2/7(月) 18:12配信
文春オンライン
「これをイジメと言わず何をイジメと言うのかというぐらい辛いことが記載されていた」《旭川14歳少女凍死事件》調査のキーマン・今津旭川市長が“決意”の独占インタビュー60分 から続く
【画像】爽彩さんは裸の画像をいじめグループによって拡散された
「旭川市教育委員会が道教委に提出した報告書には、イジメ対策の基本である被害者からの聞き取りが全くできておらず、その後、道教委から聞き取りができていない問題を指摘されてもなお、学校や市教委はその姿勢を改めなかったことが書かれていました。これは異常と言うほかありません。加害者側の言い分だけをもって『イジメ』の事実を否定し、爽彩(さあや)さんが受けた被害を隠蔽したといえます。学校はイジメによる自殺未遂、不登校が重大事態に該当することは明白にもかかわらず、最後まで認定せずに逃げ切ろうとしたのです」
文春オンラインの取材にこう語るのは、昨年3月に北海道旭川市内の公園で凍った状態で発見された当時中学2年生の廣瀬爽彩さんの遺族の代理人弁護士だ。( #1 から読む)
発足から10カ月が経っても中間報告すらない第三者委員会
文春オンラインでは、2021年4月からこれまでに、爽彩さんが中学校入学直後から凄惨なイジメを受けていたこと、失踪直前までそのイジメによるPTSDに悩まされていた事実などを報じてきた。これらの報道を受けて、同年4月、旭川市教育委員会は爽彩さんがイジメで重大な被害を受けた疑いがあるとして本件を「重大事態」と認定。昨年5月に設置された第三者委員会では、イジメの有無と爽彩さんが亡くなったこととの因果関係、当時の学校、市教委の対応に問題がなかったかなどについて再調査を進めているが、委員会発足から10カ月が経った現在も中間報告すらされていない。
2022年1月20日、旭川市の今津寛介市長は臨時市議会で、進まぬ第三者委員会の調査に異例の勧告を行った。全国紙社会部記者が説明する。
「今津市長は今年6月までに最終報告をしなければ、独自に自らが主導する調査を実施することを明らかにした。当初、第三者委員会は昨年11月末までに調査結果をまとめるとしていたが、1000ページ以上の資料の読み込みや関係生徒への聞き取りが遅れ、11月の報告は白紙となった。昨年10月に今津市長が新市長に就任した際、『中間報告は10月中に行っていただきたい。最終報告は遅くても年度内。スピード感をもって進めてほしい』と苦言を呈していたが、遺族が要望していた、爽彩さんが失踪して1年となる2月13日どころか、年度内での報告も困難な状況となっている」
学校はなぜ「イジメはなかった」という立場を貫いたのか?
廣瀬爽彩さん
一向に進まぬ「第三者委員会」の調査に不信感が渦巻いているが、そもそもなぜ学校は爽彩さんが2019年6月に地元のウッペツ川に飛び込み、その後長期入院を強いられるようになった時期から彼女が失踪するまで「イジメはなかった」という立場を貫いたのか。もし、学校側がイジメに対して、適切な対応を取っていれば、事件は別の結末を迎える可能性もあったのではないだろうか。
今回、文春オンライン取材班は道教委が市教委から受けた「爽彩さんのイジメの件についての報告」をまとめたA4用紙およそ50枚からなる公文書を入手した(2019年9月から2021年5月までの記録)。同文書を分析すると、2019年6月に爽彩さんがウッペツ川に飛び込んだ事件などについて、当初は「自殺未遂案件」と認識していた学校と市教委が、加害者と教職員の証言のみで爽彩さんの事件を「イジメではなかった」と断定するまでの過程が浮かび上がってきた。
◆
「自殺未遂」から「パニックを起こした」へ変更された報告書
問題の公文書の最初は、地元誌「メディアあさひかわ」で爽彩さんの自殺未遂が報じられた後、市教委から道教委に令和元年9月10日付で送られた「事故速報」である。同文書では同年4月・6月頃に爽彩さんが「猥褻事案・自殺未遂事案」の被害にあったと報告している。以下は、その文書の一部抜粋だ(※個人情報保護の観点から行政によって黒塗りとなった箇所は、××と記す)。
〈《・当該生徒は、本年6月頃、××××に××××で自慰行為をさせられた。
・当該生徒は、本年6月頃、××××で××××と話をしている最中に川に飛び込み、自殺未遂をした。
・当該生徒は、自殺未遂後入院し、退院後、保護者の要望により×××中学校へ転校した》〉
黒塗り部分は推測になるが、速報の文書では、爽彩さんが地元の公園で自慰行為をさせられたこと、またウッペツ川に飛び込み、自殺未遂をするまで追い詰められていたことが明記されている。ところが、この8日後に作成された9月18日付の報告書では、爽彩さんがウッペツ川に飛び込み自殺未遂を起こした件について詳述されたが、全体のニュアンスが変更された。つまり、同事案は「自殺未遂案件」というよりは爽彩さんが「パニックを起こして引き起こされた事件である」という点が強調される内容に「変更」されたのである。以下は9月18日付文書の一部抜粋である。
