礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

日本の保存力は驚くべきものである(高楠順次郎)

2019-02-08 02:01:03 | コラムと名言

◎日本の保存力は驚くべきものである(高楠順次郎)

 昨年の終わりころ、古書展で、高楠順次郎著『大東亜に於ける仏教文化の全貌』(印刷局、一九四四年八月)という本を入手した。定価四〇銭、古書価二〇〇円。
 高楠順次郎という仏教学者の本は、これまで読んだことがなかったが、優れた学者であるという印象を持った。文章も、簡潔で説得力がある。
 本日は、同書から、第十章「日本の仏教文化」を紹介してみたい。

   第十 日本の仏教文化

 こゝに日本の仏教文化といつてもその全貌を描くのは目的でない。唯日本には如何なる種類の仏教が現存し、他の仏教に対し如何なる地位を有してゐるかを述べたいのである。
 大小乗の仏教に於ける重要な思想部門は、日本に於いて専門宗として現存してゐるのである。日本仏教者がその重要性を認めたものは一様でない。修学の対象として重要性を認めたものがある。所謂「南都の学問宗」の如きである。一般信仰の対象として重要性を認めたものもある。所謂「鎌倉の信仰宗」の如きものである。
 仏教に共通せる戒律を専門化した宗派がある。律宗(唐招提寺)真言律宗(西大寺)浄言律師の如法律・慈雲尊者の正法律である。この中最後の二律は公認に至らなかつた。仏教に共通せる禅定を専門化した宗派がある。一般に禅宗と称するもので曹洞宗・臨済宗・普化宗・黄檗宗である。この中普化宗は維新の際に禁ぜられた。応理性哲学にしてして思索的錬成のために学修されるものがある。倶舎宗(有宗)成実宗(空宗)法相宗(内有外空宗・唯識宗)三論宗(非有非空宗・中観宗)である。この中、法相宗のみ宗派として現存してゐる。法隆寺はその大本山である。現観性哲学にして主として観想的練成に依り行修せられるものがある。華厳宗(東大寺)天台宗(比叡山)真言宗(高野山)である阿弥陀仏を主とする念仏専門の宗派がある。融通念仏宗・浄土宗・真宗・時宗である。法華経を主とし唱題専門の宗派がある。一般に日蓮宗と称する宗門である。最後の二系統は鎌倉時代の信仰宗の代表的のものである。
 以上で研究の仏教から信仰の仏教に亘る日本仏教の全部を列挙したわけである。ここに我々の注意すべきは、信仰としては何人も顧みざる応理性哲学を教学研究の基礎学として各宗の大学・学林・勧学院等に於いて研究し、俗に「唯識三年、倶舎八年」と称するほど予備の学修をなすことで、こゝに日本仏教の特色があり、西洋学者が「仏教窮極の思想を学ばんとせば日本に行くべし」と評した所以もこゝにあつたのである。仏教がかくまで専門化せられ、かくまで徹底的に研究せられたのは他の文化圏に於いてその例を見ないところである。我々は大正新修大蔵経が一切の大蔵経の豪華版であることを信じる。大蔵経とは一切経のことである。されどこの豪華版は成るの日に成つたのではない。実に保存の日本がこれを成らしめたのである。智能の日本は躍進の日本を造つた。芸能の日本は保存の日本を造つた。日本の保存力は驚くべきものである。正倉院には天平写経が保存されてある。宮内省図書寮には支那最初の宋版一切経が二部も保存されてある。芝増上寺には宋・麗・元の三大蔵がある。大阪の某氏も宋の磧砂版を蔵してゐる。浅草寺には元蔵がある。上野寬永寺には天海蔵がある。その銅版活字も保存されてある。宇治の黄檗山には鉄眼蔵の木版が保存されてある。支那で出版されて支那には一冊もない七大蔵が日本には全部保存されてある。その上に雪山〔ヒマラヤ〕から取得した梵本一切経七百莢もある。南伝パーリ本もある。これらの集大成が大正新修大蔵経である。大正版の特色は経論に於いて大小乗の区別を認めない点にある。
 保存の日本がかくも一切経を国の宝として保護する所以は、仏教が日本移入の当初よりその仏像・経巻・教法・思想・教団・組織全体を皇室即ち国家のために献げた態度にもよるが、殊に聖徳太子が能く仏教の真髄を看破したまひ、日本の治化分・教化分を護り皇民の理成分・美成分を養ふに仏教が最も重要なる所以を明示し、正く指導したまひしによるものである。太子が建造したまひし日本最初の天王寺は「四天王護国之寺」と称せられ、日本唯一の西向きの建築である。寺は鴻臚寺即ち外務省であつて西方より進入する外客接待の官寺である。雅楽部もこゝにあり、四院の救護事業もこゝに設けられ、外客をして国風を仰がしむべき国家機関であつた。降つて聖武天皇の御理想を物語るベき全国の六十六国分寺はその名を「金光明護国之寺」といつた。次で奈良朝時代に入朝した日本医方の太祖鑑真和尚の唐招提寺は日本戒律の本山であるが、その名を「唐律招提鎮国道場」といつた。【以下、次回】

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