山里ひぐらしの小径

木曽路の入り口、岐阜県中津川市から
人と自然とのかかわりをテーマに、山里、植物、離島など。

冷蔵庫のない生活

2012-01-20 | たべもの・台所
昨日、足助からOさんご来訪。
へんなおじさんだけど実はとてもエラい人。そんな人が話をしにきてくれるとは
ありがたいこと。
年が30歳ぐらい離れているけど、漠然と世の中に対して感じていることが、言わなくても通じてしまうありがたさがある。
私たちが歩んできた進歩について、
いまだ「汚染されていない」人々の暮らしについて
いろいろと話す。
Oさんの言う「汚染」とは、科学技術の発展から来る人間の堕落のことを言っている。

冷蔵庫は食べ物をまずくする箱である。
と、Oさんも言う。
食べ物は新鮮なうちにすぐ食べればいいんだ、と。
私がこのことを明確に意識したのは、山口昌伴という建築学の先生が本に書いていたからである。
冷蔵庫は食べ物をまずくしてから食べるための道具であるとはっきり言われている。
この先生は世界中を旅して台所を見たり収納の仕方を調べたりしてたくさんの本を書いているが、どの本もめちゃくちゃ面白い(笑える)のである。

わが山里文化研究所の1冊目の本で、あるおばあちゃんが言われている。
昔は食べ物がおいしかった。
それは、食べ物がなかったからおいしく感じたということではない。
何でも新鮮なうちに食べていたからだ。
ニワトリなどめったに食べられなかったけど、食べるときは、庭でつぶしたばかりのものをすぐに食べていたから、本当においしかった。
と。

さもありなん。

Oさんはこの冬イノシシの肉の燻製を2キロ作ったそうだ。
それも、やはりすぐに食べたほうが断然おいしいのだといっていた。