島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

今年のバレンタイン

2018-02-16 | ノンジャンル
  
 今年のバレンタインデイ、特に盛り上がらずに終わってしまい、貰ったチョコも年々少なくなってきています。
 それでも診療所の看護婦さん一同からのチョコレートと、娘の嫁ぎ先のお母さんがわざわざ家まで持って来てくれた温めるととろけるチョコケーキの2個は確保しました。
 ありがとうございました。
   
 先日五島列島に行った時に、奈留診療所の若い同僚医師から貰ったガンダム、プラモデルより上等な超合金のガンダムでした。
作る所はあまりなかったので早々と完成、机の上に飾って時々動かしています。
  ありがとうございました。
 物を貰うのは、当たり前ですがうれしいです!

     返事
和さん:ゆっくり「寿し善」で寿司食べて、
    「ソトノマ」でお茶して帰るつもりでしたが、出来なくて心残りです。
     しかも飛行機は予定通り飛んだようなので、余計残念です。
花水木さん:石舞台周りの田んぼや駐車場、
    先日会食した知人のお兄さんが持っていて、道楽で無くしたことを聞きました。
    後輩の実家はまだありますか?
     小判形石造物、水もあったので余計に大便器に見えますね。
    この水をかけての禊もちょっと辛いか。
     おばあさん元気ですね。食べる人は元気で長生きしますね。

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明日香へ輪行2.

2018-02-12 | 
   
 昔から有名だった(昭和2年史跡指定)酒船石(サカフネイシ)、小高い丘の上にある長さ5.5ⅿの石です。
酒を搾る槽とも、薬を作る装置とか、水を流して占いをする道具とも言われてきました。
初めて実物を見ましたが、人工的な溝があるとしかコメント出来ません。
   
 酒船石が頂上にあった丘の麓に、最近(平成12年)話題になった酒船石遺跡があります。
天皇陵巡りのついでに行くにはもったいないかもしれませんが、今の天皇も来られていました。
  
 ここは有料で300円、シニア割引もありませんが、最近はどこにでもおられる案内ボランティアの人が詳しく説明してくれたので、値打ちはありました。
 天智・天武の母親で土木工事好きの斉明天皇が作らせたようで、説明によると、単なる噴水施設ではなく、この亀形石造物の内に座って前の小判形石造物の水をかけてもらって禊をした後、この上の丘に登って祭祀をした可能性もあるそうです。
   
 明日香で一番有名でしょうね、蘇我馬子の墓と言われてる石舞台、250円の入場料がJAF割りで200円でした。
石室を覆っていた盛り土が早くから失われ、巨大な天井石が露出していたことから、この名前で親しまれています。
  
 石室に通じる入り口と羨道(エンドウ・センドウ)です。
ここにも案内ボランティアさんがいて、もっと石が露出していて遠足の子供がその上に乗ってる写真を見せてもらいましたが、50年前に私たちが行った時は、無料でしたがさすがに石の上に登った記憶はありませんでした。
  
 今も石室内に入れます。
やっぱりお墓だと思うと、なんか圧迫感のある神秘性があります。
高校生の時より70歳の今の方が、絶対感受性が豊かになっていると思います。
あの頃、無駄に生きすぎましたよ!
   
 畑と民家の間にあった亀石、私の背ぐらいの高さがあります。
亀の顔というより、童女のような感じがしました。
  
 7世紀後半終末期古墳の石室の一部がずり落ちてきた 鬼の雪隠(セッチン)、石室の蓋石部分にあたります。
 寒い中を自転車で走ってきたので、これを見ると余計におしっこがしたくなりました。
  
 雪隠部と後方の目的不明の細長い通路のみが、欽明天皇陵の飛び地として宮内庁書陵部の管理となってるようで、柵があります。
とってつけたような感じですが、まあ宮内庁管理になった方が、変わらないという利点はありますかね。
  
 雪隠の上の方に、これまた宮内庁管理の 鬼の俎(マナイタ)がありました。
石室の底石が露出していて、この上の部分が落下して下の雪隠になったようです。
この辺りには鬼が住んでいて、通行人を捕まえては、この俎で料理して、雪隠で用を足したという伝説が残っています。
 明日香の石造物ばかりを廻りながら、この後も西の方に自転車を走らせ、天皇陵を巡って橿原神宮前駅に到り、ここで自転車を折り曲げて、近鉄電車で帰りました。
丸1日、ちょっとしんどかったですが、有意義な冬の日でした。

    返事
花水木さん:治療は内服ですか、吸入ですか?
     神保さんからは今年も年賀状を貰いました。
    静岡県人はむちゃくちゃ礼儀正しいですね。
     心旅、私が一番期待していますが、採用はしてくれないでしょうね。
大雪男さん:来島嬉しかったですが、
    城岳の東屋で前泊したと聞いて、びっくりしたことを思い出しました。
    今は猪が出るので、」あの東屋で寝るのは無理ですよ。

コメント (2)
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五島に行きました2.

