「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

落葉松 2005・11・10

2005-11-10 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、北原白秋(1885-1942)の「水墨集」から一篇。

 落葉松

  一                  二
    からまつの林を過ぎて、        からまつの林を出でて、
    からまつをしみじみと見き。      からまつの林に入りぬ。
    からまつはさびしかりけり。      からまつの林に入りて、
    たびゆくはさびしかりけり。      また細く道はつづけり。


  三                  四
    からまつの林の奥も          からまつの林の道は
    わが通る道はありけり。        われのみか、ひともかよひぬ。
    霧雨のかかる道なり。         ほそぼそと通ふ道なり。
    山風のかよふ道なり。         さびさびといそぐ道なり。


  五                  六
    からまつの林を過ぎて、        からまつの林を出でて、
    ゆゑしらず歩みひそめつ。       浅間嶺にけぶり立つ見つ。
    からまつはさびしかりけり。      浅間嶺にけぶり立つ見つ。
    からまつとささやきにけり。      からまつのまたそのうへに。


  七                  八
    からまつの林の雨は          世の中よ、あはれなりけり。
    さびしけどいよよしづけし。      常なけどうれしかりけり。
    かんこ鳥鳴けるのみなる。       山川に山がはの音、
    からまつの濡るるのみなる。      からまつにからまつのかぜ。

   神西清編「北原白秋詩集」(新潮文庫)所収
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江雪 2005・11・09

2005-11-09 06:20:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、中唐の詩人柳宗元(773-819)の代表作として有名な五言絶句「江雪」。

  原詩、読み下し文、現代語訳はともに、中野孝次さん(1925-2004)の著書「わたしの唐詩選」(文春文庫)からの引用です。


  江雪          江雪   柳宗元
  
   千山鳥飛絶       千山 鳥の飛ぶ絶え
   萬徑人蹤滅       万径(ばんけい) 人蹤(じんしょう)滅す
   孤舟蓑笠翁       孤舟(こしゅう) 蓑笠(さりゅう)の翁
   獨釣寒江雪       独り寒江(かんこう)の雪に釣(つり)す

 (現代語訳)

  どの山にも鳥の飛ぶ姿なく、どの径にも人の蹤(あと)は消えてしまった。世界はすべて雪景色。

  その中にただ舟一つ、蓑笠の翁が、さむざむとした川で釣をしている。

 
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秋の夕暮れ 2005・11・08

2005-11-08 06:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、「新古今集」から「三夕の歌」として有名な三首。


  寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ  寂蓮
                          

  心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ  西行


  見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ  定家 
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2005・11・07

2005-11-07 06:10:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 山本夏彦さんと久世光彦さんの共著「昭和恋々-あのころ、こんな暮らしがあった」の中で山本夏彦さんが

紹介しておられる与謝野鉄幹(のち寛)の「敗荷」という詩です。

 「 夕不忍の池ゆく 涙おちざらむや 蓮折れて月うすき 長酡亭酒寒し
  似ず住の江のあづまや 夢とこしへ甘きに とこしへと云ふか わづかひと秋 花もろかりし
  人もろかりし おばしまに倚りて 君伏目がちに 嗚呼何とか云ひし 蓮に書ける歌 」

 この詩について山本夏彦さんは次のように書いておられます。

 「 敗荷は破れた蓮の葉で長酡亭は旗亭の名、去年二人の女弟子と遊んだ大阪住吉のあづまやとは

  似もつかないが、今また同じ二人だから思いださずにはいられない。おばしまは手すり、その

  手すりによって蓮の葉に皆々即興の歌を書いた。明治は筆の時代ではあるが蓮の葉に書くとは

  風流である。鉄幹の人気はこのころが絶頂で、昭和になって忘れられたのを萩原朔太郎は残念

  に思って、この詩に注目をうながした。少年の私は読んでいまだにおぼえている。」
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落葉 2005・11・06

2005-11-06 06:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、上田敏(1874-1916)の訳詩一篇。

