビッド・フィンチャー監督は、2001年からこの映画に取りかかったと話していますが、あなたもその頃からプロジェクトに加わっていたのですか?

    「実際に参加したのは撮影が始まる1年半くらい前からだけど、もちろんこの企画はいつもデビッドと話していたよ。彼は、1人のキャラクターの出生から死までを追いかけ、その人生がどのようになっていくか責任を持って見て行きたいと言うんだ。人が成長していくような印象を観客に残すべきだって。だから僕はこのベンジャミン・バトンを演じたいと思ったんだ」

    ──あなたは「ベンジャミン・バトン」をどのように見ているのですか?

    「僕たちはこの限りある人生というものについて良く話したよ。企画を練っている間に、デビッドは父親の死を体験した。エリック(・ロス=脚本家)も母親の死について話していたし、撮影中にはアンジーのお母さんも亡くなったからね。そういうことに普通はあまりフォーカスしないものだよね。ホスピスで働いている友人に聞いたんだけど、最後の数日間に患者たちが話すことは、愛や喪失についてだけだというんだ。成功や業績じゃなく、愛をどのように扱って来たかに関しての後悔。それだけしか話さないというんだ。死ぬ運命だからこそ、人間は愛したいんだ。それこそがこの映画がフォーカスしているところなんだ」

    母方の祖父に似ているとのこと
    母方の祖父に似ているとのこと

    ──ベンジャミンを演じたことで学んだことはありますか?

    「僕にはあとどのくらいの時間が残されているのかを意識するようになった。そしてその時間を大切に使いたいと思うようになった。家族と、大事な人々と過ごしたいと。それから周囲の人を違う目で見るようにもなった。誰もがその人なりのストーリーを持っている。驚くほど素晴らしい瞬間を持っている。その瞬間がその人の存在になり、人生になっていくんだってことを思い出させてくれた」

    ──老人顔のシーンが長いですね。特殊メイクが大変だったでしょう?

    「あの顔が出来るまでには随分時間をかけて何度もテストをしたんだよ。最終的に決まった顔を鏡で見てびっくり。僕の母方の祖父に似ているんだ(笑)。メイクのために毎朝3時に起きるんだから大変は大変だけど、でも思ったほどじゃなかった。ただ座っているだけだから新聞を読む時間が増えたり、贅沢な面もあったよ」

    ──今より若い時を演じるのはチャレンジでしたか?

    「若い時期というのはすでに体験してきているから、年を取る方がもっと想像力が必要だったよ。過去より未来のほうがチャレンジングだと思うよ。ベンジャミンは見た目と実年齢にギャップがあるから、常に本当の年齢を計算して意識しなくちゃいけない。セットで一番大変だったのはそれだね」

    ──フィンチャー監督と組むと、いつもあなたの可能性が広がります。彼のことをどう思っているんですか?

    「映画を作る時に一番大切なのはストーリーテラーだ。その最も偉大な1人を見つけたってこと。しかも彼は僕の友人でもある。ラッキーとしか言いようがないね」

    文字通り逆さまに人生を生きていくベンジャミン・バトンと運命的に出会い、彼の奇妙な人生をまるごと受け止めて生きていくデイジー。そんな複雑な役に挑んだオスカー女優ケイト・ブランシェットに、デイジー役へのアプローチの仕方や撮影の苦労などを聞いた。(取材・文:森山京子)

    ケイト・ブランシェット インタビュー
    「人は愛すれば愛するほどより人生を生きるようになる」

    若き日から86歳の老女になるまでのデイジーを1人で演じきった
    若き日から86歳の老女になるまでのデイジーを1人で演じきった

    ──完成した作品はもうご覧になりましたか?

    「実は夕べ初めて見たの。撮影からすごく時間が経っているから、その時の経験は忘れて、素直に観客の1人として見ることができた。そして自分がこの映画の一部であることを心から誇りに思ったわ。これはまさにテクノロジーが物語を語るために使われている映画よ。デビッド・フィンチャーは潜在的に不可能で空想的な物語を 、すごく現実味のあるものに仕上げてみせた。だからとても深い感情に溢れているのよ」

    ケイト・ブランシェット (LAプレミアにて)
    ケイト・ブランシェット (LAプレミアにて)

    ──デイジー役をオファーされた時、どう思いましたか?

