迷える羊のメモ帳

こんな言葉 あんな花に癒されて生きる

メモ帳174ページ目 穏かな新年でありますように    

2011-12-29 09:45:53 | 日記
出勤時にご近所さんに御用納めは何時なの、と聞かれて久々に懐かしい
言葉だなぁ~と感じた。官公庁勤めの人ならいざ知らず・・今時こんな
聞き方をすね人がいるのかと少し戸惑ってしまった。

常日頃から無能な政治家とずる賢い官僚に腹立たしさを感じているから
である。
悪い政治家と悪い官僚によって国民の税金を散々無駄遣いされたあげく、
100年安心の年金が底を付きかけているので増税、年金減額を平気で言い
出す始末、東北復興もままならぬのに、八ッ場ダム中止撤回、外環道を
着工し20年夏季五輪までに完成を目指すと言う。
被災地の人達の心を逆なでするようなやり方は本当に許せない。

兎に角、1億3千万人の国民生活を二の次にし、何もかも中途半端で煮え
切らない議論のまま政治家、官僚はすでに御用納めしている。

クラシックファンの為に東京芸術大学の澤和樹教授とその門下生による
弦楽コンサートが開かれた。今年で8年連続で聴きに行った。
以前はクリスマスの前後にX'masコンサートとして、華やな雰囲気での
演奏会だったが、今回はフレッシュコンサートと名打って、室内楽を中心
に演奏された。フレッシュな奏者が二重奏から八重奏曲まで華麗なドレス
でパワー溢れる舞台を見せてくれた。
メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲、えっ・・こんなのもあるのかしらと
間の抜けた思いに耽った。メンデルスゾーンの16歳の作品との事である
が古典とロマン性の感情表現が調和された聴きやすい曲だった。
久々にクラシックを聴いて、日頃のうさ晴らしが出来てなんとか穏かな
気持ちで新年が迎えられそうだ。






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メモ帳173ページ目 メル友Janさんが逝く    

2011-12-26 10:53:38 | 日記
クリスマス寒波の居座りで、日差しはあるが風が冷たく寒い。
公休は今日が最後、大晦日まで仕事に出かける事になっている。

朝から、状差しの整理をする、1年間に頂いた手紙、ハガキ類を読み
返しながら賀状を書く準備に取り掛かる。

5日前に、X'masカードに簡単な近況報告を書いたばかりなので、改め
て年賀状となると手が付けにくい。
何のことは無い・・X'mas カードを選ぶ時に、Merry X'mas & Happy
new year. と書かれたものを選べば済む気がするが、やはり新年への
夢、抱負についても書きたいと考えているのでのびのびになり今日が
タイムリミットである。

今年は喪中ハガキを2枚受け取った。昔、仕事を教えてくれた大先輩
が旅立たれた。友人からの連絡もあり、後日、連れ立ってお仏壇で手
を合わせて故人を偲びご冥福をお祈りした。

もう1枚はメル友のJanさんが逝ってしまった。12/2 80歳で永眠された。

Janさんとの出会いは、リニュアル前の2001年、11/11 シニアナビ、
第2回オフィシャルOff会での隣席が縁だった。若い頃から病弱だった
との事で、クラシックを聴き、絵を書き、沢山の短歌を詠んだ人でした。
知り合った当時は、メールにバッハのサウンドをつけて送ってくれる
お洒落な人でもあった。

Janさんは、敗戦後の焼け跡で平和憲法は日本人の希望であったが、
半世紀を経て護憲派は「小数派」となったとしみじみ語っていた。
Janさんと私は年齢差が10歳あるが、経験者の言葉の重さを感じていた。

2004 10/1 歌集「少数派」を出版された時に、自筆サイン入りの一冊を
頂いた。青春時代から作り続けた少数派の視点からの風景を短歌で表現
されている。
週3回の透析治療を受けながら病と闘ってこられたので、この10年間にお
会いしたのは、6回きりであった。もっともっと話を聞きたかったのに
その願いは叶わない・・寂しい

歌集の一篇に、「透析を始めし二十年前はドラマ「おしん」の始まりし頃」
2002年に詠んでいる。
如何に長きにわたる闘病生活を余儀なくされていたかを思うと心が痛くなる
入退院を繰り返すたびに、私の書くお見舞いを兼ねた季節の挨拶状が嬉し
かったよと云ってくれたこともある。

Janさんと最後にお話したのは、去年の7/4 リニュアル後のオフィシャル
オフ会でまた隣席した。脚が弱ったので、これが最後のオフ会になるかも
と寂しそうに笑った顔が浮かぶ・・Janさん、ありがとう苦痛のない天国で
安らかにお眠りください、そしてお土産話を持って、私が会いに逝くその日
まで さようなら
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メモ帳172ページ目 冬至は小豆かぼちゃ・・で    

2011-12-22 09:20:52 | 日記
今日は冬至、子供の頃から無病息災を願う意味で小豆かぼちゃを
食べてきた。仕事仲間とのオシャベリでかぼちゃは朝に食べると
よりご利益があると聞いたので、朝食代わりに食べたら途端に胸
やけ状態になってしまった。胃薬を飲んで出勤である。

先人は、緑黄色野菜の少ない冬にカロチンやビタミンの多く含まれ
るかぼちゃを食べ、風邪予防や病気への抵抗力をつけたようだ。
小豆かぼちゃは腎臓に効く小豆と肝臓に効くかぼちゃを同時に食べ
る事ができるので、我が家では冬至にこだわらずオヤツ代わりにも
食べていた。