 落葉(らくよう)       ポオル・ヴェルレエヌ(Paul Verlaine,1844-1896)

   秋の日の
   ヴィオロンの
   ためいきの
   身にしみて
   ひたぶるに
   うら悲し。

   鐘のおとに
   胸ふたぎ
   色かへて
   涙ぐむ
   過ぎし日の
   おもひでや。

   げにわれは
   うらぶれて
   こゝかしこ
   さだめなく
   とび散らふ
   落葉かな。


  山内義雄・矢野峰人編「上田敏全訳詩集」(岩波文庫)所収

( 筆者註:原文で「『ヰ』に濁点」の表記のところは、「ヴェ」もしくは「ヴィ」と改めました。)
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帰郷 2005・11・05

2005-11-05 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、萩原朔太郎(1886-1947)の詩集「氷島」から「帰郷」と題した詩を一篇。

  帰 郷

      昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る

   わが故郷に帰れる日
   汽車は烈風の中を突き行けり。
   ひとり車窓に目醒むれば
   汽笛は闇に吠え叫び
   火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
   まだ上州の山は見えずや。
   夜汽車の仄暗き車燈の影に
   母なき子供等は眠り泣き
   ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
   嗚呼また都を逃れ来て
   何所(いづこ)の家郷に行かむとするぞ。
   過去は寂寥の谷に連なり
   未来は絶望の岸に向へり。
   砂礫のごとき人生かな!
   われ既に勇気おとろへ
   暗澹として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
   いかんぞ故郷に独り帰り
   さびしくまた利根川の岸に立たんや。
   汽車は曠野を走り行き
   自然の荒寥たる意志の彼岸に
   人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。

    河上徹太郎編「萩原朔太郎詩集」(新潮文庫)所収
   
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2005・11・04

2005-11-04 08:50:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、北原白秋(1885-1942)の「風隠集」から。

  かやの実

   榧の木にかやの実の生り、榧の実は熟れてこぼれぬ。
   こぼれたる拾ひて見れば、露じもに凍てし榧の実、
   尖り実の愛(かな)し銃弾(つつだま)、
   みどり児が頭(つむり)にも似つ、わが抱ける子の。

   みどり児が力こめたる掌(たなひら)に一つ手(た)にぎる小さきかやの実
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川上の嘆 2005・11・03

2005-11-03 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、「論語」から「川上の嘆」。「かぎカッコ」の中は読み下し文。(カッコ)の中は中野孝次さん(1925-2004)による現代語訳。

  子在川上曰、逝者如斯夫、不舎昼夜、

 「子、川の上(ほとり)に在りて曰く、逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎(お)かず。」(子罕17)

 (孔子さまが川のほとりに立っているときいわれた。『往くものはすべてこの川の水の如くであろうか、昼も夜も止めずに流れてゆく』)
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2005・11・02

2005-11-02 06:20:00 | Weblog
 三好達治(1900-1964)の詩集「百たびののち」の中にはこんな詩もあります。今日の「お気に入り」。

  西国札所十六番
  音羽山清水寺
  だらだら坂は五条坂
  清水坂のおみやげ屋
  おんなじもんを売るさけな
  おんなじ屋根をならべてる
  将棋倒しのとも倒れ
  いえめつさうな
  こけへんえ
  なんぼ将棋の駒やかてな
  ぎつしりこんだけならんだらなあ
  あんたはん

     河盛好蔵編「三好達治詩集」(新潮文庫)所収
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閑窓一盞 2005・11・01

2005-11-01 06:35:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、三好達治(1900-1964)の詩集「百たびののち」から。

  憐むべし糊口に穢れたれば

  一盞はまづわが腹わたにそそぐべし

  よき友らおほく地下にあり

  時に彼らを憶ふ

  また一盞をそそぐべし

  わが心つめたき石に似たれども

  世に憤りなきにしもあらず

  また一盞をそそぐべし


  河盛好蔵編「三好達治詩集」(新潮文庫)所収




                           







 







         
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