    「フィンチャー監督とブラッドが何かの企画について話したいと言ってきたら、そのミーティングに参加しないなんてあり得ないわ。エリック・ロスと脚本を練る作業もエキサイティングだったし、こんなに特別なこと──6歳から86歳まで演じられる役──は他にないと思ったわ。子供時代の声も私がやっているの。普通なら4、5人の俳優を使うところを1人で通してやるというのはかなりの挑戦よ」

    ──デイジーにはどんなふうにアプローチしたのですか?

    「彼女を客観的に見るのは難しいわ。この映画の野心やハートは余りにも大きくて、K2(世界第2位の山。標高は8611メートル)にアタックするような経験になると感じていたの。一体どうやればそこに登れるのか、皆目見当がつかなかった。もちろん脚本を読めば、どんな作品になるか、デイジーがどんな人間でどう演じればいいか分かるわ。でもそれだけじゃこの映画の芸術性を大事にすることにならないのよ。脚本から離れて何か他のポイントを探す必要があると思ったの。でまず、自分の人生のすべての大きな出来事を再検証したわ。それを一旦放り出して、今度はデイジーの人生の出来事をチェックしたの。彼女の転機は交通事故が起きて体がダメになった時よね。私も20代の後半に似たような体験をしていて、その時の感覚、感情はとてもよく覚えているの。そういうことから、デイジーにアプローチして行ったのよ」

    ──その感覚というのは具体的にどんな状態なんですか?

    睡魔や時間との戦いだったという本作の撮影
    睡魔や時間との戦いだったという本作の撮影

    「若い時は自分が永遠に生きるように感じているから、なんでも出来るし、傷つきにくいと思っている。でもそのフィーリングは今の私にはもうないの。デイジーも事故の後でそれを失うのよ。人は愛すれば愛するほどより人生を生きるようになるし、たくさんのものを失うという事実も知っていくのよ」

    ──演技面で最大のチャレンジは何でしたか?

    「スタミナを保つことかしら。だって大がかりなメイクをする日は朝4時半入りなのよ。そして強烈に暴力的な韓国映画を見ながら椅子に座ったまま眠りに落ちる(笑)。目を覚ますともう11時で、特殊メイクが崩れないうちに撮らなきゃいけない。時間のプレッシャーも相当あったわね」

    ──老けメイクはいかがでしたか?

    「特殊メイクの影で見落とされがちだけど、照明の効果も大変なものなのよ。監督は時に女優に不親切に照明を当てることがあるけど、そう言うとき、彼女は10歳は年老いるの。だからデビッドもそうしたわ(笑)」

    ブラッド・ピットとは、出世作「セブン」「ファイト・クラブ」につづいて3度目のコンビとなるデビッド・フィンチャー監督。上記2作以外にも「ゲーム」「パニック・ルーム」「ゾディアック」といったダークな犯罪映画で知られるフィンチャー監督が、奇妙な人生を綴った本作に惹かれた理由とは? PRのために来日した監督を直撃した。(取材・文:編集部)

    デビッド・フィンチャー監督インタビュー
    「この映画でも今まで通り結構な数の死体が出てくるよ(笑)」

    ──本作は、F・スコット・フィッツジェラルドの短編が原作でした。今まで多くの犯罪映画を手掛けてきた監督が、このストーリーに惹かれたのはどんなところなのですか?

    「まあ、この映画でも今まで通り結構な数の死体が出てくるんだけど(笑)、生と死についてのメディテーション、そしてすごいラブストーリーがあるってことだよね。原作については正直あまりわからない。なぜなら僕が読んだのはエリック・ロスの脚本で、僕らが映画を作り始める直前、05年くらいまで原作は読んだことが無かったんだ」

    12年ぶりに来日した デビッド・フィンチャー監督
    12年ぶりに来日した デビッド・フィンチャー監督

    ──そのエリック・ロスが脚本を書いた「フォレスト・ガンプ/一期一会」と本作は、ともにアメリカ南部を基点に主人公が各地を飛び回る年代記でした。

    「うーん。たしかにそうだけど、元々この『ベンジャミン・バトン』はニューオーリンズではなくて、東海岸のボルチモアが基点の話だったんだ。だから、ボルチモアで撮ろうと思ってたんだけど、中々いい感じの古い街並みが見つからなくてね。それで、ニューオーリンズに戻ったら、1920年代を思い起こさせる古くて美しい街並みがたくさんあって、気に入ってしまったんだ(笑)。結局ハリケーン・カトリーナのあとの7カ月をニューオーリンズで過ごしたわけだけど、あそこより他に完璧な場所は無かったと思う。エキストラのみんなもすごく協力的だったしね」

    ──本作にはどのように関わることになったのですか?