〈 【(当時)××中学校(現在 ×××中学校)第1学年女子生徒の対応について】(一部抜粋)
《川への駆け下り
・6月22日(土)、当該生徒は、××××公園において、××××にからかわれパニックとなり、堤防の柵を越え、ウッペツ川の川岸に下り、川に入った(川幅1m程度、水深は膝下程度)。当該生徒は、川に入ったままスマートフォンで××中学校に電話し、対応した教員に「死にたい」と繰り返し話した。
・当該生徒は、現場に駆け付けた××中学校の教員により、川から引き上げられ、保護された。
・学校から連絡を受け、その場に駆けつけた母親はその様子を見守っていた。
・現場付近の住人が警察に通報し、××交番から警察官が駆け付けた。
・当該生徒が、自宅に帰りたくないと話したため、××中学校の教頭が母親に病院の受診を勧め、母親は同意した。当該生徒は、母親の車に乗りたくないと話したため、警察官がパトカーで××病院へ連れて行き、当該生徒はそのまま入院した》〉
爽彩さんへの『聞き取りはできていない』という不自然な一文
〈《上記の事案に対する学校の対応
(1)6月23日(日)、××中学校・××教頭は、当該生徒のスマートフォンのLINEを見た母親から、当該生徒がわいせつ画像を要求されたり性的な被害を受けたりした可能性があるとの相談を受けた。
(2)××中学校は、×××と連携し、××及び××と情報共有を行うとともに、関係生徒への事実確認及び指導、並びに関係生徒保護者への説明等を行った。
※学校はこれらのことを××××学校は、事実確認のための当該生徒へ聞き取りを現在のところできていない(以下略)》〉
9月18日付の文書では、爽彩さんは「川に飛び込み、自殺未遂をした」のではなく「川へ駆け下り」、「パニックとなり、堤防の柵を越え、ウッペツ川の川岸に下り、川に入った」とされた。注目すべきは、引用部分最後にある「学校は、事実確認のための当該生徒へ聞き取りを現在のところできていない」という一文だ。この報告書は爽彩さんへの聞き取りによるものではなく、加害生徒や教員らによる「聞き取り」を基に作成されたのだろうか。爽彩さんの遺族の代理人弁護士が語る。
「9月18日付の文書の段階では、学校は爽彩さんへの聞き取りは行っていなかったと考えています。関係者によると『川に飛び込んだ事件のあと、爽彩さんに聞き取り調査をした』という情報もあるのですが、しかし、今回の報告書にも『聞き取りはできていない』と明示されていた……。
爽彩さんはウッペツ川へ飛び込んで自殺未遂をした後に保護入院のため病院へ搬送されています。これは道教委の報告書でも、『警察官がパトカーで病院へ連れていき、緊急入院した』と記述されている通りです。ところが、学校が、緊急入院したあとに、遺族の知らぬうちに数時間に及ぶ聞き取りをしていれば、当然、記載されているはずの爽彩さんの証言がこの報告書には残っていません。しかし、母親が現場に駆け付けたことや爽彩さんが警察によって病院に連れて行かれたことなど、事件前後のことは詳細に書いてあります。爽彩さんの聞き取りの記録だけが抜け落ちるというのはとても不自然です」
学校は、いじめとして認知し、方針を保護者と共有した対応が必要
話を今回の文書に戻そう。市教委からの報告を精査し、事態を重く見た道教委は2021年10月3日付で市教委に以下のような指導を行った。
〈【旭川市立××中学校で発生した事故に係る旭川市教育委員会への指導事項】(一部抜粋)
《1 いじめの認知、早期対応
【本事案における課題】
・自殺未遂事案であるが、当該生徒への聞き取りを行わなかったこと。
・いじめの疑いがある事案としての対応ではなく、猥褻事案として指導していること。
・当該生徒の保護者に対し、学校の対応方針や指導方針を伝えていないこと。
【対応の方向性】
〇学校は、いじめとして認知し、方針を保護者と共有した対応が必要
→当該生徒がいじめではないと話していても、客観的に見ていじめが疑われる状況である。特に、当該生徒が川に入った際、「死にたい」と繰り返し訴えていることから、「心身の苦痛を感じている」ことが考えられる》〉
「学校は、いじめとして認知し、方針を保護者と共有した対応が必要」としたが、しかし、市教委はこの指導を受け入れることはなかった。10月10日付「通話処理票」には市教委の教育指導課職員が道教委の職員からの「照会」に対して、次のように回答したと記されていた。
道教委からの「照会」に対する市教委・教育指導課職員の回答
〈《(4)旭川市教育委員会の「いじめかどうか」についての認識について
次のような理由から旭川市教委では、いじめとの判断には至っていない。
(1)7月11日(木)に被害生徒が××××と発言していること
(2)学校における教育相談やいじめアンケートにおいて被害生徒のいじめ被害の訴えがないこと、また他のいじめに関する情報がないこと》〉
