礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ひとのことに手だし口だしが多すぎる(石川武美)

2021-01-02 00:02:23 | コラムと名言

◎ひとのことに手だし口だしが多すぎる(石川武美)

『主婦之友』第三〇巻第四号(一九四六年四月)から、石川武美のエッセイ「陽気な生活」を紹介している。本日は、その二回目。

 外国を敵に戦つてゐるのだから、せめて国内だけでも平和に、仲よくあるべきはずだのに、 さうゆきかねたわれわれ日本人だ。〝人を責むれば自分も責められる〟といふ。われわれは人のことにきびしすぎる。〝あの人はどうだ〟、〝この人はかうだ〟と、とかく他人のあらが目につく。ひとが何をやらうとかまはぬ、といふのではないが、たとへ好意の世話でもやきすぎぬことだ。良いも悪いも、はたからみてわかるものでない。わかりもせぬことを、わかつたつもりで批評したり非難したり、攻撃したり罰したりしては、ことが面倒になる。〝瓢箪【へうたん】から駒が出る〟といふが、つまらぬことから争ひが大きくなる。敗戦の苦をなめるやうになつた、そもそもの原因といふものは、お隣の支那さんのことに、あまりに立ち入りすぎたためだと、誰にもわかつてゐるはずだ。隣家【りんか】のことは隣家の責任に、まかせておくべきものだ。親切からでも、おせつかいがすぎると、とんだ手をやく羽目〈ハメ〉になる。同じやうなおせつかいを、今も国内いたるところで、つづけつづけてゐるとは、さても性【しやう】こりのないことだ。
 自分のことだけでも、心をいためることの多いのに、親切かはしらぬが、ひとのことに手だし口だしが多すぎる。このことが、お互ひの生活をどれほど不愉快に不円滑【ふゑんくわつ】にするかわからぬ。ほんとの親切があるなら、だまつて見守つてあげることだ。相談されたら心から、相談にのつてあげることだ。差し口などせぬことだ。ひとにきびしいものほど、自分にぬかりの多いものだ。ひとに注意したいと気のついたときは、〝自分はどうか〟と、わが身をかへりみることだ。あの方のネクタイがゆがんでゐるがと気のついたときは、まづ自分のネクタイに手をやつてみることだ。〝わが目の梁【はり】をわすれて、ひとの目のちりをとらせよ〟といふ。ひとのことばかりに気をつかふと、とんだわが身の恥をかく。〝罪のないものが罪の人をうて〟といはれて、みんなが散りぢりに去つたといふ。昔の人にはそれだけの良心があつたらしい。今の世には、罪のあるものまで、ひとの罪を責めたてる。
 批評や非難が多すぎるのも、自分をちつとも反省せぬからであらう。民主主義の声のたかまるにつれて、この傾向はいよいよはげしい。いかに民主主義でも、自分のことを棚にあげて、ひとの棚おろしをするものではない。〝ひとは何であらうとも、自分は自分の責任をつくす〟といふ、義務の観念から発達したものが、ほんとの民主主義のはすだ。民主主義国のうらやむべき点は、義務の観念が発達して、めいめいの責任が完全に行はれてゐるところにある。日本のこのごろのやうに、自分の責任はふりむきもせず、ひとの責任よばはりばかりしてゐては、民主主義の反対をゆくことになりはせぬか。民主主義の先生である連合軍から、〝これだから日本は敗けたのだ〟と笑はれはせぬか。
 ひとのあらには目こぼしがない。自分の不幸や不利をも見のがさぬ。どこまでも陰気なことだ。あれが不幸、これが不自由と、数へあげるときりのないこのごろだ。そして自分ひとりが不運の代表者のやうに思ふ。日本人であるかぎり、今は誰もが不幸なのだ。ひと目には幸福のやうでも、内実は誰も不運なのだ。四等国にも顛落【てんらく】した日本で、自分の境遇が四等に落ちるのは当然だ。事業も家庭の生活も、どん底まで落ちても仕方がない。もし自分の事業だけか栄え、わが家ばかりが仕合せだつたら、それこそへんなものだ。日本人であるかぎり、国とともに苦労するのが、名誉でもあり、喜びでもありはせぬか。さがせばきりのない不幸だが、さがせば何ほどかの幸福もありはせぬか。それを思はず不幸ばかりの総勘定【そうかんぢやう】では、片手おちといふものだ。いくら陰気がすきであつても。【以下、次回】

 文中、〝わが目の梁をわすれて、ひとの目のちりをとらせよ〟とあるところは、〝わが目の梁を取り除いて、ひとの目のちりをとらせよ〟としないと、意味が通じない。

今日の名言 2021・1・2

◎敗戦の苦をなめるやうになつた、そもそもの原因といふものは、お隣の支那さんのことに、あまりに立ち入りすぎたためだ

 主婦之友社(現・主婦の友社)の創業者である石川武美(たけよし)の言葉。上記コラム参照。

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