    「最初にこの映画の話を聞いたのは、1991年から92年頃。そのときはスティーブン・スピルバーグが映画化権を持っていてトム・クルーズ主演で撮るという話だったんだ。その後、スピルバーグとトムの話は消えて、僕の友達のスパイク・ジョーンズが監督をやるっていう話を聞いた。でもスパイクも結局は監督を引き受けずに企画から去っていった。そのあとにエリック・ロスが入ってシナリオをリライトして、それを読んで気に入った僕が入ることになったんだ。エリックのシナリオは素晴らしかったからね。それで、エリックとプロデューサーのフランク・マーシャル&キャスリーン・ケネディ夫妻と僕の4人でどう撮るかについて話し合いを始めたんだ」

    ──そのときに話し合った主な内容は?

    「エイジング──いかに年をとるか、ということだよ。だけど、僕は特殊効果、ビジュアル・エフェクト出身だから、彼らに心配しなくていいと言ったんだ。彼らも画期的な特殊効果のある映画にたくさん関わっているから、信頼してくれたよ」

    ──「ゾディアック」も2時間32分と長尺でしたが、今回はさらに15分長い2時間47分でした。最近は意識的に長尺の映画を撮っているのですか?

    「次は3時間を超える映画を目指すよ(笑)。というのは冗談として、この映画は男の一生をまるごと描いているから、やっぱり必然的に長くなる。エリックの書いたシナリオは204ページくらいあって、普通に撮ったら3時間24分の映画になるんだけど、これを2時間47分にしたんだから、僕らにしてみれば、最短時間に縮めたようなものなんだ。別に意識的に長くしようといているわけでもないんだよ」

    ──本作を見ている間、ベンジャミンが老人のとき(=小さいとき)は、スローで時間が長く感じられ、大人になっていくごとに、テンポが早くなっていったように感じられましたが、それは意図的に演出したのですか?

    「10歳の子供が感じる1日の長さは45歳の人間が感じる1日の長さと違うといったような“感じ方”の違いについてだよね。もちろん言っていることはよく分かるけど、意図的にやったわけではないんだ。エンディングなんかは念入りに仕上げたシーンがあったんだけど、最終的にはカットして、最も簡潔なものを選んだんだよ」

    ──ブラッド・ピットとは3度目のコンビですが、やはりドン・シーゲル&クリント・イーストウッド、マーティン・スコセッシ&ロバート・デ・ニーロのような関係を意識していますか?

    「ブラッドはあんまり働かないからね(笑)。彼がたくさん仕事をする気になれば、これからいくらでも一緒に映画を作れると思うけど、どうなるだろうねえ」

     

     


    映画 夏物語

    2022年02月16日 11時20分42秒 | 社会・文化・政治・経済

     

    CSテレビのザ・シネマで2月16日午前6時から観た。

    ヌーヴェルヴァーグの理念をもっとも忠実に守りながら、小さな製作規模で独特の道徳劇的な映画を発表し続ける巨匠エリック・ロメールのコメディ連作“四季のコント集“第三作。

    1989年の「春のソナタ」、1991年の「冬物語」のあとシリーズを一旦休止して「木と市長の文化会館」「パリのランデヴー」を製作したため、本作が5年ぶりのシリーズ復帰となる。

    脚本もロメール。製作のフランソワーズ・エチュガレー、撮影のディアーヌ・バラティエ、編集のメアリー・スティーヴンはいずれも「木と市長の文化会館」「パリのランデヴー」にも参加した若手女性スタッフ。

    録音のパスカル・リビエも「春のソナタ」以来の常連。音楽として実際に使用されるのは劇中歌2曲で、一曲はフィリップ・エデル、もう一曲はセバスチャン・エルムスなる変名によるロメール本人の作詞・作曲。

    出演は「おせっかいな天使」「エリザ」の新人メルヴィル・プポー、「海辺のポーリーヌ」から12年ぶりのロメール作品復帰となるアマンダ・ラングレ、新人グウェナエル・シモン、本作が日本初登場となるオーレリア・ノラン、それに映画作家のアラン・ガラなど。

