◎ベアリング業界の「隠語」に思う
今月一四日の日本経済新聞の朝刊に「価格調整 隠語での議事録 ベアリング大手、不正隠す? 」という記事が載った。
リードの部分のみ、紹介しておく。
―ベアリング(軸受け)の販売を巡る大手メーカー四社の価格カルテル事件で、四社の当時の担当役員らが価格調整のやり取りを記載した議事録やメモを作成していたことが一三日、関係者の話で分かった。出席者を外国人名で記すなど隠語を多用しており、不正な価格調整を隠す狙いだったとみられる。公正取引委員会などはカルテルの犯意を裏付ける経緯として重視しているもようだ。―
ありきたりの事件であり、記事であるが、見出しに大きく「隠語」という文字があったことに注目した。
隠語とは何か。隠語研究の第一人者である渡辺友左氏は、その著書『隠語の世界』(南雲堂、一九八一)において、「隠語」を、「社会集団が集団内部の秘密を保持するために、その集団の内部だけにしか通じないことを意図して、人為的につくったことば」と定義した。
同書から、少し引用してみよう。
―隠語とは、社会集団が集団内部の秘密を保持するために、その集団の内部だけにしか通じないことを意図して、人為的につくったことばのことである。隠語は、集団内部の秘密保持のためにつくったことばであるということで、同じ集団語である非隠語から区別される。閉鎖性の強い集団、たとえば反社会的集団のことばにその典型的なものがある。/他方、社会が分化・発展していけば、職場・職業や専門を同じくする社会社会集団や社会の専門分野の中で、それぞれの職場・職業や専門に適合したことばが、集団や専門分野の秘密保持ということとは関係なくつくられることになる。非隠語の中の、職場語・職業語・専門語・術語などと呼ばれるものがこれである。―
渡辺氏によれば、隠語は集団語の下位概念で、集団語には隠語と非隠語とがある。「隠語」の典型的なものは「反社会集団」によって使用されている。一般の社会集団で使われる「職場語・職業語・専門語・術語」などは、「非隠語」に分類されるという。なお、渡辺氏は、「反社会集団」の対語として、「非反社会集団」という概念を提示している。
有力な隠語研究家である米川明彦氏は、その著書『集団語の研究』上巻(東京堂出版、二〇〇九)において、隠語の「社会的機能」を四つ指摘している。ここでは、その第一のみを紹介する。
―第一に所属集団の秘密を保持する機能である。反社会的集団、犯罪者集団に圧倒的に多いことからも察することができるように、知られてはまずいことをする連中が集団の安全、防衛のために隠語化して秘密が〔を?〕保持するのである。言い換えれば、外部の集団にはわからぬようにする働きである。―
渡辺氏も米川氏も、「隠語」を、基本的に、反社会的集団や犯罪者集団に特有のものとして捉えようとしている。
しかし、隠語の研究の深化のためには、こうした「偏見」は好ましいものではあるまい。
現に、ベアリング業界も、「不正な価格調整」を隠すために「隠語」を使っていた。これはまさに、「知られてはまずいことをする連中が集団の安全、防衛のために」作ったものではないのか。
また米川氏は、前掲の著書で、二〇〇四年の朝日新聞記事を引用しながら、兵庫県警自動車警ら隊に「つくり」という隠語があることを紹介している。「つくり」とは、「架空の被害者や容疑者をでっち上げ、事件が解決したとする書類を作り上げること」だという。これは、公文書偽造という犯罪にほかならない。この隠語もまた、「知られてはまずいことをする連中が集団の安全、防衛のために」作ったものでなないのか。
私が言おうとしているのは、ベアリング業界や兵庫県警を「反社会的集団」として位置づけよ、ということではない。「隠語」という問題を研究する際、それを使用する集団が、「反社会的集団」であるのか「非反社会集団」であるのかを区分することは、まったく意味がないということが言いたいのである。
隠語研究の深化・発展のためには、研究対象集団を「反社会的集団」、「非反社会的集団」に区分する発想そのものを、まず払拭すべきであろう。なお、拙著『隠語の民俗学』を参照いただければさいわいである。
今日の名言 2012・6・17
◎日本はこんなに豊かな国なのに、貧しい国からやってきた人間を苦しめています
ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんの妻・ラダさんの言葉。ラダさんは、2001年に来日した際、取材したTBSの丸山拓記者にこのように語った。昨16日のTBS「報道特集」による。ゴビンダさんは、1997年に起きた東電女性社員殺害事件の犯人とされ、無期懲役の刑が確定していたが、今月7日の再審決定を受けて釈放され、昨日、18年ぶりにネパールに帰国した。