椎葉村に行ってきました。
椎葉村は民俗学の宝庫といわれる、
どこに出しても恥ずかしくないブランド僻地です。
神楽はおおむね夕方4時ごろから翌朝10時ごろまで行われます。
私はここで、祭りが神様とともに過ごす場であることを実感しました。
知識としては知っていましたが。
神様不在の祭りは祭りのヌケガラです。
ムラ人が神様とともに過ごし心を一つにすること、それが祭りの原型なのだということを確認しました。
33番まである舞が終わると、太陽と月の再生を願い、舞った人全員で「神送り」という歌を、盆の上のお米を取り囲んで歌います。
一晩一緒に過ごした神様を送る歌です。
徹夜の疲れとカタルシス的なものから、脱力系でゆるーく歌われる歌、それを歌っている男達の顔は穏やかで満ち足りていました(本心はいかに?)。みんなで過酷な神楽を乗り切った「やったー」「やれやれ」「お疲れさん」「来年もよろしく」「よいお年を」「今年もなんとか生きとれたな」という感情を共有していると思いました。
この歌のために33番の舞があるのだと感じました。
舞は1番ごとに30分ぐらいあって、その間、典型的な有酸素運動をし続けるわけですから、へとへとになります。
同じ人が全部やるのは体力的に無理なので、みんなで交代で舞います。
この過酷な神楽は、ムラ人の結束を強めるために課せられているのではと勘ぐりたくなります。
協力しなければこなせるものではありません。
事実、ムラの人数が減り、舞い手が足りないため、ほかの地域では神楽の簡略化が今年から始まったそうです。
有名な椎葉の神楽も、維持できなくなるときが、ついに来たわけです。
神楽は以前まで家族全員で出かけ、村人全員が集まる場でしたが、今では来ない人も多くなっているそうです。
いずこも同じです。それでも、まだまだ椎葉では、祭りが楽しみにされていると感じました。
私はこの頃、各地の山里を歩くにつれて、日本人の祈りの心や、祭りの心に大変興味を持つようになりました。
そんな心こそ、都会の人にはもう想像できないものになっていると思います。
(事実私もその一人です)。
けれどもそれが山里では健在であることに、驚きと不思議さを感じます。
自然が違う、建物が違う、着るものが違うという以前に、
根本的に心の違う部分があると思います。