地道に住宅ローンと教育費を支払ってきた主人公が、ある日突然、会社からリストラを宣告される。失意のまま列車で帰路に着いた彼が、列車内で謎の女から理不尽な取引を持ちかけられ、元警察官と言う正義感から理不尽で無意味な殺人や人質の身内を開放するために奔走する。
10年間規則正しく同じ時刻の列車を利用してきた主人公には車内に多くの顔見知りがいて、車掌とも気さくに挨拶を交わす仲。
その見慣れた日常が、脅迫、監視、殺人によって危うい非日常に変貌していく。
初老の主人公は息を切らせながら車両間を駆けずり回り、大乱闘を繰り広げ、車外に投げ出されながら必死に食らいつく。
その苦闘を孤立無援の焦燥や悲哀とともに体現する。
元警官で洞察力は鋭いが、それ以外のスキルを持たない主人公は、ラッシュ時の車内で性別さえ不明の“見知らぬ乗客”を特定する、藁をもつかむ思い。
徐々に列車が進むにつれて次々と乗客が降車し、ターゲットが絞り込まれていく。
多様な世代や身分の人々が同一空間を共有する乗り物ミステリーの特性を生かし、事情を一切知らない他の乗客たちが事件に巻き込まれていく。
そして列車そのものも制御不能の加速を開始する。
怒濤のパニック列車ミステリーは、平凡だった日常を巧みに利用し「ある」とも「ない」とも言えない展開で進む。