島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

奈留島百人一首 6

2013-01-28 | 奈留島百人一首
  
 6. かささぎの 渡せる橋に おく霜の
            白きを見れば 夜ぞ更けにける

                       中納言家持(718?~785)
 「七夕の夜、牽牛に逢うために織姫は天の川を渡りますが、この時カササギがたくさん飛んできて天の川に橋を作るそうです。その伝説の橋のような宮中の階段に、真っ白な霜が降り、その霜の白さから夜もかなり更けたようだなあ。」
 大伴家持は「万葉集」を編纂したとも言われている大歌人ですが、高級官僚としても知られ、奈良時代最後に活躍した人です。
死んだ後も、日本史で習った長岡京遷都時の種継暗殺事件に関わったとして、追罰されています。
 家持と「万葉集」とは切っても切れない関係ですが、定家の選んだこの歌は「万葉集」に入っていない歌だったようです。
何か理由があるのでしょうか?
  
 6. かさぶたの 治せる傷に おくラップ
              白きを見れば もう治りける

       かさ・の・せる・に・おく・白きを見れば・ける  17字同じ
 深い褥瘡は基本的には気長に「ラップ療法」で治療しています。
この写真の褥瘡は、比較的綺麗な褥瘡でしたが、このように周囲から白っぽい上皮が表れだすと、「苦労したがやっと治ってくれるかなあ」と喜んでいる作者の顔が浮かぶような秀作。
 しかし、「カササギ」から「かさぶた」を導き出しただけで、「奈留島と関係ないやん」と言われてますね。
まあ奈留島にある奈留病院内の出来事なので、お許し下さい。
              今後もいいわけするような歌が続くかも!

   返事

大雪男さん:忙しい日程の中、ブログ更新数すごいですね!
    折りたたみゴミ箱、長崎市内や福江でもよく見かけますよ。上五島には人が入れるゴミ箱もありました。
花水木さん:祭りに理由は要らないのかもしれませんね。
    縄玉は、「鯨の目」だと書いてあるのもありましたが・・・?
    綱引きは豊作か大漁かを占うものとも書いてありましたが、勝負後そんな口上はまったくなしで終わりました。
喜珍さん:相撲好きではなかったですが、小学生ではやらされました。
    今の子供は経験ないのか、組み方下手でしたね。
さんまさん:27日朝太古に乗られていたなら、奈留港出港の時、
    浦向を歩く老夫婦と犬見ませんでしたか?
    朝の散歩で、寒い中、さんまさんが乗っているとも知らず、太古の出港を眺めていましたよ。
コメント (2)
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ヘトマト2

2013-01-24 | 五島列島
  
 世話役の大将が土俵に上がり、挨拶から祭りが始まるようです。
「13年ぶりの好天に恵まれたので、豊作・大漁間違いなし」との挨拶後、保育園児から奉納相撲が始まりましたが、段取りはかなり悪く、メリハリもあまりありません。
子供の可愛らしさでなんとか持っている感じですが、特に不平不満もなく、いつもこのようなペースのお祭りのようです。
  
 長かったので保育園児だけで終わりかと思っていたら、今度は小学生が各学年毎に3人勝ち抜きの奉納相撲。
これが各学年毎に裸になって待っていないので、間が空きすぎるままに続きます。
 しかし、最近の小学生は本当に足が長くなっていますね、ふんどし姿なのでハイレグ状になって益々長く見えます。
五島の児でもこんなに足が長くなっているのでは、モンゴル人に勝って横綱になるような日本人はもう出てこないでしょうね。
  
 小学生が終わったら、今度は中学生、そして青年団の相撲が始まります。
大人たちは酔っ払っているせいか、相撲に真剣さがありません、これでは神罰が下りそうで心配になるぐらいでした。
 これが突然終わったかと思うと、今まで正面に座っていた世話人を先頭に、道の向こうから一団が歩いてきました。
箱を持っている人の中身は、立派な羽子板でした。
  
 白濱神社から50mほど行った大わらじを置いてあった三叉路で、次は酒樽の上に乗ったたぶん新婚さん(何組もいた頃は何人もついたのか、いつも代表二人だけなのか判りません)が、羽根つきを始めました。
たくさんつけたほうが縁起がいいそうですが、せいぜいが5~6回、これもまた何の宣言もなく終わりました。
彼女らのご褒美に、使った羽子板ぐらいは貰えるのでしょうか?
  
