◎「相争ふ国は破る」といふ(石川武美)
明けまして、おめでとうございます。本年も、よろしくお願いします。
新年最初のコラムの題材として、石川武美(たけよし)のエッセイ「陽気な生活」を選んだ。『主婦之友』第三〇巻第四号(一九四六年四月)の巻頭に置かれているエッセイである。敗戦直後に書かれたエッセイだが、コロナ禍の今日、読み直してみたところ、今の日本と日本人のことについて論じているかのようで、その暗合に驚かされた。
石川武美(一八八七~一九六一)は、主婦之友社(現・主婦の友社)の創業者。会衆派教会の海老名弾正(えびな・だんじょう)から洗礼を受けたクリスチャンだった。
陽 気 な 生 活
いくら敗戦国でも陰気すぎる
現在の日本人に〝陽気になれ〟といはれたとて、なれるはずはない。その日その日の食ふことに、追ひまくられるわれわれだ。明日を思ふゆとりさへ、ないのがこのごろの生活だ。それにしても、なんとかならぬものか。生活の困窮【こんきう】はどうにもならぬとしても、せめて気持だけでも陽気に朗【ほが】らかにならぬものか。
思へば二十年ほど前から、明けても暮れても呪文【じゆもん】のやうに〝国難だ〟〝国難だ〟と、われわれ国民はおどかされたものだ。とどのつまりは、〝一億玉砕〟とまできた。戦争は国家の運命をかけての大相撲だ。陽気でないと力の出やうがない。その戦争の最中にも、陰気なことばかりで、陽気どころのはなしでなかつた。まるで屠所【としよ】にひかれる羊のやうな、哀れな国民のすがたであつた。陽気も明朗【めいらう】も、敵のごとくにきらはれたものだ。
死神につかれたやうな国民と、貧乏神が采配【さいはい】をふるやうな当局とで、うまくゆくはずはない。世界に類のない敗戦となつた。悪因悪果〈アクインアッカ〉でやむをえぬ。今さら悔いても追ひつかぬ。八月十五日のあの日から、平和の建設にたちあがるほかはなかつた。ところが、建設といふ積極的で明朗なものは、どこにも見られぬ現在である。国内いたるところで、なほ敗けつづける現在だ。
戦争に敗けたためとはいへ、建設は建設だ。景気のいいことだ。鼻うたでもうたひながら、元気に朗らかにやりたいものだ。〝死んだものに死人を葬【ほうむ】らせよ〟といふ。過去は過去に始末させることだ。いつまでも将来をわすれて、過去にとらはれてはならぬ。それでは、建設でも誕生でもない。破壊であり葬送である。後〈アト〉しざりで、前進はできぬ。われわれ日本人は、どこまで、陰気ごのみで陽気ぎらひなことか。これでは発展の望みがない。
このままでいつたら、戦争でまけたうへに国内争闘で、日本はゆきづまつてしまふ。〝相〈アイ〉争ふ国は破る〟といふ。その通りだ。戦争前も戦争中も戦争後も、争つてばかりゐるとはなさけないことだ。家庭にひとりでも陰気なものがゐると、なんでもかでも暗い方へ、悪い方へばかりとつて、明るい面をみようとはせぬ。こんな人にかかつては、些細【ささい】なことでも争ひの種になる。戦争を十年もつづけて、まだ争はずにをれないのか。【以下、次回】