礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

山と女房に見置きなし

2022-03-25 02:17:47 | コラムと名言

◎山と女房に見置きなし

 きだ みのるの『気違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年四月)を紹介している。本日は、その十一回目で、「59 英雄たちにも秘密の利権のあること」を紹介する。これも全文を紹介したい。

    59 英雄たちにも秘密の利権のあること

 部落の英雄たちは各々幾つかの秘密を持つてゐる。そして時々それを思び起しては会心の微笑を浮べ心私かに〈ヒソカニ〉楽しむのだ。
 春になり、椎茸の季節になるとサダニイは枯葉掻きのときのでつかい脊負ひ籠一杯この菌〈キノコ〉を重そうに脊負つて帰る。そしてそれを庭先の柿の木の下に下して云ふ。
 ――やあやあ、おこん、酒を一杯持つてこう。それから先生にもよな。えら骨が折れたわい。どうだ先生。まあ見てくんな。すげえだろ。
 おこん姐さんはこんなときには酒をしぶらない。特別に大きいコッブに並々としかも下の受け皿にこぼれるほどついでもつてくる。そしてこの椎茸の巨大な山を眺め、かかる覇業の出来るその亭主を如何にも惚れ惚れと見守るのだ。
 私は酒杯を手にしながらこの見事な生椎茸を眺める。
 ――何処で取つたのかよ。 
 するとサダニイは、羨望を一身に集めた者の誇らしさを以て云ふ。
 ――そんなこたあ、云へるもんぢやねえ、先生。それを云つたら来年から村の衆が先に行つて取つてしまうだあ。先生もな。去年松茸を取つたべえ。場所を脇の奴等に教へちや駄目だよ。皆に取られちまはあ。
【一行アキ】
 山と女房に見置きなし。これが山村に暮すものの掟である。俺があの枯木、あの茸〈キノコ〉を先に見つけたのだといふ云ひ分ばここでは通用しない。それは丁度俺はあの女を女房にするつもりでゐたのだと云つても役に立たぬと同じである。従つてサダ英雄の椎茸場所はその七人の子にも、また七人の子をなしたその女房にも秘密である。

今日の名言 2022・3・25

◎山と女房に見置きなし

 山村に暮すものの掟。山で枯れ木やキノコなどを見つけた場合、その場で確保する必要がある。あとから、あれは自分が先に見つけたという言い分は、山村では通用しない。女房にしようとする女を見つけた場合と同様である。『気違ひ部落周游紀行』より。

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