 
 続いて彗星のような、おたまじゃくしのような、精子のような縄玉が出てきました。
ふんどし姿で煤を塗った若者達が、これを投げ合うと言うか、獲りあうと言うか、何が目的なのかわかりませんが揉みあって、ピストルの合図で終了。
これを繰り返して、1個目の縄玉はどこかへ持ち出され、続いて2個目が又同じように始まりました。
  
 2個目もなんとなく終わってしまうと、今度は長いロープが出てきます。
これを二組に分かれて綱引きですが、人数の偏りには無頓着なので勝負はあっと言う間にピストルがなって付いてしまいました。
 別にどっちが勝ったから大漁とか、こっちが勝ったから豊作と言うわけでもないようです。
3回して、あっさり終了。
  
 いよいよ大わらじの登場です(例年よりやはり小さいそうです)、娘さんを無理矢理乗せて何度か放り上げ、又次の娘を乗せて放り上げます。
乗れる人に年齢制限があるのか?乗ると幸せになるのか?判りませんが、乗れるのは女性だけです。
  
 博多山笠や諏訪の御柱祭りのように、この祭りに命をかけている人がいるようには見えませんが、道路沿いの娘さんを次々と大わらじに乗せながら、夕陽に向かって去っていきました。
牛の神さんの所まで行くそうですが、私は最終便に間に合うように一生懸命自転車を漕いで港に向かいました。

   返事

花水木さん:「ヘトマト」の「へ」は片仮名か平仮名か区別できませんが、
    「トマト」は片仮名ですね。不思議な名前ですね。
大雪男さん:白濱仁吉さん、若松港の上を自転車で走っていて電子基準点の近くで、
     この人の銅像を見た気がするので、若松島の人ですね。
和さん:福江出身の看護婦さんも「さっきゃま」と言ってました。
コメント (3)
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へトマト 1

2013-01-21 | 五島列島
  
 1月20日(日)暖かく風もなし、以前は1月16日と決まっていた祭りが、1月第三日曜日に変わったので見に行けるようになりました。
 トマ美ちゃんとは何の関係もない、福江島の下崎山地区のお祭り「へトマト」。
奇祭らしいですが、名前からして意味不明ですね。
 自転車で福江港から1時間かかりません、途中に寄った「バイクハウス」と言う喫茶店で祭りの情報を尋ねるうちに、[田舎に泊ろう」に出ていた人ですかと指摘されてしまいました。
気さくで話好きなご主人なので、福江島では寄る価値ありますし、ここのホームページもありました。
  
 言われたとおり、喫茶店を出てすぐの道を海岸の方に下って行きますが、崎山地区に入っても、特に飾り付けがあるでなし、幟が立っているわけでなし、屋台もありません。
普通の冬の昼の誰もいない村の風景です。
 もう少し行くと、何人かの人がある方向に歩いています。
そして、三叉路にある家の玄関先に、大きいわらじ(草履)が置いてありました。
以前TVや写真で見たわらじより小さく感じましたが、これが祭りの主役の大わらじのようです。
  
 そこから50mぐらい先の白濱神社の参道(と言っても、単に家と家の間の狭い道ですが)を、人々が上って行ってました。
  
 この白濱神社の境内で、祭りの最初の儀式奉納相撲が行なわれるようで、土俵の周りには五島市長や県会議員など見物人も300人ぐらい集まっていました。
  
 神社にお参りしますが、神社も特に着飾ってはいません。
まだ始まらないので、ぜんざいとご汁のうちぜんざいの方をいただきました。
餅ではなく白玉なのが残念ですが、これら無料のものが並ばずに食べられるのは嬉しい限りです。
  
 境内には仮設トイレが1台だけありましたので、早速使用して、足踏みペタル式の水洗装置に感心しつつ、祭りの開始を待ちました。
             祭りの話は次回に、   続く

