今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「自分が無名だということは、有名になる気のない人には当り前なことだが、有名になる気のある人には残念なことである。有名になる気がない人といえば聞えはいいが、それは有名になる見込みがない人のことだと、見込みのある人は思う。」
「芥川龍之介を認めたのが、夏目漱石であったのは何よりだった。二人は共に有名だから語り草になったのである。これが漱石でなく無名の別人だったら話にならない。無名の別人も認めただろうが、その名は残っていないから知らない。」
「無名の人もその名をとどめたがる。」
「新しい取巻きに取巻かれて得意にならない人はない。十年二十年取巻かれていれば別人になる。初めて推してくれた人の前でだけ、もとの無名にかえるのは困難である。」
「天才だといった世間はすぐ忘れるが、言われた当人は忘れない。」
「『告白』というものは多くまゆつばである。自慢話の一種ではないかと私はみている。」
「作者と作品は別もので、作品がすべてで作者はカスであることもあり、作品と作者は似ても似つかぬものであることもあって、作者を知ることは作品の理解をさまたげることが多いのである。」
(山本夏彦著「ダメの人」所収)