母が作っていた頃は、小豆の皮が割れないように、火加減に神経を
使っていた、塩味の小豆であると知りつつツマミ食いがしたくてや
たら混ぜては怒られたものだ。
私は、手抜きで小豆を煮る事はしない、缶詰のゆで小豆を使うので、
かなり甘くなる、栄養価は保障できないが、冬至の習わしとして作
り続けて行くだろう・・と思う

冬至に「ゆず湯」に入ると寿命が長く病気にならないとされているが、
いつも使っている薬用入浴剤「バスロマン」のゆずの香りで間に合わ
せる事にした。



いよいよ今年もフィナーレの季節です。
2011年、特別な年だからこそ、側にいてくれる誰かに感謝の気持ちを
伝えたいし、遠くで心配してくれる人々に元気でいる事を伝えたいと
考えている。
いこいの場所、デパートの屋外庭園でもツリーが飾られていた。ツリー
を見ながらカードにメッセージを書き込んだ。

冬至が過ぎるとクリスマス寒波がやってきてもおかしくないが、今年は
例年より暖かく万が一にもホワイトクリスマスとは行かないだろうなぁ~
と北国故郷の銀世界に思いを馳せた。


皆様、素敵なクリスマスをお過ごしください。






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メモ帳171ページ目 咄嗟の出来事    

2011-12-19 11:06:50 | 日記
先週土曜日、ほぼ満員の通勤電車内で、二人連れの大学生が
携帯電話を手にして笑いながら会話をしていた。

先頭車両が駅ホームに入った時、大学生の一人が突然何かを
わめきながら倒れ、体を硬直させ、白目を剥いて痙攣を起こし
始めた。
乗客の目線は、彼がわめいた時に集中状態にあり、ドサット倒
れた瞬間を目にして、おろおろするばかりだった。

その内、「緊急停止ボタン」を押して下さいと声が響いた。

その時でした、遠巻きにおろおろする人達をかき分けて、赤ちゃん
をおんぶしたお母さんが、「待って」と叫ぶ、この車両は4号車、
ホームに入るまで何秒も掛からないのでホームに入ってから押し
ても同じ事ですと言い切った。

彼女の瞬時の判断は、連れの学生に家族への連絡と病歴を聞い
て下さいと指示するが学生寮に住んでいて、家族の連絡先が解か
らないと云う。では頭を静かに横にしてあげてという、意識はあるの
で身体を揺すらないでとも言った。
今、私達に出来る事は側にいてあげる事しか出来ないのですから・・

「緊急停止ボタン」が押され、インターホン越しの会話が始まった。
押した人も責任上あらかたの説明をしてくれ、的を得てて乗客の心
をも包み込む様な暖かなものだった。その後は彼女の言葉を代弁
する状況だった。特に医療関係者には見えなかったが、逞しいお母
さんの大きな優しさと勇気ある行動に、パニック状態の乗客も救わ
れた思いだった。咄嗟の出来事に何も出来ない不甲斐なさを改めて
知った日でした。

自分は健康であると信じこんで、通勤電車に乗っているが、いつも
独りである。万が一の事があった時は、このお母さんのような方に
側にいて欲しいと痛感した。


冬将軍の居座りで寒い日が続いている。2011年も残り僅かになりま
した、サービス業で働く私は大晦日まで出勤する約束を交わした。
去り行く落ち葉のごとく、今年を無事に終わらせたいと願っている。





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メモ帳170ページ目 自分を表す漢字1文字    

2011-12-15 08:08:21 | 日記
2011年の世相を1字で表す「今年の漢字」が「絆」に決まった。

清水寺の森清範貫主が「清水の舞台」で「絆」と書かれた瞬間は
殆どの人が納得したはずだ。
3.11を機に核家族化や結婚を選択しない世代の人々、共働きの家
族にとっては改めて人間同士の絆の大切さを学んだと思うからだ。

さて、今年の自分を漢字で表すなら?私は「流」と書きたい。
自分流ではあるが、出来る限りの努力をしながら暮らしてきた事
に満足を感じているからだ。

その反面、あの忌まわしい震災で、根こそぎ流されて被災された
人々、今もって行方不明になっている人々との絆にいかに向き合
って生きていこうかと悩み続けている家族を尻目に刻々と時は流
れて行く。

安全神話が崩れて、世界でも急速に脱原発運動が広がっているが
日本では今一歯切れが悪い。
原発事故の説明に流れるベクレル、シーベルト等聞きなれない言葉
に惑わされヨウ素、セシュウム、ストロンチュウムと不安を掻き立て
るニュースを流し続け国民を釘付けにした。おまけにこれらの汚染物
質は雨に流されて遠隔地のあちこちにホットスポットを作っている。

小さな子供を抱えて故郷を追われた若夫婦、終の棲家で暮らしたいと
願う老夫婦にとっては、強制退避の苛酷さがよく解かります。
人は生まれる場所は選べません、しかし、住む場所は選ぶことができ
ます。そして死ぬ場所も選べるでしょう・・・
特に、老夫婦にとっては時の流れが命に係わってくる問題でもある。

今年を振り返るにはまだ数日あるが、社会の波に流されそうになりな
がらも無難に過ごした日々を「流」としたら気持ちが沈んでしまった。



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