    ロケ地はブルターニュ地方のディナール、サン・マロなどの海浜リゾート地。1996年度カンヌ国際映画祭「ある視点」部門クロージング上映作品。

    ストーリー

    数学の修士号を取得したガスパール(メルヴィル・プポー)はひとり、バカンスでディナールにやってきた。

    彼はクレープ専門店でウェイトレスをしているマルゴ(アマンダ・ラングレ)と友達になる。

    彼女は人類学の博士課程で、ブルターニュの民族音楽を調査しながら、休みのあいだ叔母の店で働いている。恋人は考古学者で、海外にいるという。

    彼は実はミュージシャン志望なものだから、彼女の民族音楽の調査などについて行って友情を深める。

    ガスパールは恋人レナ(オーレリア・ノラン)と落ち合ってウェッサン島に旅行するはずが、連絡のないまま約束の日から一週間経っても彼女は現れないのだ。

    ガスパールはマルゴにそそのかされてソレーヌ(グウェナエル・シモン)と親しくなり、サン・マロに住む彼女の叔父(アラン・ガラ)夫婦の家にも泊まる。

    ただし彼女は会ったばかりの男とすぐには寝ないという。彼はソレーヌと一緒にウェッサン島に行く約束をする。

    そこへ突然帰ってきたレナが彼の前に姿を現す。するとガスパールは今度はレナとウェッサン島に行くことに決める。

    ところがレナは泊めてもらってる従兄弟(フランク・カボ)と出かける用があるから、今はウェッサン島に行けないと言い出す。

    彼はそれならソレーヌと行くまでだと考え、事情を“友達“のマルゴに打ち明け、怒られる。

    ソレーヌはガスパールにレナと自分とどっちを選ぶのかを迫る。彼はその場のはずみでソレーヌとウェッサン島に行くと言ってしまった。ソレーヌからの電話を待っていたガスパールに、レナが電話してきて、従兄弟との話は断れたから、あなたの言うとおりウェッサン島に行こうという。

    さらみソレーヌからも電話がある。どちらの女にも一緒に旅行に行くと言ってしまったガスパール、そこに前から欲しかった録音機材が格安で手にはいるという電話がある。

    これを買うならば旅行には行けない。ガスパールはここぞ幸いとばかりに、女たちとの約束をキャンセルした。ラロッシェルに向かう彼を、マルゴが見送りにきた。

    今度は二人で“友達“同志ウェッサン島に行こうと提案する彼に、マルゴは九月には恋人が帰ってくるからダメよと告げた。

    スタッフ・キャスト

    Reviewed in Japan on September 10, 2015
    Verified Purchase
    <オチは明かしていませんが、かなり内容には触れてしまっています。>

    夏だ! 海だ! ヴァカンスだー!
    …ではなくて、ちょっとばかしヘンテコリンなタイトルをつけてしまいましたが、これはロメール監督自ら、主人公ガスパール(メルヴィル・プポー)の人物造形についておっしゃっていることなのです。

    そんな監督の意図をうまく体現した、若きメルヴィル・プポー君。
    西洋人にしては華奢な体型に、(あまり「夏の海」の似合わない…)色白の繊細な美貌と、タイトルどおりの優柔不断なダメっぷり満開で…いいですね(笑)…。

    ロメールの映画って、オープニングでいつも「来た、来た〜!」と思ってしまう、独特の空気感がありますが、本作も例にたがわず、ブルターニュの淡い色の空と海がぱぁーっと広がり、カモメが飛び交い、やがて向こうに海岸どおりの街並みが姿をあらわすと、すーっとロメールの術中にハマってしまいます。

    この映画のロケ地は主に国際的リゾート地ディナールと、漁業の街サン・マロです。
    映りはしませんが、ガーンジー島、ジャージー島、ヴェッサン島、レンヌ…などが会話に出てきますから、前もって地図を頭に入れてご覧になるのもおすすめです。

    会話の多いロメールの映画。でも本作は、冒頭の8分間くらいまったく会話のないのが印象的。
    メルヴィル・プポーのPVよろしく(笑)、船から上がり別荘へ、さらに海岸通や夜の街を…ひとり所在なげに歩き回る彼ををひたすら写してくれています。部屋でギターをつま弾く姿も…ちょっとウツウツとしたところも…風情があってなかなかいいです…。

