「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

ポリコレ Long Good-bye 2024・04・15

2024-04-15 05:55:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」 、今読み進めている本の

 中から 、 備忘のため 、抜き書きした文章 。

  引用はじめ 。

  「『 人間とはふしぎなものだ 』と主水正が云
  った 、『 悪人と善人とに分けることができ
  れば 、そして或る人間たちのすることが 、  
  善であるか悪意から出たものであるかはっき
  りすれば 、それに対処することはさしてむ
  ずかしくはない 、だが人間は善と悪を同時
  に持っているものだ 、善意だけの人間もな
  いし 、悪意だけの人間もない 、人間は不
  道徳なことも考えると同時に神聖なことも
  考えることができる 、そこにむずかしさと
  たのもしさがあるんだ 』
  『 これは驚いた 』と津田大五が云った 、
  『 なにを仰ろうというんですか 』 
   主水正はそっと溜息をつき 、遠い出来事
  を思いだそうとするような口ぶりで云った 、
  『 ずっと昔 、巳の年の騒動のときに 、
  先代の滝沢主殿どのがその裁きに当って 、
  ―― 正しいだけがいつも美しいとはいえ
  ない 、義であることが常に善ではない 、
  と云われたそうだ 』
   大五は徳利を取って見せた 、『 勝手に
  飲ませてもらいますよ 』
  『 六条図書とその一味は悪人でもなし 、
  悪事をたくらんでいるわけでもない 』と
  主水正は続けて 、穏やかに云った 、『 か
  れらはかれらなりに 、家中の弊風を除き 、
  政治を正(まさ)しくおこなおうとしたんだ 、
  それは紛れもない事実なんだ 、しかし残
  念ながら 、かれらが弊風と認めたものに 、
  かれら自身も縛られてしまった 、ひとこ
  とで云えば 、五人衆に代って上方資本の
  導入をやったことだ 、家臣に対する御借
  上げ金 、豪農 、富商に対する御用金 、
  新らしい銭札の発行など 、みな御新政の
  威力を示すための手段だった 、わが藩の
  ように物成りが豊かで 、泰平安穏な年月
  に慣れているところでは 、この手段はい
  ちおう効果的だ 、反抗するまえにまず畏
  縮してしまう 、打たれたことのない子供
  が打たれると 、拳を見ただけで怯えるよ
  うにだ 』
  『 けれどもその拳に嚙みつく子だってい
  ますよ 、たとえ相手が親であってもね 』
  『 打ったあと親は 、たいてい菓子でも
  やって打った理由を云い聞かせるだろう 、
  だからこそ打つことも 、ときに子どもの
  ため必要だと云えよう 』と主水正は続け
  て云った 、『 しかしまた 、打つことに
  慣れ打たれることに慣れる親子もある 、
  御新政はそのかたちに似てゆくようだ 、
  六条一味は権勢をにぎるために上方資本
  を入れた 、それは便法だったが 、いま
  はその上方資本にがっちりと縛りあげら
  れ 、長い年月にわたって綿密に計画し
  てきた政策を 、実行する自由さえ失っ
  てしまった 』
  『 それはどうですかね 』大五は湯呑で
  冷酒(ひやざけ)を啜りながら云った 、
  『 私には一味が 、綿密な計画などたて
  てはいなかった 、というふうに思えて
  きたんですがね 』」