2018-02-07 | 五島列島
  
 奈留島到着の夜、家内は女子会の宴会で「一番亭」に、私は病院の男ばかりの同窓会的宴会に「華」に行き、いつも以上に焼酎を飲んでしまいました。
 2日目はブラブラ奈留島散策、マスクをしてる島民が多いいですが、まだまだ声をかけてもらえます。
奈留島121ヶ所ゴミ箱霊場観光巡りの第1番札所北川豆腐店横のゴミ箱もだいぶくたびれてきていますし、豆腐店も解体され駐車場と畑に変わっていました。
   
 奈留島唯一のコンビニ、と言ってもコンビニ風の店ですが、奥さんが亡くなられたということで閉じられていました。
 空き地や空き家も目立ってきていて、この日は風も強く小雨の降る、奈留島にしては寒い日だったので、歩く道はよけいに寂しかったです。
   
 でも、知ってる電気屋さんのご主人の顔が見えたので店内に入っていくと、奈留産の七福芋で作った「七福芋」と言う名のイモ焼酎を作って、町おこしをしてるようで、思わず買ってしまいました。
評判は良いようなので、ちょっと割高ですが、どこかで見かけたら買ってあげて下さい。
   
 私が島をブラブラしてる間に、家内は島を去る院長夫人が中心になって続けていて、家内も少し手伝っていた童里夢(ドリーム)のなるっ子教室の手伝いで、得意のステンシル作業中。
 会場の離島開発総合センターの戸には、懐かしい「田舎に泊まろう」で私の官舎に泊まってくれたお礼として、紙芝居のナレーションをしてくれた神保悟志さんが、童里夢のメンバーと共に写った写真が飾られていました。
2007年3月18日からもう10年以上が経ったのですね、これも私の記念すべき思い出です。
   
 これも家内の得意技?で、私も結構手伝ったセンターの緞帳の修復作業、この写真も飾ってありました。
センターがいつまでもあって、島民が集会でこの緞帳をいつまでも見てくれることを願います。
やっぱり奈留島には思い出がいっぱい詰まっています。
 *NHKBSで火野正平さんが自転車で走ってる「心旅」、今春は又長崎県を走る予定なので、心に残る風景として奈留島をリクエストしました。
私の手紙が万一採用されたら、観て下さいね!
   
 奈留島を去った時も一緒に働いていた若い先生が、2年前に渡し忘れていたと、島を離れる時に奈留島港までわざわざ持って来てくれたガンダムのプラモデル、大きかったですが大切に持って帰りました。
ありがたいことですが、ガンダムやプラモデル好きと話したことあったっけ。
   
 まだ島を離れて2年、道で会った人々も懐かしそうに声をかけてくれましたし、それほど大きく変わったこともなかった奈留島ですが、次は5年後かいつかもう一度は訪れるつもりはしています。
その時には、知ってる人も少なくなってるでしょうね、この景色ともしばらくお別れです。
   
 夕方再び福江島に戻って1泊します。
夜は「心誠」で、美味しい刺身やアワビのバター焼き、そして久賀島の海老など堪能しました。
食べ終わってから写真を思い出しましたが、後の祭り。
以後もほとんど写真撮影を忘れてしまっていました。
   
 最終日、起きたらホテルの外は雪景色、レンタカーで富江に向かいました。
富江病院のスタッフもほとんど変わらず、皆元気ですし院長も元気でした。
お土産に富江病院の広報誌「みじょか」も貰えました。
  
 富江でも写真が少なすぎます、撮り忘れが多いいのは情に溺れすぎて、いつもの記者魂?を忘れてしまったせいかもしれません。
夕方の飛行機で帰る予定が、雪混じりの風で欠航が心配されたので、飛行機を急遽キャンセルして、昼前の九商フェリーに飛び乗りました。
長崎から博多はいつもの特急かもめ、佐賀平野の窓外は雪景色でしたが、なんかピントがずれた写真になってしまいました。
 帰りは5時間の予定が10時間近くかかって帰りました。
なんか宿題を終えた気分です。