    この、もの思わしげなガスパール(プポー)の様子には、実は深い事情があった・・・。

    「ボクは相手に愛されないと自分からは愛せないんだ。」…。
    「ボクよりブサイクな男が隣にいたとしても、きっと皆そっちを見て、ボクには目を向けないにきまってる。」…。
    「絶対にしたくない努力は、集団の中に溶け込むことなんだ。」…。

    などなどガスパール語録はどうもイジイジウジウジしてる(笑)。
    パーティーでも、ディスコでもひとりぽつねんとして、周りにとけこめない。
    見てくれは(プポー君だから…)よいわけですが、女の子にモテない人生を送ってきた風な、数学の修士課程を終えた音楽が趣味の若者です。

    ヴァカンスの約束を反古にしてスペインへ行ってしまった…「知的な理想の恋人」レナと、もしかしたら逢えるのではないかという期待を持って、ディナールへやってきたガスパール。
    彼はここで、「偶然」民俗学専攻の女子大生マルゴ(アマンダ・ラングレ)と出会います。
    気さくな彼女に、ガスパールは不思議とすぐに心を開き、レナのこと、自分のことなど話はじめ・・・。

    さあ、ここからです(笑)!!
    毎日毎日、海辺や近くの丘を散歩するふたりの「会話」が延々と続きます。

    フランスなのに、なぜか…「いつか見たことある…。」という親しげな美しい風景。
    明日にでもすぐ真似できそうな、マルゴのシンプルな日替わりリゾートファッション※。
    「君は友達だ。」というガスパールに「恋ごころ」を感じ、少々複雑な心境のマルゴ。
    言い争ったり、うなずいたり、からかったり。ふと会話がとぎれて、思わず「距離」が近づいてしまったり。軽いキスと、真剣な表情と、拒む手と…。

    (いつもロメールの映画を見ると思うことですが、なぜこんなに手にとるような臨場感あふれる演出ができるのでしょう?)

    だれにも経験のある、「あの」懐かしい瞬間がいっぱいの、ふたりの「散歩」風景です。
    確かに字幕では、彼らの「会話」の完全把握はむずかしいかもしれない。でも、それだけの理由で見ないのはちょっともったいない気もします。(…とはいえ、この「会話」部分がどうしても苦手だと、★の数は下がります…。)

    さて、このあとガスパールを待ち受けていたのは・・・
    マルゴの友人、(一見)イケイケな妖艶美人のソレーヌとの出会いに加えて、「偶然」のレナとの再会により、三人の女のコの間で右往左往し混迷をきわめる状況でした(笑)。

    ガスパールは、何も自分で決めませんから(だって、ロメール監督がそういうふうにしたのだから…)。

    「理想の恋人」レナのため、ギターで作曲しはじめた『〜♪海賊の娘』。
    マルゴと聞いた〜♪漁師の歌がヒントとなってやっと完成したのに…、結局は、ソレーヌに(成り行きで…)捧げてしまう…。(アコーディオン伴奏の船上の演奏は、かつて海賊横行したこの地の歴史をしのばせる素敵なシーンです。)
    このあと、「あの曲はどうなったの? 完成した?」とレナに突っ込まれ、ウロウロと目の泳ぐガスパールがなんともキュートではあります(笑)…。

    そうこうするうち、フランスの最西端に位置する観光地「ヴェッサン島」へ、(成り行きで…)三人ともと行く約束をしてしまう、日にちまでも重なって!
    優柔不断ウジウジ男の「何も生まない行動力」で、この事態をいったいどう裁いて映画は〆となるのだろうかと、不安にかられたエンディングでしたが・・・。

    いやいやおみごと!
    この優柔不断男は、まったく自分で手をくだすことなく、上手く『ケリ』が着いてしまうのでした(笑)。
    (この部分、数本の電話の会話のみでキメてしまう…究極のシンプル演出が光ります!)

