◎横浜・神戸・長崎およびその周辺の難読地名
後藤朝太郎著『文字の智識』(日本大学、一九二三)の第二五章「不便なる地方文字の読方」を紹介している。本日は、その三回目(最後)で、(五) 、(六) 、(七) を紹介したい。
(五) 横浜市及其付近
次に武蔵国で横浜及其の付近のことを少し申すと、横浜に於ては音訓混用のものとして少しく異様に見えるものは「横浜本牧」(横浜)を「ヨコハマホンムク」と読む如きものがある。是は「牧」の音の呉音を採つたものであつて別に不思議ではないが、此の地名に於て呉音が現はれて居るに過ぎない。
次には相摸国〈サガミノクニ〉で「公卿」(横須賀)を「クゴウ」と発音して居るものがある。是も異様なものがある。「鵠沼」(高座)を「クゲヌマ」と読んで居るのは訓読の一例であるが、「井細田」(足柄下〈アシガラシモ〉)を「イサイダ」と読む音訓混用の一例である。
次に駿河国〈スルガノクニ〉では純粋に音読するものは「安西」(静岡)「アンザイ」と読んで居る。其の他は多く訓読されてゐるものに異様なるものがある。例へば「上土」(駿東〈スントウ〉)を「アゲツチ」と読み、「庵原」(庵原)を「イハラ」と読み、又「豊沢」(安倍)「トンザワ」と読み、其の外同郡〔安倍郡〕において「用宗」を「モチムネ」と訓じ、「日向」(安倍)を「ヒナタ」と訓ずるものがあり、志太郡の「向谷」を「ムクヤ」と訓ずる如きものがある。
次に遠江国〈トオトウミノクニ〉に於ては、異容なるものは音読のものであつて、「千頭」(榛原〈ハイバラ〉)を「センズ」と読み、「増楽」(浜名)を「ゾウラ」と読んで居る。
次には伊豆国〈イズノクニ〉、伊豆に於ては音訓混用の、ものとして「吉奈」(田方〈タガタ〉)を「ヨシナ」と読むものがあるだけである。
(六) 神戸市及その付近
次に摂津国〈セッツノクニ〉では先づ神戸市から述べると「熊内」を「クモチ」と訓ずるるものがある。「木器」(有馬〈アリマ〉)を「コウズキ」と読んで居るものがある。又「榎列」(三原)を「エナミ」と訓ずるものあり。其他は音訓混用のものであるが、「三田」(有馬)を「サンダ」と読ませるものがある位で、其外純音読のものであると即ち「敏馬」〔武庫〈ムコ〉郡西灘村〕を「ミルメ」と読み〔ママ〕、「郡家」(有馬)を「グンチ」と読む。此の「敏」を「ミル」と読むのは「ビン」の音の「ン」を「ル」に変じただけであつて無論是は「訓」ではなく「音」である。「馬」を「メ」と読むものは呉音であるから之には疑ない。
次に但馬国〈タジマノクニ〉では「訓谷」(城崎〈キノサキ〉)を「クンダン」と読む所の音訓混用のものが一つあるばかりである。
丹波国〈タンバノクニ〉では「石生」を「イソ」と読むものがある。〔既出〕
次に播磨国〈ハリマノクニ〉では、先づ音読のものでは姫路市に「直養」を「チヨクヨウ」と読み、「有年」(赤穂〈アコウ〉)を「ウネ」と読ませるものがあるが是等稍〈ヤヤ〉異様に感ぜられる地名であるが、其の他は何れも訓読のものである。即ち「国包」(印南〈インナミ〉)を「クニカネ」と訓じ、「妻鹿」(飾磨〈シカマ〉)を「メガ」と読み、そうして「鵤」(揖保〈イボ〉)を「イカルガ」訓ずる如きものである。
次に因幡国〈イナバノクニ〉では「郡家」(八頭〈ヤズ〉)を「コウゲ」と読み、「宝木」(気高〈ケタカ〉)を「ホウキ」と読む如きものは音訓混用の例であるが「若桜」(八頭)を「ワカサ」と読んで、桜の訓の下略法を用ひて居る。
次に伯耆〈ホウキ〉の国では「針」(東伯〈トウハク〉)を「コガネ」と読む如きものがある。又この国では異様なものとして特に挙ぐべきものは「車尾」(西伯〈サイハク〉)を「クズモ」と読むものがある。
次に備前国〈ビゼンノクニ〉では音読の地名に異様なるものがある。「周匠」(赤磐〈アカイワ〉)を「スサイ」と読み、「香登」(和気〈ワケ〉)を「カガト」と読むものがある、又訓読のものでは「日生」(和気)を「ヒナヤ」と訓じ「鹿忍」(邑久〈オク〉)を「カジノ」と訓ずる例がある。
次に備中国〈ビッチュウノクニ〉では音読のものでは「有漢」(上房〈ジョウボウ〉)を「ウカン」と読む、是は呉音である。訓読のものでは「呰部」(上房)を「アザエ」と読む如き異様なるものがある。
次に美作国〈ミマサカノクニ〉、此所〈ココ〉では音読のものは「行方」(勝田〈カツタ〉)を「ギヨウホウ」と読むものがある位に取分けて言ふ程のものはない。
次に讃岐国〈サヌキノクニ〉で先づ音訓混用のものでは「鬼無」(香川)を「キナシ」と読み、訓読のものでは榎井(仲多度〈ナカタド〉)を「エナイ」と訓ずる。是は「エノイ」を「エナイ」と訛つたものであらう。
(七) 長崎市及その付近
次に肥前国では音訓混用のものとして「堂崎」(南高来〈ミナミタカキ〉)を「ドウサキ」と読み、「小値賀」(北松浦)を「オジカ」と読むものがある位であつてあとは何れも訓読である。例へば「神代」(南高来)を「コウジロ」と読み「千々石」(南高来)を「チジワ」と読み、又「道祖元」(佐賀)を「サヤノモト」と読み、「莇原」(小城〈オギ〉)を「アザミバル」と読み、又「焼米」(杵島〈キシマ〉)を「ヤアゴメ」と読む如き其の例である。尚詳細は雑誌教育学術界第三十六巻以後の卑見と逓信省の通信官署名録を参照されたい。