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E・コッカーと戯れる浪費派リーマンのゆるい生活

ボクのクルマ遍歴♬ その壱 の巻

2016-01-30 21:20:48 | 911

こんなアタシでも、時折、眠れぬ夜がある。

そんなある夜、これまで乗ってきたクルマのことを考えたのさ。


自分で買ったのは、これまで全部で9台です。

ちょうど10年前、このバカBLOGに記したのがこれだね。


http://blog.goo.ne.jp/19960408/e/be21f89c0bb179b8790753a50e4ddfae



いやあ、いいところを突いていますw


この頃、年に一度のペースで買い換える小生に、同じマンションでMAZDAに務めてらっしゃる方がおっしゃいました。


「スポーツカーからワンボックスに、そしてコンパクトカーへ。

フツーの人が30年近く掛けて変わるところを、HAPPYMANさんは3年でなさいますね」


いやあ、けだし名言でございますな。


そんなアタシの自動車サイコロは、このクルマで始まるのです。





カリーナED。「エキサイティングドレッシー」の略ですねw

軟派なデートカー。

でも、ハイエンドを選んだから、それなりに速かったな。


就職して半年で買いました。1986年の12月。

バブルに向かうころで、車の値段が高騰し始めた時。

オプションなど満載にすると、300万ペソ近くになったなあ。


で、農協でローンを組もうとしたら、信用がないから3年ローンが組めません。

そう、5年。

総額350万円を払うことになったのでした。


いやあ、このEDに乗って、いろんな現場に行ったなあ。

新人で怒られるのが仕事のころ。

「HAPPYMANは新人のくせにいいクルマに乗ってる。どういうつもりだ!」なんて叱られ方はしょっちゅう。

俺のカネだ、ほっとけ!とも言えず、モジモジしてました。


だから今、ボクはその手のことは一切言いません。

いい商品さえ出してくれればいいんです。

で、「生意気」なのも大歓迎。そーゆーヤツが好きなんだよねえ。


って、話は脱線しました。

彼には奥さんと出会ったころまで、お世話になりました。

いろいろとデートしたなあ。


で、そんな蜜月も3年も持たずに終わります。

1989年秋。奥さんとの結納の一週間前、はい、新たなクルマがやってきましたよ。




シルビア。ドッカンターボのこれもハイエンドモデル。

これは割と硬派なデートカーだね。

結納金も親に出させ、

車のローンは2台分とゆー、絵に描いたようなろくでなしぶり。

奥さんは今も「あのローン返済額はすごかった。目の前が暗くなった」っておっしゃいますな。うふふ。


で、このシルビアはなかなかの逸話をお持ちです。

とゆーもの、当て逃げされたのよ。しかもサツに。


「ええっ!」って話でしょw


当時、ビジネスとして警察に入り浸っていた小生。

ある警察本部の前にシルビアを停めていました。


で、乗ろうとしたらドアが開かない。ぶつけられて凹んでるから。


そこへ県警本部の鑑識課長がやってきました。

「HAPPYMANちゃん、わしがちゃんと見とった。安心せい。けじめ、付けさせる!」

若干、怒ってらっしゃるのね。


で、聞けば、犯人は某県交通安全協会のクルマだったわけ。

駐車スペースの中で俺様のシルビアにぶつけ、とんずら。

交通安全協会=安協ってのは、サツの外郭団体で、天下り先。

要するに、当て逃げ犯は警察OBなわけさ。


後に捜査一課長になる鑑識課長は犯行現場を目撃。

義憤に駆られ、俺のところに息巻いてやってきたわけさ。


で、1時間後、鑑識課長に連れられて、平身低頭の「犯人」がやってきました。

なぜか交通部長やら交通規制課長やら、広報課長やらもいっぱいますw


今の俺なら、「ひと商売」したところ。

だけど、当時、まだまだ甘ちゃんだった俺は「現役警察官の犯行じゃないからいいか」って矛を収めたのでありました。


まあ、その後、ちょっとした「特ダネ王」として君臨はしましたけどね。ぷぷぷ。


なぞと、バカな思い出を書いてたら、いろいろ長くなりました。


よし、コレはシリーズ化しましょう。


みなさん、たまにアップしますので、お付き合いくださいな。うふふ。



次回はコレからスタートだ!