◎実証的・帰納的に研究をすすめた鈴木重幸
金田一春彦編『日本語動詞のアスペクト』から、高橋太郎執筆「解説 日本語動詞のアスペクト研究小史」を紹介している。本日は、その三回目で、〝鈴木重幸1957「日本語の動詞のすがた(アスペクト)について〟の項を紹介する。
鈴木重幸(一九三〇~二〇一五)は言語学者で、『日本語動詞のアスペクト』が刊行された当時は、横浜国立大学教授。
鈴木重幸1957「日本語の動詞のすがた(アスペクト)について――~スルの形と~シテイルの形」,1958「日本語の動詞のとき(テンス)とすがた(アスペクト)――~シタと~シテイタ」
鈴木重幸1957,1958は,言語学研究会の中間報告で,今回はじめて活字にしたものである。実は,このまえにもうひとつ,やはりガリずりの「動詞の文法的な体系について」(1957)があって,そこには動詞の形態に関するさまざまの文法的なてつづきやカテゴリーがあげられていて,のちに鈴木1972「日本語文法・形態論」にまとめられることになるものの基礎的なイメージがさしだされている。つまり,鈴木は,この段階で動詞の形態の全体像のなかでのアスペクトの位置づけがだいたいできていたといえるだろう。
鈴木は,アスペクトにかかわる動詞のありかたを,すがた的な性格,すがた的な性格を表わすための複合動詞,すがたの3段階にわけている。この段階わけは,形態論的なアプローチによるものであり,この点は宮田〔幸一〕1948の系統に属する。鈴木1957,1958には,内容的に金田一〔春彦〕,方法的に宮田の影響がみられるといってよいだろう。また鈴木は「~している」との対立のなかで「~する」を基本態(単純態)としてアスペクトの体系のなかに位置づけた。
鈴木の2論文は,きわめて慎重なたいどでかかれている。鈴木は,ヨーロッパ文法のアスペクトの定義をかりて「一定の時間における動詞のあらわすプロセスのちがいを示す形態論的な現象につけられた名まえであるとかくだけで,すすんでは定義をあたえず,つぎのようにつづける。
《日本語の「~スル」の形と「~シタ」の形の対立と「~スル(シタ)」の形と「~シテイル(シテイタ)」の形の対立とは,それぞれ,この点でヨーロッパ文法のテンスとアスペクトに似ているというまでである。日本語のテンスとアスペクトの内容は,それが指す日本語の文法現象をあきらかにすることによって求められるものだ。(中略)したがって,日本語のすがたの一般的な規定はいますぐにはできないし,すべきではない。(1957 §2)》
鈴木の実証的,帰納的な研究のすすめかたの根拠はここにもとめられるだろう。鈴木は,スルとシテイルの対立(1957)とシタとシテイタの対立(1958)をべつべつに検討しているが,こんなやりかたは,現在までのアスペクト研究のどこにもみられない。
鈴木1957,1958によって,動作動詞,状態動詞,その中間的な存在としての動作状態動詞のこまかな種類わけがみいだされ,また,「~シテイタ」が「~シテイル」よりもテンス的な性格をおびているらしいことが示唆された。前者はその後,鈴木1965のテンス論のなかで発展させられたが,後者は,アスペクト研究の今日的な段階において,ようやくその意義がかえりみられようとしているような問題であった。