    ・・・最後にガスパールのこんな言葉が(笑)。
    「これからも、こんなことはあると思う(…)。次は、自分で『ケリ』をつけるよ。」…

    (いっぱい書きましたが、「女のコ三人」のキャラにはほとんど触れてませんね…。キュートだけどちょっと太めだったり、スラッとしてるけど顔がイマイチとか…、皆女優さんらしくありません。性格のイヤなところも人ごととは思えなく、なにもかもが「等身大」なロメールの映画です。)

    ※ファッションについて:すごくオシャレというのではありません。マルゴ役のアマンダ・ラングレはスタイルもよくない(太い…)し。だからかえって自分でも試せそうで、親しみを感じます。そういうところも好きです。
     
     

    「夏物語」はロメールによる、
    「春のソナタ」(1989年)、「冬物語」(1991年)に続く
    「四季の物語」シリーズの3作目である。

    人間の一瞬の心理をさらりと描いた傑作。
    ロメール初期に見られた独特の作劇術、
    つまりセリフで語られている事よりも、
    その裏側に隠された本音の部分をいかに汲み取って楽しむか。
    この映画にはそんなリアルな人間の心理を読み解いていく面白さがある。

    「ディナールにバカンスでやって来たギャスパールは、
    ここで恋人と落ち合う予定だった。そんな彼は、たまたま入ったクレープ屋の店員、
    マルゴと知り合う。恋人が来るまでの間のこと、と何度かデートを重ねるうちに、
    今度は別の女とも知り合い……」

    モテキを迎えたかのように何故か女が集まり、
    しかし自分では行動が決断できない優柔不断な男の話なのだが、
    物語のキーとなるのはやはり女の子であり、実にロメール映画らしい。
    ちなみにその女の子というのはクレープ屋でバイトをしているマルゴであり、
    彼女はそう、「海辺のポーリーヌ」のポーリーヌ役、アマンダ・ラングレなのである。
    ギャスパールはマルゴに誘われるように行動を共にする。
    座った会話劇の多いロメールだが、今回はよく歩く。いやー、歩く歩く。
    歩きながら色々と会話をするのだが、
    ギャスパールの人間性や思考回路は分かりやすいものの、
    マルゴは分かりにくい。いつも笑顔だけれど突然怒り出してみたり。
    しかし細かな演出を拾っていくと、見えてくるものがある。
    特に最後のキス・シーン。
    ここの演出は絶品だ。
    映画全体にもくもくとたちこめる、セリフという名の煙幕を一瞬で吹き飛ばすような、
    もしくは言葉という薄闇の中で一筋の光が差し込み、
    今までぼやけてよく見えなかった輪郭を浮かび上がらせるような、
    見事としか言いようのない、キレの良い演出だ。
    何と言っても、セリフではなくアクションによって真実を浮き上がらせる手法が素晴らしい。
    このキスの意味を、ギャスパールは分からないまま去っていくのである。
    ロメールの映画は、秀逸な少女マンガを見ているようだ。

    ところで、ロメール映画のセリフは、普通の会話の言い回しと少し違っていて不自然だ、
    それは彼が学校の先生であり、少し古臭い言い回しをしているのであろう、
    などという話を聞いたことがあったが、とあるアマンダ・ラングレへのインタビュー記事で、
    彼女がロメール映画のセリフは、「巧妙に書かれたランガージュ」であること、
    「略語はないし、きっちりと正しい文法ではっきりと発音され」ているものであること、
    そして自分は、子供を叱る時以外はロメールの映画の様に話している、などと語っていた。
    ということで、ロメール映画を観てフランス語でも勉強してみようか。
     
     
     

    1月20日~2月15日で200万人新型にコロナ感染

    2022年02月15日 21時49分47秒 | 医科・歯科・介護

    国内感染、累計400万人超 死者最多236人―新型コロナ

    2022年02月15日20時11分 時事通信

    新型コロナウイルスの感染者は15日、国内で累計400万人を超えた。約2週間で100万人増えており、変異株「オミクロン株」の流行で感染者数の高止まりが続いている。
     死者は大阪府で42人、愛知県で28人など全国で236人が確認され、1日当たりとしては過去最多となった。
    神戸市が未公表だった死者121人をまとめて計上した昨年5月18日を除き、200人を超えたのは初めて。重症者は1403人で、前日から10人増えた。

    死者は大阪府で42人、愛知県で28人など全国で236人が確認され、1日当たりとしては過去最多となった。神戸市が未公表だった死者121人をまとめて計上した昨年5月18日を除き、200人を超えたのは初めて。重症者は1403人で、前日から10人増えた。
     累計感染者は昨年8月に100万人を超え、約5カ月後の今年1月20日に200万人に到達。2週間後の今月3日に300万人を超え、15日時点で407万1317人となった。
     15日は全国で新たに8万4221人の感染が確認された。東京都は7日連続で前週の同じ曜日を下回るなど「ピーク越え」の兆しが見える一方、栃木や愛知など5県では過去最多を更新した。
     東京都の新規感染者は1万5525人で、前週の火曜日と比べ1588人減少した。大阪府では1万2597人の感染が判明。重症病床の実質的な使用率は40.4%となり、吉村洋文知事が緊急事態宣言を国に要請する目安としていた40%を超えた。

