今日の「 お気に入り 」は 、今読み進めている本の
中から 、 備忘のため 、抜き書きした文章 。
欧米流の「 ポリコレ 」さかんな 21世紀日本では
書いてはいけない「 差別用語 」 が 、20世紀 昭和
の 時代小説 には 、容赦なくバンバン出てくる 。
伏せ字にしてたらキリがない 。
引用はじめ 。
「 主水正は手を伸ばし 、大五の肩をそっと叩
いた 。刀を抜くなよ 、と主水正は囁いた 。
まもなく 、提灯の明りが見え 、それがこっ
ちへ近づいて来た 。主水正はその一人が 、
清絹(すずし)の寝衣を着た飛騨守昌治だ 、と
いうことを認めた 。まえよりも少し肥え 、
陽にやけた手足が 、はるかに健康を増したよ
うに思え 、主水正は安堵の深い溜息をついた 。
提灯を持っていたのは相良大学であった 。な
んのために人目につく提灯などを持っている
のか 、と主水正は訝しく思った 。昌治は大
股に近づいて来 、主水正の前で立停った 。
大股に近づいて来る昌治の足の下で 、夜露
を吸った芝の湿った音が荒あらしく聞えた 。 」
「『 ・・・ 私どもは殿をここからお伴れ出
し申すために 、命を賭けているのです 、
どうぞこのまま 、私どもとごいっしょに 』
『 おれはここにいる 』昌治は静かに首を
振りながら云った 、『 ―― いつか主水は 、
おれが堰の工事にかかろうとしたとき 、い
まは早い 、もう数年先まで待ってくれと云
った 、こんどは同じことをおれが云う 、
おれのことはもう暫く待ってくれ 』
こんどの計画はうまくゆきすぎた 、もの
ごとがこんなに故障なく 、うまくゆきすぎ
るというのは不自然だ 。
『 そればかりではない 』と昌治は力のこ
もった口ぶりで続けた 、『 かれらはいま
大きな壁に突き当っている 、兄が将軍家の
血を引いているということを 、唯一の頼み
にして事を起こしたが 、根本的に藩政を刷
新するという具体案を持っていなかった 、
いま新政とかれらのいう政治のやりかたは 、
ただおれのやった事を壊すだけが目的で 、
新らしい効果のある政事(まつりごと)はな
にもやってはいない 』
『 殿は 』と主水正が反問した 、『 それ
をどの程度まで御存じですか 』
『 おれはめくらでもつんぼでもない 』
『 それならなおさら 、殿がこのまま閉じ
込められておられる時ではない 、とお思い
にはなれないでしょうか 』
『 いや 、そうではない 』昌治は片手を振
って遮った 、『 そうではないんだ 、かれ
らはいま自分で墓穴を掘っている 、その墓
の底はもう見えている 』
『 私どもはそれよりも 、殿の御一身のこと
が大切だと思っているのです 』
『 無用だ 』と昌治が屹(きつ)とした口ぶり
で云った 、『 おれのことは心配するな 、
かれらがもしおれを消すつもりならば 、と
いうより 、かれらにそれだけの自信と決意
があったら 、初めにおれの寝首を掻いてい
ただろう 、そうは思わないか 』
主水正は答えなかった 。」
「 主水正には答える言葉がなかった 。
『 かれらにはおれを殺すほどの自信も決意
もなかった 』と昌治は続けて云った 、
『 かれらは機会を逸したのだ 、かれらには
もうおれに手を出すことはできない 』
『 しんじつそうでしょうか 』
『 世の中にしんじつそうだと云い切れるもの
があるか 』と昌治が反問した 、『 おれが家
督を相続したとき 、こんな事が起ころうとは
夢にも思わなかった 、しかし事は起こった 、
かれらがおれにこれ以上なにもできない 、と
いうのもおれがそう認めただけで 、それが誤
認であるかどうかはわからない 、おそらく誰
にも真偽の判別はできないだろう 、だがおれ
は自分の勘に誤りがないと信じているし 、そ
の信念が壊されるまでは 、信じたことにゆる
ぎはないと思う 、それが人間の生きている証
明ではないのか 』
『 お言葉を返すようですが 』と主水正が低
い声で云った 、『 殿はいま 、かれらが墓穴
を掘っており 、その底もすでに見えていると
仰せられました 、もしもかれらがその事実に
気がつきましたら 、このまま殿を御安泰に置
くでしょうか 』
