礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

魚の腸に石を入れ小麦粉に石粉を混入する

2017-09-20 03:20:04 | コラムと名言

◎魚の腸に石を入れ小麦粉に石粉を混入する

 深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)から、「戦時刑事特別法解説」の第一編「総説」を紹介している。本日は、その三回目。本日は、第一編「総説」の、「四」、「五」、「六」、「七」を紹介してみたい。
 
  四、戦時下に於ける一般犯罪情勢(司法省編)
    概 観
 十二月八日宣戦布告ありたる後の一般犯罪の発生情況を概観するに、今次大東亜戦争の重大性を国民が認識せると、緒戦に於ける、陸海軍の赫々たる大戦果に因る国民の安心感とに因り、国内治安は平静を持して居り未だ憂ふべき事態の発生を見ざるは洵に〈マコトニ〉喜ぶべきことなり、然れども戦時下と雖も一般犯罪は依然、各所に発生し、戦争の長期化と戦局の推移如何に因りては、犯罪情勢の悪化も予想せられ須臾〈シュユ〉も油断するを許さざるものあり。

  五、経済事犯の一般情勢(司法次官大森洪太氏説明)
 経済統制の実施以来全国の検事局に於て受理した違反者の数は、昨年〔一九四一〕十月末現在に於て「総計二十七万三千五百人」に上るのであり、昭和十五年度〔一九四〇年度〕に入り統制が全面化せられた頃から急激に増加して居る、最近に於ては受理の員数も大体一箇月一万人前後を見て居るやうな状況である、此の中で、約八割が価格等統制令違反であつて、残りの二割程度の者が生産配給等の物資統制令違反となつて居る。
 更に検事局に於て受理した事件は、大体に於て其の半数の者が起訴せられ他の半数の者が起訴猶予其の他の不起訴処分になつて居る。起訴せられた者の中で実に九割三四分〔九三~九四%〕程度の者が略式手続に依る処理が為されて居り、検事から直接に公判を請求するやうな事件は僅かに五分〔五%〕前後で更に予審を請求した事件は全体の起訴件数の約五厘〔〇・五%〕程度である。
 昭和十六年〔一九四一〕十月末現在に於て統制法令違反として体刑に処せられた者が全体で、三千七百三十八人、此の中で約七割三分程度の者が六月未満の懲役刑に処せられ、七月以上一年以下の刑に処せられた者が二割、更に一年以上の刑に処せられた者は僅かに六分と云ふ程度である。
 次に経済犯罪は最近に於ても悪質化の傾向を辿つて居るが、是は統制が進展すると共に夫れに照応して経済犯罪の方も悪質化しつゝあるのだと言へるかと思ふ。特に繊維、金属、紙類、一般食料品の方面に於ては悪質化の程度が甚だしいやうに考へるのである、又食料品に於ては極端に規格を低下するやふなこともあり、最近に此の規格低下の悪質犯が相当広範囲に発生して居る。
 又今日迄再犯にして起訴せられた者が二千二百三十八人、三犯者にして起訴せられた者が八十七人を数へて居る。
 是等の経済犯罪が、殆ど総ての物資に付て行はれて居るのであるが、最近特に、飲食料品、日用繊維製品等に関すものが多くなり、又地代家賃統制の違反も相当多いやうである。
 経済犯罪の実情に応ずる「司法検察の方針」としては、国防経済の完遂に目標を置いて、法令の精神、物資需給の状況、国民の統制の馴致〈ジュンチ〉、理解の程度を初め、犯罪の主観客観、諸般の事情を考察して、寛厳其の宣しきを得ることに努めつつあるのであるが、悪質犯に付ては之を厳に処断して他戒の目的をも達成せむとして居る状況である。

  六、官公吏の涜職と経済事犯
 国防経済の完遂を期して、統制経済が全面的に強化される際、統制事務の執行に当る行政の官吏公吏の涜職罪〈トクショクザイ〉が多く、違反者側と連携し其の事務も正しく行はないとの風説を聞くのであるが、私利私慾の為にする斯かる不正行為は洵に〈マコトニ〉憎むべく、国防国家体制の為に甚だ遺憾であつて断じて許すことはできないのである。然るに之が取締規定を本法に置かなかつた所以は、官公吏の涜職罪は既に刑法の一部改正に於て厳罰され、監察考査の制度も実施され、又犯行者は極めて厳正に之を検挙糾弾する方針であり、本法制定に際しても慎重に考慮はしたのであるが、元来本法は戦時に直接関連する最少限度の刑法的措置であり、又贈賄罪は二審制なるに対し公務員収賄罪をも二審制とすることの如何をも考慮して、涜職罪の規定は特に之を置かなかつたのである。
 指摘された要点は、『経済統制を利用して不正行為を為す者が実に夥しい、闇は白昼横行する、規格の低下殊に食糧品などは甚だしく之を引下げる、極く卑近な例ではあるが、魚類なども一般家庭には週一回か二回しか配給されず品種も極く限られてゐるが、料理屋なぞでは常に多量の珍味が揃つてゐる、そこに不正のあることは新聞等では明かに書いてゐる。魚の腸〈ハラワタ〉に襤褸〈ボロ〉や石を入れる、味噌を水で割る、小麦粉の中にも三割程度の石粉を混入する、「食糧品の問題」は国民の生活上極めて重要なる影響を持つものであり、今は陸海軍の大戦果に対して国民も苦難を忍んで居るが之が長期に亘れば国民の不安は増大するであらうと思ふ、殊に官公吏の涜職行為の頻発と共に民心に或種の悪影響を及ぼすことは甚大であらう、某省の如きは多数の高等官が現に取調べを受けて居ると聴く、下級警察官吏税務官吏の中には実に多くの涜職行為者を出してをるとのことである、軍部委員からは軍の検察能力を挙げて特に国民の信頼を裏切らないやうにしたいとの率直な声明を得て実に満足する、内務省の責務でもあらうが、司法省としての多くの経済事犯や官公吏の涜職行為等に対する取締上の状況を聞きたい』との趣旨の様である。
 今之を司法検察に関する部分のみについて見れば、確かに検察力が充分に行届いてゐない、洵に申訳がなく遺憾に思つてゐる、示された事例なぞ私共付近でも屡々見聞するのであるが、併し一向挙げられたと云ふことを聞かない、検事当局としては出来る限り努力はしてゐるが、何しろ事犯が多く統計の数字は検事局で受理したものだけであつて実際は非常に多数に上るのであらう、全国的に捜査の手をのばさねばならぬ大規模のものもあり、実に之れが応接に遑〈イトマ〉なき状況である、漸次犯行も証拠湮滅の手段も巧妙になつてくる、今後一層部内を督励して国民の災〈ワザワイ〉を取去り、殊に官紀の紊乱〈ビンラン〉を厳重に取締ることに充分の力を尽したいと期して居る(以上は岩村〔通世〕司法大臣、大森〔洪太〕司法次官、池田刑事局長〔池田克・司法省刑事局長〕、田中陸軍少将等の応答を綜合摘記したものである)。

  七、昭和十八年二次改正に関する説明
「二一頁ノ二、以下」、「三二頁ノ二、以下」に掲ぐ。

 ここまでが、第一編である。
「六」の最後に、「田中陸軍少将」とある。たぶん、田中隆吉陸軍少将(当時、陸軍兵務局長)のことであろう。

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