    関連記事


    東京都 コロナ 16人死亡 1万5525人感染確認 7日連続前週下回る

    2022年02月15日 21時41分45秒 | 新聞を読もう

    東京都内の15日の感染確認は、1万5525人で、7日連続で前の週の同じ曜日を下回りました。また、都は、1日の発表としてはことし最多となる16人が死亡したと発表しました。

    東京都は15日都内で新たに「10歳未満」から「100歳以上」の1万5525人が新型コロナウイルスに感染していることを確認したと発表しました。

    1週間前の火曜日と比べておよそ1600人減りました。

    前の週の同じ曜日を下回るのは7日連続です。

    また、15日までの7日間平均は1万5219.4人で、前の週の81.9%でした。

    7日間平均が前の週を下回るのは4日連続です。

    濃厚接触者で症状があり、医師の判断で検査を行わずに感染と診断された「特例疑似症患者」は、768人でした。

    15日確認された1万5525人の年代別は
    ▽10歳未満が2439人、
    ▽10代が1878人、
    ▽20代が2243人、
    ▽30代が2635人、
    ▽40代が2741人、
    ▽50代が1682人、
    ▽60代が754人、
    ▽70代が552人、
    ▽80代が418人、
    ▽90代が171人、
    ▽100歳以上が9人、
    そして、
    年代が分からない人が3人となっています。

    65歳以上の高齢者は1462人で、全体の9.4%でした。

    感染経路がわかっているのは5619人で、
    「家庭内」が3906人と最も多く、69.5%を占めています。

    次に多い「施設内」は19.4%にあたる1090人で、
    このうち
    ▽保育園と幼稚園であわせて327人、
    ▽小学校で274人、
    ▽高齢者施設で266人、
    ▽医療機関で93人の感染が確認されました。

    一方、これまでの都の基準で集計した人工呼吸器かECMO=人工心肺装置を使っている重症の患者は、15日時点で14日より3人増えて77人でした。

    これとは別に、オミクロン株の特性を踏まえた新たな基準で集計している重症の患者は、14日より17人増えて、15日時点で236人となりました。

    死亡16人 1日の発表でことし最多

    また、都は、感染が確認された50代から90代の男女あわせて16人が死亡したと発表しました。

    1日の発表としてはことし最多です。

    都の担当者は「オミクロン株では重症化率は低いとされているが、感染者数が膨大で重症者と死亡者が増え続けている。ただ、感染者は少しずつ減っていて、このまま減少に向かうために重要な時期だ。高齢者や重症化のリスクがある人に広げないためにも感染防止対策を徹底して欲しい」と話しています。

    都内の病床使用率 14日と同じ58.8%

    東京都内の新型コロナの患者用の病床使用率は、14日と同じ58.8%です。

    「緊急事態宣言」発出要請検討の3つの指標

    東京都は3つの指標を用いて、一定の数値になった場合に緊急事態宣言の発出の要請を検討するとしています。

    ▽オミクロン株の特性を踏まえた新たな基準で集計した重症患者用の病床使用率か
    ▽入院患者のなかで酸素投与が必要な人の割合の、
    いずれかが30%から40%となり、かつ、
    ▽新規陽性者数の7日間平均が2万4000人に達した場合です。

    重症患者用の病床使用率 31.5%

    このうち、オミクロン株の特性を踏まえた新たな基準で集計した重症患者用の病床使用率は、14日から2.3ポイント上昇し、15日時点で初めて30%を超えて31.5%となりました。

    都の担当者は「緊急事態宣言の要請はほかの指標も含めて総合的に判断して、専門家の意見も聞きながら考えていく。感染者数はわずかながら減っているので、いまは感染者数を減らしていくために重要な時期だと考えている」と話しています。

    酸素投与が必要な人 発表なし

    また、入院患者のなかで酸素投与が必要な人の割合は、14日時点で15.3%でしたが15日は発表がありません。

    都によりますと、次の発表は16日を予定しているということです。

    新規陽性者7日間平均 1万5219.4人

    そして、新規陽性者数の7日間平均は、15日時点で1万5219.4人で、14日より226.9人減りました。