『 それは落雷を恐れるようなものだ 』と云っ
て昌治は微笑した 、提灯の明りで 、昌治の白
い歯がはっきりと見えた 、『 ―― どこへ 、
いつ 、雷が落ちるかと心配しても 、現実には
なんの役にも立たない 、かれらは初めにおれ
の命をちぢめるべきだった 、それがかれらに
は出来なかった 、ここをよく考えてみろ 、主
水正 、―― 初めに出来なかったことを 、い
まになって慌ててやることが出来ると思うか 』
主水正は圧倒された 。昌治の自信の強さには 、
から威張りでない実感がこもっていた 。主水正
は心の中でまた舌を巻き 、これほどの人物とは
知らなかった 、と改めて思った 。殿はおれた
ちより一枚上だ 、一枚どころか 、遥(はる)か
に人間としての格が違う 、と主水正は思った 。
『 おれのことは心配するな 』と昌治は言葉を
刻みつけるように云った 、『 かれらがゆき詰
まることはもう眼に見えている 、おまえたちが
無理をするまでもない 、かれらが兄の松二郎
を表面に出せないのは 、将軍家にお目見えを
していないからだ 、そして苦し紛れに新太郎
を立てようとしている 、ごまかしだ 』
『 けれどもそれが公儀に認められましたら 』
『 千に一つだ 』昌治は振り向いて三歩歩き 、
三歩戻ってまた 、主水正の前に立った 、『 新
太郎は白痴に近い 、彼を将軍家との対面に出す
というのは 、千に一つの冒険だ 、かれらにそ
んな勇気があると思うか 』
主水正は考えてから云った 、『 私には 、そ
の賭けは大きく 、また危険すぎると思いますが 』
『 巳の年の騒動このかた 、大きな賭けは続い
てきた 、いまは長い年月にわたって膿んでいた
腫物が 、つぶれたようなものだ 、亀裂のはい
った崖の亀裂が剝げ落ちて 、新らしい不動な岩
が出たようなものだ 』
これからはやぶれた腫物の治療をし 、新らしく
露出した岩を 、崩れないように固めることだ 。
いそぐな 、と昌治は云った 。
『 江戸のことはいい 、主水は国許へ帰れ 』昌
治はそう云い 、片手を主水正の肩にそっと置い
た 、『 おれのことは心配無用だ 、国許へ帰っ
て待っているがいい 、もういちど云うが 、決
していそぐがないことだ 、諄(くど)いようだが
念を押しておくぞ 』
主水正は静かに低頭し 、ではこれで別れると
云って 、昌治は相良大学を伴れ 、大股に去っ
ていった 。遠ざかってゆく提灯の火と 、その
明りに照らされた昌治のうしり姿を見送りなが
ら 、主水正は眼の熱くなるのを感じた 。
『 おれたちには一と言もお言葉なしか 』と津
田大五が云った 、『 薄情な人だ 、尤も昔か
ら薄情なところのあるお人だったがね 』
『 帰りましょう 』と庄田信吾が云った 、
『 私たちの役目は済んだようですから 』
三人はきびすを返した 。」
引用おわり 。
( ついでながらの
筆者註:「 ポリコレ
『 パリコレ 』が略称の『 パリ・コレクション 』
とは異なります 。
ポリティカル・コレクトネス( 英: political
correctness 、略称:PC 、ポリコレ )とは 、社
会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を
与えないように意図された政策( または対策 )な
どを表す言葉の総称であり 、人種 、信条 、性別 、
体型などの違いによる偏見や差別を含まない中立的
な表現や用語を使用することを指す 。『 政治的正
しさ 』『 政治的妥当性 』などと訳される 。なお 、
特に 性別の差異を回避する表現を 性中立的言語と
言う 。また ハリウッドなどで キャストやスタッ
フの多様性を確保するよう求める条項は 包摂条項
と言う 。
具体例として 、看護婦・看護士という呼称を性別
を問わない『 看護師 』に統合したことや、母子健
康手帳という名称を 父親の育児参加を踏まえて
『 親子手帳 』に変更したことなどが挙げられる 。
歴 史
公的な場やメディアでは 、この言葉は一般的に 、
これらの政策が『 過剰である 』とか『 不当であ
る 』といった意味合いの蔑称として使われている 。」
以上ウィキ情報 。 )