今日の「 お気に入り 」は 、アメリカの詩人 エミリー・ディキンソン( Emily Dickinson 、1830 - 1886 )
さん の 短詩一篇 「 わたしは誰でもない人 ! あなたは誰 ? 、" I'm Nobody ! Who are you ? " 」 。
以下に 、訳詩 、原詩 の 順に 引用します 。
「 わたしは誰でもない人 ! あなたは誰 ?
あなたも ―― また ―― 誰でもない人 ?
それならわたし達お似合いね ?
だまってて ! ばれちゃうわ ―― いいこと !
まっぴらね ―― 誰かである ―― なんてこと !
ひと騒がせね ―― 蛙のように ――
聞きほれてくれる沼地に向かって ―― 六月じゅう ――
自分の名前を唱えるなんて ! 」
「 I’m Nobody ! Who are you ?
Are you ―― Nobody ―― Too ?
Then there's a pair of us ?
Don't tell ! they'd advertise ―― you know !
How dreary ―― to be ―― Somebody !
How public ―― like a Frog ――
To telll one's name ―― the livelong June ――
To an admiring Bog ! 」
( 出典: 亀井俊介 編「 対訳 ディキンソン詩集 ―― アメリカ詩人選 ( 3 ) 」 岩波文庫 )
インターネットのフリー百科事典「 ウィキペディア 」日本語版 に 掲載されている 、
㈱ 岩波書店 刊 「 対訳 ディキンソン詩集 ―― アメリカ詩人選 ( 3 ) 」の編者で 、東大名誉教授 亀井俊介さん 、
御年 89歳 の 「 来 歴 ・ 人 物 ・ 受賞歴 」 紹介 記事 を 以下に 引用 します 。
「 亀井 俊介( かめい しゅんすけ、1932年8月14日 - )は 、日本の比較文学者 、アメリカ文学者 、
アメリカ大衆文化研究者 、東京大学教養学部名誉教授 。
来 歴
岐阜県中津川市 生まれ 。新制岐阜県立中津高等学校卒業 。1953年 、東京大学文学部英文科卒 。
1952年 、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了 。はじめ詩人を目指していた 。
同大学院比較文学比較文化専攻博士課程 在学中に休学し 、セントルイスのワシントン大学に
留学 。メリーランド大学大学院 などをへて 、1962年に 帰国して 大学院に復学 。
1963年 、東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士課程、単位取得退学 。
師の一人に 島田謹二 がいる 。
1963年 東大教養学部助教授 、1984年 教授 、1993年 定年退官 、名誉教授 、東京女子大学教授 、
2003年 岐阜女子大学教授 。2020年 同退職 。
1971年 に『 近代文学におけるホイットマンの運命 』で 日本学士院賞 を受賞している 。
1973年 には 日本学術振興会派遣海外研究員 として 、ニューヨーク州立大学オルバニー校 に
留学して 、アメリカ大衆文化研究の先駆け となった 。
人 物
著書多数あり 、アメリカ大衆文化に詳しく 、性革命に関する著作もあり 、『 マリリン・モン
ロー 』を出したときは 、東大教授 が 岩波新書から出した というので話題になった 。
司馬遼太郎の愛読者 でもあり 、新潮文庫版の『 峠 』や『 アメリカ素描 』の解説を書いている 。
また 日本女子大学教授 だった 妻 亀井規子( 旧姓山名 、規子の父は法学者の 山名寿三 )の死後 、
遺著『 ヴィクトリア朝の小説 』( 研究社 )を刊行している 。手記『 わが妻の「 死の美学 」』
を出した 。
2007年 にはその研究活動の出発点であった『 アメリカ産の日本詩人 』ヨネ・ノグチ( 日本名
野口米次郎 、イサム・ノグチの父 )の復権を目指し 、『 ヨネ・ノグチ英文著作集 』全6巻を編集 、
別冊日本語解説 を書いた 。
受賞歴
1970年 、博士論文『 近代文学におけるホイットマンの運命 』で学士院賞
1976年 、『 サーカスが来た! 』で日本エッセイスト・クラブ賞
1976年 、『 サーカスが来た !』で日米友好基金図書賞。
1994年 、『 アメリカン・ヒーローの系譜 』で大佛次郎賞
2008年 、瑞宝中綬章受勲
2015年 、『 有島武郎 』で和辻哲郎文化賞受賞
2017年 、『 日本近代詩の成立 』で日本詩人クラブ詩界賞受賞 」
引用 、ここまで 。