こんなアタシでも、時折、眠れぬ夜がある。
そんなある夜、これまで乗ってきたクルマのことを考えたのさ。
自分で買ったのは、これまで全部で9台です。
ちょうど10年前、このバカBLOGに記したのがこれだね。
http://blog.goo.ne.jp/19960408/e/be21f89c0bb179b8790753a50e4ddfae
いやあ、いいところを突いていますw
この頃、年に一度のペースで買い換える小生に、同じマンションでMAZDAに務めてらっしゃる方がおっしゃいました。
「スポーツカーからワンボックスに、そしてコンパクトカーへ。
フツーの人が30年近く掛けて変わるところを、HAPPYMANさんは3年でなさいますね」
いやあ、けだし名言でございますな。
そんなアタシの自動車サイコロは、このクルマで始まるのです。
カリーナED。「エキサイティングドレッシー」の略ですねw
軟派なデートカー。
でも、ハイエンドを選んだから、それなりに速かったな。
就職して半年で買いました。1986年の12月。
バブルに向かうころで、車の値段が高騰し始めた時。
オプションなど満載にすると、300万ペソ近くになったなあ。
で、農協でローンを組もうとしたら、信用がないから3年ローンが組めません。
そう、5年。
総額350万円を払うことになったのでした。
いやあ、このEDに乗って、いろんな現場に行ったなあ。
新人で怒られるのが仕事のころ。
「HAPPYMANは新人のくせにいいクルマに乗ってる。どういうつもりだ!」なんて叱られ方はしょっちゅう。
俺のカネだ、ほっとけ!とも言えず、モジモジしてました。
だから今、ボクはその手のことは一切言いません。
いい商品さえ出してくれればいいんです。
で、「生意気」なのも大歓迎。そーゆーヤツが好きなんだよねえ。
って、話は脱線しました。
彼には奥さんと出会ったころまで、お世話になりました。
いろいろとデートしたなあ。
で、そんな蜜月も3年も持たずに終わります。
1989年秋。奥さんとの結納の一週間前、はい、新たなクルマがやってきましたよ。
シルビア。ドッカンターボのこれもハイエンドモデル。
これは割と硬派なデートカーだね。
結納金も親に出させ、
車のローンは2台分とゆー、絵に描いたようなろくでなしぶり。
奥さんは今も「あのローン返済額はすごかった。目の前が暗くなった」っておっしゃいますな。うふふ。
で、このシルビアはなかなかの逸話をお持ちです。
とゆーもの、当て逃げされたのよ。しかもサツに。
「ええっ!」って話でしょw
当時、ビジネスとして警察に入り浸っていた小生。
ある警察本部の前にシルビアを停めていました。
で、乗ろうとしたらドアが開かない。ぶつけられて凹んでるから。
そこへ県警本部の鑑識課長がやってきました。
「HAPPYMANちゃん、わしがちゃんと見とった。安心せい。けじめ、付けさせる!」
若干、怒ってらっしゃるのね。
で、聞けば、犯人は某県交通安全協会のクルマだったわけ。
駐車スペースの中で俺様のシルビアにぶつけ、とんずら。
交通安全協会=安協ってのは、サツの外郭団体で、天下り先。
要するに、当て逃げ犯は警察OBなわけさ。
後に捜査一課長になる鑑識課長は犯行現場を目撃。
義憤に駆られ、俺のところに息巻いてやってきたわけさ。
で、1時間後、鑑識課長に連れられて、平身低頭の「犯人」がやってきました。
なぜか交通部長やら交通規制課長やら、広報課長やらもいっぱいますw
今の俺なら、「ひと商売」したところ。
だけど、当時、まだまだ甘ちゃんだった俺は「現役警察官の犯行じゃないからいいか」って矛を収めたのでありました。
まあ、その後、ちょっとした「特ダネ王」として君臨はしましたけどね。ぷぷぷ。
なぞと、バカな思い出を書いてたら、いろいろ長くなりました。
よし、コレはシリーズ化しましょう。
みなさん、たまにアップしますので、お付き合いくださいな。うふふ。
次回はコレからスタートだ!