今日の「 お気に入り 」は 、最近読んで 、もろもろ 腑に落ちた論考 。
社会学者 橋爪大三郎さん ( 1948年10月21日 - ) の「 北朝鮮の金王朝 」
についての解説から 、備忘の為 、抜き書き 。
引用はじめ 。
「 北朝鮮の金王朝を理解するには 、補助線がいくつか必要だ 。
第一の補助線は 、儒教である 。
中国は儒教の国だ 。朝鮮も 、儒教の国だ 。必死で中国を真似
した 。科挙も採り入れた 。親族集団も儒教風 。ちっとも儒教
風でない日本とは 、まるで違う 。
儒教はいう 。最初の王は堯 。つぎが舜 、つぎが禹 。古典にあ
る通り 、王たちは有能な部下を順に抜擢した 。禅譲である 。
禅譲( 能力主義抜擢人事 )が儒教の理想だ 。
そして禹は 、自分の子に王の位を譲った 。以下 、子から子
に血縁で受け継ぐ 。世襲である 。こうして最初の王朝( 夏
王朝 )が始まった 。世襲は 、儒教の実際である 。
中国共産党政権は、毛沢東→華国鋒→トウ小平→江沢民→
胡錦濤→習近平 、と抜擢人事でポストを引き継いだ 。禅譲
である 。北朝鮮は 、金日成→金正日→金正恩 、親から子に 、
ポストを受け継いだ 。世襲である 。
マルクス・レーニン主義の原則とは関係ない 。でも 、儒教
の原則には合っている 。」
「 北朝鮮の独裁体制の 、本質は何だろう 。マルクス・レーニ
ン主義ではない 。儒教の王朝か? 少し近いかもしれない 。
日本の天皇制とも 、そっくりである 。
北朝鮮の『 主体思想 』をつくった 黄長ヨプ は 、戦前の日本
で教育を受けた 。朝鮮は 、1910年から1945年までの35年間 、
大日本帝国の一部だった 。主体は国体の焼き直しだ 。金日
成が 、『 天皇 』の抜けたあとにすっぽり収まっても不思議
はない 。
儒教の皇帝と 、日本の天皇制 。これを足して 2 で割ったの
が金王朝だと考えると 、いろいろ説明がつく 。」
「 天皇は『 万世一系 』で 、アマテラスや神武天皇と血がつな
がっている 。金日成→金正日→金正恩 、は『 白頭山の血統 』
だという 。神話にさかのぼるところが共通している 。儒教に
はない特徴だ 。
いっぽう金王朝は 、皇帝権力の要素もある 。天皇はふつう 、
権力を直接ふるわない 。皇帝はふつう 、実際に権力をふるう 。
金王朝を天皇制とみるなら 、言わば『 天皇親政 』だ 。天皇
親政は 、戦前昭和の総力戦体制のキーワードだ 。北朝鮮は建
国以来ずっと 、総力戦体制なのである 。」
「 皇帝にも天皇にも似てはいるが 、要は独裁者である 。
独裁は 、効率的である 。民主主義のややこしい意見調整や 、
法の縛りは関係ない 。独裁は 、不安定である 。独裁者はなん
でも決定するから 、どんな失敗も自分の責任になる 。部下の
せいにして 、粛清する 。
そして独裁者は 、うまく後継者に権力を引き継がないと 、体
制が崩壊してしまう 。そして権力の継承のルールがない 。こ
れがアキレス腱だ 。
独裁体制の安定のためには 、後継者が決まっているとよい 。
でもそう簡単ではない 。」
「 北朝鮮の体制が続くカギは 、安全保障 。そのため核開発を
進めてきた 。核弾頭を数十発製造し 、アメリカに届こうと
いうミサイルも開発した 。あとは ,潜水艦搭載のSLBMが
配備できれば 、万全だ 。もうアメリカの武力を恐れる必要
はない 。核保有国として 、アメリカと対等に交渉できる 。
もうひとつのカギは 、独裁を維持し 、『 白頭山の血統 』
を守りぬくこと 。かつての日本風に言えば 、『 国体を守れ 』
である 。金与正が後継者になった 。北朝鮮にはもう後がない 、
ということだ 。
金与正に男子がいるとして 、権力を継承させられそうにない 。
『 白頭山の血統 』と言いにくいからだ 。この問題は日本の 、
女系天皇を容認するかの議論と似ている 。女系は 、天皇制の