黒塗り部分が不明のため判然としない部分もあるが、市教委は学校が行った「いじめアンケート」並びに「被害生徒のいじめ被害の訴えがないこと」などを理由に「いじめとの判断には至らなかった」という。
母親が相談した「子ども相談支援センター」との通話の記録
その後、学校や市教委の不誠実な対応について、爽彩さんの母親は2020年1月5日に道が運営する子ども相談支援センターに電話で相談したようだ。その時の記録も今回の資料には残っていた。
〈《電話相談記録表
相談者 母
区分 教職員との関係
主な内容 学校がイジメを認めず、対応も納得いかない
1 中学1年生の娘に対するいじめは4月から始まった。暴力、お金の要求、何よりダメージが大きかったのが性的いじめ、身体を触られる、全裸・局部撮影、自慰行為強要等。これらを写真・動画によってSNSでアップされていたが、私はそのことを知らなかった
2 6/22に川から飛び込み自殺未遂を図った。いじめの加害メンバーに「助けて下さい、解放してください」と懇願し、×××等と言われてのことだった。娘は、情緒不安定・自殺願望があり、10月まで入院となった(以下略)》〉
「イジメとはいえない」という認識を改めなかった市教委
抗議の電話から11日後の1月16日に、道の担当者から電話の内容について、旭川市教委の担当者に対して「事実関係の確認」が行われた。その内容は以下の通りだ。
〈《(1)いじめの概要について
・暴力・お金の要求についての事実はない。
・当該生徒及び母親から、6月22日までの間にいじめの訴えはない。
(2)6月22日飛び込み自殺未遂の件について
・当該生徒が「助けてください、解放してください。」と発言したこと、加害生徒が××××と発言したことは、確認できていないが、××中教諭による発生直後の聞き取りにおいて、「まねをされて嫌になった」と発言している(以下略)》〉
結局、市教委は学校からの報告を基に「この件はイジメとはいえない」という認識を改めぬままだったようだ。今回の報告書で、その詳細が明らかになったといえる。
『重大事態の認定』逃れを狙った市教委による変更
爽彩さんの親族はこの報告書について、「イジメはなかったという学校の結論に矛盾するものをすべて切り捨てた文書です」と厳しく非難する。また、爽彩さんが「川へ飛び込んだ」自殺未遂事案として当初報告していた市教委が、その後、報告書で「川への駆け下り」、「土手を滑り降りて川に入った」とニュアンスを大きく変化させた点について、いじめ問題に詳しい弁護士はこう語る。
「この表現の変更の狙いは『生命、心身又は財産に(対する)重大な被害』(いじめ防止対策推進法第28条1項第1号)という法律に該当する『重大事態の認定』を逃れようとした点にあったように思います。当初の『飛び込んだ』という言葉から自殺未遂というのは伝わりますが、『駆け下りた』『滑り降りた』からは生命の危険が読み取りにくくなる。そうすると、『生命、身体に対する重大な被害』という要件を満たさなくなるので、重大事態としての認定が難しくなる。そういう意図をもって市教委は表現を変化させていったのではないでしょうか。
“イジメがない”という結論ありきの市教委
爽彩さんの親族が続ける。
「親から娘がイジメを受けているのではないかという相談があれば、教職員は少なくとも対処することが当たり前です。疑問形で聞こうが断定形で聞こうが、イジメの認知の端緒としては十分です。被害者本人がはっきりとイジメだと言わない限り、イジメの相談としてすら認めなかったのは、市教委が“イジメがない”という結論ありきで行動していたからではないでしょうか」
旭川市教育員会に今回明らかになった事実について問い合わせた。爽彩さんへの聞き取りを行ったかについては「第三者機関である旭川市いじめ防止等対策委員会による調査が進められていますので、回答を差し控えさせていただきます」。市教委がイジメと判断しなかった理由については「本事案については、当時旭川市教育委員会で把握していた事案の発生の経緯や生徒同士の関係性等に関する情報から、いじめの認知には至っておらず、そうした判断やその後の対応を含め、現在、旭川市いじめ防止等対策委員会による調査が進められているところであり、その結果を真摯に受け止めてまいります」と回答があった。
14歳の少女が氷点下の夜に姿を消した日からまもなく1年。爽彩さんの命が危ぶまれるサインは何度も出ていたが、最後まで見て見ぬふりをした学校の責任は重い。
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中学2年の少女を死に追いやったのは、誰か?
凄惨なイジメの実態、不可解な学校の対応――。遺族・加害者・関係者に徹底取材した文春オンラインの報道は全国的な反響を呼び、ついに第三者委員会の再調査が決定。北の大地を揺るがした同時進行ドキュメントが「 娘の遺体は凍っていた 旭川女子中学生イジメ凍死事件 」として書籍化。母の手記「爽彩へ」を収録。