  返事
花水木さん:年齢と共に痩せたら、ご主人は怒りませんかね?
和さん:特急城崎は茶色から新型の白い背の高い先頭車両に変わったんですかね?
大雪男さん:過分のお褒めの言葉、ありがとうございます!!
    そちらのブログ「大雪の空」、少しずつ読ましてもらっています。私と違って硬派ですね。
    こちらは皆さんのコメントで面白くしてもらっているので、コメントよろしくお願いいたします。
コメント (2)
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奈留島ー京都

2013-01-16 | 
  
 お正月の奈留島ー京都往復では、初めての乗り物に乗ったり観たりしました。
まず奈留島出発の長崎までのフェリーも、この12月より就航し始めた九州商船の新造船「椿」でした。
姉妹船の「万葉」と同じような船体でバリアフリーが売り。
以前のフェリーより少し小さくなった感じはしますが、横揺れは少なくなってますし、定刻に着きました。
  
 長崎から博多まではJR特急で2時間弱、いつもは885系の「白いかもめ」ですが、今日は全線開通前の九州新幹線で使われていた「リレー特急つばめ」の車両でした。
  
 京都に帰るのは麻雀仲間の新年会に出席だけではなく、当然孫達の顔も見たいため。
京都の次男宅も、奈良の長男宅も、部屋にはプラレールが敷き詰められていて、いろんな新幹線が走っていましたし、その説明もしてくれました。
  
 5日奈良の長男宅に寄ってから、近鉄大阪線で大和八木から大阪環状線の鶴橋まで向かいます。
八木で停まっていた区間準急に飛び乗ったので、ゆっくりと河内の方に、誰にも邪魔されず先頭車両から対向する「近鉄アーバンライナー」や車庫に停まっていた「かぎろひ」も見えました。[写真失敗]
 
  
 帰りはそのまま新大阪からだったので「さくら」に始めて乗車、少し遅いですが車内は2列+2列シートで、「のぞみ」よりゆっくり豪華ですかね。
 博多からはいつもの「太古」で一晩かけて奈留に到着、家内とフークのお迎えを受けました。

    返事
花水木さん:よく考えると家内は若いときからくびれはなかったような気もしますので、
    トマ美ちゃん効果は望めないかもしれません。
喜珍さん:ぜんざいはやや薄めでしたので、それほど残念がることはないかもしれませんが、
    中のお餅は美味しかったですよ。
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帰省

2013-01-13 | 京都
  
 元旦もあけてからわざわざ、しかも一人で京都に帰るのには理由があります。
小中高校からの15人ほどの麻雀仲間の、もう40年弱続く新年会に出る為です。
 今回の会場は、窓越しに鴨川の対岸の南座が見える古い中華料理店です。
そもそもは、麻雀ばかりしているので、1年に1回夫人を慰労招待する目的で始まった新年会ですが、今年は夫人は2人だけ。
私も奈留島に家内を置いてきたので、娘を愛人?に仕立てて連れて行きました。
(嫌がらずに付いてきてくれて、色々仲間にいじられていましたが、娘には感謝です)
その仕返しではないですが、宴会後の麻雀大会は1位で、うまも取りました。
  
 1月4日朝、京都は雪が積もり、庭?も一面真っ白です。
 観たかった「のぼうの城」はなんと満席で入れず、仕方なく「レ・ミゼラブル」を観ました。
久しぶりのミュージカルも、こんな話だったんだということを知っただけで、あまり面白くはありませんでした。
  
 TVコマーシャルを観るたびに「効くかな?」と言っていたので、ドラッグストアで家内の誕生日祝いに「トマ美ちゃん」を買いました。
飛び上がって喜んでくれるかなと思っていましたが、それほどの喜びではないようです。
しかし飲んでみて、くびれが出てきたら、夫婦で喜ぶかも?!

  返事
和さん:競馬は口座を開設してインターネットでやりだすと、
    負けがはっきり判り、どんどん金が減っていきますので、投資金が減る利点ありますよ。
花水木さん:祇園祭のちまきは厄除けで玄関に飾りますので、笹の中には何も入っていません。
    昔東京の伯母さんがこのちまきを「安い」と買ってきて、中に何も入っていないのに驚いていました。
喜珍さん:鬼火たきの跡の校庭の地面が黒く残っているので、
    喜珍さんにすまないような感じです。
コメント (1)
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