伝統ではない 。でも 、そんなことを言っている場合ではない 。
国民の合意があれば 、女性天皇 、そして女系天皇でもよい
ではないか 。
同じ理屈を 、北朝鮮の指導部も考えた 。金与正が後継者に
なるとすれば 、そういう意味になる 。日本の女性天皇は 、
国民の暖かい合意に包まれるだろう 。女性独裁者の金与正は 、
暖かく迎えられるか疑問である 。
独裁政権なるものは 、ひと握りの人びとの利権や特権のかた
まりである 。多くの人びとがそれを支持しないと声をあげれ
ば 、あっさり倒れる 。
金与正は 、それでも政権を守ろうとする 、北朝鮮の切り札で
ある 。でももう 、ほかに切り札は残っていないかもしれない 。」
引用おわり 。
( ついでながらの
筆者註:「 橋爪 大三郎( はしづめ だいさぶろう 、1948年10月21日 - )は 、
日本の社会学者( 社会学修士 ) 。理論社会学 、宗教社会学 、
現代社会論が専門 。大学院大学至善館教授 。東京工業大学
名誉教授 。元東京工業大学世界文明センター副センター長 。
神奈川県出身 。開成中学校・高等学校を経て 、東京大学文学部
社会学科卒業 。東京大学大学院社会学研究科博士課程を単位
取得退学してのち 、執筆活動を続けるかたわら 、言語研究会 、小室
直樹ゼミナール等に参加 。言語を社会現象の根幹に位置づける言語派
社会学の構想を展開する 。比較宗教学 、現代社会論 、現代アジア
研究 、日本プレ近代思想研究なども手がける 。著書に 『 はじめての
構造主義 』( 1988年 )、 『 世界がわかる宗教社会学入門 』
( 2001年 )、 『 戦争の社会学 』( 2016年 )など 。
人 物
参加していた全共闘で 、ベトナム反戦運動の一環として新宿駅の
ターミナルを通過する貨物列車を足止めする騒動を起こしたのち 、
逮捕されそうになるが 、逃げおおせた 。 ・・・ いいね!
日本福音ルーテル教会の教会員( 信者・クリスチャン )であり 、
福音ルーテル教会のイベント・講演会でしばしば講師を務めている 。
大澤真幸との共著 『 ふしぎなキリスト教 』 は 新書大賞2012を受
賞したが 、キリスト教研究者からは事実面の誤りを指摘されている。
経 歴
1972年 東京大学文学部社会学科卒業
1974年 東京大学大学院社会学研究科修士課程修了
1977年 東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学
日本学術振興会特別奨励研究員
1989年 東京工業大学助教授
1995年 東京工業大学教授
2013年 東京工業大学名誉教授 」 ・・・ いいね!
「 黄長ヨプ
黄 長燁( 朝 : 황장엽 、日本語読み:こう・ちょうよう 、
朝鮮語読み:ファン・ジャンヨプ 。1923年〈 大正12年 〉
2月7日 - 2010年10月9日 )は 、朝鮮民主主義人民共和国
( 北朝鮮 )の思想家で 主体思想の理論家 、政治家 。元
朝鮮労働党国際担当書記 。1997年に大韓民国( 韓国 )に
亡命し 、死去するまで韓国に在住していた 。
生 涯
咸鏡道出身とも平壌の江東郡出身とも言われる 。地主の
家庭に生まれた 。中央大学法学部で学んだ 。そのため教
養のある日本語を話すことができ 、北朝鮮在住時から度々
日本のメディアによるインタビューに日本語で応じていた 。
大学は2年次で中退し 、平壌に帰ってからは母校である
平壌商業学校の数学と珠算の教師をしていた 。
1949年 、ソ連のモスクワ大学へ留学し哲学博士号を取得する 。
帰国後は金日成総合大学で教鞭を執り 、1965年に同大学総長
に就任 。1970年には朝鮮労働党中央委員会委員に就任し 、
その後は党の国際担当書記や最高人民会議外交委員会委員長
などの要職を歴任する 。この時期には 金日成国家主席の側近で
あり 、そのゴーストライターとも言われた 。 」
以上ウィキ情報 。 )