  「『 かれらは滝沢氏一派の 、三代にわた
  る権勢を奪回しようとし 、周到にその
  計画が練られたことは事実だ 』と主水
  正が云い返した 、『 かれらは権勢の座
  を占めるために 、松二郎さま擁立とい
  う旗印をかかげ 、みごとにその望みを
  達した 、私が云いたかったのはここの
  ところだ 、私はかれらを私欲のために
  藩政転覆を計った一味であり 、武家道
  徳に反する悪人たちだと思った 、しか
  し違う 』
   主水正は眼をつむって 、そっと頭を
  左右に振った 、『 政権はにぎったが 、
  同時に資本力というものに縛られてし
  まい 、卍屋一派の思うまま 、云うま
  まにならざるを得なくなった 、寛政七
  年の大火と 、同じ年に幕府から命ぜら
  れた東照宮修築のため 、御恩借嘆願
  という事があった 、資金調達のために 、
  五人衆が上方の三家 、つまり鴻ノ池 、
  三井 、難波屋から借りたことにし 、
  実際は自分たちで調達したように拵えた
  件だ 』
  『 それはいつか聞きました 』
  『 私はまだ若かったので 、五人衆を憎
  み 、そんなに明白なからくりを見逃し
  ている重職の人たちを憎んだ 、いまは
  違う 、いまになって考えてみれば 、た
  とえ五人衆が私腹を肥やしたとしても 、
  その利得は領内にたくわえられていた 、
  それが現在はどうか 、領内からあがる
  農産業の利得は 、その大半を上方へ持ち
  去られてしまうのだ 』
   滝沢氏時代にあった重職と富商 、豪農
  たちとのくされ縁は 、現在おこなわれ
  ている御新政より 、はるかに藩家のおた
  めにもなり 、藩の財政の安泰を保つこと
  に役立っていた 、人も世間も簡単ではな
  い 、善意と悪意 、潔癖と汚濁 ,勇気と
  臆病 、貞節と不貞 、その他もろもろの
  相反するものの総合が人間の実体なんだ 、
  世の中はそういう人間の離合相剋(そうこ
  く)によって動いてゆくのだし 、眼の前
  にある状態だけで善悪の判断はできない
  おれは江戸へ来て三年 、国許ではまった
  く経験できないようなことをいろいろ経
  験し 、国許には類のない貧困や悲惨な出
  来事に接して 、人間には王者と罪人の区
  別もないことを知った 、と主水正は云っ
  た 。
  『 失礼ですがね 』と大五が苦笑いをし
  ながら遮った 、『 じつのところ私は 、
  三浦さんのそういう話は聞きたくない 、
  もっとはっきり云えば 、私には財政や
  経済のことはわからないし 、わかりたい
  とも思わない 、私はただ御新政という美
  名に隠れたきたならしい陰謀を叩き潰す
  こと 、悪人どもの追放と 、殿の安否を
  慥かめること以外にはなんの興味も心配
  もない 、ええ  、特にむずかしい話は
  ごめんです
  『 特にむずかしい話をしたつもりはな
  いんだがな 』
  『 気に障ったら勘弁して下さい 、私が
  第一に聞きたかったのは殿の御動静です 』」 

  ( 以下は 、主水正が 、下屋敷に幽閉されている
    藩主 昌治を救出すべく意を決して 、津田大五
   と庄田信吾を従えて 、下屋敷の臆病口の潜り戸
   から屋敷内に入っていく場面 。)
 

  「  主水正はもの悲しいような 、うらさびれた
  感じにおそわれた 。これは盗みのようなも
  のだ 、殿をここから救い出すことは 、おれ
  たちにとって正しい 。けれどもこれは六条
  一味の裏を掻くことになる 。不法に監禁さ
  れている殿を救い出し 、ゆがんだ御新政を
  改正することは 、領民ぜんたいに対する責
  任ともいえよう 。だが六条一味も不正をお
  こない 、私腹をこやすというだけでやった
  仕事ではないだろう 。かれらにはかれらの
  理想があるのだ 。将軍家がおのれの血のか
  よっている者を 、大名諸侯の中へ移し入れ
  ようとする 、それは昔から数えきれないほ
  どしばしば 、もちいられた策謀である 。
  それによって幕府がどれだけのものを掴み 、
  望んだような実効をどれほど得ることがで
  きたかどうか 。おそらく実際に役立った例
  は極めて稀であろうが 、少なくとも幕府に
  はそうすることが 、幕府の政体にとって必
  要だと思ったから 、そういう方法をとった
  のであろう 。六条一味はその幕府の権力を
  背景に 、長い年月にわたって隠忍してきた
  席を 、初めて自分たちのものにした 。そし
  てその席を確保しようとしているのである 。
  そのためにかれらは力と知恵のある限りを駆
  使している 。そのこと自体に悪はない 。御
  新政に多くの誤りはあるが 、誤りは現われた
  結果であって 、六条一味が私利私欲に溺れた
  ためではないだろう 。七万八千石の藩政が 、
  私利私欲でやってゆける筈はないからだ 。長
  い年月 、かれらは現在の席を待ち望んでいた 。
  かれらはその席に坐った 。それをいまおれた
  ちは転覆させようとしている 。これは紛れも
  なく盗みだ 、と主水正は思った 。

  引用おわり 。

 ( ´_ゝ`)フーン

 

  

  

   春爛漫 。

 

コメント
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