     返事
花水木さん:素人があまり必死にならず
    ダラダラ作ってるブログですが、花水木さんのコメントは尊いものと思ってます。
     奈留島の院長もよく頑張らはったと思いますが
    院長夫人の奈留島の人や子供たちへの貢献の方がもっとすごいと思います。
    院長の替わりは又医者が来ますが、院長夫人の替わりが見つかってないのは心配です。
和さん:男子会は60代男7人、50代男2人、
    30代男1人と若い研修医の11人で、同窓会でした。
     富江は帰りの便が心配であわただしく終わりました。
    やっぱり島は天気次第ですね。
大雪男さん:福江ー佐世保航路出来てましたね。
    島民なら往復5千円ぐらい、あの頃有ったら便利だったのにと思います。
     私のちゃらんぽらんな頑張りなんて、院長の頑張りの十分の一にも及びませんよ。
    院長夫婦がいなくなって、奈留島の人はその有難味が身にしみると思いますよ。
     今年の阪神、藤浪・桑原・北條・高山・中谷が働いたら優勝です。
福山市さん:お久しぶりです。
    フットワーク軽く遊んでおられて嬉しい限りです。
     私のブログは奈留島を書かないと読者もコメントも少ないようです。
    新たな読者獲得を計らなくてはとも思っています。

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五島に行きました1.

2018-02-05 | 五島列島
   
 五島に夫婦で行ってきました。
いつもの金・土・日の3連休を利用して、2泊3日の旅です。
京都ー博多は地下鉄と新幹線、福岡空港ー五島つばき空港はボンバルディア、福江ー奈留島間はニュータイヨウかフェリーオーシャンで、予定を組んで行きました。
  
 行の天気は良いとは言えませんが、無事に福江島も雲の下に見えてきて、私が名付けた福江のダイアモンドヘッドも見えています。
 
 奈留島に行く船の待ち時間が2時間以上あるので、いつも行く「こふひいや」でケーキとコーヒーを飲んで時間つぶし。
 写真のここの奥さんのしてるブログ「ちょっとコーヒーブレイク」、検索してみて下さい。
すごい写真が毎回出ています、プロではないですが、プロ以上、私の五島の写真では恥ずかしいです。
「ちょっとコーヒー・・」の前回の雪の夜のこの店の写真と、今回の写真と比較したら一目瞭然です。
 
 いつもより少し荒れてる海を奈留島に向かいます。
すれ違う長崎からの九商フェリー万葉。
  
 あとから長崎港を出てますが、先に福江港に着く九商のジェットフォイルもすれ違います。
   
 月夜間なのに、網船の母船と運搬船?も走っていました。
国境離島補助金が出るようになって、島民カードを持ってる人は福江ー奈留の運賃が半額以下になっていましたので、ちょっと羨ましいし、もっと早くしてほしかったです。
  
 反対方向に進むフェリーオーシャンともすれ違います。
いつも見慣れていた風景や船ですが、久しぶりに見ていると、懐かしく感じられます。
   
 奈留港が見えてきました、こういう冬の天気の悪い日に見ると、人影も見えず寂しいですが、わざわざ院長夫人は迎えに来てくれていました。
 家を出てからここまで、9時間弱かかってますので、遠いいと言えばその通りです。
   
 奈留病院ではなく、奈留医療センターになっていますが、外観は変わらずに建っています。
30年以上ずっとここで働いていた院長が、今春退職されるので、その挨拶に来たのが旅の目的です。

   返事
和さん:赤くならず、ちょっと目を離したすきに、
    ほんまに消えてしまい、真っ暗な空でしたね。
     きっちり五島は時化ました。
花水木さん:月の見える方向が、我が家の小ベランダ側でなかったので、
    反対の窓から首を出さないと観れません。
    それで外に出た次第ですが、寒くはなかったですね。
     真っ暗になった後、起きていた人だけが、赤い月を見たということですね。
     欠ける月に祈ってもらったので、花水木さんの願いはあまり通ぜず、
    嵐の旅行になってしまいました。

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皆既月食

2018-02-01 | ノンジャンル
  
 昨日1月31日21時前、皆既月食が始まりました。
風呂もいつものように入り終わり、寝間着姿ですので、2階の窓から首をのばして撮影しました。
  
 いつもならそろそろベッドに入る時間ですが、コートをはおって外に出て、小さい三脚で固定しながら撮りました。
地球の線がくっきり出てきましたが、私が手を振っても影には出てきません。
  
 月が赤くなるのを楽しみに待ちますが、赤になりません。
外は意外と寒くはなかったですが、ちょっと撮影しては家に入ってTVを観て、また写真を撮りに外に出ました。
   
 もう完全に寝てる時間ですが、頑張って外に出て写真を撮りました。
そろそろ皆既月食になりそうですが、まだ赤く輝いて来ません。
   
 最後に外に出たら、もう月は完全になくなっていました。
赤い月は見られず、再び月が地球の影から出てくる時に赤く輝くのかもしれませんが、そこまでは到底待てないので、もう寝ました。
今朝の新聞の月は赤かったので、私は肝心の時に家の中に入っていたようです。

追伸
明日から3日間五島列島に行ってきます。楽しみですが、天気があれないことを祈ってます。/span>
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