◎古畑種基は自分の血液型を詐称したか
晩年の古畑種基は、脳血栓に倒れ、療養生活を送っている。当然、血液型を調べたであろう。教え子にして法医学者の松沢茂隆教授が証言する通り、本当は古畑はAB型だったと考えてみよう。すると、なぜ古畑種基は、自分はB型と称したのかという問題が生じる。血液型学の草分けにして最高の権威が、世間に対して自分の血液型を偽るということがあるのだろうか。
もし古畑がAB型だったとした場合、注意しなければならないのは、古畑が、自分の母親はAB型、父親はO型であったと述べていたことである。ひとつには、これが誤判定だった可能性があろう。
もうひとつ、母親がAB型、父親がO型なのは事実なのだが、何らかの事情で、その子どもである古畑がAB型だったという可能性がある。これは、古畑が貰い子であった場合などを考えれば、全くありえないわけではない。古畑は、ほかならぬABO型血液型の遺伝形式の発見者であるからして、「自分の母親はAB型、父親はO型だが、自分はAB型だ」と言うわけにはいかない。自らの家庭事情について、したくもない説明をせざるをえなくなるからである。そこで古畑は、世間に対しては、B型と称し続けたのかもしれない。もちろんこれは、単なる憶測である。
実は、もうひとつ、考えられることがある。これは、血液型のことに詳しいコラムの読者であれば、すでにお気づきの答であろう。すなわち、古畑が、シスAB型(cis-AB型)だったという可能性である。
シスAB型というのは、大阪府赤十字血液センターの山口英夫博士によって、一九九六年に発見された血液型である。シスAB型の場合、片方の親がAB型なのにO型の子どもが生まれ、また片方の親がO型なのにAB型の子が生まれることがある。これは、きわめて珍しい血液型であって、AB型のうち、〇・〇一二%を占めるのみとされる。
それほどレアであるにもかかわらず、インターネット上には、「父AB型、母B型、姉B型、そして私O型だということが判明して、軽いショックを受けました」という中年の方(たぶん男性)、あるいは「こんにちは。実はうちも主人B型・私はAB型なのに子供はOですよ」という女性の投稿などを見出すことができる。
シスAB型の遺伝のしくみについて、詳しい説明をする自信はないが、要するに、普通のAB型の場合、二本からなる9番染色体の片方にA型遺伝子、もう一本のほうにB型遺伝子が乗っているのに対し、シスAB型の場合は、片方の染色体に、A型とB型の両方が乗っているのだという(この場合、もう一本のほうに乗っている遺伝子に関しては、A、B、O、cis-ABの四通りがありうる)。ちなみに、古畑種基は血液型学の権威ではあったが、一九七五年に亡くなっているので、もちろん、シスAB型の存在は知らなかった。
さて、松沢茂隆教授の言うように古畑がAB型だったとすると、以上のように、いろいろ推理や憶測を働かせなければならなくなる。しかし、生前、本人が自称していた通り、本当にB型だったとすれば、何の問題もない。古畑がAB型だったというのは、やはり何かの間違いではなかったのか。
今日の名言 2012・6・3
◎刃物屋の商品はどれも切れるけど、毛抜きとお客様の縁だけは切れちゃいけない
東京・中央区日本橋人形町の刃物屋「うぶけや」の先代店主の口癖。「うぶけや」は、19世紀初頭に創業地の大阪から東京に移転してきた老舗。今の店主は、矢崎豊さん。店名は、「うぶ毛が抜ける毛抜き、それる剃刀、切れる包丁」という創業時の客評に由来するという。今日の東京新聞の記事より。